「こちらブリタニア軍偵察車両四号、敵補足せず」
『了解、一度基地に帰投せよ』
帰投命令が下された後に司令部の無線が切られ、偵察車両の面々は再度目線を市街地へと向ける。
彼らの目の前には広大に広がるであろう市街地とその奥にそびえたつ大きなピラミットだ。スフィンクスの姿も確認できる。
そう、このブリタニア軍偵察車両はエジプトの都市まで赴いて偵察をしていたのだ。困難を表すかのように、リベリオンからレンドリースされたM3ハーフトラックの車体には
ネウロイに襲われてできた弾痕が幾つも存在した。
「暑いな。この暑さどうにかならないか」
「おい脱ぐなよ。死ぬぞ」
エジプトはネウロイに占領されている土地であって瘴気が蔓延しなおかつ濃い。この瘴気の影響で市街地の木々は枯れ果てている。今ここで魔法力も持たない彼らがガスマスクを外してしまえば一分も持たずに死んでしまうだろう。
ハーフトラックはエジプトの都市に尻を向けて即席の基地へ帰投しようとする。荒野で車内が揺れ続ける中、荷台で偵察に勤しむ兵士たちは互いにジョークを言った。
「ちくしょう。このマスクさえ外せりゃ今頃はエジプト美女と一緒にシッポリだったのによ」
「面白い冗談だな。けれどお前の顔は絶世の醜男だろう。マスクを着けていれば一人前の男だ」
「うるせーよ」
お互いとも視線を別方向に向けながらも会話を楽しむが、そんな中最初に冗談を言った兵士がある異変に気付いた。
「なあ、今気づいたんだけどさ」
「どうした?」
「俺らは敵がたくさん居るエジプトの都市にやってきたのに何故反撃されないんだろうな」
各偵察車両はこの都市に向けて近づくにつれ、ネウロイとの遭遇率も次第に増えていった。この偵察隊も先日襲われたばかりであるが死傷者は零であったものも、他所の偵察隊では死者も出した。
そのぐらいネウロイは都市に近づく人間に対し迎撃を行ってきたものも、今となってはその姿すら見せない。不自然な話だ。
「俺らはネウロイ研究者ではないからわからない。まあ運が良かったということで」
「……そうか。うわっ!?」
不意に車体が大きく縦に揺れて、手にしていた双眼鏡を床に落とした。取るために一度視線を双眼鏡へと直して取った。
現在乗っているM3ハーフトラックは常に天井が空いている。雨や砂嵐の際には布の屋根を広げてもいいのだが、偵察の視野を広げるため通常時の展開を禁じた。
何を思ったのか彼は視線を大空へ向けると小さな黒い塊が都市側から飛来しているのを確認した。
「ネウロイじゃないな」
彼は双眼鏡で謎の物体を確認した。
それは砲弾であった。細くて砲弾で、全体としては黒で稀に赤い線が側面に引かれている。彼の乗るハーフトラックの頭上に到来した時、その砲弾は突然爆ぜた。
「おい! ネウロイの攻撃だ!」
「くそっ! 何故こういう時に!!」
焦りながらも彼はもう一人の兵士に向かって指示する。もう一人の兵士も無線機で状況を説明する準備を整える。
だが、哀れにもその無線が本部には繋がることはなかった。
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「うわー。マジでやだな。エジプトの傍とか飛びたかないって」
愚痴を吐きながらも操縦桿を操り、雲の中を飛び続けるのは片脚の英雄ステック・セラックだ。先程の司令部からの無線で音信不通となった偵察隊の確認をしろという命令が下った。
「だいたいそこでロストしたってわかってるくせに確認させるとか、おかしいんですけど。まっ、仕事だから仕方がない」
彼は燃料計を確認する。基地まではギリギリ帰投できる程残されているが、ネウロイとの遭遇を考えると何処かで不時着して基地まで歩く羽目になる。片脚の彼には少々困難である。
高度を落として雲を突き抜けると、眼前には都市を跨いでピラミッドとスフィンクスの姿が視認できた。
