人狼は夢を見れるのか   作:渡邊ユンカース

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これで一年三か月も続いた北アフリカ編終了です。
次回からアニメ編です。


汽笛

エジプト奪還から一週間が経過した。

エジプト奪還の際には散々兵士たちを苦しめていたサソリ型ネウロイは人狼が大サソリを撃破した途端に一斉に体の崩壊を起こし始め、都市から一掃された。地域一帯に蔓延する瘴気のほうも二日で消え去った。

かくして、人類側の勝利となった。

 

各々の国籍、文化、所属を問わず皆一同に大声で雄たけびを上げて歓喜と勝利を共有しあった。念願の祖国が還ってきたこともあり、ブリタニア軍に従事するエジプト人たちは大粒の涙を雨季のように流していた。

数年もこの北アフリカという土地で幾人もの戦友と部下を亡くした下士官は、亡き人たちへと十字を切る。

 

無論、ウィッチたちも例外ではなくマルセイユはさも当然かのような態度を繕ってはいるものも口元が喜びで歪んでおり、ライーサは頭に生えた使い魔の耳をパタパタさせていて、稲垣も尻尾をブンブンさせている。

人狼は帽子を外して胸に当てて、倒れていった者たちに追悼の意を表していた。

 

エジプトを占領し防衛させるための兵力を置いた各将軍たちはエジプトに赴く前の基地へ撤収していった。

兵員を乗せたトラックの荷台には服の至る所が砂だらけになっているジェネフ、エドガー、ジョイルの姿がある。三人は膝を折り曲げて、両膝に頭を突っ伏して寝息を立てていた。寝息も寝言もほぼ同時で行われており、寝言同士で会話をすることもあった。

その場に居合わせた兵士はこの奇妙な光景を見て、本当に戦車大隊の隊長なのかわからなくなっていた。

 

数時間の帰路は、道中ネウロイにも襲われることもなく無事帰投。疲労困憊の兵士たちが基地で真っ先に感じたものは美味しそうなシチューの匂い。兵士たちは思わず生唾を飲んだ。ここ最近の食事は粗末で簡素なものであったため、彼らは両の手を打ち鳴らして猿になった。

トラックが停車した瞬間、兵士たちは一目散に飛び出して急いで配給先へと向かう。ちょうど電信員や無線手が列を構築始めようとするが、傷と砂だらけの兵士たちは電信員たちを全員吹き飛ばし、長い行列を作った。

 

配給のメニューはシチューとパンとマッシュドポテトにザワークラウトとカールスラント人が慣れ親しんだものばかり。トブルクの町でこっそり仕入れた酒をここぞとばかりに引っ張り出して、大きな宴会が開かれた。

男所帯の宴会にマルセイユが乱入して宴はおおいに盛り上がり、ジェネフとエドガーも得意の楽器を演奏し周囲を湧かせる。そして最大の功労者である人狼は基地の皆に胴上げをされた。その宴会は一週間も続いたという。

 

 

さて、カールスラントの師団長を務めるロンメル将軍のテントに一人の来客が現れた。人狼と独立大隊をアフリカへと派遣して指揮したランデル・オーランドその人だ。彼は来る前よりも何故か若返ったかのような肌つやであり、心なしか生やしている髭に黒い毛が数本存在している。

彼は部隊の損耗を記した書類を提出した後に、椅子に座った。

 

「さて、どうでありましたか? 此度の戦は」

「……正直に言うと負ける確率が高い戦いであったと感じられる」

 

あのまま防衛をしていたらネウロイの数に押されて部隊は壊滅していただろう。幾重にも築かれた防衛線が何度も破壊されている。時間の問題ともいえた。

 

「ほう。まあ、もしも私が攻め続けずに防衛へと回っていたら負けていたでしょう」

「貴殿の敏腕な指揮を目の当たりにすると自分はまだまだなのだと感じる時がある。これは経験で補えるものではない、一種の才能」

「いいや違うよロンメル元帥。私には才能は無い。あったのは狂気だ」

「何?」

 

ロンメルが彼の指揮力に対して妬んでいることを、彼は察知すると生徒に間違えを教える教師かのように優しく否定した。彼の口から淡々と述べられる事実(正解)にロンメルは案外驚いていた。理由としては、彼自分で自身の持つ狂気を自覚していたからだ。

