人狼は夢を見れるのか   作:渡邊ユンカース

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迎合

軍事施設襲撃事件から翌日

 

人狼の孤児院で院長を務めているヒトラーのもとに一通の封筒が届いた。

ふと差出人を確認すると、軍隊からのものだと判明した。

 

「こ、これは!?」

 

急いで中身を開けると中には、人狼を兵士として受け入れるための書類や個人情報を書くための用紙が一式揃っていた。

すぐに院長は人狼を呼んだ。

 

「ハインツ! 話があるから来なさい!」

「…」

 

階段を下り、人狼は顔を出した。

院長は腕をつかみ、絵を描くために日頃から使っていた書斎に入る。

決して大きくはない書斎には絵具や筆、それと絵を描くために紙を固定する台が置かれていた。

人狼を中に入れるとドアに鍵をした。

 

「ハインツ、君は何をしたんだ!」

「…」

「何故! 何故軍隊から封筒が送られてくるんだ!」

 

院長は人狼の肩を掴んで体を揺らす。酷く動揺しているようで、普段の院長の目は優しい眼光であったが、この時は血眼になっていた。

人狼は封筒を院長から引ったくり、ある書類を見せる。

 

「ウィッチ特別手当だと……」

「…」

「そ、そんな…。君は男の子じゃないか!」

「…」

 

ウィッチと呼ばれる部隊は本来、女性しかなることが出来ない。何故なら、男性には魔法力という力が備わっていないからだ。

ましては、その魔法力を所持している人は女性でも数少ない、とても稀有な存在だ。

それなのに男性で魔法力を所持しているなんてものは、せいぜい神話上の話しか無いのだ。

 

「多分、間違えて送られてきたのだろう。なっ、そうなんだろう?」

「…」

「お願いだ。そうだと言ってくれ……」

 

人狼は首を小さく横に振る。

院長は驚き、目を大きく見開いた。

人狼は自分がウィッチとして志願したことを証明して見せるために、霧状になってみせた。

 

「なっ!?」

 

そして院長の背後に回り、姿を戻す。

虚ろな目で人狼を見る。

 

「…」

「…本当だったのか。君がウィッチに志願したということは」

「…」

 

こくりと人狼は頷く。

 

「…君は確かに他の子とは違うと私は認識していた。無口で非常に大人しく、子供の並大抵の筋力ではない筋力を持っていて、そしてなによりも達観視していた。一つ言うが、君は何者なんだ?」

「…」

 

人狼は答えない、いや答えることが出来ないのかもしれない。

人狼が前世で生まれた場所でさえも、親の顔すらも覚えてはいない。親から貰った名前すらも覚えてはいない、むしろ名前というもの自体を貰っていなかったのかもしれない。

モンティナ・マックス少佐が率いるミレニアムでは大尉や戦争犬と呼ばれてはいたものも、それは固有名詞ではない。判別させるための普通名詞にしか過ぎない。

 

一言で言うならば、名前の無い怪物

 

例として動物園で表すと、動物としての種族などの分類はわかるが、その動物の一個体としての名前が無いのだ。

そんな世の中で、人狼は狼男や大尉という普通名詞で呼ばれて生きてきた。

 

 

だが、その生き方は変わった。

 

 

前世では総統閣下として存在していたアドルフ・ヒトラーから名前を授かり、兄弟や少女からハインツと呼ばれるようになった。

普通名詞で呼ばれてきた生き方から固有名詞として呼ばれる生き方に変わったのだ。

人狼は嬉しかった。初めて自分を兵器や展示品として扱うのではなく、一人の人間として扱われたことに。

だから人狼は院長にお礼をしたかった。それは前世が総統閣下とは一切関係なしに、たった一人の恩人として。

 

「…そうか、けど答えなくてもわかった気がする。ハインツが私を助けようとしているのが」

「…」

「ウィッチになれば給料でこの孤児院を救えると思ったのだろう」

「…」

「一人が働けば子供たちを含め、私ら四人が貧困から救える。そう考えたのだろう?」

「…」

 

人狼は首を縦に振った。

 

「悔しい、悔しいよ俺は! 俺は子供たちの貧困から救うために、この孤児院を立ち上げた! それなのに! 結局のところ、未だに貧困という悪魔に苛まれ続けているんじゃないかッ!!」

 

院長は大粒の涙を大人げもなくボロボロと流していた。

 

「そんな俺たちを救おうと大切に育てた子供が危険な仕事場で働きに行くのが悔しい! そして何も出来ずにいる俺自身が悔しい! いやそれ以上に憎い!」

 

院長はハインツに抱き寄せた。強く抱きしめられている。

 

「ごめん、ごめんなぁハインツ…。どうか不甲斐ない俺を許してくれぇ…」

 

