「いいかッ!? 絶対にその防衛ラインを死守しろ! なんとしてでも俺ら戦車隊が橋頭保を確保せにゃならんッ!」
『『『『了解!』』』』
先のネウロイの異常とも呼べる程の物量攻撃により多数の戦車、及び随伴歩兵を減らしたがなんとか防衛ラインに辿り着いてからは決死の防衛を開始した。
防衛線はあらかじめ用意してきた土嚢や民家から持ってきた椅子などの家具でバリケードを作成し、簡易陣地を構築するもそれがはたして相手の攻撃に効果があるかはわからない。飛距離が短い光線とはいえ貫通はする。現に土嚢を背に負傷者の手当てをしていた衛生兵の喉元を一本の光線が貫く。
『第二防衛ライン突破間近! 至急援軍を!』
『了解した。至急、予備の機械化歩兵を引き抜いて向かわせる』
『了解……うおッ!?』
『どうした応答せよ。何が起きた』
『―――――』
それは各軍同様でリベリオン軍、カールスラント軍、ブリタニア軍、そして旅団にも無線から現場の兵士たちの悲痛な声が聞こえる。ある者は絶叫をあげて、またある者は号泣しながら無線を司令部に飛ばしていた。司令部にて無線手を務める兵士は顔を苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて何も成せないでいる自分を恨んでいた。
しかし、無線手に休みはない。ひっきりなしに掛けられる無線の応対をしなければならなかったからだ。
「……マズいな」
カールスラントのアフリカ軍団を指揮するロンメル元帥は焦っていた。ある程度の犠牲は覚悟はしていたが、これほどまでに兵士の損耗が激しく、なおかつ想定外の戦法を使うネウロイに対してロンメルは焦りを覚えた。
机の上に広げられた市街地の地図には丸とバツ印が書かれており、補佐を務める左官がその丸印にバツ印を上書きする。このバツ印の意味は部隊の壊滅、または全滅を表すものだ。今現在、バツ印がまだ丸印よりも少ないがこの勢いだと逆転してしまう恐れもある。
ロンメルは毛根のない頭を撫でてから重々しくため息を吐く。
「撤退させるか、しないか……」
ロンメルは究極の判断を委ねられていた。
部隊の損耗率は後の撤退戦にも関わることでもあり、基地の維持にも関わる重大なものである。第一次ネウロイ大戦では敵の奥地へと無理して進行しても、味方の増援のための橋頭保を確保することができずに易々と壊滅したという話もある。
それに大西洋もネウロイの手で海上輸送が妨害されてしまったら次に来る人員補充はいつになるのだろうか。それまでアフリカを手放さないでいることはできるのだろうか。名将ロンメルはこの思考の渦へと陥りつつあった。
そんな中、一本の無線が入る。
無線手はその無線を繋ぎ、ヘッドフォンに耳を傾けた後に無線手はヘッドフォンを外してロンメルに声を掛ける。
「ロンメル元帥、ランデル中将からです」
「何?」
ロンメルは疑問符を浮かべながらヘッドフォンを無線手から受け取り、頭に挟む。無線を繋げてきたランデル中将は不安で胸いっぱいのロンメルとは対照的に高揚感を隠せずに声が上ずっている。ロンメルの脳裏には嫌でもランデルの喜々としている表情を思い浮かべ、薄気味悪さにゾッと悪寒が走る。
『やあやあロンメル元帥。ご機嫌いかがお過ごしですかな?』
「……ランデル中将、早急に要件を伝えてもらいたい」
『渾身の冗談をスルーされるのは悲しいものだ。さて、本件を伝えましょうか』
試合観戦でもしているかのような軽薄な態度にロンメルは腹を立てた。今現在、幾つもの部隊が全滅していく中でどうしてその態度でいられるものだろうか、普通の人間ならばそうはならない。至極当たり前のことだ。そんな苛立ちを覚えるロンメルの態度をランデルは見越しつつも淡々と要件を伝えだした。
『我ら精鋭揃いの旅団は現在、順調に
「なっ!?」
聞かされたのはとんでもない報告であった。どれも等しく被害を受けつつあるのにも関わらず、ただでさえ頭数が少ない旅団が何故突出するように前進するのか。ロンメルにとって理解しがたい内容であった。もしや兵士に前進を強行させているのか、と疑いロンメルは人権と損耗を理由にこの前進を止めようとする。
「ランデル中将! 即刻前進を中止せよッ! 無駄な損耗は許されんぞッ!」
『……元帥、私にはその理由がわかりませんな』
「では何故だ!」
返されたのは疑問が込められた一言。間を置いての発言から察するに彼は本当に理解できなかったのだろうと受け止められる。そして何故かという問いにランデル中将は無線越しに悪魔的笑みを浮かべながら、その答えをゆっくり丁寧に述べ始めた。まるでそれは子供を相手にするような声色であり、ロンメルは彼に不快感を覚える。
