人狼は夢を見れるのか   作:渡邊ユンカース

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今回はジェネフ視点があります。


救護

いつからだろうか、俺がここまで真剣になるのは。

幼少期はやんちゃ坊主として町の皆に認知されていて、父親も外で遊ぶことを勧めていた。学校から帰るとすぐに友達と公園に遊びに行った。

 

だが母親は違った。父親は俺が八歳の誕生日を迎える前に亡くなり、その日を境に勉強漬けの日々を送ることとなった。元々教育方針については二人とも意見を違えては論争になることもしばしばあった。

 

嫌々したくもない勉強をしていた時期に一つの趣味ができた。それはギターで、学校帰りに路上でお洒落な服を着た男がギターで当時話題になっていた曲を弾いている姿を目撃したのがきっかけだ。

俺の家はレコードは無かったため音楽に乏しかった俺は余計にハマり、小遣いをコツコツと貯めて、安い中古のギターを購入した。初めて買ったギターは表面が大きく傷ついているも弾くことには支障はなかった。

 

母親に内緒で購入したので母親が居ない間に弾いてみたり、人気のないところで弾いてメキメキと腕を上達していった。自慢ではないのだが、俺は要領の良い子供だったためギターの参考書に書かれている難易度の高いコードも二週間ほど練習するだけで弾けるようになった。

初めての曲を一通り弾き終わると俺は満足感が体中を駆け巡り、その日はどんなつらいことがあっても笑って過ごせた。だから気が狂わずにいられたと実感する。

 

しかし、内緒というのは隠し通すことが非常に難しい。

十歳の時に普段からギターを隠していた屋根裏部屋がついに見つかった。母親はすぐに俺を呼びつけて酷く叱りつけた。母親はヒステリックを起こして愛用していたギターを大きく振りかぶって破壊してしまった。

今までは母親には暴力を振るわなかったのだが、今回ばかりは振るってしまい、顔を殴りつけると母親は「お前なんて産むんじゃなかった」と俺に怒鳴りつけた。俺は憎悪と怒りを胸の内に抱きながら、即家を出た。

 

もうこんな家出ていきたかった。

だったら何処か遠くで独りで自由に暮らそうと考え、一人旅を決心した。しかし、警察にあえなく補導されてあの家に帰ってきてしまう。

この件以来、より勉強への束縛は強化されて友達と一緒に外で遊ぶことはできなくなったなり、友達も次第に減った。

唯一、頭だけは良くなった。

 

ある時、俺に転機が訪れる。

それは軍の士官になるための試験だ。母親は大学受験よりも難しいとされる士官の試験には積極的で俺も親元を離れることができるので大変喜ばしかった。

だから俺は一日の勉強量を増やし、合格しようと必死になった。合格すれば自由が訪れると信じて、ペンが血塗れになるほどに努力した。

結果としては合格、晴れて俺は士官学校へ通うこととなった。

 

士官学校では自由が少ないといえども、家よりかは存在し俺は満足した生活を送った。士官学校を卒業すると、あのランデル閣下の下に着任して初任給で再度ギターを購入し仲間の前で披露した。補足としてギターは新品で値が張る種類の物である。

少年だった際はギターの存在を隠し通すために友達にも内緒にしていたのだが、もう違う。俺は仲間の前で昔に流行った曲を弾く。久しぶりに弾いたので拙いところもあったのだが、評価としては拍手喝采で、喜んでくれた。

皆の喜んで満足げな表情を見て、俺も満足した様子で笑った。

 

それ以来俺は人を満足させることができる魔法の道具を使って演奏を続けた。後から着任したエドガーもハーモニカを吹けたこともあり、二人で演奏を週末の夜に行う。観客は機甲科を飛び越えて、歩兵科や工兵化を飛び出して、しまいにはランデル閣下までやってきた。

 

そして俺は人を楽しませることに憑りつかれ、何処の基地に行ってもギターを奏でて演奏を行った。

パ・ド・カレー、南リベリオン大陸、そしてこのアフリカでも続けた。

 

だが、アフリカでは俺の音楽を聴いて好しいと思わなかった人物が存在した。

加東圭子、扶桑人のカメラマンでありながらアフリカの部隊の指揮権を持つ女性だ。いつも通りに兵士たちを楽しませていると彼女から苦情を言われ、俺は不思議に感じた。

何故他の皆は楽しんでいるのに彼女だけは喜ばないのかと。

扶桑ではギターが流行っていないのかと同じ出身国の兵士や稲垣軍曹から訊いてもそうでは無いと言う。

 

