人狼は夢を見れるのか   作:渡邊ユンカース

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万歳

『こちら第一中隊所属二号車! 敵と交戦終わり!』

「損害は?」

『はっ! 損害は歩兵が三人負傷、こちらの搭乗員は無傷です』

 

現在、市街地に乗り込んだ北アフリカ独立混成旅団第二、第三、第四戦車中隊から各々の戦闘状況を報告されていた。

その無線を受信するのは無論、隊長車輌であるジェネフの戦車。ジェネフはインカムから入る情報を頼りに市街地の地図にマークを書き、どのルートで行くと被害が軽微なものになるか考えていた。

 

ジェネフとしてはこのような書類仕事は得意ではないのだが、彼は大切な兵士である前に幾つもの命を握る存在だからこそ、この作業は間違えてはいけない。分刻みに報告される情報を纏めるために購入したメモ帳は裏表を用いても二枚目に突入した。

 

「そのまま第二中隊はそのまま前進。何か問題があったら知らせよ」

『了解しました』

「……あぁそうだ。ネウロイの形状はどんなものだ?」

 

ジェネフは思い出したように前線にいる搭乗員に尋ねる。ジェネフたち第一中隊は万が一のことに備えて前線には赴かず、市街地の出口から二百メートルの位置で待機しているのだ。

 

『サソリのような形状のネウロイですね。光線も出せるようなのですが、非常に装甲が薄く、歩兵の軽機関銃でも撃破は可能です』

「そうか。引き続き任務を継続せよ」

『了解』

「……サソリ型ねぇ」

 

ジェネフはやはり特殊ネウロイなのかと顔を顰めた。彼はかつてパ・ド・カレーでタコ型ネウロイと対峙した際に、数多の犠牲を強いて撃破したという苦い思い出があった。

通常の個体とは変わった能力を持ち、なによりも特筆するべきところは動物の姿をしているということだろう。そしてモデルにした動物が所有する能力をネウロイはアレンジして戦うのだ。

 

「さて、どうしたものか」

「戦線は大丈夫なんッスカ?」

「まあ順調だ。あと、俺がある程度の対処法を搭乗員の連中に教え込んだからそう簡単にはやられないぞ」

「アハハ……車長みっちし鍛えてましたからね」

 

苦笑いをするエドガー、彼はジェネフが行った訓練の内容を思い出す。訓練内容は各戦線で武勇を馳せた者や激戦地で生き残ることができた者を集結させ、鍛え上げるという一見普通のものであった。

しかし、その兵士たちは歩兵や砲兵、奇しくも海兵といった感じで兵科の隔たりもなく集めた。無論そこには戦車兵の姿もある。ジェネフは戦車など触れたこともない者たちに戦車の操縦やエンジンの直し方、さらには偏差射撃をスパルタ教育で教え込んだ。

当然、脱落者や離反者もいるがその者はランデル中将が直々に激戦地へと送り込む書類を書き込み、早々に二階級特進を遂げた。

 

このことを耳にした兵士たちは横暴だと抗議し、ストライキを行おうとするもジェネフの武力行使に打ちひしがれて呆気なく終焉を告げた。このストライキの主導者は人を纏める能力があると考え、中隊の中隊長にした。

 

「皆さんかなり技能が高い方なんですね。日頃からドンチャン騒ぎしてわからなかったッス」

「見かけに騙されちゃあかんぜ。草食系男子代表のエドガーでさえ妻子いるんだから」

「さらっと酷いこと言いますね」

「じゃあかなりの前の場所にいるんですね、皆さん」

 

そこで一本の無線が入った。ジェネフはインカムを繋いだ。

 

『こちら第一中隊二号車、敵に包囲されました! やつら数で攻めてきます!』

「マズい! 至急離脱せよ!」

 

―――――――しまった出過ぎた。

歯を食いしばり地図を凝視するジェネフ。報告を入れてきた車輌の現在の位置は市街地の中間部、一応は他国の動きに合わせて行動していたのだがある時を境に連絡が途切れた。幾度も連絡を飛ばしても連絡がつかない。

だが、このまま連絡がくるのを待機しては逆襲を受ける可能性があった。ランデル中将にこのことを連絡すると、前進の許可を受けて今まで前進していた。

 

これを境に相次いで無線が入る現状にジェネフは拳を車内の壁に叩きつける。金属音が車内に響き、エドガーとジョイルの視線を集めた。ジェネフは自身の判断ミスで起きたことに憤怒しており、額に血管を浮かせて赤面していた。

 

「クソクソクソッ!!」

「車長落ち着いてください!」

「ああわかってるッ! 取りあえず全車輌を後退させる!」

 

ジェネフは命令を全車両に伝達する。内容としては一時後退、始めから決めていた第一後退ラインまで後退させるのだ。現在の戦車小隊の位置は第一後退ラインから百五十メートル離れている。その間、撃破または損害を受けないようにジェネフは無線をある所に繋いだ。

 

「こちら北アフリカ独立混成旅団戦車大隊大隊長ジェネフ・ハイゼンベルクだ!要件がある!」

『こちら対地班の稲垣軍曹、要件は』

 

彼が繋いだのは人狼がいる部隊アフリカであった。包囲下からの撤退は難易度が高く、空からの支援が必要不可欠になる。いくら戦車といえども光線の前では厚い装甲も紙きれ同然だ。

