「な、なんですかあれは……」
「…」
地上に大サソリがジェネフたちの進行を止めるかのように出現した大サソリの存在は、無論上空からでも確認できた。
人狼と相機として空を飛んでいた稲垣は、他の兵士同様に大サソリ型ネウロイの存在に狼狽している。それもそのはず、いくら稲垣がアフリカにて様々なネウロイを撃破してきたとはいえ、実際の生物を模したネウロイには出会ったことがなかった。また、他の大型ネウロイとは微妙に違った違和感を感じ取ったる。
「……大きさとしては六メートルあるかないか。だけどどこかしら異質ですね」
「…」
「は、ハインツ大尉は確かガリアであのネウロイと似た生物型と戦ったことがありますよね。……あのネウロイはかなり強いですかね?」
「…」
人狼は彼女の問いに頷く。前回、人狼が戦ったタコ型ネウロイも八本の触手を見事に活かして攻撃を行っていた。しかも、人狼でさえも光線に直撃すれば光線に飲み込まれてしまうほど大きかった。初見殺しもいいところである。
「とりあえずは攻撃を行ってみたいと思います。援護をお願いします」
「…」
稲垣は機関砲を構えて大サソリ型に向けて急降下し、人狼も彼女の後に続く。現在の高度は六百メートルだったので数秒で地表近くへとなるだろう。
彼女と人狼が大サソリ型を狙って急降下していることが、目標である大サソリ型自身にバレてしまい、大サソリ型は土を掘り起こして砂煙を起こして砂煙の中に身を隠してしまった。
これでは攻撃ができないと踏んだ稲垣と人狼は急降下から上昇へと移る。
稲垣と人狼が上昇をする中、下方から黒い光りする砲弾が砂煙を破って迫る。本能が働き、すぐさま危機を察知した人狼は大量の魔力を用いて稲垣と自身を保護できるような大きな魔法障壁を下方に張る。
張り終えた直後、黒光りする砲弾が上方へ向けて突如として炸裂した。爆発音は無く、ただ砲弾内に内包された無数の黒槍の空気を割く音だけが聞こえる。上方に向けて発射された黒槍は容赦なく魔法障壁に直撃していき、次第に亀裂が入り始める。
「ハインツ大尉!」
異変に気付いた稲垣は慌てながらも人狼が張った魔法障壁よりも若干上の位置に張ることで、人狼の魔法障壁が破られても彼女の魔法障壁で防げるようにした。案の定人狼の魔法障壁は音を立てて割れて、稲垣の魔法障壁へと黒槍は押し寄せる。
けれども、最初に張った魔法障壁がかなりの間耐えてくれたお蔭で稲垣が受け持つ時間は少なく、彼女の魔法障壁に亀裂が入る前に黒槍の攻撃は終わった。
「はぁはぁ……」
「…」
「あ、あの時黒槍の攻撃に気付いてくださってありがとうございます。助かりました」
息を切らしながらも人狼にお礼を伝える稲垣、日頃から礼節を弁える娘としてアフリカ部隊の人気一位二位を争う彼女の前にしても人狼の表情は動かない。人狼は機関砲の残弾を構えなおして大サソリ型ネウロイへと視線を落とす。
かなり範囲が限定されるとはいえ、間髪を置かない大量の黒槍による刺突を前にして自身を防衛する手立てが見つからない。人狼が大量の魔法力を消費しても割られてしまった。
そこで人狼たちは一度大サソリ型ネウロイの出方を伺うことにすることにした。稲垣もその趣旨はわかっていたのだが、彼女は地上で戦う兵士たちを援護できないことに悔しんでいた。
ところ変わって地上で大サソリ型と睨み合うジェネフたち。先程の空中での防衛を見てジェネフは頭を抱えた。大量の黒槍の攻撃を魔法障壁のない一般兵士がどのようにして撃破すればいいのかを考えるが、どうしてもある
もっと他にも手はあるはずだ、と考えに耽るもどうしても思いつかない。あぁでもない、こうでもないと唸っているとエドガーから声を掛けられた。
「車長、今あのネウロイはハインツたちに気を取られています。攻撃しましょう」
「……だな。よしお前ら、発射用意!」
唯一思い浮かんだのはこちらが撃破される前に撃破するという安直な案。
ジェネフはキューポラから上半身を出して、歩兵小隊にも伝わるように大声を張る。歩兵たちはとうに構えて待っていたのか誰一人として構え直す者はいない。改めて精鋭たちが集まっているのだとジェネフは察した。
大サソリ型によって起こされた砂煙も風が吹くことでその場が晴れる。あいも変わらず大サソリ型ネウロイは堂々とした態度で居座っている。まるで彼らのことが眼中にもないのかと言い表すほどに。
ジェネフはガスマスク内の蒸し暑い空気を吸い込み、大声で叫んだ。
「撃てッ!!」