『いいですか元帥。このまま防衛ばかりしていたらネウロイの数に飲み込まれて壊滅します。いくら飲み込まれる前に撤退しても、二度とこの攻勢をすることがないと考えられる。理由としては膨大な弾薬や数多の兵士を犠牲にしたからということで』
「かといって兵士たちを無謀に殺すことなぞできるか!」
『はははっ! まったく元帥も冗談がお上手な人だ。わざわざ戦地に来てるやつなんて人権もないのも同然。兵士をカードのように使ってやるのが我ら将軍という立場でしょう』
「……ッ!!」
『それに我らが旅団はお国のためと簡単に命を投げ出してしまうほど精神面でも優秀だ。戦闘面としても古参兵揃いのエリート集団で申し分ない。もうこの者たちの後釜は国内でも少ない。もしもこの戦いで撤退するなら彼らは
ロンメルはランデル・オーランドという存在に畏怖した。ロンメルはただならぬ者として薄々会議などでも感じ取っていたが、まさかここまでとは想定していなかった。以前にロンメルは彼の経歴及び資料を確認しても、第二次ネウロイ大戦が勃発するまで平凡な将軍であったと記憶されている。時折改ざんされている箇所も見受けられたが、大事になるようなことはしでかしていない。もはや何十年も厚い厚い化けの皮を被っていたランデルには正直脱帽ものである。
『なので元帥、どうか各師団の前進命令を』
「……」
ロンメルは今までの人生で最大級の問題にぶつかり悩み込んだ。確かにこの作戦が失敗すれば二度目の大規模攻勢は行われない可能性があるとともに、自殺してまでリベリオンの師団の指揮権を委ねたパットンにも面目が立たない。ロンメルは頭を抱えて数分間考え抜いた。思考している間にも兵士は死んでいく、それはまさに砂時計のように。
そしてついに熟考した末に辿り着いた答えをロンメルは意を決したかのように大声でランデルに伝えた。
「許可する! ここまでの道のりにて死んでいった仲間の意思を継いで我らは進むぞッ!」
『素晴らしい! 素晴らしいぞロンメル元帥!』
「だが失敗は許されぬ、存分に力を発揮せよッ!」
『了解した』
悪魔に唆されたロンメルは一枚の手紙を万年筆でしたためた。宛先は妻と子供の元、短くも丁寧に書かれた文章には愛や感謝が十分に詰められており。彼の後ろ姿は一人の将軍ではなく一人の父親となっていた。書き終えると手紙をポケットに入れて拳銃を引き抜いた。彼特注の拳銃はライトの光に当てられて黒光りしている。その拳銃を地図の邪魔にならないところに置いた。
この光景を見ていた副官はもしも作戦が失敗したらロンメルは責任を持って死ぬのだろう、と安易に察することができた。
「……頼むぞ。必ず成功してくれ」
彼の誰にも聞こえない独り言には悲壮感や疑問が存在するが、僅かに希望が込められていた。
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「俺についてこい! 俺ら中隊が突破口を開いてやる!」
「うおおお!!」
「行っちまえー!」
現在、ネウロイを踏みつぶしながら進むのは戦車大隊の指揮を行うジェネフ車、その後ろにはジェネフと共に控えていた戦車に加え、被弾痕を無数につけた戦車と負傷しながらも戦意を失わなかった屈強な古参兵たちが戦列に加わった。腕がなくなっても拳銃を片手にする者、砲身が割れている車両がその身を犠牲にしながらネウロイに挑んでいく。
まさに英雄に導かれる兵士そのものであり、勇ましく神々しい光景だ。
「ううっ……。いつ攻撃されるんッスか?」
「僕にもわからないよジョイル君。けど攻撃されるときはされるから構えた方がいいよ」
「そうだぞジョイル。攻撃を避けるために神経尖らせろ」
「……了解ッス!」
初めての実戦で不安と緊張が胸の内に渦巻きつつも、レバーに伸ばした手は震えていない。もう彼は覚悟は決めたのだ。もし、この戦いでジョイルが死んでしまったら彼の目的である亡き祖国への帰国も不可能になる。それに、この戦車に搭乗する二人の命も奪ってしまう。彼の責任は重大、少しの失敗は許されない。
「急停止ッ! 三百メートル先の正面に敵の集団!」
「わかってますとも」
ジェネフが敵の出現場所を報告するとエドガーは砲身の俯角を下げてから引き金を引いた。長い砲身から榴弾が放たれ、突撃してくるネウロイの集団の最前列が爆裂した。前列を破壊したとしてもネウロイたちは破壊されたネウロイの破片の山を乗り越えて今だに迫る。
「めんどくさいッ!」
「二発目いきます」
