琴里(聞こえる? 聞こえるわよね、士道)
士道(え!? インカムはなくしたのにどうして琴里の声が!?)
琴里(今、士道の心に直接呼びかけているの)
士道(ッ! そんなことができるのか!?)
琴里(緊急事態よ、士道。十香たち精霊がいつまで経っても一向に自分たちに出番がなさそうなことに絶望して一斉に反転しちゃったわ)
士道(なん、だって!?)
琴里(頼れるのは士道、あなただけなの。何とかして、十香たちを鎮めるのよ)
士道(えええええ!?)
どうも、ふぁもにかです。今回は少しだけ志穂さん目線が入ります。100%士道さん目線だと何だか物語にアクセントがたりないような気がしましてね。
新築であるはずのオフィスビルでのエレベーターの急降下という窮地を、士道の機転のおかげで死なずに乗り越えることのできた志穂に待っていたのは、ビルの一部倒壊から志穂を守った士道が、落ちてきたビルの上階に飲み込まれる光景だった。
「あ……」
志穂が呆然とした声を漏らす中、士道を押し潰したビルの上階が地響きを轟かせる。ぐらぐらと揺れる床に志穂はバランスを崩し、ペタンと座り込む。志穂の目の前には、士道を下敷きにした上で瓦礫の山が築かれている。志穂が視線を下に向けると、士道のものと思しき赤い液体が瓦礫の隙間からじわじわと流れ出ている。
「あああ……!」
とうとう士道が死んでしまったのではないか。そんな予感が志穂の脳裏をよぎった時、志穂は己の胸が強烈に引き絞られるかのような心境に陥り、絶望の声を上げる。
同時に、志穂は眼前の光景に既視感を感じていた。今のシーンだけではない。士道が志穂を庇って怪我をするごとに。士道が血を流すごとに。志穂の中で、何かがよぎる。既視感を覚えるとともに、ノイズ混じりのブレブレの映像が脳内に表示される。
志穂なんかを死の呪いから救おうとするような酔狂な人なんて、士道以外にはいなかったはずなのに、前にも似たようなシーンがあったような気がするのだ。かつて誰かが志穂ごときのために奮闘してくれていたような気がするのだ。そんな感覚を意識した途端、志穂はまるで涙を制御できなくなる。気が狂いそうになってしまう。
「先輩! 先輩ッ!」
だが、今は狂ってしまってはダメだ。もしかしたら士道はまだ生きているかもしれないのだから。志穂は弾かれたように瓦礫の山へと近づくと、瓦礫の山の撤去を始めた。速やかに瓦礫を1つ1つ拾い、別の場所に移動させる。鋭利な瓦礫で手を傷つけてしまおうとも構わずに、志穂は必死に瓦礫の山を解除していく。何度も何度も士道のことを呼びながら、士道の生存を心から祈りながら、志穂は迅速に体を動かすのだった。
◇◇◇
「……ぁ」
まぶたの裏に優しい光を感じ取ったことを機に、士道は意識を取り戻す。ゆっくりと士道が目を開けた時、士道は己が仰向けになっていることに気づいた。どうして自分は眠っていたのだろう。混濁する記憶の中、士道の目の前に志穂の顔があることを認識する。
そう。そうだ。士道はビルの一部倒壊から志穂を守るために志穂を逃がした後、自分も逃げようとして、だけど間に合わずに崩落に巻き込まれてしまったのだった。なら、どうして自分は今、志穂の顔を見上げているのだろうか。そこまで考えて、士道は己の後頭部に何やら温かく柔らかい感触があることに気づいた。そして、よく見れば、志穂の顔よりも近くに、志穂の慎ましやかな胸が見えていることにも気づいた。
(え、まさか俺……志穂に膝枕されてるのか!?)