ならば他に原因があるのではないかと彼女を探った。

案外理由というものはあっさり見つかるもので、どうやら音楽を楽しむ時間が無いとのこと。毎日彼女は働き詰めの日々を送り、緊急時には自身も出撃するといった激務を行っていることや基地全体の責任を負う彼女に畏敬の意を表した。

扶桑人は働き気質という言葉があるのだが、あまりに度が超えている。気休め程度になればいいと何か喜ばせるものがないか模索した。

戦果を挙げたとしても書類の処理をしなければならない、それ以前にうちらが出撃する機会がほぼない。

一度書類作業を手伝おうとしたのだが、加東からキッパリと断られてしまった。常におちゃらけている態度から俺を信用できなかったのだろう。

 

幾多の失敗を経て辿り着いたのは今回の野球大会の優勝である。きっと優勝を獲得できれば彼女は喜ぶかもしれない。そうすれば初めて彼女を楽しませることができるかもしれない。

俺は戦闘並みに集中力を働かせ、真剣に戦った。

 

 

だけどまさかあそこで意識が遠のくとは思っていなかったのだが。

 

 

ゆっくりと俺は瞼を開ける。目に映るは緑色の天井、左右に頭を振ると空いているベッドがあり挟まれている。おそらくは此処は救護室だろう。

体を起こそうと力を込めるもめまいで思うように動かせず、視界がチカチカする。体もダルい。手首には点滴が打たれており、ベッドの横には点滴台がある。

 

「そういや俺、倒れたんだっけ」

 

目を覚まして時間が経つと記憶が徐々に思い出してくる。体調不良でぶっ倒れたことや球が打たれてしまったことが次々と浮上し、自身のずぼらな体調管理に呆れて思わず大きなため息を吐いた。

目を覚まして十分が経過、指先の細かな動作や体を起こせるようになった俺は点滴の針を外して外に出ようと考えていると、不意にテントの扉が開き、そこから見知った人物が入室する。

 

「あら起きてるじゃない」

「……加東隊長」

 

その人物は栗毛の短髪で赤いマフラーを常に着けた加東であった。彼女はづかづかと俺の横まで迫り見下ろす。俺は寝たまま対応するのは悪いと考え上半身を起こす。

 

「なら丁度いいわね」

「は?」

 

バシンとテント内に乾いた音が響く。俺は何をされたか目を大きく見開き、次第に痛む右頬に手を添える。

 

「貴方馬鹿じゃないの!? たかだか野球の試合でぶっ倒れる馬鹿は何処にいるのよ!!」

 

彼女は俺に向かって罵声を浴びせる。絶賛病んでいる俺の耳に猛烈に響くも、俺は未だ何が起きているのかが理解できずに困惑していた。

そんなのお構いなしに彼女は次々と怒気の籠った罵声を浴びせ続ける。

 

「なんで変なところでやる気が出るのかまったくもってわからないわ! 俺は旅団を代表とするエースなんだってほざいても結局はただの球児じゃない! いや、それ以下の草野球をするありふれた子供よ貴方は! 水分補給を怠り、それが原因倒れて死んだらどうするのよ、仮にも貴方は戦車隊の隊長でしょう!!」

「はっはー、やっちまったな」

 

ようやく状況が飲み込めた俺は普段みたいに軽口を言う。ヘラヘラとする態度が気に食わなかったのか彼女は俺の頭を鷲掴みにして力を込める。

いくらあがりを迎えているからといっても僅かに魔法力はあるため、ミシミシと頭が割れるぐらいに痛む。悲鳴を上げながら彼女の手を剥がそうと抵抗する。

 

「痛いって加東隊長!」

「……どれだけ私が心配したかわかってるのかしら」

 

十秒ほど鷲掴みされて解放されると彼女は突然しおらしい表情に変わり俺の方を見つめる。突然の変わりっぷりに一瞬理解できなくなるも、その意味を理解した俺は俯いて一言呟いた。

 

「ごめんな」

「……ばか」

 

