人狼は夢を見れるのか   作:渡邊ユンカース

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悪運

「あちゃー、これは危ないな」

 

地上部隊は現在ネウロイとの苛烈な戦闘を強いられている中、男は呑気に独り言を呟き視線を地上に向けていた。その男の名はステック・セラック、片足の英雄と称されてしまい階級も昇進してしまった憐れな男である。

 

地上では後世にサソリ型ネウロイと呼称されるネウロイが各国の歩兵部隊または戦車部隊が一進一退の攻防戦を繰り広げ、人類側は損耗が激しかった。しかし、ネウロイ側は個体数を武器に攻めてくるため、損耗などお構いなしに肉薄攻撃、もしくは近接して光線を放って攻撃している。

 

「……毎度思うけど、俺パイロットでよかったわ」

 

地上で行われている戦闘を想像し戦慄の表情を浮かべる。口からは虚しさを表す乾いた笑いが小さく零れる。

ステックは今回の作戦で地上部隊に攻撃するネウロイを見つけ、報告を司令部を通してウィッチが撃破するという任務に就いた。だから本来なら味方が見える範囲で彼と同じく空を飛んでいるはずなのだが、地上からの対空射撃や航空ネウロイによって撃破されてしまった。悪運が強いのか、ステックは対空のために上がった光線しか攻撃を受けていない。

 

「ったく、いくら偵察機といいながらも少しは良い機体に換装してくれてもいいんですよ将軍方」

 

彼が搭乗しているのはウェストランドライサンダーというもので、1938年からブリタニアで軽爆撃機として運用がなされるも低速であるため、ネウロイに撃破されやすかった。しかし、戦術偵察や着弾観測の任務や救援物資などでは重宝し運動性もよかった。

それと短距離離陸着陸もよかったため連絡機として用いた。

 

「いくらエンジンがよくなって長く飛行が可能になってもこれはきつい。ネウロイと相対したら死ぬぞ」

 

しかしそれだけである。ネウロイと相対したら負けてしまう性能だ。運動性能がよくてもそれ以外がお粗末ならどうしようもないのだ。

彼は本国にある使用勝手が利くハリケーンを想い、深いため息を吐いた。

 

「まあ最悪上空の雲に逃げればなんとかは……」

 

そう思っていると、目の前にゴマ粒ほど小さい黒点がぽつんと現れた。時間が経つ度にその個数が増えているのを感じ、双眼鏡を使って正体を確認した。

その正体は巨大で禍々しく赤のラインが数本引かれた物体、いわばネウロイである。大きさから察するに爆弾を落とせる爆撃機型だろう。

彼は面倒な仕事が増えたなと察しながら無線機のスイッチを押した。

 

「こちらステック機航空ネウロイ発見。種類は中型で数は五」

『りょ…い……』

「あれ? 無線が―――――」

 

司令部に無線を繋ぎ連絡をするも、返答の言葉が若干途切れ途切れになる。無線機の故障かと考えるも最新鋭の物に代えたという整備兵の言葉を思い出した。となると砂嵐の影響なのかと察した時、下方から一本の真紅の光線が迫っていた。

 

「な、何だあああああ!?」

 

しかし普段は腑抜けていても彼は熟練パイロット。己に迫る危機に気付くと、すぐさま機体を傾けて左に旋回する。光線はかつて彼が居たところを通過した。

一度攻撃を躱しても攻撃は続く、彼が存在する位置目掛けて五秒程の間隔をあけて光線を放つのだ。彼も卓越した技量でその攻撃を右へ左へ躱していく。

 

「いきなり騒がしくなりやがって!」

 

彼は照射するネウロイを特定しようと地上に目を向けるも光線は様々な箇所から飛ぶので特定ができない。それに徐々にネウロイ側も彼の動きに慣れてきたのか、偏差で当てようとしてくるのだ。

 

「本部に報告したいが特定が無理だ! でも何故今となっては俺を攻撃し始めたんだ?」

 

光線を避けつつもステックを攻撃してきた要因を探し始める。彼は決して頭がよかったという人間ではなく、ただ悪知恵や発想が閃く男である。物事を筋道立てて唸りながら考えると、彼は攻撃に受ける直前に何をしていたかに気付いた。

 

「……そうか無線か! ったく、俺の会話を盗聴するとか恐ろしいやつですこと」

 

無線のスイッチを切ろうと手を伸ばすも、せっかくならついでにあることもしてしまおうと考えて再度無線機に向かって語り掛ける。

 

「こちらステック機。ネウロイは無線を盗聴することにより我らの位置を特定しようとしている。注意されたし」

『了……注意…し』

「了解!」

 

ようやく無線のスイッチを切り、最後の光線を回避するステック。猛攻撃されることはないと一息吐いたのか平行飛行に戻して再度任務を完遂しようとした。

 

けれども攻撃は終わらない。息をつくのもつかの間、不意に上空を見上げると上から垂直に降下していく小型の航空ネウロイの姿がそこにはあった。赤いラインを不気味に光らせて降下していく様子はさながら悪魔のようだ。

距離は約二キロ、すぐにでも回避しないと機体はネウロイの攻撃で簡単に撃墜されてしまう。彼は大声で叫びながらラダーを蹴り機体を直角に傾けて操縦桿を引いた、先程と同様の回避術を用いて回避しようと企てたのだ。

 

「ぐぬあああああッ!!」

 

