まあ百合に割り込む悪いオタクではなく、むしろその様子をカメラに収めるカメ子だからセーフ。
夜間哨戒当日、哨戒を行う人狼と宮藤たちはペリーヌお手製のマリーゴールドの紅茶を飲んだ後に滑走路に立った。
滑走路は暗闇に包まれて何も見えないが、手前から順に夜間用のライトが点灯していく。ライトはあくまで滑走路の存在を知らせるためのものなので、いまだ暗闇が滑走路を包んでいた。
「ふ、震えが止まらないや」
「なんで?」
「夜の空がこんなに暗いだなんて思わなかった」
夜間飛行の乏しい宮藤はいつもとは違う環境に恐怖と不安を覚えていた。実際に夜間飛行は上下の区別がつきづらく、現状の所在地も特定できない。百戦錬磨のウィッチでさえも間違えることがある。宮藤が怯えるのも当然のことであった。
「夜間飛行初めてなのカ?」
「無理ならやめる?」
「…」
心配するサーニャとエイラに震える手を前にして宮藤はある提案をした。
「手、繋いでもいい?サーニャちゃんが手を繋いでくれたら、きっと大丈夫だから」
サーニャは静かに驚いているのか固有魔法の全方位広域探査で飛び出した緑色の魔導針が紫色になる。エイラは宮藤のそんな提案に嫉妬を覚えたのか、半目でジッと睨んでいた。
小さくて柔らかみのある宮藤の手を優しくサーニャは握った。するとエイラも若干頬を染めながら乱暴に宮藤の手を握った。
「さっさと行くゾ!」
エイラは宮藤に向けて言い放ち、魔法力をユニットに注いだ。サーニャも同時に魔法力を注ぐ。魔法力が流されたことで二人のユニットは推進力を得て、滑走路を駆けていく。
「えっ!?ちょっ、心の準備が!」
情けない悲鳴をあげながら夜空へと飛び立った宮藤たちを遠目に、後から人狼もエンジンに魔法力を注いで夜空へと飛び立つ。実際人狼は夜間飛行をすることは少ないが一応飛行はできる。多少ふらつきながら滑走路を駆けて離陸する様子にハンガーにいたウィッチや整備兵は冷や汗を掻いた。
人狼はユニットの速度を上げて上空に居る宮藤たちと合流すると、二人に牽引されるように宮藤が飛んでいた。
「手を放しちゃだめだよ!絶対放さないでね!」
「もう少し我慢して、雲の上に出るから」
「おっ、ハインツ大尉も来たナ。へへーん、私と手でも繋ぐカ?」
「…」
「うー、無視するナヨ」
人狼が合流するのを確認したエイラは気安く冗談を人狼にかける。しかし人狼は彼女の冗談が聞こえていないのかわからないが応答しなかった。むくれながらエイラはソッポを向いた。
人狼たちは雲を突っ切り、雲海を抜けた。雲海を越えた先には満月と満点の星空が姿を現し、月光が人狼たちに降り注ぐ。雲海の表面も月光で照らされてやや明るい。人狼は今日が満月のせいか体中から力が込み上げてくる感覚を感じた。一方で宮藤は生まれて初めてこの幻想的な風景を見たのか、はしゃぎながら軽快な軌道で飛行する。もう恐怖や不安は拭い切れたようだ。
「すごいなー!私独りじゃ絶対こんなところまで来れなかったよ!サーニャちゃん、エイラちゃん!」
「ふふん」
「いいえ、任務だから」
エイラは宮藤に感謝されて嬉しそうに鼻を鳴らすが、サーニャは離陸前とは違った冷淡な態度を取る。そのことに宮藤は疑問を抱く。
この夜は何事も起きることなく平穏であった。
次の夜も人狼と宮藤たちの組で夜間飛行をした。宮藤も夜間飛行に慣れたのか以前ほど怯えてもいない。また宮藤はサーニャとエイラと親睦を深めたのか喜々とした様子でサーニャたちに伝える。
「今日はね、私の誕生日なの」
「えっ?」
「なんで黙ってたんダヨー!」
「…」
驚いた様子の二人といつもと変わらない態度の人狼に宮藤はその理由を話した。
「私の誕生日はお父さんの命日でもあるの。なんだかややこしくって皆に言い忘れちゃった」
宮藤の父親は魔導エンジンとストライカーユニットの新技術である宮藤理論を提唱した研究者である。これにより人類は強大な力を持つネウロイに対抗できる手段を手に入れたが、彼女の誕生日に彼女の父親は共同研究中に後戦災に遭い死亡したとされる。
