荒野に土煙を立てて進む一台の車両が存在した。一見、普通のトラックのように見えるが、近場で確認すると従来の既製品の物と大きく変わっていた。
本来、後輪が存在するであろう箇所には戦車に用いられている履帯が存在し、エンジンの馬力も変わっていた。
勇ましい音を立てて進むハーフトラックの布製の壁を捲り、辺りを確認する兵士の姿があった。彼は辺りを確認し終えると荷台に搭載した無線機に語り掛ける。
「こちら旅団偵察車両一号、敵を補足せず」
『了解、任務を続行せよ』
「了解」
兵士は再度、壁を捲って辺りを双眼鏡で確認する。この車両に乗車している人数は彼のように無線機を用いる兵士二人と運転手が一人だ。また、兵士はガスマスクを着用していないが、これにはネウロイから撒かれる瘴気は広大なアフリカという土地のおかげで濃度が薄く、害にはならないという理由がある。裏返せば、都市部にネウロイは大量に居ると考えられ自然と瘴気も濃くガスマスクを着用しなければならない。
本作戦における進行の手順はかなり慎重である。それは三日に渡って進行先の偵察を行い逐一報告する。三日間、何も起きることがなかったらそのまま進軍。もしもネウロイが現れたのなら、航空ウィッチ、あるいはリベリオン軍に所属する陸戦ウィッチの戦闘部隊、通称パットンガールを要請しこれを撃破する。
この際、各軍戦車を用いることはなく戦車はここぞという時や遭遇戦にしか運用しない。
彼らは単独で今日も荒野を巡る。
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太陽が顔を出すのをやめ、地平線へ潜り去ってしまった頃、カールスラントの軍団で主にウィッチの指揮官を務める加東は日々の職務を終えて、気休めにと外を散歩していた。月は満月で太陽と同じく辺りを照らすも、月には太陽並の熱波や明るさを放出することは無く薄暗い。おまけ程度に星々が無数に煌いている。
アフリカは夜になるよ昼とは打って変わって寒くなるため、彼女は扶桑から持ち込んだコートを羽織っていた。
作戦期間中であるため兵士は飲酒を許されてはおらず、酒代わりの嗜好品として煙草を楽しんでいた。何処でも吸っているため煙草の臭いは辺り一面から漂い、彼女は顔を顰めるとマフラーで鼻まで覆い隠し、なるべく臭いを吸わないようにした。
彼女は喫煙者ではない。理由としては煙草の放つ独特な臭いが好きではないからだ。元より、扶桑人で煙草を吸う女性は中々嫁に取ってもらえないため、喫煙する女性は一部だ。これは軍に在籍していたころと変わらない。
「煙草のどこがいいのかしら」
誰かを思い出したかのように彼女は苦言を漏らす。最初に思い出すのはアフリカの星マルセイユだ。彼女も喫煙をする人間で主に葉巻を吸うことが多く、彼女が酒で酔いながら絡んでくるとアルコールの臭いと煙草の臭いが口から蔓延する。それにマルセイユは酔うとより面倒な人間に変わるので彼女にはいつか禁酒と禁煙の命令していみようと加東は考えた。
続いては人狼だ。人狼もまた喫煙者であるが、酒で酔い面倒ごとを起こさないという点で見れば何の問題も無いようにも思える。しかし、人狼の問題点としては殆ど喋らないためコミュニケーションによる意思疎通が難しいところだ。以前、哨戒中の人狼がネウロイを発見した際には無線に銃身を三度鳴らす音で知らせてきた。当初、何を行っているか理解できなかったが、帰投後に必ず書く書類には小型ネウロイを三体撃破と書き留められていた。何故三度銃身を鳴らした意味がわかった。
マルセイユたちに意思疎通の件で訊いてみると、自分が思ったことを行動に出したりしてくれるので問題は無いとのこと。
彼女は最後の人物を浮かべると何か恥ずかしいことを思い出したのか顔が朱色に染まり出す。心臓の鼓動も早くなり、顔が熱く、おかしな汗も出てきて無性に叫びたくなった。
彼女が思い浮かべたのは、制帽を被り眼帯をしている陽気な男ジェネフだ。ジェネフを毎度想像すると、どうしてもあの救護室の記憶が共に浮かんでくるのだ。頭を振り余計な記憶を払おうとする。
「ケイ、耳まで顔を真っ赤に染めてどうしたんだ?」
ふと、マルセイユが加東の背後から現れて顔を覗き見る。マルセイユの気配を一切感じなかったため加東は驚かされて、上ずった声を上げる。
「ふぇっ!? マ、マルセイユ!?」
「ははーん、なるほど。ついにケイにも恋人ができたのか」
「はあっ!? 付き合ってもいないわ!」
