アフリカでの初戦闘から数時間が過ぎた。
あれほど照り付けていた太陽は完全に隠れて辺りは暗くなる。
落陽して暫く経つと次第に寒さが荒野と基地を斡旋し、兵士たちは等間隔、または乱雑に置かれたドラム缶に火を灯し始める。
時代の進歩で此処にも電気は存在するのだが、たかが基地の街灯如きに使うのは愚かであった。
その中で人狼のテント周辺にも誰が置き灯したかわからない即席の街灯に火が灯る。
尉官や佐官などのテントには一個の電球があり、線を辿ると司令室へと至る。
理由としては至極普通で、換えも利かずネウロイに効果的な魔女を一般兵と同じ扱いとすることはできないのだ。
しかし他とは違ったところが一つある。
それはウィッチとの接触についてであった。
実際ウィッチという存在は基本的に美女や美少女が多く、血気盛んな男衆は彼女らを口説こうとして軍紀が乱れたり、強姦などの不祥事で魔法力を行使できなくなるという事件を未然に防ぐためだ。
極稀に例外はいるものも、処女でなければ魔法力は行使できないという面倒な発動条件である。
過去に欧州でロマーニャの兵士がウィッチを口説く姿を高官にバレて最前線送りとなった経歴がある。
だが此処ではそんな規則は過酷なアフリカということで緩和されており、兵士たちは気軽に話しかけることが可能で、ウィッチのテント付近は立ち入り禁止となっているだけだ。
人狼はどうだろうか。
魔法力を所持しユニットを駆けるとして男性という性別だ。
ということは言わずにも理解はできるだろう。
実際に人狼のテントには侵入禁止を促す看板は立てられておらず、男性なのにユニットを使えるということで兵士たちは興味津々だった。おまけにカールスラントのエースでもある。
けれど人狼のテントには誰も近寄れなかった。
理由としては威圧感があり近づけない等とのこと。
人狼は誰も来ないテントの中で本を読み続ける。
木箱を並べて作った即席のベッドに手持ちの荷物を何も金品はないからといった風に不用心に投げ捨てられている。
それでも一つ、変わったものがあった。
やや糸が解れて何度綿が出て縫い直したのかがわからない人形である。
これはもう人狼が軍に入隊した際に今は亡き妹分のノアから受け取ったもので、人狼人形の傍にはノアの遺品でもある彼女そっくりな人形だ。
人狼は家族だった数少ない遺品を前線へと赴く以外、常に傍に置いておりエースは人形遊びに忙しいと罵られても無視し、補修を行っていた。
「ハインツ大尉、夕食ができました」
「…」
人狼しか通らなかった出入り口からはらりとこの基地で一番に小さい稲垣が現れる。
とても小柄にも関わらずあの機関砲を手に奮闘していたとは想えない、人狼は手にしていた本を置き、外へと出る。
食堂らしきところでは兵士たちが地べたに座り調理された夕飯を嬉々として喰らい、喜びを共有している。
「今夜はカレーですよ。扶桑風、いやブリタニア風がわかりやすいですかね」
「…」
彼女とともに列へ並んだと思うと、彼女はカレーやらを提供する方へと回り、コックとともに配膳する。
彼女の慈善精神はどこから湧くものであろうか。
周りから視線を感じるのを慣れたと言わんばかりに無視して己の皿にカレーが添えられる。スパイスが効いて、食欲をそそる。
人狼は兵士を気遣ってひっそりとテントで夕飯を食べようと、足を進めようとした時。
「ハインツ大尉こっちよ」
「…」
後方から声がするので振り返ると司令官的ポジションに収まった加東の姿が映る。
隣にはマルセイユの相機を務めたライーサが椅子に座りカレーを食していた。
どうやら人狼が座るであろう席には張り紙が置かれてあり、公用語でもあるブリタニア語を始めロマーニャにカールスラント、しまいには扶桑語が羅列している。
意味としては「大尉が座ります」と書かれており、どの言語にもそう書かれているに違いない。
加東の指示に従い、人狼は四か国語で書かれた指定に座る。
人狼は数秒目を加東らへと向けた後、スプーンを手にしてカレーを食べ始める。
「あ、あのお疲れ様です」
「…」
「地上支援をする稲垣さんを護衛してくださってありがとうございます」
「…」
人狼はそんなのは当然だと雰囲気を醸し出す。
それでもライーサは黙々と食事をしている人狼に対し、完全には恐怖心が拭いきれずにいてやや萎縮している。
まあ場数を潜ったとしても年頃の女子にはきついであろう。
しかし加東は人狼の雰囲気を察知し、怖がるライーサを尻目に苦笑しつつも稲垣から報告されたことを口にする。
「聞いたわよ、被弾したのだって。本当に傷口大丈夫なの?」
「…」
忙しく動かしていた手を止めて、コートの袖口を捲る。