エドガーが二発目を装填して発射、これまた新たに構成された前列を破壊する。ジェネフはというと、砲の装填を手伝いながら砲塔に取り付けられた機関銃を斉射する。小型ネウロイには有効で、次々と撃破していく。背後の歩兵たちも小銃を撃って抵抗している。
「二号車と三号車は建物を破壊しろ! ネウロイを優位に立たせるな!」
『『『了解』』』
ジェネフは無線で中隊の車輛に建物の破壊を命じる。いくら先の砲撃で建物が崩落しようがいくつかの建物はいまだ健在しており、この建物などは戦車の進行を遅らせたり、ネウロイが奇襲を成功させてしまう要因となることもある。まして、本来戦車を市街地に進軍させること自体悪手なのだが、歩兵の火力ではネウロイを破壊することことが難しいと判断され、苦渋の判断で戦車を投入させたのだ。もっとも、ランデル将軍だけは当初から投入を決めてはいたが。
「……こりゃあエジプト市民に怒られますよ」
「仕方がないだろ。こうやるしか方法はないからな」
「なんか可哀想ッスね」
「まあこれが戦争ってやつだ」
歩兵の援護を受けつつも、順調に進撃を続けるジェネフ一行。何度か危うかった場面もあったが、歩兵とウィッチの支援攻撃のお蔭でなんとか切り抜けたが、敵地に突出して進軍を続けるということは死と緊張という二つのプレッシャーを多大に受けることとなる。それに灼熱の暑さはガスマスク内が息苦しくさせた。精鋭揃いの旅団兵士とはいえ肩で息をするものが殆どだ。
「つ、疲れた……」
「暑苦しい……」
「気を抜くと死ぬぞッ! 耐えるんだ!」
戦車隊の後方では歩兵小隊の兵士たちが弱音を出している。体力と士気もが低下していた。一方、車内に居る搭乗員も灼熱の空間で忙しく戦闘を行っていたため、酸欠状態となってグロッキーになる者も続出した。
そんな時であった。
「お前ら頑張れ! あと少しで市街地を突破できるぞッ!」
ジェネフが振り向いて疲弊する味方に対し檄を送っている彼が搭乗する戦車の正面で突如大きな轟音と耳障りな音を耳にする。即座に彼は状況を確認するため戦車正面に目を向けると、前方二百メートル先に巨大な土煙が周囲の建物を覆い隠すように立ちあがっていた。
ただならぬ予感を察したジェネフは戦車を縦一列から横一列に組むように全車輛に伝達する。これは巨大な光線、もしくは強力な光線に中隊全車輛が一斉に撃破されるのを防ぐためである。今までは小型のネウロイということで光線の火力は低く縦一列でも問題はない、と彼は考えていた。
しかし彼はこの目の前に起きる事象に対しどこか見覚えがあって、大きな恐怖心を抱いたのだ。目の前の事象は彼とエドガーにパ・ド・カレーでの悪夢を彷彿とさせた。
その場に居る兵士全員は全神経を土煙の中に存在する不明確な現象に向けて、警戒心を最大までに高める。パ・ド・カレーの際に従事していた者はジェネフとエドガーだけだが、幾多の死線を潜り抜けた古参兵は動揺こそするが確かに戦意はあった。最大級の脅威に立ち向かう心構えはできていた。ほぼ全員が小銃や機関銃の再装填を行い、射撃体勢を取る。
緊張感に包まれて静寂した空間に突然強めの風が吹いた。風は土煙を剥いでいき、中にいる物体をゆっくりと露呈させていく。
「おいおい、こういう敵かよ……」
「……土地柄には合致してますよね、車長」
彼らの眼前に居たのは通常のネウロイよりも濃い黒色の甲殻と六本の脚、それに特徴的なのは左右に一本ずつ構成された大きく見る限り鋭利なハサミと尾の先端にある鋭い突起物だ。半壊した建物よりも大きいことから察するに高さは五メートルほど。
そしてこのネウロイはとある生物と異常なまでに酷似していた。
「今度は
大きなハサミ二本に尾に付けれられた針、それはまさしくサソリであった。
漆黒の大サソリはハサミを威嚇するかのように挟み鳴らし、針の先端をジェネフたちに向ける。いつでも戦闘が可能だと意思表示をしていた。
対してジェネフたちも、全戦車は砲の照準を大サソリ型ネウロイに合わせて隊長であるジェネフの号令一つで一斉に砲撃できるように構えている。歩兵なども射撃体勢へと移行して、ピッタリ照準を合わせる。
ここに山羊対大サソリの決闘という後世にも語られる稀代の戦いが今勃発しようとしていた。
万年筆
現在の万年筆の原型はエジプトのファーティマ朝カリフであるムイッズが衣服と手を汚さないペンを欲したことから、953年に発明された。
ちなみに日本では江戸時代以前「御懐中筆」の名で万年筆の前身らしきものが発明されてたりする。
逸話として、第二次世界大戦中のアメリカ軍はフィリピンの抗日ゲリラに対し、パーカー社の万年筆を勲章の代わりに授与したりする。
あと万年筆は、まんねんぴつ ではなく