基地の歩哨を除いた全ての人員は寝静まり、まるでこの世界には自分と対面しているジェネフ以外は存在しないのではと錯覚する加東。
きっとそれは故郷の扶桑とは違い、コオロギの音やカエルの鳴き声が聞こえないからであろうか。
にしても何故ジェネフが此処にやってきたのだろうか。
疑問に駆り立てられた彼女はその原因を模索する中、ジェネフは一兵士としての雰囲気を漂わせながら口を告げる。
「休暇申請について申し上げたい」
「……は?」
重々しい雰囲気から発せられたのはまさかの休暇申請。これには彼女もひょんな声を上げる。
「ちょっとふざけてるのかしら」
加東はこの発言に呆れたと同時に、このどうでもいいことに怒りを覚えた。
それもそのはずだろう、ただでさえも毎日毎日昼夜問わず喧騒を騒ぎ立てているくせに休暇を寄越せと言うのだから。
そのくせ自分は休みの一つも貰えない常に働き詰め状態だ。
所持していたペンを弱くも叩きつけ、彼を圧迫するように声に怒りを混ぜる。
「常に騒ぎ立てているくせに休暇を寄越せとか。貴方舐めているのかしら」
「なわけないだろう、俺は真剣だ」
「どうせ貴方が休暇を取ったら軍規が乱れるようなことをするんでしょ。目に見えます」
彼女の発言にジェネフは反応した。そして頭を掻いて、何かを説明しようとしているのだが言葉が思い浮かばず、黙りこくる。
加東は自分が為すべき仕事を終わらそうと書類を記載していく。
ジェネフが口を閉ざして五分経過したときだった。
「いや俺ではなく……マルセイユのことなんだ」
「……どういうことよ」
まさか彼ではなく第三者のマルセイユだったことに驚きを隠せない様子の彼女。言葉では平静を偽ってはいるが、心情としてはかなり戸惑っていた。
陸の専門である彼と空の専門のマルセイユ、だが接点なんて両者とも尉官であることぐらいだ。交友関係は良いとは聞くが実際にはわからない。
加東が疑問に思う中、ジェネフは腹の中のモノを全て吐き出すように全貌を伝える。
「つまりだ。マルセイユを休ませてはくれないか、南リベリアンで」
「はあっ!?」
再三に驚嘆させられるような発言を繰り返すジェネフに彼女は驚きを隠せないほどの大声を上げる。様子としても目を見開き、口を大きく開けてだ。
余計彼女の中では疑問が渦巻く。「一体どうしてそんなことをする」「何故わざわざ南リベリアンまで行かせる」といった風に。
目頭を抑え、内容を整理していく。
一秒が一分のようにも感じる状況から導き出される答えはあまりにも常識的なモノだった。
「無理よ。なんでアフリカの最高戦力であるマルセイユを後方までに行かせて休ませないといけないのかしら」
口調を強めながらジェネフに問う。
それもそのはずだろう、マルセイユは基地に大事な存在かつ収入源の一つだ。
彼女が居るからこそ部隊の兵士は士気が高く、彼女が基地に存在しているから民衆からスポットを浴び、支援物資やプレゼントが届くのだから。
長年戦っていけたのは彼女の存在である。もしもマルセイユではなく他のウィッチでならありえたことだろうか。
普段から兵士と関わりを持つジェネフならこのことは認知していたはずだろう。
それなのに何故そのような結論に至るのかが不思議で仕方が無い。
そんなジェネフはきっぱりとその意図について応えた。
「あんたらにとって、マルセイユと存在はまさに一等星の如き光り輝く存在だろう。だけどな、プロパガンダから乖離してみると不思議なことに少女が生まれる」
「……意味が分からないわ」
「はっはー。あんたも本当はわかっていたはずだ、いや
「……」
「つまりだ、あの娘に必要なのは金でも武器でも嗜好品でも戦友でもない」
ジェネフは勇ましく加東の元へと迫る。加東は近寄らせまいとジェネフの顔を睨め付けるも、彼は臆しなかった。
腕を机越しから伸ばせば届くだろうという範囲で立ち止まり、彼は腰を曲げて座っている彼女の顔へ迫る。
加東の吐く息からは先のコーヒーの香り、ジェネフの吐き出す煙草の臭いが交錯しする。
「家族。あの娘には
「……」
彼女はジェネフが告げた言葉の意味がどうしてそうなるのかを考えていた。
普段から明るく陽気に振る舞う彼女の口から家族が恋しいといったことは聞いていないからだ。
しかし、
ネウロイがカールスラント含め欧州に侵攻を始めた頃、マルセイユは軍に在籍していた。そこでエリート揃いのJu52で撤退戦を支えた。
その後はアフリカに配属されて戦いに明け暮れて今に至るわけだ。
だが、ある疑問が生まれる。
それは彼女の家族の安否だ。
早急に避難指示が出されたとはいえども、犠牲者は多い。道中に出現したネウロイに殺害されたのも事実だ。
「マルセイユの家族は死んでいるかも知れないのにどうして言い切れるのかしら。納得できる情報源は何よ」
不明実なことには確実な情報源が無い限りは認めない。それは加東がカメラマンとして生きていた際に養った教養だ。
ジェネフは顔を上げ、ポケットを弄る。目当ての物を見つけたジェネフは机が音を立てるほど激しく叩きつける。
振動でカップが揺れて、中のコーヒーが零れそうになる。けれど、彼女の視線は一枚の用紙に向けられていた。
彼女は叩きつけられた書類を手に取り、まじまじと読む。