もしもあの時、自分が上を向いていなかったら撃墜されていたと冷や汗を掻く。

なんとか回避に成功したステックはより下に通過したネウロイに目を向けると、ネウロイは高度を失って得た速度を使って俺を追従しようとしていた。ネウロイは彼の機体の下方から突き上げるように攻撃を加える。

 

「もう一度いけるか!?」

 

彼は同様の回避を行いこれも回避するのだが、ネウロイはしつこく彼を追いかける。速度差は当然あちらの方が速く、距離も縮まってきている。旋回性能がよくても、ネウロイの対空射撃のお蔭でそんな体力は残されていない。

そうなるともう手段は一つしかない。高度計は現在三千メートルを示している。彼は意を決して操縦桿を前に押し込んだ。

 

機体は垂直に降下していき、時間が経つごとに落下速度に耐える機体の振動が操縦席に伝わってくる。彼が後ろを振り返るとネウロイもきちんと追いかけてきているようだ。この機体はあまり頑丈に作られていないのだからこのまま降下し続けるのは難しい。下手すれば空中分解してしまう。

 

速度が五百キロに達した頃、彼は操縦桿を力の限り引いた。凄まじいGと機体の揺れに恐怖を抱きながらも操縦桿を引き続ける。ミシミシと機体が軋むが、速度計を確認すると速度は四百キロへと落ちていた。今なお降下を続けるネウロイの速度が断然速いこととなり、自然と彼の機体を追い越してネウロイは下へ突出する。

 

「待っていましたぜ。この時を!」

 

本国に居たころ、仲間内でステックは回避が上手いが射撃は駄目だという評価を受けていた。理由としては射撃訓練の際、よく弾を外して幾つもの訓練で当てられた数が合計が零であったからという話からきている。

けれど実際は違った。彼は弾を標的に当てるだけの技量は存在した。訓練生時代では射撃の腕に関して中の上を記録していた。

だが何故そうなってしまったのか。それは彼は常に不運に見舞われていたのだ。例えば、エンジンが不調で速度が出ず追いかけることができなかったり、弾が最初から弾詰まりしてしまったりという具合にだ。

 

この不運な出来事を近くで体験していた仲間の一人が気味悪がって魔女の象徴であるカラスのようだと言った。その仲間の感性も個性豊かなのだが、本人はあえて気味の悪いマークや呼称をつけることで不運が逃げていくのでは、と考えた。それ以降、彼はカラスのマークを機体に描いたりして厄払いをしていた。

 

「いくら運が悪くてもこの距離ならやれるぜ」

 

通過したのを確認するとステックは操縦桿を再度押して、ネウロイを追いかけるように追従する。いくら相手が速くても距離は近い、約二百メートル。彼はスイッチを押して三門の機関銃から弾丸を放つ。七ミリとはいえ近距離なら勝算はある。

 

「落ちやがれええええ!」

 

その射撃は確かにネウロイの装甲を削り取り、ズタボロとなったネウロイはやがて白い破片を空で散りばめた。ネウロイの破片が舞う空間を彼が搭乗する機体が突っ切る。その光景は文明化が進んだ時代では珍しいほど幻想的な一枚であった。

 

「て、偵察機でネウロイを撃墜するのは疲れる……」

 

航空帽を脱ぎ捨てて汗まみれの頭を掻く彼だが、再三にも彼のもとに不幸が迫っていた。なんと、新たに小型のネウロイ一体が彼の元へと迫っていたのだ。彼は安堵しきっていたのでネウロイに気付くことができず、徐々に徐々に接近していた。

そしてネウロイは照準を彼の機体に合わせて光線を照射しようとする。

 

「悪いがやらせないぞ」

 

照準を合わせたネウロイは直後、白い破片へ姿を変えて地上へ降り注ぐ。機関銃の銃撃に気付いた彼は焦りながら銃声がした方向を向く。

その場に居たのはネウロイではなく、金髪の長髪を持つ少女であった。彼女はユニットの出力を絞り、彼の機体を同じ速度に調整して右翼に捕まった。彼の機体の翼はコックピットより高い位置につけられているので彼女が見下ろす形になる。ステックは風防を開けて彼女と会話しやすいようにした。

 

「助かった……」

「なあお前大丈夫か?」

「無事です。お蔭で助かりましたよ」

「お前の偵察機しか飛行機は飛んでなくてな」

「あー、全員やられちまいましたか。そりゃあ残念だ」

「さっきの空戦を見ていたが、お前中々の腕前だな。偵察機で飛ぶのがもったいない」

「元は戦闘機乗りでね」

「……あぁ、そういや元戦闘機乗りの英雄が偵察機乗りとしてアフリカに居るという噂を聞いたことがある。つまりお前か」

「そういうこと。祭り上げられてしまいましてね」

「同じエース同士仲良くしようじゃないか」

「生きていたらのお話ですがね」

 

悪運に護られたエースと稀代のエースが相対する。カラスと鷲がこの戦場でどうなるのかはまだ誰も知らない。

 




ウェストランド ライサンダー

イギリスで生まれた偵察機。ウエストランド社が開発する。
1938年夏から運用が開始され、第2次世界大戦の開始とともにフランスに送られ軽爆撃機として用いられたが低速であり、ドイツ軍の前に大きな被害を出すも高度15mまでの離陸距離250m、着陸速度90km/hというSTOL(短距離離着陸性能)を活かして連絡機としての運用が主体となり、イギリスの特殊任務部隊で、フランスなど他国のレジスタンスへの物資補給、スパイの潜入などに用いられた。
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