それは謝罪の一言。彼女の意図を理解した瞬間、罪悪感がこみ上げてきてその一言しか言えなかった。普段から謝り慣れていないのもあってか、ついたどたどしくなってしまう。

怒気の籠っていない小さな罵声を俺にぶつけた後、何処からか椅子を持ってきて俺の横に座る。まだ夫婦仲が良く俺が風邪で寝込んだ時と一緒の構図である。

彼女はどこか温かさを感じさせる視線を俺に向け、腰の小さな鞄から果物ナイフと新鮮なリンゴと小皿を取り出した。

 

「加東隊長、新鮮なリンゴなんて珍しい。普段じゃドライフルーツでも良い方なのに」

「たまたま昨日私用で買ったのよ」

「はっはー、物流が中々行き届かない状況なのにわざやざ俺にくれるんですかい? 変わった人だ」

「そう。ならリンゴは要らないのね」

「いやいや、そうは言ってないでしょうよ」

 

彼女は慣れた手付きでリンゴを剥く、器用に剥くのだと感心しながら彼女が剥き終わるのを待った。俺は普段から待つのが苦手であったのだが、不思議と彼女がリンゴを剥く姿に夢中になって眺めていた。

剥き終わり、食べやすいサイズに切ると今度はフォークを取り出してリンゴを刺して俺の前に差しだした。俺は彼女の意図を読み取り、にやけ顔で彼女を揶揄った。

 

「俺にリンゴを差しだしてどうしたんですかい? いやー、扶桑の文化はよくわかんないですわ」

「な、何言ってるの! ほらさっさと口を開きなさい!」

「おお怖い怖い」

 

俺が口を開けると彼女はリンゴを口の中に突っ込む。俺はそれを咀嚼する。シャリシャリとした感触と酸味が効いて大変美味い。これほどまで美味しいリンゴは初めてであった。

一個目を食べ終わるともっと寄越せと雛鳥の如く口を開く。彼女も俺に応じてリンゴを差しだす。これを何度も繰り返している内に、とうとう皿の上にリンゴが一つだけとなった。

 

「悪いけど一口貰うわね」

 

彼女が半分食べリンゴを味わう。このまま食べるのだろうと予期すると、あろうことか彼女は俺に半分となったリンゴを差しだした。俺は大いに慌てふためいた。普段冷静で思慮深い彼女がなんでこの行動に出るのかがわからなくなっていた。

熱さで脳が壊れたかと彼女の顔を見ると、彼女は麗しの乙女のように顔を赤らめて恥じている様子であった。彼女が羞恥していることを知り思わず俺も顔を赤らめる。

このまま期待に応えなければならない。

俺は勇気を振り絞りリンゴを食らう、先程と味は変わらないのに味が感じない。おかしい。

 

彼女はというと皿やナイフを片付けこの場から即立ち去ろうとしている。

勝ち逃げというのは卑怯だ。俺だってやられてるだけじゃ終われない、隊長としてではなく一人の男としての威厳が保てない。

 

「なあここだけの話があるんでちょっと顔を寄せてくれると嬉しいぜ」

「……何よ?」

「いいからいいから」

 

彼女は俺の作戦通り顔を近づける。もう顔には赤みはなく、通常時と同じ顔色だ。

近づいてきた彼女の後頭部を掌で当てるように腕を回し、そのまま彼女の頭を一気に寄せる。彼女は驚いた声を上げることなく、彼女の唇に俺の唇を当てる。接吻、すなわちキスである。

 

状況を理解した彼女は瞬時に顔を赤くして目を見開いた。

しかし俺を剥がそうと思えば剥がせるのに抵抗することなく彼女は俺の舌を受け入れた。相変わらず成長の早い俺は娼婦館などでキスの技術を習得し、いつのまにか娼婦をキスだけで相手を絶頂へと導くことができるようになっていた。

静かに粘液が絡み合う音が小さく鳴り、俺は満足したのか舌を戻して紅潮させて惚けた様子の彼女に俺が心の底から感じたことを確かに伝えた。

 

 

「お前が好きだ」

 

 

真剣になおかつ正直に伝えた一言は彼女を正気に戻すのには十分すぎた威力で、戸惑った様子で口をパクパクさせる。普段なら間抜け面だと馬鹿にしていたのだがその姿すら愛おしい。

この愛おしいという感情を抑えきれなくなった俺は再度意中の彼女ににキスを行うのであった。

 




フルーツナイフ

西洋料理のコースなどで、食卓で果物を食べるために用いる小型のナイフ。フルーツフォークと対で使用する。
フルーツナイフは果物ナイフの別名である。
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