八月十六日の夜。その夜空は雲がありながらも星霜の星々が視認でき、月光が太陽の代わりといって静謐と雲海を照らす。雲海の下では雨が降っている。
この時代でも街の明かりにより夜空が視認できない地域も増え始めるが、ネウロイとの戦争により灯火統制が街々に敷かれていた。もっとも、ネウロイは視角を有しているのかはまだ研究段階ではあるが。
そんな静かな空に一機の輸送機と一人の少女が静穏を引き裂いて、特定の目的地へと進んでいた。
「むぅ……」
「不機嫌さが顔に出てるわよ坂本少佐」
「わざわざ呼び出されて何かと思えば予算の削減だなんて聞かされたんだ。顔にも出るさ」
坂本は上層部から直接通達された予算削減という告知に腹を立てていた。今にも切りかかりそうな剣幕に対して同行しているミーナは慣れた様子で手帳に書かれた明日の計画を確認していた。坂本の隣では暇つぶしと言わんばかりに宮藤が外の風景を眺め、人狼は汚れた本を読んでいた。
「彼らも焦っているのよ。いつも私たちばかりに戦果を挙げられてはね」
「連中が見てるのは自分たちの足元だけだ」
「戦争屋なんてあんなものよ。もしネウロイが現れていなかったら、あの人たち今頃は人間同士で戦いあっているのだろうね」
「さながら世界大戦だな」
その話を傍から聞いていた人狼にとってそれは周知の事実であり笑えぬ話だった。前世では言わずもがなであるが、実際カールスラントはネウロイが出現する前に戦争の準備を着々と行っていた。
そうでなければ一大大国であるカールスラントが平時の戦力で数か月間も遅滞戦闘や前線の維持に務められるわけがない。その裏付けに人狼と縁のある人物でかつ狂気の名将と名高いランデルが在籍していた駐屯基地には莫大な弾薬と銃器が置かれていた。
「ハインツ大尉、何を読んでるんですか?」
「…」
「へー、狼男ですか。私も此処に来る道中に読みましたよ。面白かったです」
「…」
「悪かったな宮藤。せっかくだからブリタニアの街を見せてやろうと思ったのに」
「いえ、私はその……軍にもいろんな人がいるんだなって」
宮藤が話している最中に何処からか少女の歌声が機内に届いた。落ち着きのある声で聞き覚えのある声だった。
「あの何か聴こえませんか?」
「ん? あぁ、これはサーニャの歌だ。基地に近づいたな」
「私たちを迎えに来てくれたのよ」
窓の向こうではサーニャが固有魔法の全方位広域探査で敵を索敵しながら飛行していた。線が細く華奢な体の彼女だが、その姿には似合わない大型で武骨な兵器を手にしていた。
人狼はその兵器を知っていた。兵器の名前はフリーガハマー、無誘導ロケット弾を撃つことが可能である。発射する際に後部から放出される高温ガスには注意が必要で、過去に人狼もまともに喰らったことがある。その理由としてあげられるのは開発者と知り合いだからだ。
開発者の名前はウルスラ・ハルトマン、エーリカ・ハルトマンの妹でありスオムス義勇独立飛行中隊で人狼と共にしたウィッチだ。人狼は彼女と兵器運用や設計に携わっていたため、失敗のたびに治癒と着替えを繰り返していた。
「ありがとう!」
『うぅ……!』
宮藤がサーニャにお礼を言うと彼女は頬を赤らめて下の雲海へと潜ってしまう。
「サーニャちゃんってなんか照れ屋さんですよね」
「うふふ、とってもいい娘よ。歌も上手でしょ?」
しかし落ち着きがあり上手いという評判のその歌は突然止まる。不思議に思った坂本は彼女に無線で呼びかける。
『誰かこっちを見ています』
「報告は明瞭で大きな声でな」
『すみません。シリウスの方角に所属不明の機体が接近しています』
「ネウロイかしら」
『はい間違いないと思います。通常の航空機の速度ではありません』
「私には見えないが」
『雲の中です。目標肉眼で確認できません』
「そういうことか……」
「ど、どうすればいいんですかッ!?」
「どうしようもないな」
「そんなッ!?」
ネウロイの発見で慌てる宮藤と対照的に落ち着いて何処か諦観した様子の坂本。人狼はそそくさと機内に取り付けられたパラシュートを背負い、いつでも脱出できるように準備していた。
「悔しいけどストライカーがないから何もできないわ。……まさかそれを狙って!?」
「ネウロイはそんな回りくどいことしないさ」
『目標は依然高速で近づいています。接触まであと三分』
「サーニャさん、援護が来るまで時間を稼げればいいわ。交戦はできるだけ避けて」
『はい。目標を引き離します』
「無理しないでね」
ミーナの指示に従い、フリーガーハマーの安全装置を外してネウロイを迎撃すべき輸送機から離れる。満月に重なる彼女の姿は幻想的であった。
「サーニャちゃんはネウロイが何処にいるかわかるんですか?」
「あぁ、あいつは地平線の向こうにあるものだって見えているはずだ」
「へぇー」
「それでいつも夜間の哨戒任務に就いてもらっているのよ」