 

「私の指揮はお世辞にもロンメル元帥を含む元帥たちには劣りしょう。だけど、私だけが唯一持っていて貴方方には持っていない力があった」

「それはなんだ?」

「人に狂気を付属させて従属するカリスマ力と言えましょう。どうしても戦闘には士気が必要不可欠、これが低ければ烏合の衆、武器を持った市民と変わらない。だけど私にはその士気の問題を無視できた」

「……信者みたいなものか」

 

実際、士気が落ちるに連れて脱走兵の割合も増えてくる。脱走した兵士は後に夜盗やならず者として世に跋扈し始めるのだ。それが歴戦の勇士であればタチが悪い。

 

「信者というよりは狂信者ですな。その狂信者たちは私を信じ命を捧げる。例え死ねと命令するなら彼らは喜々として、死ぬ」

「悪魔だな」

「あぁ。あながち私の祖先か、或いは前世が悪魔かもしれませんな。人を唆す怖い怖い悪魔」

「……ならば貴殿の旅団は悪魔の旅団であるな」

「ですな」

 

冗談が冗談でないような雰囲気に包まれるロンメル。第一次ネウロイ大戦で彼は好青年と評されていたが、本性をただ隠していただけなのだろうか。そのことを知るのは現状本人しかいない。

パラパラと提出された資料を眺めていると、疑問を覚えた点を一つ見つけた。顔を近づけて穴を開けるように凝視する。

 

「なんで憲兵が一個中隊もいるんだ? 人との争いではないからパルチザンなど沸かないぞ」

「あぁ。説明が遅れていました」

 

彼はわざとらしくポンと手を叩くと三重に折りたたまれた一枚の紙を胸元のポケットから取り出してロンメルに渡す。グシャグシャになりかけている紙に目を通すと、そこには人名がびっしり書き込まれている。

 

「何だこれは?」

「これは新興宗教の信者リストでこの土地で暗躍する信者です。タチの悪いことにネウロイ崇拝とか恐ろしいことをやってくれる」

「何ッ!?」

「彼らはネウロイを救世主として認知している。このまま野放しにすればパルチザンのような行動を起こされて軍は崩壊する。それを防ぐのが私の第二の仕事ですよ」

「……私や現地に居る将軍に頼めばいいのだが?」

「ところがそうはいかない。何人か上層部にシンパが存在するので」

「……面倒なことになったな」

 

まさか人との争いが勃発しかけているなんて彼は思ってもいなかった。上層部にシンパが潜り込んでいるだなんてもっての外である。彼は新たな問題を目に頭を抱えた。

 

「まあ現地で暗躍する信者たちはアジトを見つけ次第、即射殺したのでご安心を」

「…」

 

そしてランデルの仕事の早さに沈黙した。

報連相ができていない典型的な駄目なパターンである。

 

「そういうのは早くに伝えてくれ……」

「次からはそうしましょう」

「まあ貴殿らは明日南リベリオンへ帰るのだろうが」

「えぇ」

 

増援として派遣されたこともあって、滞在時間は短い。もうすでに旅団の船も手続きも完了していてすぐにでも帰れるようになっていた。戦場から離れたくは無いという哀愁が密かにランデルから流れている。

 

「では私はこれで」

「あぁ。増援として今までにないほどに感謝している」

「左様ですか。……あぁ、そうだこんな噂をご存じで?」

 

椅子から立ち上がり出口へ向かおうとするランデルがくるりと身を翻してロンメルを見る。ロンメルは新たな問題なのかと構えていた。当然だろう。

 

「実はパットン将軍は生きているらしいですね、直々に会いに行ってやればいいのでは?」

「……本当か?」

「悪魔は嘘はつくけどつまらない嘘は言わないので」

 

ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべてランデルはその場から立ち去って、猛烈に輝く太陽下へと行ってしまった。ロンメルは犬猿の仲ともいえるが互いの実力を認めたパットンの生存に内心笑みを浮かべながら、カレンダーを見た。

ちょうど明日は予定が空いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……大尉、別にアフリカに残ってもいいのだぞ?」

「…」

 

人狼は現在、マルセイユの猛烈なる説得を受けていた。内容は人狼のアフリカ残留を望むもので、かれこれ二時間は彼女のアプローチを受けている。

船が出港するのは正午、あと十分で此処を出る。時間が経つに連れて彼女の説得は熱を帯びてきた。

 

