「えっ!?海に行くんですか!?」
「あぁ、明日からだ。場所は本島東側の海岸」
「いやったー!海だー!海水浴だーッ!!」
ミーティング室にて基地内のほとんどのウィッチがその場で集まる中で、宮藤だけが坂本から告げられた宣言に大いに喜んでいた。ただ単純に海に行くのが好きなのもあるのだろう。だが宮藤は夢でリーネの胸を揉んでいたり、朝方にリーネの胸を実際に揉もうと画策するほどの隠れた変態である。
きっと彼女は水着という薄布一枚で隠された少女たちのことを想像したのだろう。スケベな少女だ。
「あれ、皆さん海嫌いなんですか?」
邪な想いを馳せる宮藤だが、何故か皆の顔はよろしくない。傍にいたリーネが彼女に小声で伝える。
「芳香ちゃん、訓練よ訓練」
「訓練……」
「その通りだ。我々は戦闘中に何が起ころうとも対応せねばならん。例え海上で飛行不能になってもだ。そこで海に落下した訓練も必要なのだ」
「……なるほど」
内容を全てを納得した宮藤は愕然とした様子でため息を吐いて気を落とした。訓練となると新兵である宮藤は厳しく扱かれるのは必至なのだ。しかもまだ行ったことのない訓練なので不安気であった。
「なんだ宮藤。訓練が嫌いなのか」
「えー、そうじゃないですけど……」
一に訓練、二に訓練、三四も訓練、五も訓練という扶桑帝国軍人の模範である坂本の問いに宮藤は怖気づきんがら否定する。
「うふふっ、集合場所は此処。集合場所は十時よ、いい?」
「「「了解」」」
「わかったわね宮藤さん」
「はい」
「以上の内容をシャーリーさんとルッキーニさんに伝えてください。そうだ、トゥルーデはハインツ大尉に伝達よろしくね」
「了解した」
「シャーリーさんは朝からハンガーに居るわ。ルッキーニさんは……基地の何処かで寝てると思うから探してみて」
「わかりました」
「そうそう宮藤さん。別に一日中ずっと訓練じゃないのよ」
「へっ?」
「つまり訓練の合間にはたっぷり海で遊べるということ」
「ミーナ中佐……ッ!」
ミーナの発言に歓喜して大きな期待を抱く宮藤。そして彼女は明日に胸を躍らせながらリーネを連れて二人を捜しに行ってしまった。
一方で坂本はシャーリーたちがこれから問題を起こすのではないかと予見してため息を吐いた。いくら厳格な帝国軍人といえども陽気なリベリアンには強くないのだ。
「おいハインツ。明日の十時に海上訓練をするため全員ミーティング室に集合だ。お前は此処に来て一度も訓練をしていないから受講者の一人だぞ」
ミーナからの伝言を受け取ったバルクホルンは人狼の部屋まで赴いてドア越しに要件を伝える。確実に人狼はその部屋に滞在しており、耳をドアにつけてみると室内からは武器を分解点検をしている音が聞こえる。
おそらく人狼は命令となれば明日はミーティング室に行き皆と一緒に訓練を受けるだろう。
彼女は毎食人狼へ届けるために持ってきた朝食のトレーを屈んで手にする。食器には野菜の一欠けらも残されてはおらず、綺麗に完食している。今日は納豆があったので人狼は食べてくれるのかと彼女は不安視していたが人狼には好き嫌いはなかったようだ。
トレーを食堂に返してから部屋でトレーニングをしようと考えて食堂へ歩き始めた彼女だったが、突如として彼女の背後から何者かが腰に勢いよく抱き着かれた。
突然の出来事に彼女は素っ頓狂な声をあげる。
「ひいッ!?」
「あれれ。トゥルーデでもそんな声をあげるんだ~」
「ハ、ハルトマン!」
彼女の腰に抱き着いた正体はハルトマンだった。ハルトマンは彼女を揶揄うように笑っては馬鹿にしていた。
「あんなに武人を気取ってたトゥルーデが可愛い声出しちゃって、これが恋が人に与える影響ってやつかな」
「な、何を言うんだ!」
「赤面してもわかってんだよ。ハインツ大尉のことが好きだなんて四年前からね」
「そ、そんな私は上手く隠してたぞ!」
「いやいやいや。ラジオでマルセイユがハインツ大尉と恋仲になったっていうニュースを聴いて基地から飛び出していこうとしたり、トゥルーデの寝言で彼に心境を述べていたり」
「うわああああ!!忘れろハルトマン!」
ハルトマンに捲し上げられてバルクホルンの顔はますます赤くなり、ついには頭から湯気が出ている。そしてハルトマンの彼女の反応が面白いのか徐々にノリと捲し立てるスピードが上がってきていた。
「私は知ってるよ。明日に備えてハインツ大尉にどんな水着を披露しようとか、彼の水着姿を想像したりとか」
「してない!そんな破廉恥なこと私がするわけないだろうッ!?」
「ホントかな~? そしてしまいには、『俺、お前のことが好きだ』『私もお前が好きだ』とか言っちゃって……!!」
「やりすぎだハルトマン!」
「ぐえッ!?」