事情を聞いたエイラは頬を緩め、父親の命日を気にしていた宮藤に優しく語り掛ける。
「馬鹿だなお前。こういう時は楽しいことを優先してもいいんダゾ」
「えー、そういうものかなぁ」
「そうダヨ」
「宮藤さんとハインツ大尉、耳を澄まして」
「えっ?」
サーニャの言うとおりに宮藤は耳を澄ました。耳を澄ましてみるとノイズが混ざるが、管制塔のものではない声や音楽が流れてきた。
「あれ?何か聞こえてきたよ」
「ラジオの音」
「夜になると空が鎮まるから、ずっと山や地平線の音も聞こえるようになるの」
「へー!すごいすごい!こんなことできるなんて!」
「うん、夜飛ぶときはいつも聴いてるの」
彼女の固有魔法はいわばレーダー、電波を飛ばして物に当たって跳ね返ることでその物の所在を特定する。彼女の固有魔法に加えて軍から探知機も導入されているため、固有魔法では聴きえない音も捉えることができる。さらに固有魔法に魔法力の出力を上げることで近場の通信機に電波を共有することが可能である。
「二人だけの秘密じゃなかったのカヨ」
「ごめんね、でも今夜だけの特別」
宮藤と人狼にサーニャとエイラとの二人だけの秘密が暴露されたのが嫌だったのか、サーニャに小声で文句を言う。しかしサーニャはこの楽しみを共有したかったのかエイラを諭した。するとエイラは理解したのか手を広げたままクルリとバレルロールをする。
「ちぇ、しょうがないナー」
「えっ、どうしたの?」
「うん、あのね」
「あのな、今日はサーニャの――――」
サーニャとエイラが宮藤にその訳を説明しようとした瞬間、サーニャの魔導針が色を変えた。サーニャは目を見開いて何かに気づいた様子であった。
「どうした?」
エイラがサーニャに訊いた瞬間、人狼たちのインカムから不協和音でありながらもリズムが組まれたノイズが流れる。この音は基地にまで届き、管制塔に居た坂本やリーネも耳にしていた。すぐさま坂本は人狼や宮藤たちを帰還させようとするも、ノイズにより通信や位置の特定が不可能であった。
「これ歌だよ!」
「どうして……」
「…」
この音に対して驚愕と猜疑心を抱いた少女三人を傍目に、人狼は二挺の機関砲の安全装置を外した。
「敵かサーニャ」
「ネウロイなの!?どこ!?」
「…」
「三人とも避難して」
そう人狼たちに告げるとサーニャはネウロイと接敵するために出力を上げて人狼たちを置き去りにして去った。
サーニャが飛び立ってからすぐに、突如として彼女に向けて一本の光線が雲海から突き出た。光線はサーニャへ迫るも、なんとか彼女は避けることに成功する。しかし彼女の片方のユニットが光線により破壊された。
「サーニャ!」
「…」
宮藤とエイラは被弾した彼女の救助に向かう。一方で人狼は雲海の中にネウロイが居ると断定し、エイラと宮藤がサーニャを救助するための時間稼ぎ役として人狼は単独で雲海への突入を行う。
「馬鹿!独りでどうする気ダヨ!」
「敵の狙いは私、間違いないわ」
「私から離れて。私と居たら……」
「馬鹿!何言ってるんダ!」
「そんなことできるわけないよ」
「だって……!」
自分を犠牲にしようとするサーニャにエイラは彼女の世話を宮藤に任せ、彼女からフリーガーハマーを奪い取った。
「どうするの?」
「サーニャは私に敵の居場所を教えてくれ。大丈夫、私は敵の動きを先読みできるからやられたりはしないヨ。あいつはサーニャじゃない、あいつは独りぼっちだけどサーニャは独りじゃないダロ?私たちは絶対負けないヨ」
エイラはサーニャを心配させまいと覚悟を決めた様子で語り掛けた。宮藤も頼ってほしいと言わんばかりにサーニャに笑みを浮かべる。その様子にサーニャも決心した面持ちで索敵した結果を二人に伝えた。
「ネウロイはベガとアルタイルを結んだ線の上もまっすぐこっちに向かってる。距離約三千二百」
「こうか?」
エイラは彼女の指示を受けて的確な位置にフリーガーハマーを向けることで照準を合わせ、待機した。
「ハインツ大尉との戦闘で加速してる。もっと手前を狙って……そう、あと三秒」
「当たれヨ」