勘のいいマルセイユの問いに加東はすぐさま否定した。紅潮しながら眼を大きく見開いて必死に首を振り否定する姿がどうもおかしく、マルセイユは彼女をもっと揶揄ってみたいと悪戯心に火が点いた。口角を上げて加東を問いただす。
「もしかして、あのジェネフ大尉か? まさかケイはああいうタイプが好きなのか、意外だなー」
「何を言っているのかしら貴女は! 第一、私があの人を好きになるようなところがわからないわ! それに私の好みは彼みたいな陽気でおちゃらけてて過剰に他人を尊重する人じゃないから!」
「へぇー、ジェネフ大尉の良いところいっぱい言えるくせに好かないのはおかしいと私は思うぞ。それに案外ケイのような人物はああいう陽気なタイプに惹かれるジンクスがある」
「うぅ…」
マルセイユは彼女を散々にはやし立てる。彼女はまるで子供がお菓子を買ってもらえずにいじけるように座り込んでは真っ赤になった顔を伏せてしまった。しゃがみこむ彼女からは時々、小さく可愛らしい悲鳴が漏れていた。
流石にやりすぎたと体感したマルセイユは彼女の目線が合う高さまでしゃがみ、謝罪をする。
「流石にやりすぎた。ケイ謝るよ」
「うぅ。あの人が、あの人が悪いのよ……」
「なあケイ聞いてるか?」
「あの人が野球大会の時に私にキ、キスをしたのが悪いのよ!」
加東はマルセイユの肩を掴み、彼女を圧倒するか如く先の件を述べる。マルセイユは加東らしからぬ行為に驚き気味だが、マルセイユは好奇心に対し弱い。だから彼女は黙ってその後の話を聞くことにした。ある意味、ガールズトークであるがマルセイユ自体恋がわからない女子である。
「確かに彼のキスは凄かったわよ! なんで洋風の映画のヒロインはあんなにもキスをするのかが理解できたほどに! それに彼その後何を言うと思ったら俺の女になれってどういうことよ!」
加東はムキになっているのかボロを排出していくばかりだ。
「ほほーう。中々お伽噺に出てきそうな内容だな、いささか過激だが」
「だけど私はまだ付き合うのは早いって言ったら、彼はいつ死ぬかわからない戦場だからそういうのは早い方がいいとか言うのよ!」
「受け取ってしまえばいいのに」
「だって出会ってまだ二か月よ! あまりに早すぎるわ!」
「扶桑の整備兵が扶桑の結婚適齢期を過ぎると嫁として引き取ってもらえなくなると言っていた。早いうちが良いとか」
「うっ……確かにそうだけどさあ……」
彼女にも思い当たる節があるのだろう。威勢は小さくなってしまった。
実際、彼女の親からいつになったら結婚するのだ、とか孫の顔を見てみたいと言われることが多々あった。彼女は自分には仕事があるからといって毎度避けてきたが、いざ親の要望を叶えることができる存在に出会うと内気になってしまい、何も動けずにいたのだ。さながら乙女の初恋のようである。
「やれやれ困った指揮官が居たものだな」
「じゃ、じゃあ貴女だってそういう異性はいるんじゃないの!」
「私か……私は競い合う相手や飲み交わす仲間さえいればいいからな」
「じゃあハインツ大尉はどう思うわけ?」
加東からの質問にマルセイユは悩んだのか顎に指を当てて考える仕草を見せる。何を思ったのか彼女は口を開き、答えを言う。
「そうだな、私にとって大尉は競い合うことができる少ない人物だ。彼の空戦技術は私と比べると格段に劣るが、その分能力の応用が凄まじい。それに、演習で何百回も勝ったとしても戦場で一度死ねばそれで終わりだ。大尉にはそれがないから私と同じように強いんだ」
「……貴女の話はあまりわからないけど、端的に言うと恋愛感情じゃないのね」
マルセイユの変わった価値観に加東は半目でマルセイユを見つめる。何がおかしいのだと首をかしげるマルセイユは、立ちあがり星に指を指して言う。
「
「…」
マルセイユの話を聞き終える頃には、もう顔に熱を帯びてはおらず冷静になることができた。歩兵や航空兵よりも強固な装甲を持つ戦車を操り戦っていても、ただでさえ魔法力を持たない男性は死亡しやすい。それは歴史や加東の体験が示す事実だ。
あの時のジェネフの発言はそのことを見据えた上での発言だったのだろう。
加東は彼が何処かの戦場に赴いて死んでしまう前までに答えを言わなければならない。そうしなければ恋は成就することはなく、思い出したくも無い嫌な記憶へと変わってしまうから。
決心を決めた彼女は立ちあがり、満月の月を見上げる。月は麗しの乙女が決心した想いに満足するかのように微笑んでいるようにも思えた。
Sd Kfz 11
ドイツで生まれたハーフトラック。ハンザ・ロイド&ゴリアテ社が1934年に開発された。
第二次世界大戦のドイツで一万両以上も生産された。よく兵員や砲弾を運ぶ際に用いられた。