宮藤が人狼に接触した翌日、滑走路には新米のリーネと宮藤を指導するためにバルクホルンと坂本が居た。今日は編隊飛行の訓練を行うので、リーネは坂本とペアを組み宮藤はバルクホルンと組むこととなる。
宮藤は先日のバルクホルンの態度を不思議に思っていたため、坂本の応答に多少遅れてしまう。
「二番機はひたすらリーダーの後についていけ、他は見るな。方向転換したらそれについていく、射撃指示が出たら撃つ。リーダーは敵から目を離さず二番機に的確な指示を出していく、だから安心してついていけ」
「「はい」」
新米の二人の一番機である坂本とバルクホルンは古参であり精鋭、坂本は彼女たちと一緒に飛行しながらロッテ編隊やこれから行う訓練の内容を話す。なおバルクホルンは普段とは違い、何かを気にして坂本の指示を聞き逃しているようにも見えた。
「どうしたバルクホルン、聞こえてないのか?」
「…大丈夫だ。行ってくれ」
数秒遅れてバルクホルンは坂本に準備が完了したことを伝えると、坂本はリーネを引き連れて降下した。スピットファイアと零式戦闘機の二発のエンジン音がその場に響く。
「行くぞ新人」
「はいッ!」
先行した坂本たちを追うためバルクホルンたちは旋回して下降する。一方で宮藤たちの訓練を遠方から眺めていたペリーヌは坂本と一緒に訓練を行っている宮藤に対して嫉妬していた。実際には坂本とペアを組んだのはリーネであり、宮藤は完全にとばっちりを受けている。哀れであるがどうせ宮藤は気にしないので問題はない。
突然、訓練が始まって間もない頃に基地の方からサイレント空砲が鳴り響く。
「敵襲!」
「えっ!?」
「まさか!?」
「敵かッ!」
基地で一番高いと言われている監視塔からは一人の兵士が黒板にネウロイが出現したであろう座標を書いて坂本たちに伝える。
「ネウロイだ!グリッド東07地域高度15000に侵入!」
即座に黒板を確認した坂本は高度を上げて散会していたバルクホルンと合流し編隊を組み、出現地点へと向かう。その道中で基地から新たに出撃したミーナたちと合流する。なおミーナの編隊には人狼の存在もある。
「最近やつらの出撃サイクルのブレが多いな」
「カールスラント領で動きがあったらしいけど詳しくは」
「カールスラント……ッ!?」
「どうした?」
「いや、何でもない」
ミーナと坂本の話を聞いてカールスラントという言葉に反応するバルクホルン、クリスの一件や祖国であるカールスラントの話題が重なってしまったから過敏に反応してしまったのだろう。
「よし隊列変更だ。ペリーヌはバルクホルンの二番機に、宮藤は私のところに入れ」
またもや内心で宮藤に嫉妬するペリーヌ。新米でありながらも少しばかり危険な行動に走る宮藤を援護するには歴戦の猛者である坂本がちょうどいいのだ。
坂本は自身の魔眼でネウロイを視認して報告、ミーナがバルクホルン隊に指示を出してバルクホルン隊を突撃させる。坂本隊は彼女の援護を行うため後を追うような形で突撃する。
「そしてハインツ大尉は…行っちゃったわ……」
人狼にも指示を出そうとしたミーナであったが、人狼はもう突撃をしてしまいその場にはリーネしかいない。人狼は何年もネウロイと戦闘を繰り広げているから何も言わなくても自身の役目を理解しているであろう、とミーナは内心でため息を吐きながらも察した。
ネウロイへの攻撃は各小隊によって行われるが、その中でもバルクホルンの動きがおかしい。何故ならバルクホルンは常に二番機を視界に入れた状態でネウロイを攻撃するのだが、今回の戦闘において彼女はそうではなかった。ペリーヌや他の小隊と連携を取るわけでもなく、単独でネウロイに率先して銃弾を浴びせていたのだ。
