「あーあー、とうとう俺らだけになっちまったぜ」
「ですね」
人狼が輸送機で一足先にアフリカ部隊の所属する基地へと向かい、二時間経過した頃には船の積み荷は降ろされて、戦車や弾薬は街外れの集積地へと送られていた。
その間、暇でしょうがなかったジェネフとエドガーはこのトブルクの街を散策し、郷土料理や特産品で楽しんでいた。
時間を確認すると前もって知らされていた時刻となり、彼らは約束の地へと歩みを進める。
やってきた場所は街外れの集積地、此処には先の輸送船から降ろされた車輛や弾薬が収められており、新品同然の車輛から使いまわされて塗装が剥げ落ちたものと混同している。
見張りの兵士に挨拶を交わし、奥へ進み自身の車輛の捜索を始める。
とはいったものも、砲塔に山羊隊を象徴するデカールが描かれているため瞬時に見つかった。
「見つけたぜ俺の愛車」
「うわぁ、やっぱり砂漠迷彩されてますね…」
「俺としてはあの灰色のままがよかったのだが、てか問題視するところは暑さだな」
「冬は寒いわ、夏は蒸し暑いはでかなり過酷ですよね。どうにかしてほしいです」
塗装が変わっていることうより、この過酷な地、アフリカで戦車特有の欠点に愚痴を連ねる。
ため息を吐きつつも、百戦錬磨を共にした愛車に乗り込もうとエドガーは扉に手を掛ける。
「待て」
どうせつまらないことだろう、とエドガーは振り返るとジェネフは自身の拳銃を抜いて彼を狙っていた。冷淡な目付きで威嚇するかのように彼を捉えた。
普段から拳銃より断然大きい砲身と口径で戦っていたエドガーだったが、向けられた拳銃の口径が恐ろしく思えて息を呑む。
この暑さで気が狂ったのではと考察する暇もなく、瞬時に両手を高く挙げ、反抗の意思はないと彼に見せつける。
「退け、エドガーお前ではない」
その彼にそこを退けと言われ、結局は何がしたいのかと疑問に思うエドガーだが、その理由はすぐさま判明した。
誰もいないはずの車内から、操縦席側の扉が開く。中からはまだ未成年とも呼べる青年が顔を出した。
「す、すみませんッス!」
「謝罪は求めてはいない、誰だ」
「しょ、小官はカールスラント所属で名前はジョイル・ニクラエ! 階級は上等兵ッス!」
まだ幼さ溢れるジョイルと呼ばれる少年に、確信はまだ得ないがジェネフは名字でダリアの人間だということに気づいた。
さらに橙色の髪に紺碧のように純粋で青い目でより確信に近づく中、相方のエドガーが丸眼鏡を光らせて、問題の彼に話しかける。彼が嘘を吐いてはいないかを確かめるために、一言一言に注意を払っている。
「君はどうして車内に? 配属先は確実にこの戦車ではないと思うんだ」
「いやー、ほらこの書類を見てほしいッス」
「……アフリカ大隊の一番車輛の操縦手に配属する、と確かに記入されていますね」
「はあっ!?」
車内から這い出て提示してきた書類を奪い取り、隅から隅まで早口で音読するジェネフ。ジョイルは先程の雰囲気から大きく変貌を成した態度に多少困惑気味でいた。
ようやく読み終えたのか、彼は大きなため息を吐きながら穴が開く程度にジョイルを凝視し、愚痴よりの独り言を零す。
「何でこんなひよっこを俺が面倒しなきゃいけないのだ……」
「ひよっこじゃないッス! こう見えて軍学校で訓練を乗り越え、操縦の腕は一番だったッス!!」
「そういうことを言ってんじゃねえよ! お前を面倒するのが嫌なわけ!!」
「迷惑は掛けないッス、絶対に!」
「……はっ、馬鹿馬鹿しい。俺はこの冴えない眼鏡野郎だけで事足りるんだよ、さっさと帰ってママと寝てろ」
ジェネフは構ってもいられない程度にあきれ果て、彼の横を通り過ぎて戦車に乗り込む。最初の雰囲気を身に纏いエドガーでさえも声が掛けられない。
しかし、突然彼は背を向けたまま大声で叫ぶかのように語りだす。
「小官の家族は、かつてのダリアの土地で果てました!!」
「……」
乗り込もうとキューポラに手を掛けたが、その叫びにピタリと止まる。
背後を睨むかのように小さく振り向く。
ジョイルは握りこぶしを握りしめ、下を向くように頭を垂れている。
「小官はあの戦いで家族を、故郷を喪いました。小官は幾つもの死体を乗り越え、一時的に戦火を免れました。ですが、避難した先にネウロイが到来して親身に接してくださった方も皆皆死んでしまった!」
「…」
彼の心の叫びを聞き流すこともなく、ただただ無言で黙りこくるジェネフ。この鋭い眼光はまっすぐに彼を捉えている。
「怪我をしても自力で対処してあの惨劇から生き延びました。当然生き延びられなかった者の方が多く、その多くが故郷へ還りたいと告げて死にました。だから――――」