人狼とバルクホルンを主役にした恋愛即興劇はバルクホルンの頭突きというゴングで終えられた。二人の身長差を用いた強烈な一撃は彼女を黙らせるには充分であった。
ハルトマンは痛む頭を両手で抑え、涙目の状態でバルクホルンを下から覗き込む。
「だいたいアイツがそんなこと言うわけないだろう!そもそもアイツの声を聞いたことない」
「えっ。それはもう無口通り越してない?」
「まったくだ。やれやれ、明日こそハルトマンは寝坊するなよ」
バルクホルンが思い返すには人狼は一度も喋ったことない。どんな時でも辞書や動作で意思を伝えていた。人狼に一番いらない部位は口であるといっても過言ではない。
彼女はハルトマンに散々弄られたことで文句を零しながら当初の目的である食堂へと足を進める。そんな中、ハルトマンは彼女に声を掛けた。
「トゥルーデさ」
「なんだ。つまらないことならもう一撃喰らわせるぞ」
「……いつまでご飯を届けるのさ」
「……」
いつになくハルトマンの声は真剣なモノであった。先程までの人を馬鹿にするために明るく軽快な口調ではなく、重々しく芯の通った声質。バルクホルンは幾度も戦場で聞き覚えのある声で彼女が纏う雰囲気も瞬時に理解した。本気なのだと認識した。
バルクホルンは意識を切り替えて手元のトレーを見つめる。皿には食材の存在こそ存在しないものも、確かにそこには
もう人狼と物理的距離があるとは言えない。
「アイツが心を開くまで」
「……そう」
しかし未だに
だがいつかは、いつかは人狼がこちらに振り向いて心も開いてくれるとバルクホルンという一人の少女は信じていた。
「じゃあもし開いてくれなかったらどうするのさ?」
「その時はその時だ」
彼女はそう呟くとハルトマンから距離を置くように離れていった。一人残されたハルトマンは両手に強く握りこぶしを作っては人狼を想起した。せっかくバルクホルンは長い間、姉妹愛という鎖で拘束されてようやく解放されたのにも関わらず新たなる問題に恨みと怒りが湧き上がる。
「私もトゥルーデを想ってるんだよ」
彼女はポツリと呟いた。
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「ふぅあ~」
誰もいなくなったハンガーにて一人の少女が寝ぼけ眼をこすりながら起床した。彼女の名前はルッキーニ・フランチェスカ、幼くしてエースに抜擢された逸材である。
彼女は辺りを見渡すが誰もいない。けれども偶然彼女の目の前に目を引く物が存在した。
「てぃてぃてぃーん!」
目を輝かせた状態でユニットの傍にあったそれを取る。彼女が手にしたのはシャーリーのゴーグル。シャーリーが日頃から使用しているゴーグルに彼女は少なからず憧れがあった。
「ん?」
しかしゴーグルを取ったがために、シャーリーのユニットが台座から外れて倒れてしまう。倒れたユニットからはオイルが溢れて細かい部品が飛び出している。
顔面蒼白で急いでユニットを元の位置に戻して部品を入れ直す彼女、しかし彼女はあいにく機械を扱う知識はない。どれも似たり寄ったりの部品に苦闘しながら適当にハメていく。
「どどどどうしよう!どうしよう!……あれこの部品どっちだっけ、こっち?」
本来なら此処は彼女だけでシャーリーのユニットを治すのだが、偶然にももう一人その修理に加わった。その者は男性で足を引きずる素振りを見せながら彼女へと近づいた。
「おいおい、デカい音したと思ったらユニット落としちまったか」
「うじゅ!? こ、これはその!!」
「うわぁ、派手にやったね嬢ちゃん。しょうがないから俺も手伝ってやんよ」
「あ、ありがとうおじさん!」
「俺はそんな歳喰ってないと思うんですけど。まあいいや、多少は航空機の応急修理には心得が……」
男が床に落ちた部品を拾ってユニットに取り付けようとするが合わない。他の部品を試すもこれも合わない。男は冷や汗を流して苦笑いを浮かべた。
「ないわ。ごめん」
「うじゅ!?
「いやー、航空機ならいけるけどストライカーユニットとは構造が違うな」
「おじさん無能!」
「いやいや、取りあえずはできる限り修復しちまおう。後で嬢ちゃんがこれを直すように整備の連中に伝えてくれ」
「わ、わかった!」
表面上の修復を終えたルッキーニだったが、夕食を食べた後にはこの出来事をシャーリーと整備士に伝えるのを忘れていた。
それが明日に起きる事件へと繋がっていくのであった。
ゴーグル
目を保護するための、側面が顔面に密着する道具。眼球を粉塵・砂塵・花粉・液体・汚物・風・雪・寒気・光線 等々から守る。
1900年初頭に登場した飛行機のパイロットが使用し、操縦席が密閉されていない機体では風で目が開けにくくなることや、虫やゴミが衝突しやすいため必須の装備である。視界が広く取れるようにレンズが大きいのが特徴である。
ちなみにロンメルが着けているのはイギリス製である。