今現在、広大な荒野に四つの大きな砂煙が立っている。
カールスラント、カールスラントの旅団、リベリオン、ブリタニアだ。
先頭にて常に索敵をする戦車とトラック、上空では各国の偵察機が飛んで所属する軍に逐一伝達を行う。
リベリオン師団では先頭の戦車に続いて歩兵を乗せたトラックが走る。ハーフトラックは値が張るので歩兵を移動させるのには通常のトラックを用いていた。荷台でガスマスクを被って兵士が輸送される姿はいささか家畜の出荷と類似している。
兵士たちは今回の戦場で自分は生き残れるのかと不安で誰一人喋ろうともしない。手にしている銃を力一杯握りしめていた。
「そんな様子じゃ有事の時に疲れるだけだ。休めろ」
奥に座る軍曹の徽章が付けられた兵士が死地に対する恐怖を無くせと無理を言った。軍曹の年齢は詳しくわからないものも、やたら落ちついている様子である。おそらくは様々な死地を経験してきた者だろう。
軍曹の言った言葉に反応こそするが、誰一人声を出さない。彼はガスマスク越しからでも聞こえる大きなため息を吐いた後、狭い車内で立ち上がり言葉を紡いだ。
「いいか新参兵どもよく聞け。俺の実家は牧畜が盛んに行われているところでな、馬や乳牛が飼われてたんだ」
唐突に始められた話に兵士たちは彼に目を向ける。注目されていることを確認した軍曹は話を続ける。
「それである時、俺の友人のトーマスの家も牧畜をやっていたのだが夜中、馬泥棒が来てないかパトロールしたんだ。そうしたらな、馬二頭が交尾しているのを見たんだ。普通ならごく当たり前のことだと鼻で笑うがそうじゃない」
軍曹は話を盛り上げるため一度言葉を区切る。ガスマスク内でニヤリと笑みを浮かべながら結末を述べた。
「トーマスの家には馬はオスしかいないんだ。つまりは馬同士でもそういう感情があるってことだ」
結末を述べると今まで緊迫した面持ちだった兵士たちがドッと笑い出したのだ。若い青年たちの笑い声に軍曹は一瞬だけ顔を顰めるも、大声で笑う兵士たちに混じって笑い出した。
「ほら、お前らもジョークを飛ばしあえ。一緒に笑い合おうぜ」
軍曹が強引に次にジョークを飛ばす者を指名すると、指名された兵士が起立してジョークを話し始めた。兵士たちのジョークは運転手にまで聞こえていたようで、運転席から笑い声や野次が飛んだ。
一方でシャーマン戦車に乗る車長は異様なモノを見つけて、双眼鏡で凝視する。その先にはこちらと同じように砂煙を立てる陸戦ネウロイの姿があった。ネウロイの種類としては突進しかできない前時代の個体だ。
何故先に上空の偵察機が見つけられなかったのかと舌打ちを打つも、ただちに通信手に状況を知らせ司令部に連絡する。
「こちら一号車敵を発見しました。前時代のネウロイと断定」
『了解、こちらは各兵科に報告する。戦車隊はいつでも戦闘ができるように待機を。健闘を祈る』
「了解」
連絡が切られたのを確認すると、車長は通信手に指示を送る。
「百メートル進んだら後続のトラックを守るように布陣しろと伝達」
「了解」
一号車から全車両に伝達されると指示通り、百メートル進んだ後に傘の如く後続を守る布陣を整えた。遥か遠方に砲手は照準を合わせて、車体の機銃手は引き金に指をかける。装填手は次弾を素早く装填するために二発目の砲弾を抱えて待機する。
歩兵を乗せたトラックは停車すると荷台から兵士たちが小銃や機関銃を手に戦車より前方に陣地構成する。臨戦態勢用に持ってきていた土嚢を防壁として設置している。
トラックより後方では三十輌もの自走砲が空に向けて砲を傾けて、遠距離からの砲撃でネウロイを撃破しようとしていた。
「仰角よし。これより砲撃を始める」
砲撃を指示する砲兵幕僚が声を張り上げて、他の自走砲の兵士たちに伝える。地図と腕時計を交互に見てから砲兵幕僚は指揮棒を振り下ろし砲撃の指示を送った。
「撃てェッ!」
多重にも重なる重低音の爆音が辺り一帯に鳴り響く。リベリオンが用いるのはM7自走砲であり、百五ミリもの主砲による砲撃はネウロイにとって効果的であった。放たれた砲弾は緩やかに弧を描いてから地面に向けて落下する。動物や生物なら風を切る音に怯むのだがあいにくネウロイは聴覚がないのかそれを恐れない。だからこそネウロイは砲弾の暴雨に次々と突っ込んでいくのであった。
百ミリの榴弾は確実にネウロイを傷つけていく。個体の大小を問わず直撃すれば木っ端微塵に吹き飛び、地面に弾着した砲弾は弾けて深々とネウロイの体に突き刺さる。砲弾で舞い上がる土煙の中からネウロイはけたましい鳴き声を上げる。
「へへへっ、こりゃあいいな」
「そうだな。だけど完全に殺しきれないだろう」
先程ジョークを飛ばした軍曹が目の前の事象について指摘する。砲弾の暴雨を突破してきた十数体のネウロイがこちら目掛けて突進をし続けているのだ。軍曹の言っていた通りに殲滅し切ることはできなかった。
