人狼が軍へと行って数日が経った。
バルクホルンはその数日間の間、図書館に一日も欠かさず行っていた。
学校でもなかなか出会うこともないので、きっと此処にいるかもしれないと信じて。
しかし、それはただの希望であり、実現するかは別のものだ。彼女は人狼と付き合っている時に、勉強を教えて貰っていた。そのおかげで彼女は学校のテストで常に満点を取っていた。そのため、人狼が読み進めていた本とまではいかないが、難しい本も読めるように成長した。
人狼との話題作りのために、たくさんのクイズや知識を蓄えていった。
だが、彼女が些細な努力をしても人狼は来なかった。
そして、ある噂を聞きつけた。
彼女が教室に居た時だった。
「なあ知ってるか?」
「なんだよ?」
「隣のクラスに居た化け物がどっか行っちまったって」
「知ってる知ってる! 軍人さんの車に乗って何処かに行ったのを見たってドーフが言ってたよな」
「そうそう! 俺の予想ではアイツは人体解剖をされて研究材料になったと思うね」
「俺はあいつのことを見抜いていたけどな」
「おい、お前たち」
バルクホルンは人狼についての噂をしていた二人の男子に近づいて、殴った。
頭の中は人狼のことで一杯だった。
人狼について深く探らなかった彼らが他人の意見にまんまと影響され、あたかも自分が最初から人狼の本質を知っていたかのように話していたため、無性に腹がたっていた。
彼女は見抜いていた。あの鉄仮面の奥には優しさがこれでもかと敷き詰められていることを。
「うぎゃ!?」
「なんで殴ってんだよ!」
「それはハインツの悪口を言っていたからだろ!」
「別にいいじゃねえかそのくらい!」
「なにがそのくらいだ!」
「ぐえっ!?」
彼女は持ちまえの力で男子二人を叩きのめした。
彼女の拳は熱く、まるで火傷を起こしたかのように痛かった。
「はんっ! 化け物の女は暴力的だな!」
「何だと!?」
「こらっ! 何をしている!」
騒ぎを聞きつけて教師がやって来た。
殴られた男子の一人が一瞬勝ち誇った笑みを浮かべ、教師に事情を説明する。
「先生! いきなりバルクホルンが俺らを殴ったんです!」
「とても痛いです!」
「何を言うか! もとはと言えばな、お前らがハインツの悪口を言うから!」
「わかったわかった! 兎に角お前たちは職員室に来なさい!」
教師は三人を連れて職員室へと足を進めた。
バルクホルンが今までにない程の眼光で睨むと男子二人は顔を背け、彼女を怖がっていた。
職員室から釈放されて、その足で人狼が暮らしている孤児院へ向かった。
何回か人狼の孤児院で暮らしていたので住所を覚えていた。
庭でノアとハンスが遊んでいる声が聞こえ、庭の柵から尋ねることにした。
「おーい」
「あっ! どーしたの?」
「ハインツは居るか?」
「…ハインツは居ないわ」
「何故だ?」
「ハインツはね、兵士になったんだ」
「へ、兵士だと!?」
「うん、だけど約束したのよ、また会えるって」
「…そうか」
彼女は噂が事実だったことを知った。直後、悲壮感が彼女の小さな体を包み込んだ。
少女はしゃがみ込み、涙が雨のように落ちてきた。
「どこに、どこに行ったんだよ。ハインツぅ…」
「…やめてよ。また悲しくなっちゃうじゃない!」
「ハインツとはまた会えるんだ。そう約束してくれたんだ!」
「もっと一緒に居たかったぉ!!」
「そ、それは私も一緒よ! 私だって、私だって…」
「うわあああああん!! ハインツに会いたいよおおおお!!」
「そんなの、知らないわよ…」
三人は泣いた。
一人の悲しみはペストのように伝染して、次々と伝染させていった。
夕日に照らされた庭に子供の泣き声が響き渡る。
院長は窓からその光景を見て、唇をこれでもかというぐらい噛みしめた。
十分ほど泣いたバルクホルンはようやく落ち着いた。目が涙で赤く充血していた。
「…ハインツはどの兵科に就いたんだ?」
「えっぐ、ウィッチだって…」
「…そうか、ありがとう」
バルクホルンは決意した。
自分がウィッチになれば早く人狼に会える。だったら自分がウィッチになれば良いのだと。
さっきまで泣いて充血していた眼の裏側には、固い決意が映されていた。