その用紙に書かれていた全容はマルセイユのファンクラブの加入書だ。まさかこのファンクラブの用紙がマルセイユの両親が生きているという証言なのかは到底ありえない。
「こんな紙切れ一枚で何が―――――」
加東が用紙を投げ捨てようとした時、あるところに目がいく。
それはファンクラブの創設者兼責任者の名前だ。
そこにはマルセイユのあの長ったらしい名字が二名とも記載されている。一人は男性の名前で二人目は女性の名前だ。
「ま、まさかこれって……ッ!?」
「そうだ。マルセイユの両親は生きている」
思わぬ事実に無意識に用紙に力が込められ、息を呑む。
創設者だけだったら死んでいても記載されるだろう。だがしかし、責任者となれば話は別だ。死人に責任を負わせることはできないからだ。
日付を確認しても先月刷られたものであることがわかる。
「これで十分だろう、さあ彼女に休暇を――――」
「めでたいことだけど、却下だわ」
「何故だ」
始めてジェネフが睨みつける。間違いなく敵意が混じっている。
彼女はため息を吐いてから、理由を淡々と述べる。
「ただでさえもこのアフリカには戦力が無いの。だから彼女の協力が必要」
「どうかマルセイユを家族の元へ帰らせてもらえないか!毎度偉い方々の勝手な事情に振り回されて、後悔するのは常に俺らだ。あの娘はいつか精神が壊れてしまう!お願いだ!」
確かに今までもそうだった。
いつの間にか彼女がアフリカの司令官的立ち位置になったり、無謀ともいえる作戦に参加させられたことは経験済みだ。
幾度の難易度の高い挑戦には勝ったものも、下士官の自分らはさして報酬は貰えない。
貰えたとしても、安っぽい名誉を与えられプロパガンダに使用されるのが関の山だ。
今までの境遇には共感せざる負えない、彼女も隠していた本音を漏らす。
「……ごめんなさいね、私も本心を告げると彼女を後方に送らせたい。だけど今は無理なの」
「く、くそ……!!」
「やめなさい馬鹿!」
抗うことができない事実に膝から崩れたジェネフは悔しそうに何度も地面を殴る。
痛みが無いのだろうか、幾度も殴っていくので加東も離席して止めに入る。腕を残り少ない魔法力で強化して掴む。
多少の抵抗はあったものも時機に落ち着きを取り戻した。手からは血を流しているものも骨は折れてはいない。
ハンカチを取り出して応急処置をする彼女は、どうしてそこまで躍起になってマルセイユを助けようとするのかが疑問に思った。
恋愛的感情はないだろう、あのマルセイユが恋をするとは想えないからだ。それならば何故だろう、彼女は息を整えている彼に訊いた。
「なんで躍起になれるのかしら?」
「……戦友がな、大事な家族をなくしてしまったからだ」
ポツリと彼女は小さく告げる。
「そいつ自身の両親も亡くし、妻も子供も全員だ。全員亡くしてしまったからだ」
「……」
「残ったのはそいつ一人。何度も何度も女を紹介してもアイツは妻が居るからといって断り続ける。俺ら軍人はいつ死ぬかはわからない、それならせめて死ぬ前に家族に逢いたい、ただそれだけなんだよ」
「相手が死んでも?」
「勿論だ。軍人は色々な所に配属されて家族とは離れ離れだ。その家族にとっても再開は嬉しいものだからな」
ジェネフはむくりと立ち上がり、ふらふらとテントから出て行った。
取り残された加東はため息を再度吐く。散々に自分で荒らしていったくせに最後は意気消沈して何処かへ消えてしまう、その行為に呆れたからだ。
責任を持てない人間は彼女の嫌いな分野に入る。
とあるファイルから一枚の書類を引き出し、書類仕事を再開した。
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それから二週間が経過した。
いつも昼食後はポーカーをしているウィッチたちの面子の中にマルセイユの姿はなかった。現在居るのは稲垣とライーサ、それに人狼である。
相変わらずポーカーでは人狼の無表情の強さを発揮して、二人を差し置いて勝ち続ける。
一方、マルセイユのことを敬愛するマティルダがマルセイユを捜していた。
ちょうどよく、彼女の目の前を加東が通過したのでマティルダ。は加東に声を掛けた。
「鷲の使いを知らないか?」
すると加東は笑みを浮かべながらこう答えた。
「鷲は思っていたよりも小鳥だったわ」
とあるアフリカの港湾都市では、金髪の少女が二人の中年の大人に抱きかかえられて船の汽笛以上の歓声を上げた。
彼女の頭上では大鷲が旋回しながらその様子を眺め、かつて己もそうであったことを回想し、鋭い嘴から口角をつり上げる。
祝福するかのように鷲は空に向かって啼いた。
マンリー級高速輸送艦
アメリカで生まれた輸送艦、建造期間は1917年から1920年だが、就役期間したのは1940年から1946年である。
第二次世界大戦当時のアメリカ海軍の高速輸送艦の最初の艦級である。
アメリカ海兵隊は、1920年代より島嶼部での戦闘に関する研究に着手し、そのなかで、小部隊での襲撃においては、小型・高速の輸送艦が特異な有用性を備えると考えるようになった。
大戦末期にはレーダーピケット艦として運用され、特別攻撃機の目標となることも多く、四隻が特攻により戦没し、他にも多数の艦が損傷している。
1946年に除籍。