この事実に、長年彼女と共に戦闘を行っていたミーナはそのことに気づいた。
「あそこを狙って!」
「はいッ!」
ミーナの指示でリーネはバルクホルン隊が率先して攻撃していた部分に目掛けて、対物ライフルの引き金を引く。
弾は彼女たちに誤射することなくネウロイに命中、細かい破片が煙のように散らばる。
ネウロイは体の至る所から幾つもの光線を放ち、反撃を行う。そして人知れず人狼の胸元に光線が命中して穴が開くも、それだけでは死ぬことができないため瞬時に治癒して戦闘を続ける。
「近づきすぎだバルクホルン!」
坂本の注意を聞かずにバルクホルンは憑りつかれたかのようにネウロイに至近距離からの銃撃を行い、彼女のもとへ光線が放たれるも流石エースと呼ばれたウィッチは伊達ではない、即座に上昇してその攻撃を躱す。だが彼女の後ろにはペリーヌがおり、寸でのところで魔法障壁を張って防御するも光線の反動は殺しきれず後ろに飛ばされる。
そして不幸なことにペリーヌが飛ばされた場所にバルクホルンが存在し、衝突してしまう。弾かれたバルクホルンは体勢を立て直すも眼前には赤い一条の光線が迫る。咄嗟に魔法障壁で対処を試みるも、防ぐことはできたが魔法障壁で反らした光線が彼女の持つ機関銃に当たり、暴発を招いた。
暴発というものは恐ろしいもので彼女の腹部を破片が貫き、発生した爆風に巻き込まれた。負傷した彼女は体勢を立て直すこともできず地上へ向けて急降下を始める。
すぐさま宮藤とペリーヌが彼女の救助に向かい、人狼はその様子をただ眺めていた。
「大尉ッ!」
なんとか落下する彼女を捕まえて宮藤とペリーヌはゆっくりと地上へ降り立つ。宮藤とペリーヌはユニットを脱いで、寝かしたバルクホルンの傷を処置しようと彼女の服を脱がす。暴発による傷は深手であり、出血が止まらない。彼女のシャツは真紅へと染まりつつある。
「私のせいだ…!どうしよう!」
「出血が……ッ!動かせない、もっと酷くなる。此処で治療しなきゃ……」
狼狽えるペリーヌを傍目にどうにかできないかと努力する宮藤、そんな二人のもとにもう一つの落下物が存在した。
その落下物は木の枝が折れる音や葉が揺れる音を豪快に鳴らして、さらにまだ足りぬと地面を何度も何度も転がった。思わず目を落下物に注視する三人、その眼前はむくりと立ちあがり二メートルほどの巨躯を彼女らに見せつけた。
「は、ハインツ大尉……」
「…」
体に付いた葉や枝を払いながら彼女らに近づき、懐から謎の箱を取り出して蓋を開ける。そして中からある物を取り出して寝ているバルクホルンの腕を掴む。
ペリーヌと宮藤は人狼が手にしていた物体を知っており、その存在は軍にいるものなら誰でも知っていると言っていいほどの知名度を有していた。
「……モルヒネですか?」
「…」
人狼は宮藤の質問に首を縦に振り応答する。そして手際よくアンプルを折り注射器がモルヒネを吸うのを確認し、彼女の腕に注入した。
すると苦痛に苦しむ彼女が徐々に和らいでいく。
これを機に宮藤は大きく深呼吸して決心すると、バルクホルンの傷に自身の手を当てて魔法力を注ぐ。宮藤の持つ固有魔法は治癒能力、すなわちその能力をバルクホルンに行使しているのだ。
宮藤を中心に魔法力からなる青い半球が広がっていく様子にペリーヌは驚愕した。人狼も例外ではなく、見たことのない魔法力に微々たるものだが動じている。
「こんな力が……」
「…」
しかし、最中にネウロイは負傷したバルクホルンと懸命に処置をする宮藤に攻撃を始める。ペリーヌは素早く魔法障壁を張って光線を防ぐ。彼女を援護するかのように人狼も一緒になって魔法障壁を張る。
「今治しますから!」
「私に張り付いていたらお前たちが危険だ。離れろ、私なんかに構わずその力を敵に使え……ッ」