人狼は院長の頭をひたすらに撫でることしか出来なかった。

優しく、丁寧に撫でた。まるで子供をあやすかのように。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

約束の日がやってきた。

正午ちょうどに、一台の黒塗りの高級車が停まる。中からはダロン大佐と呼ばれる軍人が出てきた。

そして、ノックを鳴らした。

 

「こちら軍の者です。アドルフ・ヒトラー様はいますか」

 

軍人とは思えない丁寧な物言いで大佐は言う。

すると院長はドアを開けた。

 

「はい、私がアドルフ・ヒトラーです」

「ヒトラー様ですね。こちらに住まわれているハインツ君は居ますか?」

「…わかりました。ハインツ、軍の方がいらっしゃったから来なさい」

「…」

 

廊下から人狼が服などが入った木箱を抱えながら顔を見せた。

 

「…」

「すみません、無口で」

「いえいえ、お気になさらず」

 

大佐は目を疑った。

あの戦車を破壊した化け物がこんなにも小さく、幼いことに。

背の高さは大佐の胸元までしかない。

 

「小さいですね」

「こう見えても学校では一番大きい子なんですよ」

「そうなんですか。…さてハインツ君、早く車に乗りたまえ」

「…」

 

通れるように大佐は隅に寄った。人狼は空けて貰ったところを通り、車のドアを開けて荷物を入り、人狼も乗る。

非常に慣れた手つきだったので大佐は不審に思った。

 

「彼は車に乗ったことが?」

「私たちと暮らしている間は乗ったことありませんよ」

「…私たちと暮らしている間?」

「そうなんです。実はハインツは孤児でして」

「なるほど。その前は全くもって情報が無いと」

「えぇ、恥ずかしながら。しかし産婆や娼婦街で親を探そうとしましたが見つけられませんでした。不思議ですよね、特徴的な髪や肌をしているのに」

「確かにそうですね、私たち軍も調べましたが一致しませんでしたね。本来なら褐色肌で白髪頭だから印象に残るはずなのに、彼は何者なんですかね」

「それはまだわかりませんが一つだけわかったことがあります」

「何です?」

「ハインツは心優しい少年だということ、ただそれだけです」

 

院長は笑った。嘘偽りの無い笑顔だった。

大佐はその簡単な答えに納得した。確かに人狼が施設を襲撃した時も、怪我人はいたが死者はいなかった。正確には、一名だけ死者が出たがそれは自殺によるものだとわかった。

 

話が終わり、人狼が車の中で本を読んでいた時に孤児院の子供たちが窓から飛び出して車に近づいた。

それを見た人狼は、ドアを開けて降りる。

 

「ハインツ! どうして行っちゃうの?」

「俺らと暮らすんだろ!」

「僕たちは家族じゃないか!」

「…」

「また会えるよね?」

 

ハンスの答えに人狼は首を縦に振る。

 

「約束だからな!」

「約束の印でこれあげる!」

 

ノアから手渡されたのは人狼そっくりな人形だった。

彼女の顔をよく見てみると目元には隈がうっすら浮かんでいた。

 

「これ、ハインツのために作ったのよ。受け取って!」

「ハインツのために夜通しで作ったんだって」

「しかも泣きながらね」

「うるさいわね! あなたたちだって泣いてたじゃないの!」

「な、泣いてないし!」

 

そんな茶番をしている子供たちに人狼は三人を纏めて抱擁を交わした。

人狼のためにこんなに尽くしてくれたお礼だった。

三人糸が切れたかのように泣き散らした。

 

「…ハインツ、私からも贈り物を授けよう」

 

そう言うと院長は一旦孤児院に戻り、数分後には年季の入った規格帽を人狼に被せた。

 

「うん、非常に似合っているぞ。私のお古だ、気に入らなかったら捨てても構わない」

「…」

 

前世の記憶ではまだ規格帽の存在はない。しかし、それは前世の世界観であり、今の世界では第一次ネウロイ大戦中に存在が確立されている。

 

 

そして、お別れの時間になった。

ダロン大佐は人狼の隣に座る。エンジンが掛かり、車は前進した。

子供たちは腕を引き千切れそうなほど手を振った。

院長は叫んだ。

 

「必ず手紙を送れ! 我が息子よ!!」

 

人狼の心になにかが刺さる。そしてそれが何か理解した。

これが愛なのだと。

 




規格帽

ドイツでは全ての組織の帽子を揃えるために1943年に出来た。1943年に出来たのでM43帽とも言われる。
山岳帽やバイザー付きの略帽の長所を合わせた帽子になっている。
折り返しの部分に二つのボタンで折り返しを下げて耳を寒さから防ぐことが可能だった。
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