 

「うちの戦車小隊が包囲された。至急空からの援護を願いたい!」

『了解しました。可能な限り援護します』

「頼む!」

 

 

命令を受けた稲垣と人狼はただちに旅団の戦車大隊の元へ直行する。地上では黒い点が無数に存在し、通りで包囲されて立往生している戦車の姿があった。黒点で構成された輪は徐々に徐々に狭まり始めていた。

 

「対空攻撃が無い今がチャンスです!行きます!}

「…」

 

支援要請を受けた人狼と稲垣は急降下をして銃を構え、射撃を行う。空から放たれた弾丸は地上のサソリ型ネウロイに多数命中し見事に爆ぜる。急上昇してから再度急降下をし、後退の妨げとなっていたネウロイの数を減らす。これを見た戦車小隊、及び歩兵小隊は後退を始める。

戦車が前方のネウロイ目掛けて榴弾を放ち牽制、歩兵小隊は背後を戦車に向けて後退の道を作っていく。

 

「次です!」

「…」

 

高度を五百メートルに維持して次の場所へ急行する。先程と同じようにネウロイ目掛けて射撃を行うも、ネウロイたちは三センチ程の光線を急降下する人狼と稲垣目掛けて照射する。紙一重で躱すか魔法障壁を張って攻撃を防ぎ、機関砲の引き金を引く。

縦一列に地面が小さな煙を立て、その直線状に存在したネウロイにミシン目を付ける。

 

「おおありがたい! 早く後退するぞ!」

「ありがとうウィッチとウィザード!」

「戦車を守れ!」

「戦車にネウロイを近づかせるな!」

 

人狼たちが道が開いてくれたことに感謝する兵士一同。そしてこの援護で士気が上がったのか、果敢にも半壊したネウロイの大群に突っ込み白兵戦を行う兵士たちをよそに次の場所の援護に向かう。

 

しかし、どの場所でも包囲下から脱出することはできない。次に人狼たちが行ったところはネウロイにより包囲の網を狭まれられて、もはや脱出不可となった部隊であった。

戦車は光線で貫かれ弾薬に誘爆したのか砲塔部分が地面に吹き飛び、その砲塔が下敷きとなり死んだ兵士もいた。残された五人の歩兵たちは残骸と化した戦車の上に立ち必死の抵抗をするも、それは些細なものであった。

 

「い、今助けにッ!」

「来るんじゃない!」

 

稲垣はユニットの魔法力の出力を上げて突入しようとするも、空のウィッチに気付いた戦闘帽を被った伍長らしい兵士がそれを引き留めた。凝視すると襟元の腕章には戦車兵を表す徽章が存在している。

 

「何故です! 私は貴方方を救おうと――――」

「俺らはもう駄目だから! 助からない!」

「でも!!」

「弾薬と時間が勿体ない。さあ早く他の部隊へ!」

「……すみません」

 

こうしている間にも戦車の上に乗った兵士たちは一人、また一人と地面に引きずられていく。稲垣は悔し涙を滲ませて彼の言われるがままに他の部隊へ行ってしまった。残った人狼は自身の自己保身のためではなく、他者に気遣う彼の心に敬意を評して彼に向かって敬礼を行う。

すると最後の一人となった伍長が人狼に向けて言い放った。

 

「エース殿からの敬意を受けるとは思いませんでした! さようなら、うちの大隊長を任せます!」

 

ニヤリと笑みを浮かばせた伍長は引きずり降ろされ、ネウロイの大群に埋まってしまった。人狼は立ち去ろうとユニットに魔法力を注ぎ込もうとするが、一人の男の声がそれを止めた。

 

「皇帝陛下万歳!ライヒに黄金の時代を(Für das goldene zeitalter des Reich)!」

 

突如として爆発が起こり、爆風と衝撃は周囲のネウロイを蹴散らした。人狼はその光景を見て、かのイスカリオテ十三課の狂信者たちを彷彿とさせた。

絶対の信頼をアレクサンドリア・アンデルセン神父に捧げた狂信者たちは、宿敵アーカードが繰り出した死の河を神父が突破させるためにその身を犠牲にして援護していた。宗教とは無関係の今回の出来事ではあるが、敬愛していたことには変わらない。

敬愛するモノのために身を犠牲にする面持ちをアーカードは重要視していたのかもしれない。

 

人狼は犠牲となった彼を含む兵士たちに向けて煙草を箱ごと落とした。彼らが兵士としての褒美ではなく、彼らが人間として行うべき行為を取ったことに対しての褒美であった。

 




ワルサーPP

ドイツで生まれた拳銃。カール・ワルサー社が1929年に発表した。
ダブルアクション式自動拳銃としては世界で初めて商業的成功を収めた製品ともされている。
ナチス・ドイツの時代には、国家社会主義ドイツ労働者党が有する準軍事組織(SA、SSなど)、警察組織、そしてドイツ国防軍によって制式拳銃として採用された。
開発以来80年以上を経過した古典的拳銃であるが、使用弾丸規格が市場の主流規格であることや、21世紀初頭でも通用する安全機構を備えた高い設計完成度によって市場での商品性を保っており、姉妹モデルであるワルサーPPKと共に、現在でも生産が継続されている。

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