「おおっ。こりゃあすごい、無料でエジプトのピラミッドとスフィンクス見れたぜ」
カメラのフィルムに余裕があったので一枚、その光景を撮影する。私用として現像するのだろう。彼は任務を再開した。地上に目を通していくと、一本の黒煙が狼煙を上げるかのように伸びていた。撃破されたのだと確信しつつも、彼はより高度を落としていく。
高度二百まで降下すると繊細に被害がわかる。ハーフトラックは未だ火を吹いて黒煙を伸ばし続けている。そんな光景をカメラで撮影すると、彼は違和感を覚えた。
「……なんか刺さってないか?」
航空兵は目が良い。いち早くその違和感に気付くと酸素マスクを外して、すぐにガスマスクへと着け替えた。
本来なら必要のないマスクだが、彼はわざわざ不時着をするために取り付けたのだ。彼は通常のネウロイとは変わった点を本部に伝えなければ、もしかしたら作戦は失敗して偵察隊の犠牲は無駄になると思考する。
高度と速度を限界まで落として荒れた大地に着陸した。コックピットを開いて、セラックは地面に足を着けた。
「さて、偵察偵察っと」
燃え盛るハーフトラックに足を進めている最中、彼は驚くべきものを目にした。
「これは、槍か?」
長さ二メートルの漆黒の槍が深々と刺さって地上に飛び出している。目に見えない地下にも一メートルぐらいあると考えて、約三メートルの槍だ。
ハーフトラック周辺ではこれが何十本も確認でき、ハーフトラックにもその槍は刺さっていた。この槍が原因で偵察隊はやられたのだろう。
撃破されて燃え盛るハーフトラックと槍を写真に収めると彼はすたこらと偵察機に戻り、その場を立ち去った。
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この報告は各軍団に知らされた。
そのため、今後のことを考えての作戦会議がカールスラント師団の即席基地で行われることとなった。大きなテント内は大きな机と机を取り囲む将軍四人と加東とジェネフで狭くなっていた。
重圧感のある将軍たちと珍しく張り詰めた様子のジェネフに圧倒されて、加東は思わず息を呑んで緊張を隠せなかった。
「まさかここで登場するとはな」
「まあ想定の内だっただろう。最悪の想定だがな」
「ぐぬぅ。どうしたものか」
苦渋の顔を浮かべるロンメルとバーナード・モントゴメリーにジョージ・S・パットン。彼らの額には大粒の汗を浮かべている。そんな中、一人だけ邪悪な笑顔で現像された写真を見つめる者がいた。
「いやぁ。これは僥倖だ。何かが無いとつまらない」
不謹慎とも言える発言に将軍三人は発言主のランデルを睨みつける。そんなこと知ってかしらずか、ランデルは言葉を紡ぎ続ける。
「このような大型のネウロイが存在することは不思議じゃない。過去にも事例があるだろう、ほら扶桑の化物の話やドラゴンの話だって例外じゃないだろう」
「そんな与太話は必要ではない。今、我らに必要なのはどうやってこの槍を大量に放つネウロイに対しどう戦うかだ」
「ロンメル元帥、策なんぞいらないのですよ。おそらくこのネウロイは他のネウロイとは違う属性を持っています。通常種を基盤とした作戦なんて簡単に瓦解する。なんたってコイツはトランプでいうクイーンなんでね」
持っていた写真を机に放り投げるとランデルは一枚のカードをポケットから取り出した。そのカードの表の絵柄を将軍たちに見せつける。カードにはハートのクイーンが描かれている。
カードを見せつけながらランデルは将軍たちに言い放つ。
「さて、ブラックジャックをしよう。このカードをどうやって倒そうか」
「そんなの十一以上の手札で倒せるだろう」
パットン将軍は当然のことのように告げると、ランデルは片方の手で積み重ねられた大量のトランプを取り出して、カードを引いた。カードはダイヤの二だ。