「小官は軍に入隊し、この過酷な地アフリカへと所属を希望したのです!」
彼の足元にはぽつりぽつりと滴が垂れ、後半に至っては半ば嗚咽交じりで必死に話していた。きっと顔面は涙や鼻水で濡れて、醜悪な面構えいるのだろうと容易に察しがついた。
ダリアでの惨劇、突如として現れたネウロイにより何の対処もできずに国は崩壊した。民間人の半数が死に絶え、避難先の基地もオストマルクの攻勢や周辺国は被害を受けて避難民も助かったはずの命を落とした。
「復讐でもするつもりか、お前」
百獣の王獅子でさえも射止めるような眼光を向けるジェネフは酷く低音で脅すように問う。
故郷の土地を取り戻すといった建前は嫌というほどに聞いた。彼が内地で教官に務めていた際にも、恨み籠った口調で入隊理由を言及する若者も少なからずいる。
本来ならそういう者に限り、死にたがりや常軌を逸する行動を取る者が多いことを重々承知である。そしてその者の最後は悲惨なものであることも承知であった。
「いいえ、小官はただ故郷を取り戻して死者を故郷に埋葬したい。ただそれだけッス」
「……」
予想外の返事に彼が反論しようとしていた内容が払拭されてしまう。
はいと答えたなら、彼は即座に殴り、昏倒させてから箱に隠し終えた後に、再度輸送船に乗り込ませようと画策していた。それが彼の常套手段だといえよう。
無作為に煙草を取り出してから火を点ける。大きく紫煙を吸いこみ吐きだすと、舌打ちを鳴らし重い口を開く。
「おいエドガー」
「はい」
「お前今日から砲手担当だ」
「えっ!? それって……」
「……こいつに操縦席を譲ってやれ」
淡々と彼が告げ終えた途端にキューポラを開けて車内へと入る。
灼熱の車内が身体を蒸す中、彼は堂々と従来の車長が座る席へと座り込む。今まで使われていなかったためか、至極新鮮であった。
エドガーはジョイルへ薄い青のハンカチを渡す。
「ジョイル君、これで顔を拭くといいよ」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!!」
手渡されたハンカチで顔面を拭くと、ただひたすらに腰を曲げて上げてを繰り返して謝意を表す。折角拭いた顔も涙と濱水で台無しになっていく。
何度も何度も感謝の念を紡いでいくのに不満を持ったのかジェネフはキューポラから頭を出して怒鳴りつける。
「おら早く動けこの野郎、俺ら一番車輛は一足先に基地に到達して書類作成に勤しまないといけないんだ」
「わかったッス!!」
「よかったね、ジョイル君」
彼は歓喜しながら操縦席へと進み、席へと着く。
中はより一層に蒸し暑く思えるが、この車輛を操る一員として戦うことに喜びを得ていた彼は、むしろそれ以外は何も感じない、灼熱の車内でさえもだ。
うきうきと歳相応の反応でレバーを掴む彼に対し、臨時的に務めていたエドガーはこの車輛のくせを事細かに言及し始める。
長年とはいかないものも、操縦士として戦場を生き延びた。だからより詳細に伝えることができたのだ。
「普段よりレバーが重くなる際、それは別に壊れていないから。それと急停止する時には声を掛けなくていいよ」
「ふむふむ、なるほどッス」
「それに―――」
「おい早くしろ、走らせてウザったい蒸し暑さとお別れしたいんだよ」
「はいはい、じゃあ行こうか」
「了解したッス!」
この暑さに業が煮えたのか、ジェネフは早く出せと熱々の鉄板に地団駄する。
それを軽く受け流し、エドガーはまだ初々しい操縦士の肩をポンポンと叩いて応援の意を見せる。
彼はレバーを引き、ついに戦車を前進することができた。
戦車は彼の意向を受け止めたのか、はたまた単にエンジンの調子がよかったのか判断できないが、その巨体は確かに前へと前進した。
久しぶりに新たな仲間を迎え入れることにしたジェネフは、まだ若く新兵だった頃の自分と人物像を被せて煙草を吸う。
煙草の幸福感にやられたのか、つい本音の一つが漏れてしまう。
「すまないな」
小さくか弱く、ただ若いのが取り柄の少年兵に隊長車輛という重責を背負わすことに。
嬉しさ半面とは一切いかず、ただ背徳感と大人の仕事である戦争に子供を参加させてしまったことの後悔とぶつけどころのない怒りが紫煙と共に吐きだされた。
戦車を動かすことで一喜一憂するあの少年に申し訳なさに胸を締め付けられた。
つるはし
ピッケルに似た形をした大型工具で鶴の嘴に似ていることからつるはしとなる。
旧日本陸軍や自衛隊では十字鍬と呼称する。
色々な派生が存在し、鉄道つるはしと呼ばれる物は西洋から伝来した。
寒冷地では氷を砕くのに使われ、用途上頭部の一方が斧状になった。