「お前の治癒魔法みたいなもんさ。さっき歌を聴いただろう?あれも魔法の一つだ」
「歌声でこの輸送機を誘導していたのよ」
サーニャの特徴を彼女たちが説明していると雲海から幾つかの爆炎があがる。爆発で生じた爆風は周りの雲を吹き飛ばした。
「反撃してこない……?」
サーニャは訝しみつつも好機と捉えて何発もロケットを発射する。しかしサーニャのもとには一発も光線は飛んでこなかった。
「流石ね、見えない敵相手によくやっているわ」
「私にはネウロイなんて全然」
「サーニャの言うことに間違いはない。サーニャ、もういい。戻ってくれ」
『けど、まだ……』
「ありがとう独りでよく守ってくれたわ」
サーニャは肩で息をしながら一度も反撃を行わなかったネウロイに疑問を持ち、穴だらけとなった雲海を見下ろした。いつの間にかネウロイも正反対の方へ去ってしまい、彼女はその夜引き金を引くことはなかった。
「それじゃあ今回のネウロイはサーニャ以外誰も見ていないのか?」
「ずっと雲に隠れて出てこなかったからな」
「けど何も反撃してこなかったっていうけどそんなことあるのかなぁ?それ本当にネウロイだったのかぁ?」
談話室では先程のネウロイを話題とした話がされていた。そこで緊急出動したハルトマン、エイラ、バルクホルン、ペリーヌはそのネウロイを視認できなかったと話す。ハルトマンはそれは本当にネウロイだったのかと疑う。
その言葉を聞いたサーニャはムッとした表情で黙ってしまった。
「恥ずかしがり屋のネウロイ……なんてことはないですよね、ごめんなさい」
「だとしたらちょうど似た者同士、気でも合ったのではなくて?」
ひりついた空気を解そうとリーネが慣れない冗談を言い放つがそれは哀れにもスベり、落ち込んだ様子で俯いた。ペリーヌはその冗談に悪ノリするとサーニャは誰にも事実を信じてもらうことができず悲痛な沈黙を続けていた。エイラは彼女の悪口を言うペリーヌに舌を出して嫌悪感を露わにした。
「ネウロイとは何か、それがまだ明確にわかっていない以上、この先どんなネウロイがいても不思議じゃないわ」
「し損じたネウロイが連続して現れる確率は極めて高い」
「そうね。そこで暫くは夜間戦闘を想定したシフトを敷こうと思うの。サーニャさん、宮藤さん、そしてハインツ大尉」
「は、はい!」
「当面の間、貴方たちを夜間専従班に任命します」
「えっ!?私もですか!」
「今回の戦闘の経験者だからな」
「私はただ見てただけ――――」
夜間飛行をしたことない宮藤は困惑した様子である。夜間飛行は常時暗闇で行うため平衡感覚が狂いやすく見失いやすい。新兵にはまだ早い任務であったが、戦歴の長い人狼と夜間飛行専門のサーニャがいれば安心だとミーナは考えたのだろう。
「はいはいはい!私もやル!」
「じゃあエイラさんも含め四人ね」
「すみません私がネウロイを取り逃したから」
「へっ?そんなこと言ったんじゃないから」
サーニャは罪悪感で苛まれた様子で宮藤に謝り、宮藤は別に気にしてはいないと彼女を慰めた。
翌日、朝食のテーブルには山盛りのブルーベリーがボウルに積まれていた。
「あらブルーベリー、けどどうしてこんなに?」
「私の実家から送られてきたんです。ブルーベリーは目にいいんですよ」
「いただきー!」
「確かにブリタニアでは夜間飛行のパイロットがよく食べるという話を聞くな」
「芳香!シャーリー!ベーしてべー!」
「こう?」
「こうか?」
先にブルーベリーを食していた宮藤とシャーリーはルッキーニに言われるがまま舌を出す。二人の舌はブルーベリーの果汁により青くなっていた。三人は青くなっているのを確認するとゲラゲラと笑い始めた。
ペリーヌはそんな三人を傍目に口元をハンカチで押えていると、背後から忍び込んだエイラによって口を開かれた。無論、彼女の口も青かった。
そして不運なことにそんな光景を自身が敬愛する坂本に見られ、羞恥のあまり紅潮させて涙を浮かばせた。
その時、珍しく人狼が食堂に来ていた。野外で鍛錬を行い水分を補給しにきたのだ。そこで人狼はブルーベリーを皆が食しているのを見て夜目を利かすためにブルーベリーがいいというガセネタを思い出した。
当時イギリスでレーダーの存在を隠避するためにバラまかれた情報であるが、まさかここでも広がっていたことを知った。やはり戦争準備を各国がしていたという情報は間違いではなかった。補足だが栄養素の関係上ニンジンなどを豊富に取るのがベストだという。
フリーガーファウスト
ドイツで生まれたロケット砲。フーゴ・シュナイダーAGが1944年に開発した。
ドイツ陸軍の多くは、前線に到着する前に、イギリス空軍・アメリカ陸軍航空軍のP-47やP-51といった戦闘爆撃機により陸上兵器の多くを喪失する事が多かったため、それの対策として開発させた。
なお開発時期やインフラの破壊により前線に届くことはなかった。