「我らはカードで表すとこの低い数字カードだ。しかも数が集まってこれ一枚」
「ならどうやればよかったのだ!」
声を上げてペンを投げつけるパットン。投げたペンは積み重ねてたカードに命中し、バラける。
ニヤリと嘲笑を浮かべランデルは散らばったカードから三枚のカードを取り出した。
「一枚目は四。これはうちの戦車大隊のこと。彼とその搭乗員は規格外のネウロイとの戦闘経験者だから絶対に役に立つ。二枚目は五、これは全軍のウィッチを示す。魔法力は強いから当然だろう」
「じゃあ最後の一枚は何だ。もしや自分と言うわけでもなかろう」
モントゴメリー将軍はため息を吐いて、さぞかし呆れた様子だ。ランデルは顔を横に振り、拒否の意を表した。
「私ら将軍はプレイヤーだ。プレイヤー無しではゲームは始まらん」
「ではその一枚は誰を指す」
狂気をテント中に蔓延させながらカードを裏返す。カードにはジョーカーの絵柄が描かれており、ランデルは大声で笑う。
悪魔のような笑い声は加東と将軍たちの心を振り子のように揺さぶった。ジェネフだけは面倒くさそうに頬を掻く。
笑い終えるとランデルは先程の態度とは打って変わって淡々と告げ出す。
「普段ならジョーカーはブラックジャックでは登場しない。だがね、ハインツ・ヒトラーがいるだけでこのカードは使用可能になる。このカードが表すのは
「ランデル中将、彼はまだ青年だ。そんな力あるとは思えないのだが」
「青年は確かにそうでしょう元帥。ですがね、アイツはネウロイ側ではないが確固たる化物の一体だ。彼がいるだけで戦場は勝てる。例え、ウィッチやうちの戦車隊や全兵士を捨ててもね」
告げ終えると、今度は真顔で片手に持っていたクイーンを口に入れて咀嚼を始めるランデルに激しく動揺する将軍たちと加東とジェネフ。
そして全員が彼と自分が同じ人間であるのか疑い、彼が化物と言っていたが本当の化物は
「さあさ、作戦は明後日だ。もう私は帰ろう。年寄りに風邪は手厳しいので」
他人ごとかのように言い捨てるとランデルはそそくさと自分の指揮する陣地へ向けて帰っていってしまった。将軍たちも何事も告げることなく、ただただ無言で自陣地へと帰っていく。ロンメルも何処かへ行ってしまった。
取り残された加東とジェネフ。加東は未だにテント内に蔓延る重圧ともいえよう残滓に身が怯み、動けなくなっていた。
そんな加東を見計らってジャネフ彼女の頭をポンと叩いて手を置いた。
「ハインツは化物じゃない。ランデル閣下はそう言うが俺はそうも思わん。お前もそうだろう」
「……うん」
「なら気にするな。そして逆に考えろ。ハインツが存在するだけで勝つんだ。約束された勝利の兵士だなんてカッコいいだろ。俺が例えいなくてもアイツならやってくれるさ」
乱雑に頭をなで終えるとジェネフは自陣地へ向けて帰っていく。その後ろ姿を加東は目で追い、誰にも聞こえないほどの小声で愚痴を零した。
「自分を少しは尊重しなさいよ」
テントにはウィッチを指揮する指揮官としてではなく、一人の恋する乙女が居た。
夜は着実に明けていく。
M3ハーフトラック
アメリカで生まれた車両。オートカー社が1940年に生産を始めた。
歩兵部隊が機甲師団に随伴するための車両としても有効であると判断され、車体後部を延長し、歩兵1個分隊を輸送できるロングボディのT8が試作された。
トラックの後輪部を装軌式にし、申しわけ程度の装甲を施しただけの車両ではあるが、比較的強力なエンジンを持ち前輪も駆動することから、より高価で複雑なドイツ式ハーフトラックよりも実用性と機動性で勝り、路上でも72km/hの最大速度を発揮した。
様々な用途で利用されて色々な種類がある。戦後も用いられるほど優秀な車両で、大戦時には他国にレンドリースされた。