「監視所から報告が入ったわ。敵、114地区に侵入。高度はいつもより高いわ、今回はフォーメンションを変えます」
宮藤が入隊してから一週間も経たない頃に、早朝にネウロイが侵入したという報告がされて基地のサイレンがまるで目覚まし時計のように辺りを刺激する。慌てて飛び起きたウィッチが大半だが、訓練を行っていた人狼や坂本に職務のため徹夜をしていたミーナは一足早くハンガーへ待機していた。
「バルクホルンとハルトマン、そしてハインツ大尉が前衛、シャーリとルッキーニが後衛、ペリーヌは私とペアを組め」
「残りの人は基地で待機です」
かくして人狼も上がることとなり、前衛のハルトマンとバルクホルンの間に挟まる位置で飛行する。人狼の武装はいつもの機関砲に集束手榴弾、そして銃身がバラバラな二丁のモーゼルだ。
敵と接敵するまでは会話らしいものはなく、ネウロイとの距離も近かったことから無言の間による圧力を受けずに済み、前回の出撃で被害者だったルッキーニは安堵した。
「敵発見!突撃ー!」
坂本の号令で前衛の人狼たちが眼下に存在するネウロイに向かって急降下を行い、それを援護するかのようにシャーリーとルッキーニは銃撃をする。
人狼たちから出された交差する三本の雲が引かれると、ネウロイの上部装甲が白い破片を飛ばしながら奇声を発する。その三秒後に小規模な爆発がより一層破片を飛び散らす。ネウロイも反撃しようと光線を照射するが一向に当たる気配はない。
「手ごたえがなさすぎるわ……」
「おかしい…コアが見つからない…」
「まさか揺動ですの?」
「だとしたら基地が危ないッ!」
ネウロイとの戦闘を見ていたペリーヌと坂本がこの状況に違和感を覚えた。今まで襲来してきたネウロイと比べて動きが単調で攻撃もろくに照準を定めていないのだ。
このことから坂本たちが察した一つの考え、それは核を持つ本体が基地への攻撃だということ。
現在戦闘を行っている前衛の人狼たちを囮のネウロイに対処させて、それ以外の隊員と坂本たちはすぐさま基地へ向かうのであった。
「了解。ハルトマンにハインツ、坂本少佐の無線を聞いた通りにこいつの足止めだ」
「わかってるよ」
「…」
仮にもエース揃いの第501統合戦闘航空団でその中でもトップクラスの撃墜数を誇るハルトマンとバルクホルン、それに度重なる死線を幾度も切り抜けてパ・ド・カレーの英雄となった人狼、いくら核が無くて決定打が出さないが半ば無限ともいえる回復力が取り柄のネウロイ相手ではあまりに過剰な戦力であった。
「ハインツが左翼ハルトマンは右翼、私は真ん中を受け持つ」
「了解したよ」
「…」
一旦距離を取って、人狼は空になった弾倉を取り換えてハルトマンと同時に任された箇所へ突撃する。当然のように赤く煌めく光線も人狼たちに向かって伸びるが光線の力も弱く、魔法障壁での対処が容易だ。
最初にハルトマン、続いて人狼が攻撃を始めると円盤型のネウロイから新たな翼が生えたかのように破片が飛び散る。人狼たちに反撃を企てるも中央の箇所がバルクホルンの攻撃によって装甲を剥がされる。
これにはネウロイも堪らず悲鳴ともいえる奇声を発するが人狼たちが攻撃を止めるわけない。何度も何度も繰り返して攻撃されるのでネウロイは徐々に力を失って高度を落としていく。
「うわっ、うちらやり過ぎみたいだよ」
「関係ない、木っ端微塵になるまで叩けばコアが無くても消滅する」
「エグいね」
「そうだろハインツ」
「…」
あまりに豪快な思考に思わずハルトマンは苦笑いを零す。人狼は適切な処置だ、と言うかのように首を縦に振る。
しかし、そんな蹂躙ともいえる戦闘はミーナ率いる別動隊が無事に本体を撃破したと連絡が入った直後に人狼たちが相手をしていた囮ネウロイは呆気なく崩壊した。ネウロイは今まで受けた苦痛から逃れるかのように一分も経たずで消滅してしまった。
「ネウロイ撃破を確認、帰還する」
バルクホルンは基地に無線を送ると機関砲の残弾を確認する人狼のもとへと迫る。
「さっきの戦闘はなんだ。コアが無くて動きが単調なネウロイだったから今回はよかったものも、まともなネウロイだったら貴様撃墜されていたぞ。もう少し危機感を持ってなおかつ仲間との連携をしろ」
「…」
「おい、どうして無視する。私はお前を気に掛けているんだぞ!」
人狼はバルクホルンに指摘されるも普段通りに冷淡な態度を取り、その場から避けるかのようにエンジンの出力を上げる。エンジンの音が段々と大きく響く。