皮膚には先の戦闘で負傷したとは想えないほどに何もなく、むしろ筋骨隆々の腕が姿を見せ、たくましくも肉体美に溢れた腕を二人は凝視して息を呑む。
「スゴイ筋肉ね…」
「そうですね…」
「確かにこれならば機関砲二挺にその他諸々を持てるわ」
「例えるのなら彫刻…」
「…」
それなのに人狼は褒められているにも関わらず、依然として態度を崩さない。
人狼と呼ばれる種族なのだから怪力なのは当然なのだ。
現に怪物と見なされる吸血鬼はセラスのような一般婦警でも重々しく武骨な機関砲を背負い弾が切れるまで気球船に射撃を行った。
淡々とカレーを食す人狼を目に加東は申し訳なさそうな表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「ごめんなさいね、マルセイユが失言をあんなにも吐いてしまって。本当は優しくて人を思いやれるいい子なのだけど貴方を何故か敵対視してしまってるの」
「…」
「元々好戦的な子ではあったけどあそこまで過激になるとは想像しなかったわ」
「私もあそこまで乱れたティナは久しぶりです」
「戦闘から帰還した際にガツンと言ったから許してもらえると嬉しいのだけど」
「…」
人狼は手を止めて、まるでマルセイユの保護者のような彼女を見つめる。人狼はコクリと首を大きく振り許すということを表す。
実際にはこの手のことは少なからず存在したので特に精神的苦痛は無い、平然とカレーを口にしている。
そんな人狼を差し置いて彼女はまるで自分のことのようにほっと胸をおろした。第一印象がかなりアレだったのであろう。要因がカレーや暑さではない冷や汗がうっすらと浮かんでいる。
「マルセイユ本人が謝ってくれると、なおさら楽なのに……」
彼女もかなりマルセイユに苦労を掛けさせられているらしい。どこぞの大佐みたいな苦労人気質なのであろう。
唐突に彼女がいたたまれないような立ち位置に同乗したのか人狼は水筒とは別の水筒を取り出して加東に突き出す。
加東は首を傾げながら蓋を開け、匂いを嗅ぐと中身は上質なウィスキーが入っていた。人狼が傷口の手当にも使えるという理由で常日頃から持ち歩いているのだ。
「へぇー、中々いいの持ってるじゃない」
「何でしたか中身?」
「お酒よ、しかも良質なウィスキー」
「最近は仕事でお忙しそうでしたね……」
「まったく、ロンメル将軍ったら書類仕事はまあ得意だとはいえ頼りすぎなのよ!」
今までに溜まっていた不満が酒の匂いで爆発したのか、一気に水筒を傾けて効果音が出そうなほどに飲み続け、空となった水筒を机に勢いよく叩きつける。
自分の所持品でもないのに叩きつけたため、水筒の角がやや凹んでしまった。
「ったく、マルセイユも将軍もどうして身勝手な人が多いのかしら。やってられないわよ……」
「あ、あははは……」
同情の目を向けつつも、彼女の豹変っぷりに引き気味のライーサ。彼女の笑みが引きつり乾いた笑い声を発する。
中身は度数の高い一品であったためか酔いが早く、凡人より酔いが早く酒癖が悪い彼女は頬を染めて瞳をダランと垂らす。
時折怒り口調で喋るので怒り上戸なのだろう、稀にしゃっくりを鳴らしながら愚痴を呟き始めている。
「ちょっと大尉聞いてるの? 被弾した知らせを聞いた時はすっごく肝が冷えたのよ、知ってるのかしら!」
「…」
「貴方ホント無口すぎるのよ! 挨拶ぐらい言わないともうぶっちゃけると怖いのよ、わーかーるぅ!?」
人狼は人知れずに迷惑を掛けたと腰から新たな水筒を取り出し細長いタイプを差し出す。中身は同種のウィスキーである。
隅で面倒事に絡まれないようにライーサは何故水筒を三本も持っているのだろうと不思議に思っていた。
その日は人狼とライーサ、それと追加で巻き添えを喰らった稲垣がどこの繁華街に居るであろう、へべろけと化した加東の愚痴を散々と聞かされた。
話を中途半端に聞いてると途中で彼女に見透かされて、激怒しつつ酒を飲めと要求するのだ。
その結果、加東のテントでは少女二人が容易く許容量を超えてダウン。
人狼は持ち前の酒の強さを存分に発揮したためか加東が寝静まるまで起きていた。
翌日、謝罪の言葉が当の本人から口にされ、人狼と二人はアフリカ一の苦労人である彼女がいたたまれなくなり、暫くは気遣ったという。
ウイスキー
イタリアの貿易都市で生まれたもの。
蒸留酒の一つで、大麦、ライ麦、トウモロコシなどの穀物を麦芽の酵素で糖化し、これを発酵させ蒸留したものである。
日本で有名なウィスキーのメーカーはニッカウヰスキーであり、その会社を元とした『マッサン』というNHKドラマがある。