ボロ雑巾のように穴の空いたネウロイの体は白い破片を撒き散らしながらも少しずつ癒えていく。
『照準を合わせたな。これより戦車隊は攻撃を行う!』
戦車隊長が直接指示を飛ばし、各車輛の砲手及び機関銃手は息を呑んだ。
「撃てェッ!」
隊長車輌である一号車が最初に砲撃すると他の車輛も後から続いて砲撃を始める。シャーマン戦車の主砲は七十五ミリ、直撃すれば撃破も可能。最初に放たれた徹甲弾はシュルシュルと伸びていき、ネウロイに突き刺さるとネウロイは白い破片へ姿を変えて消滅した。
間髪入れずに撃たれていったことで、完全に癒えていた個体は再度傷だらけになる。
しかしそれでもネウロイたちは突進をやめない。歩兵との距離が三百になった時、歩兵の持つ気休め程度にしかならない小銃による射撃が始める。
「うおおおおお!!」
「馬鹿野郎! 引き金を長く引くな!」
興奮して若干錯乱したのか、機関銃を撃つ機関銃手が長く連射しているのに軍曹は気が付いた。急いで軍曹は彼の元に向かい、機関銃手のヘルメットに拳骨を落とす。すると彼はハッとした様子で正気に戻った。
「す、すみません」
「ったく、機関銃は人を魅了する。それに呑まれたらもう使えなくなるからな!」
「わ、わかりました」
正気に戻り機関銃の注意を促した軍曹は再度射撃を始める。前時代のネウロイということもあって、突進しか攻撃手段がない。あの巨体で体当たりをされたら戦車でも致命傷になるのだが、逆に捉えると接近させなければいいだけの話だ。面白いことにこのネウロイは光線や銃撃といった遠距離の攻撃は保有していない。
歩兵との距離が百まで迫った時、ネウロイの最後の一体が砲弾の直撃を受けて破散した。弾こそは消費したが人員の損害は零だ。また、ネウロイの撃破により前哨戦とはいえ大きく士気も上がっていた。
「見事だ戦車隊!」
「自走砲にも感謝だな!」
「もしかしたら今回の戦場、ネウロイに勝てるのでは!?」
歓喜に沸く兵士たちをよそに軍曹はどこかしら危機感を募らせていた。特に勝ち越したことには変わりはないのだが、不思議と体がざわつくのだ。何かが旨くできすぎているといった具合にだ。
防壁として築かれた土嚢の上に座っては顎に手を当てて考えていると、不意にうなじに冷たい感触を感じた。
「……何だ。今の感覚」
辺りを見回すも陸戦ネウロイの姿も確認できない。かといって上空を見上げてもこちらに迫る航空ネウロイの姿も見受けられない。
杞憂だろうと視線を戻そうとした瞬間、その違和感に気付いた。こんなにも暑さで過酷な土地に熱を吸収する黒い鳥がいるだろうか。そんなはずはない。
再び天空を見上げるとそこには鳥の姿は無く、代わりに細く黒い何かがこちらに向かって降り注いでいた。すぐさま体を小さくし、即座に確実に迫る脅威に身構えた。
身構えてからすぐの事だった。近くで何かが爆発したのだ。その際に生じた爆発音と衝撃は臓物を僅かに揺らし、彼の恐怖を倍増させた。
幾多の風を切り裂く音が辺り一面に聞こえ始め、歓喜に沸く兵士たちの声は悲鳴や叫び声へ移り変わっていく。生々しく何かが突き刺さる音が堪らず、軍曹は味方の砲撃に怯える新兵のように耳を塞いだ。目を閉じて恐怖が過ぎるのをひたすらに待つ。
体感時間では十分が経過し、彼は目を開けた。俯いていたので当然目に映るのは地面だ。しかし、足元には赤いシミができていた。彼はそれが何なのかを理解してしまった。軍曹はゆっくりと何かを悟った風に立ち上がると、辺りの惨状を確認する。その後、彼は顔に手を当てて絶叫した。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
眼前には中世の拷問やダリアの偉人ブラド三世が行った串刺し刑が広がっていた。戦車は黒い槍のような物体に突き刺されて爆散や炎上、仮にそうでなくても何十本も刺さっているので搭乗員は無事ではないだろう。装甲のある戦車でさえもこの有様なら歩兵はもっと残酷であった。胴は槍に突き刺さり今なお悶え、頭に当たったであろう者は頭自体消滅して、その代わりにおびただしいほどの流血により大きなシミを作っていた。
人々に想像された地獄の絵画では当然のように書き込まれていた串刺しの描写は、彼をより此処は地獄だと認知させた。
この惨状によって狂ってしまった彼は、自身の小銃を咥えて引き金を引いた。寂しい破裂音が荒野に響いた。
M7自走砲
アメリカで生まれた自走砲。兵器局が1942年に開発する。
ハーフトラックよりも戦車の車体を流用した方が良いと結論付けてこの車輛が生まれた。
1944年3月からは使用する車体がM3中戦車からM4A3中戦車に変更され、M7B1と呼ばれた。その後、榴弾砲の装備位置を一段高くし、最大仰角をそれまでの三十五度から六十五度に引き上げたM7B2が生産された。
イギリスにもレンドリースされて中東戦争にも使われた。