「嫌です。助けます、仲間じゃないですか……ッ!」
「敵を倒せ。私の命など捨て駒でいいんだ……」
「貴女が生きていれば私なんかよりもっともっと大勢の人を守れます」
「無理だ。皆を守ることなんてできもしない。私はたった一人でさえ……ッ!」
バルクホルンが想起したのは妹のクリス、彼女は妹が昏倒してしまったあの時まで悔い続けていた。ただひたすらに自分を咎め続け、度重なる重責に苦しんでいた。
「もう行け、私に構うな」
「皆を守ることなんて無理かもしれません。だからって傷ついている人を見捨てるなんてできません!一人でも多く守りたい、守りたいんです!」
この間にもネウロイの攻撃は激しくなり、人狼とペリーヌの魔法力では光線に耐えきれるほどの魔法障壁を維持できない。
「早く!もうあまり持たないの!」
「もう少し、もう少しだからこれで―――――」
バルクホルンの傷がそろそろ完治に至るが、光線に耐えきれなくなったペリーヌと人狼は軽々と吹き飛ばされる。人狼は足を地面に擦りながら着地し、体勢を整えて光線からの回避をできるようにする。
だが、バルクホルンに全力の魔法力を注いでいた宮藤も流石に魔法力が底を尽いたのか気を失ってしまう。人狼でも三人を回収して回避はできないので万事休すに陥っていた。
「――――今度こそ守って見せるッ!!」
だが、一人の果敢な少女は見事立ちあがる。
傷は処置により完全に癒えて、宮藤とペリーヌの武器を拾う。魔法力を回してユニットを回せるほどにまで回復できたのだ。
「バルクホルンさん……」
「迷惑かけたな、皆」
「…」
バルクホルンは彼女らと人狼に笑みを浮かべ、そのまま上空に存在するネウロイに向けて急上昇した。幸い、ネウロイの核は露出しており簡単に撃破できるようになっている。坂本とミーナの援護下でバルクホルンは勇ましい雄叫びをあげて手にした機関銃を乱射して突撃する。
少女から伝導した固い決意と屈強な意志を得た弾丸は核を容易く粉砕し、ネウロイは奇声を発した後に塵となって落ちる。
撃破の余韻に浸るバルクホルンのもとにミーナが足早に向かい、バルクホルンにビンタする。ぴしゃりと乾いた音が響く。
「何をやっているの!貴女を喪ったら私たちはどうしたらいいの!」
涙声で切実に叫ぶミーナにバルクホルンは動揺した様子で俯いた。
「故郷も何もかも失ったけど私たちはチーム、いえ家族でしょ!部隊の皆がそうなのよッ!貴女の妹のクリスだってきっと元気になる。だから妹のためにも新しい仲間のためにも死に急いじゃ駄目ッ!!」
ミーナは彼女に抱き着いて泣きながら言い続ける。
「皆を守れるのは私たちウィッチーズだけなんだからッ!!」
「……すまない、私たちは家族だったんだよな。休みを、休みをくれないか?見舞いに行ってくる」
決心したバルクホルンは家族と仲間を悟り、ミーナに休暇申請を申し込むのであった。
その様子を地上から眺めていた人狼は使用したアンプルと注射器を捨てて、箱を閉じようとした。
その瞬間、突如として突風が吹いた。突風に煽られた箱は地面に落ちて、中から二つのアンプルが転がる。
一つは先程使用したモルヒネのアンプル、そしてもう一つのアンプルのラベルにはシアン化カリウムと記載されていた。
シアン化カリウム
別名青酸カリウム、毒物の代名詞的存在だが、工業的に重要な無機化合物である。毒物及び劇物指定令でシアン化合物として毒物に指定されている。
第二次世界大戦のドイツ軍人が服毒自殺をする際によく用いており、ヒトラーやロンメルにゲーリングといった主要メンバーが摂取した。
なお偶然にもナチスドイツの最高傑作であるエニグマを解読したアラン・チューリングも服毒した。