エイラがフリーガーハマーの引き金を引いて三発のロケットが発射された。それと同時にネウロイが彼女たちに向けて光線を放つが、彼女たちはエイラの固有魔法の未来予知により光線を躱した。
一方ロケットは三発中一発がネウロイに命中したのか、被弾音とネウロイの断絶魔をあげた。攻撃を受けたネウロイは彼女たちの真下の雲海に潜ったまま通過した。
「外した!?」
「いいえ速度が落ちたわ。ダメージは与えてる」
後から人狼が雲海を抜けて宮藤たちと合流を果たすも、かなり苦戦していたのか左手にしか機関砲は無く、服の所々が焦げている。だがそれはまだマシな方で、右腕に至っては袖すらもない。
「ちょっと、ハインツ大尉大丈夫ですか!?」
「…」
宮藤の心配する声に人狼は首を縦に振って戦闘継続が可能であることを伝える。
「戻ってくるわ」
「戻ってくるナ!」
Uターンして再びネウロイは人狼たちに迫る。エイラは二発ロケットを発射するも、ネウロイは猛スピードを出しながら回避する。エイラは焦りながらもロケットを撃つ。その一発が命中したため、ネウロイはけたたましい悲鳴をあげながら出現した。そしてネウロイはこちらに体当たりをしようと突撃してきた。
対処しようとエイラと人狼は機関銃と機関砲を乱射して対応しようとする。
「二人とも駄目!逃げてッ!」
「そんな暇あるか!」
「…」
奮戦している人狼とエイラの助力になろうと宮藤はサーニャを背負いながら人狼たちの前に出る。そして人狼たちをまとめてカバーできるほどに大きい魔法障壁を展開してネウロイからの攻撃を防いだ。
「気が利くな宮藤」
「私たちきっと勝てるよ!」
「それがチームだ!」
「…」
サーニャは必死に戦う人狼と彼女たちに感化されると、宮藤の機関銃を借りて銃撃を始める。
人狼とエイラとサーニャから放たれた無数の弾丸はネウロイの先端部の装甲を剥ぎ取っていく。ネウロイも突入経路を変えられないのか銃撃を躱すことができない。徐々にネウロイは欠けていき、ついにネウロイの核まで至った。そして赤く煌めく核は誰かの銃撃により破壊された。
宮藤が前方に張ってくれた魔法障壁が功を奏し、崩壊時の爆風や破片を防いだ。その爆風は雲海に大きな穴を開けるほど強烈な風力であった。
ネウロイが撃破されて本来は音は消えるはずだったが、いまだにその音はインカムから流れ続ける。
「……まだ聴こえる」
「…」
「なんで、やっつけたんじゃ!」
「違う。これはお父様のピアノ」
サーニャは魔法力と片方のユニットを調整して上昇する。
「そうかラジオだ!この空の何処からか届いてるんだ!すごいよ奇跡だよ!」
「いや、そうではないかも」
「へっ?」
エイラは先程言い損ねていたことを宮藤に伝える。
「今日はサーニャの誕生日だったんだ。正確には昨日かな」
「えっ。じゃあ私と一緒」
「サーニャのことが大好きな人なら誕生日を祝うだなんて当たり前だろ。世界の何処かにそんな人が居るならこんなことが起こるんだ。奇跡なんかじゃない」
「エイラさんって優しいね」
「そんなんじゃねーヨ。バカ」
誕生日を祝ってもらうことは人狼もこの世で経験していた。自分が生まれた月日はわからないが孤児院の院長は初めて人狼と出会った月日を誕生日とした。それから人狼は孤児院の皆やジェネフやマルセイユといった戦友たちから祝福を受けた。
この世界に来たおかげで人狼は祝福を受けた喜びを知り、遠くで生きているサーニャの父親から与えられたプレゼントに喜ぶ彼女の気持ちに共感した。
人狼はかつてのことを思い出したことで、基地に来てからは常に鋭く濁った赤色の瞳がその時だけは少年のように柔らかく光沢のあるものへと変わった。
人狼は顔を上げて、月明かりに照らされた彼女を見つめた。その夜の月は見事な満月であった。
スオミ KP/-31
フィンランドで生まれた軽機関銃、銃設計技師アイモ・ラハティが開発。
冬戦争で兵力と火力共に劣勢のフィンランド軍は善戦し、KP/-31もその一翼を担うことになる。スキー部隊でも使用されて、シモヘイヘも使用していた。
なおこの銃がソ連に鹵獲されて、PPSh-41など短機関銃開発の参考にした。