ジェネフの号令と共に大小の弾丸が大サソリ型目掛けて放たれた。彼らが放った弾丸は大サソリ型が存在したであろう地点を再三砂煙を起こした。戦車隊が放ったのはソフトターゲットに有効な榴弾であり、命中すると砲弾は炸裂するため殺傷範囲も広い。だから炸裂して吹き飛んだ金属片が辺りに命中して砂煙を起こしてしまったのだ。
「攻撃は続行だ! 徹底的にぶったたけッ!」
ジェネフは一撃ではあのようなタイプのネウロイは撃破できないことは経験済みだったので、全員に何度も砲弾あるいは弾丸を放つように指示する。ジェネフ自身も装填手としてエドガーをサポートする。この一斉攻撃は一分間にも渡った。
一撃目で大サソリ型の脚部を破壊できれば回復しきるまでそこに居させられる。もしも脚だけが回復しきったとしても新しく脚を破損できれば相手は停止したまま攻撃することができる、とジェネフは考えていた。
モクモクと砂煙が立ち上る。砲弾を拾っては詰める拾っては詰めるという作業は相当体に答えたのか息を切らすジェネフ。エドガーはそんな彼を無視していつでも撃てるように構える。
「け、結構ダメージ負わせたんじゃないか?」
「さあどうッスかね」
「……手ごたえがありませんでした」
「何?」
ジェネフはエドガーの言葉に眉を顰める。今までジョイルが来るまで戦車の操縦、または砲撃を行っていたのはジェネフとエドガーの二人。他にも搭乗員はいたのだが人狼が基地に襲撃して以降元の搭乗員は除名して、新たに補充としてやってきた搭乗員も主に車長であるジェネフと馬が合わず他の車輛へと移された。
何故エドガーが本職である砲手の役から外れて操縦手になっていたのかというと、単純にジェネフの運転が乱暴かつ下手くそだったからである。案外、その判断は正しくて今なお二人は生き残っている。
そしてカールスラントの戦車搭乗員の間ではこの二人は伝説的な戦車乗りとして有名で、よく車長のジェネフに注目が集まるのだが、相方のエドガーもかなりの強者であることを忘れてはならない。
彼は類稀なる空間認識能力に記憶力と驚異の暗算速度を有するバリバリの理系である。戦前のブリタニア軍との共同訓練においてブリタニア軍が得意とする行間射撃を彼は難なく行い成功させる才能人であった。なお、本人はそれを否定するが砲手に就く者全員に彼が凡人であることを否定された。当然、経歴も腕もジェネフより上である。
だからこそ彼は手ごたえがないことに気付けたのだ。
「……とりあえず砂煙が晴れたら再攻撃するか。無線を繋げ」
「えぇ。そうです―――――」
エドガーが相槌を打ったその時であった。
土煙から嫌というほど視認した光線がこちら目掛けて直進するのだ。咄嗟の攻撃ではあるが若者特有の瞬発力で操縦手のジョイルはレバーを下げてバックをしながら右折する。そのお蔭で間一髪で躱すことができた。
だがしかし、その光線はジョイルたちを通り過ぎた後に不思議な軌道を描く。
「な、何で光線が
光線はジェネフたちを追い越して百メートル程度離れると突如として直角に曲がり再度こちら目掛けて突き進むのだ。今までのネウロイは光線を放ってもそのまま直進するのが全てだったのだが、このネウロイだけは違った。
異変に気付いたジョイルはレバーを忙しく動かして回避行動を行う。
「躱せええええッ!!」
光線は彼の戦車を掠り、前にあった建物に命中する。あと少し気づくのが遅かったか、もしくは操縦が間に合わなかったらあの光線に貫かれていたと思うとジェネフたち一同の背筋が凍る。そして中隊や歩兵小隊もこの光線に恐れおののいてしまう。
しかしこれでは全力で戦うことはできないと危惧したジェネフは戦車の上に仁王立ちすると、声を張り上げて一同に向かって言い放つ。
「お前らがあの大サソリ野郎を打倒できれば俺らは寝物語として、現地の子供に言い伝えられるだろう。此処に辿り着くまでに戦死した戦友や異国の同志の願望が叶えられるだろうよ。さあ戦え、戦ってあの野郎をぶっ倒してしまおうぜ!」
ジェネフはネウロイに狙撃されることを恐れずに行った演説はその場にいる兵士の心を掌握した。雄叫びこそはなかったものも、一同の瞳には闘志が再点火された。
「行くぞ野郎共ッ!
サソリ
鋏角亜門・クモガタ綱のサソリ目に属する節足動物の総称である。体の前端に鋏型の触肢、後端に毒針を有する捕食者である。
1700種以上を含め、最古の化石記録は4億3千万年前のシルル紀まで遡る。そして毒持ちは少ない。
サソリの天敵はイタチやジャコウネコや、鳥類、爬虫類、他に同じサソリや、肉食性の昆虫類にオオヅチグモ類やムカデ類など、他の節足動物にも捕食される。
神話では英雄オーリーオーンを殺してさそり座になったサソリの話が有名である。