「今なら私のサイン付きプロマイドとカレンダー、または私と同じサングラスを与えよう。これで不満なら私の使う同型の拳銃も用意しよう」

「…」

「これでも足りないというのなら私のお気に入りのワインと毎日私と一緒に寝てやる権利もプレゼントだ」

「…」

 

彼女は商人のような言いぐさで説得を試みるが、人狼は動じない。事実、人狼が惹かれそうなものは拳銃程度だ。刻々と時間は迫り、彼女はヤケクソになって駄々を捏ねていた。流石の人狼もどうすればいいのかわからなくなっている様子であった。

 

「駄目よハンナ。ハインツ大尉だって任務で此処に来たんだよ」

「それはそうだけど……」

「ハインツさんも仕事だから仕方ないんですよ。ね、そうですよね!」

「…」

 

ライーサと稲垣が彼女の説得に取り掛かり、稲垣が人狼に同意を促すように問う。人狼は即座に首を縦に振る。

彼女は意気消沈という感じでしょげていた。彼女にとって人狼は数少ない友達であったのだ。元より彼女の性格上、友達よりも敵の方が多かったため、友達の価値が非常に高かったのだ。

 

「……わかった。なら大尉、月に一回でもいいから手紙を送れ」

「…」

 

説得を諦めたマルセイユは人狼に条件を提示した。月に一度という簡単な条件を人狼は認めた。

 

「ならいい。大尉とはいっぱいあったけど楽しかった。共に戦えてよかった」

「わ、私もハインツ大尉には助けられました! ありがとうございました」

「ハインツさんにはまだ敵わないけど、いつかハインツさんを凌駕する技術を習得しますね!」

 

三人から激励の言葉を受け取り、握手をされる人狼。人狼はこんな経験はなかったから珍しく戸惑っている様子であった。

 

握手が終わり、自身の荷物を持って輸送艦へ乗船する人狼。甲板にはエドガーとジョイルの姿があって、もう赴くことは無いかもしれない北アフリカを肌身で感じていた。

 

「ハインツ、よかったね可愛い女の子に好かれてて」

「羨ましいッス!」

「…」

 

エドガーとジョイルがもてはやすので、人狼は二人の背中を掴んで海へ落とそうと持ち上げる。これはたまらないと笑い合う二人、しかし輸送艦にジェネフは搭乗してはいなかった。

船の汽笛が残り一分を知らせる。一分が経過すれば船は出港してしまう。

 

汽笛が鳴り終えた頃にジェネフが片手にトランクを持ちながらせこせこと走ってやってきた。遠くからでもわかるように、大きく吐息を漏らし汗を流している。

船員が船の渡し板を片付けようとしているのを止めてもらい、彼は無事に乗船することができた。

 

「ぎ、ギリギリセーフ…ッ!!」

「残り一分ですけど、何があったんですか?」

「いやちょっとした約束(・・)を結んだだけさ」

「約束?」

 

疑問符を頭に浮かべる人狼と二人にジェネフはニヒヒと笑みを漏らした。

その時、出港を知らせる汽笛が街全体に知らせるように大きく響いた。ゆっくり船は動き出しているのを体感する。

人狼と三人はふと陸上へ目を向けると、陸ではライーサにマルセイユ、稲垣が此方へ向けて手を振っていて、現地の住民たちもネウロイから奪還した救世主として誠心誠意で手を振っていた。

 

人狼たちを送り出すかのようにアフリカの熱風がひゅるりと吹いた。人狼は帽子を飛ばされまいと帽子を片手で抑えると、ジェネフも帽子を守るために同じ動作をしていた。目が合った人狼とジェネフは、空いた手でパチンと両者の手を打ち合わせた。

 




ベレッタM1934

イタリアで生まれた自動拳銃。ベレッタ社が開発し、1934年に正式採用。
第二次世界大戦全般に渡ってイタリア陸軍に使用されることとなった。
近代的な軍用拳銃の必要条件を満たし、自衛用としては充分な性能を備えた拳銃となっている。敗戦までベレッタ社は機関銃やM1934を製造するが粗悪品が多くなってきた。
1950年に生産終了する。
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