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「ちっくしょう、まーさかこんなことになるとはなぁ…」
「そうですね、それと僕の勝ちです」
「クソが!!」
カールスラント上空を一機の輸送機が飛んでいた。
輸送機の名前はJu52である。航空機の大手メーカー、ユンカース社が作り上げた輸送機で兵士からのあだ名がユーおばさんと可愛らしい名前が付けられている。
室内では以前、人狼が襲った軍事施設で戦車に乗って戦闘を行っていた車長と砲手だ。
二人は酔わない程度に酒をたしなみながらトランプでポーカーに興じていた。
車長は以前着用していた制帽からクラッシュキャップに変わっており、使いにくかったのか地面に投げられていた。
「また負けた! 仕組んでるだろ!」
「そんな車長じゃないんですから」
「俺のことを馬鹿にしてんのか! おおん!?」
「…してませんよ」
「何だ今の間は!」
「お願いですから搭乗中は静かに出来ませんか! ジェネフ少尉とエドガー上等兵!」
輸送機を操縦しているパイロットの一人から戦車組に激が飛んだ。
「す、すみません」
「…はぁ、うちの戦車の搭乗員が俺とお前を除いて退役するなんてなぁ」
「やっぱり彼がトラウマになったんでしょ」
「多分な」
「けど、予想に反して大人しいし、本当にあの子かどうか目を疑いますよね」
「…能ある鷹は爪を隠す、とも言うけどな」
ジェネフ少尉はチラリと視線を向ける。
その先には、一番奥の隅っこに人狼が乗っていた。人狼は黙々と本を読んでいる。
「さーてと、煙草でも吸うか」
「火出します?」
「結構だ。自分でやれる」
煙草を一本胸元から出して吸う。吹いた紫煙が輸送機内に充満した。
「おいハインツだったか。こっちに寄れ、暇だろ」
「…」
「ほ、ほらお菓子もあるよ」
「…」
人狼は立ち上がり、エドガー上等兵の隣に納まった。
少尉は本のタイトルが見る。
「…」
「へぇー、なかなか難しそうな本読んでんだな。お前」
「どれどれ、西部戦線異状なし。本当だ」
「第一次ネウロイ世界大戦を題材にしたやつだったな、ああいうの俺には向いてないから読んでないぜ」
「わからなかった単語があったら教えてくれ、こう見えても成績はよかったんだ」
「お前距離とか計算するの早いよな」
「まあお金があったら大学行けてたかもしれませんね」
「それなら俺もいけるかな?」
「無理です。自惚れないでください」
「う、うるせえ!」
「…だから暴れないでください! もうそろそろ基地に着きますよ、何かに掴まってください。それと舌噛まないようにしてくださいね」
輸送機の窓から滑走路と管制塔が遠くから見える。輸送機は着陸をするために高度を落としていく。
そして、車内に強い衝撃を与える。車輪が滑走路に着いた証拠だ。
「はべっ!?」
「あーもう、言わんこっちゃない」
「…」
少尉はパイロットの忠告を無視して喋っていたため、舌を噛んだ。少尉は口に手を当てて悶絶している。
みっともない姿を見て、上等兵は心底呆れていた。
「だらしのない人ですね、ハインツはこんな風な大人になっちゃ駄目だよ」
「…」
「なひがだらひのない人だ!」
「あっ、また揺れました」
「がふっ!?」
またもや少尉は再度舌を噛み、痛みのあまり涙目になっている。
エドガー上等兵はこんな人が車長だということを恥じていた。
輸送機が着陸を終えると、ドアを開けるように指示された。
ハインツは荷物を持ちながらドアを開ける。
そこには戦闘機や爆撃機が格納されているであろう格納庫があり、何人もの整備士たちが機体の整備を行っていた。
その姿は勇ましく、搭乗するパイロットと同じくらい光り輝いていた。
Ju52
ドイツで生まれた輸送機で、ユンカース社製。1930年に単発で飛んでいるが、1932年に三発のエンジンを載せることにより性能が向上した。終戦まで軍民で4800機製造された。
離着陸の距離が短いため、小さな飛行場でも離着陸が可能であった。
しかし、エンジンは非力で最大速度は295キロだ。そのため、防御機銃の貧弱さや制空権の喪失があり多くの機体が撃墜されることとなった。
スペイン内戦にも参入しており、ゲルニカ爆撃はこの機体が行った。
クレタ島における戦いではJu52が多数用いられた。