これを見た彼女は眉を顰めて人狼の肩を掴もうとした。しかし人狼は肩を掴まれる前に彼女へ体当たりを行い双方の距離を取り、よろめきながらも唖然とした表情を浮かべる彼女に二挺の機関砲を人狼が向ける。
安全装置も外されており、銃口はまっすぐ彼女の胸元を向けられていた。人狼が人差し指に少しでも力を込めればバルクホルンは数発の弾丸で哀れにも胸を貫かれることとなる。下手すれば血潮に果てる。
このやり取りを傍観していたハルトマンもすぐさま人狼に機関銃を向けて牽制するが、霧化や銀が体内に入らない限り死ぬことはない人狼相手には分が悪い。辺りは緊迫した雰囲気に包まれる。
永遠ともいえる冷たく緊迫した空間の中、最初に言葉を発したのはバルクホルン自身であった。
「……すまない、お前はああやって今までの戦場を切り抜けたんだよな。口出しして悪かった、忘れてくれ」
「けどトゥルーデ!指摘されただけで銃を向けるハインツ大尉の方が悪いよ!」
「いいんだハルトマン。人には人のやり方があるのを忘れていた私が悪い」
虚ろな目で感情や思いを押し殺しながら見繕った笑みを浮かべるバルクホルンに対し、ハルトマンはまるで自分自身が苦痛を受けたかのように歯を噛みしめる。彼女は初めて見せる醜悪でぐちゃぐちゃなバルクホルンの笑みが、戦争のストレスで過剰にモルヒネを打つ戦友のように見えてしまったのだ。怒りと悲しみがハルトマンの心を混合し合う。
ハルトマンが顔を歪める中、バルクホルンはそんな笑みを浮かべた状態で人狼に言う。
「……もしお前が困ったらいつでも呼んでくれ、私がすぐに飛んで何でも助けるよ」
「…」
ハルトマンは彼女がこのままではマズいことに気付いた。彼女にとって人狼の存在はモルヒネのような劇薬で、快楽をもたらす代わりに依存してしてしまう悪魔の二面性を持つ。ハルトマンは中毒者の末路を悲しくも知っていて、ストレスでモルヒネを多量に打つようになった戦友たちは正常な判断ができずに戦闘で死ぬか精神病棟に更迭される姿を数年のうちで何度も見ていた。
「…」
対して人狼は彼女の返答に無言を貫き、首を振ることはなかった。この態度で人狼も彼女を思うがままに酷使することはないことを悟りひとまず安堵した。冷淡かつ過激な行動を取る人狼にもある程度の良識は存在したのだ。
「基地に帰投しよう。戦闘後に起こした行動は皆忘れてくれ」
「……わかったよ」
「…」
人狼はバルクホルンの言葉を聞くとエンジンの出力を上げて、一足先に基地へ帰投する。バルクホルンは人狼が見えなくなるまでジッと魅入られたかのように見つめていた。それは恋人や想い人に向ける視線ではなく、神を崇拝するかのようにだ。
あまりに彼女が熱狂的だったのでハルトマンは息を呑んでしまった。
もしもこのことをミーナに伝えてしまったらどうなるのだろうか。そんなことをハルトマンは考えた。ハルトマンという小さな少女は能天気でマイペースな性格なのだが、時折頭が切れる場面がある。伊達に彼女の妹で科学者のウルスラと姉妹ではない。
ミーナはパ・ド・カレー防衛戦で恋人だったクルトを失い、それ以降ウィッチが男性との接触を非推奨にしている。おそらく人狼を隔離するか何処かの基地に移すだろう。
それに上層部にも知らされたらバルクホルンが精神病患者として更迭されることもありえる。これにより第501統合戦闘航空団の戦力の低下にも繋がる。
厄介な人狼とバルクホルンの拗れた関係にハルトマンは思わず頭を抱えた。下手に手を打ってしまうと、よりバルクホルンは人狼に依存してしまうし、ただでさえも妹のクリスの件もあるのにより戦闘にも支障が出てしまう。
「じゃあハルトマン先に帰るからな」
「うん、わかった」
人狼と彼女がその場から去った後にハルトマンは面倒な隊員が来たな、とため息を重々しく吐いた。
過去の人狼はあそこまで性格が拗れていたかと記憶を思い出すも、そんな記憶は無かった。数年前は素直に指摘に従ったり、仲間を気に掛けていたのに何が人狼をあそこまで変えてしまったのかわからなかった。
「ちょっと調べる必要があるね」
ポツリと自分に言い聞かせるように呟いて、ハルトマンはバルクホルンの破滅を防ぐために決心した。友人である彼女を護るために。
タイプライター
デンマークで作られた機械で、ラスムス・マリング=ハンセンが1865年に開発した。
1870年に(一応は)製品として商業生産して、パリ万博では賞を獲得した。なおアメリカに特許を買収された。
タイプライターが普及するとタイピストと呼ばれる職業が生まれ、女性が多くその職に就いた。