「――ぁぐ!?」
士道は慌てて志穂の膝枕状態から脱しようとするも、下半身から鋭い痛みが襲ってきたため、士道は起き上がることを断念する。士道が下半身に視線を向けると、士道の腰から足のつま先までを満遍なく、弱々しい治癒の炎が這いまわっている様子がうかがえた。どうやらビルの倒壊に巻き込まれた際に、下半身に相当酷い怪我を負ったらしい。
「あ、先輩。やっと目が覚めたんスね。……先輩を治す炎の威力がかなり弱まっていたから、もしものことも覚悟してたッス。先輩の生命力の強さに感謝ッスね」
「志穂が、助けてくれたのか?」
「はいッス。先輩を押し潰した瓦礫をどうにか取り除いて、先輩を引きずり出したッスよ」
「そうだったのか。ありがとう――って、志穂!? その手、どうしたんだ!?」
「あ、これッスか? ちょっと瓦礫を撤去する際に手を切っただけッスよ。先輩に比べれば、この程度、怪我の内にも入らないッス」
士道が動こうとしたことで士道の目覚めを悟った志穂は涙を指で拭いながら深々と安堵のため息を吐く。ビルの一部倒壊に巻き込まれた士道を志穂が救ってくれたことを知った士道は志穂に感謝しようとして、ここで志穂の両手にハンカチが巻かれており、そのハンカチがじんわりと血でにじんでいることに士道は気づいた。士道が気絶している間に何か死の呪いの類いが志穂を襲ったのか。士道が慌てて志穂に尋ねると、志穂は何てことなさそうに微笑んだ。
が、士道としては非常に複雑な心境だった。士道は先日、志穂を守り抜くことを自信満々に宣言した。なのに、士道は志穂を死なせてこそいないものの、志穂を全然守れていない。志穂に怪我をさせた上に、志穂を不安にさせて、怖い思いをさせて、挙句の果てには泣かせてしまって。確かに、志穂は自分を死なせさえしなければ、志穂を守り切ったと判断し、士道による封印を受け入れると主張した。が、士道は志穂を無傷で守り抜くつもりだったのだ。志穂の心をも守り抜くつもりだったのだ。なのに、この体たらく。情けなくて仕方ない。
「志穂。俺の怪我はもう少しで完治するから、まずは病院に行って、志穂の手をちゃんと手当してもらおう。本当ならラタトスク機関の医療用顕現装置を使えればいいんだが、今は琴里との連絡手段がないからな」
「……」
「志穂?」
「……もう、いいッスよ。十分ッス」
だが、いくら自分が力不足だからといって、腐っているわけにはいかない。士道は今後の方針として志穂とともに病院に向かうことを示す。が、志穂はしばし沈黙した後、フルフルと力なく首を左右に振り、士道の案を却下した。
「先輩。デートはもう、終わりにしないッスか?」
「え?」
「先輩はこれまで十分頑張ってくれたッス。いくら治癒能力があるからって、私のために、こんな私なんかのために、何度も何度も傷ついて……私を守り抜くって先輩の言葉がウソじゃないことはもうわかったッス。だからもう、デートは終わりにして、ここで私とキスをしませんか? 私の先輩への好感度が十分かはわからないから上手くいくかは未知数ッスけど、でも、でも! このままデートを続けたら、先輩が! 先輩が死んじゃう! そんなの嫌なんスよ! だから……!」
志穂からの唐突な提案に戸惑う士道に、志穂は再び涙をぽろぽろ零しながら、今から封印のキスをしようと提案する。志穂の涙が、ぽたぽたと士道の頬に落ち、床へと伝っていく。
「志穂……」
冷静に考えれば、この状況は明らかに好機だ。見た所、志穂は士道に十分なほどの好感度を抱いてくれている。でなければ、士道の身を案じて、こうも涙を流してはくれないだろう。ゆえに、ここで志穂とキスをすれば志穂の霊力を完全に封印できる。結果、志穂が完全な死の呪いに襲われることはもうなくなるのだ。今まで志穂を襲い続けた死の呪いとは比べ物にならないほどにしょぼい不幸体質を背負うのみで済むようになるのだ。ならば、士道は志穂の提案を受け入れるべきだ。
「いや、志穂。キスはデートの最後まで取っておかないか?」
だが。士道は、今は志穂とキスをしないことにした。当初、志穂が提案した条件通り、今日のデートをきちんと完遂した後に志穂とキスをすると決めた。対する志穂は、まさか士道が自分の提案を突っぱねるとは考えていなかったのか、エメラルドの瞳を驚きに見開く。あの時、士道が志穂の死に芸事情を知ってなお、志穂を封印すると主張した時と同じような構図だ。
「せん、ぱい? 何を言ってるんスか? ここで冗談とか、笑えないッスよ?」
「冗談じゃない。俺は、本気だ」
「この期に及んでまだデートを続けるつもりとか、ふざけないでください! 先輩、このままじゃ本当に死ぬッスよ!? 確かに今まで私を襲う死の呪いが私以外を殺したことはなかったッスけど、それは私が死の呪いに抵抗できずに殺されていた時の話ッス! 今は状況が違うんスよ! 先輩が私の死を妨害し続けている以上、世界が痺れを切らして、前例なんて知ったことかって、先輩ごと私を殺しにかかってきたって何もおかしくないんスよ! なのに、どうしてここでデートをやめないッスか!? 私を封印したいんじゃなかったんスか!? 自殺願望でもあるんスか!?」
「……確かに、俺は志穂を封印したい。けど、ここで志穂とキスをして、デートを途中で切り上げたら、志穂を守り抜くってあの時言ったことがウソになっちまう。それは、許せないんだ。だって、あの時の言葉をウソにしてしまったら、志穂を幸せにしてみせるって俺の言葉も、ウソになってしまいそうな、そんな気がするからな」
「……」
「わがままを言っているのはわかってる。志穂の言う通りにした方がいいのもわかってる。けど……なぁ、志穂。もう少しだけ俺に志穂を守らせてくれないか? 俺に白馬の王子さまを頑張らせてくれないか? もう、こんなヘマはしないから。これからどんな死の脅威が迫っても、志穂も、俺も傷つかない形でカッコよく守ってみせるから。志穂を守り抜くって言葉を完全に証明してみせるから。だから、キスはデートの最後まで取っておかないか? 俺は悲しそうな顔で涙をボロボロ零す志穂とじゃなくて、幸せそうに笑顔を浮かべる志穂とキスをしたいからさ」
「ッ!!」
志穂の士道を思っての悲痛な叫びを一度しっかりと受け止めた上で、士道は己の胸の内をさらけ出す。その上で、士道は志穂とのデートを最後まで続けたいと主張する。士道の心からの頼みに、志穂は赤らむ頬を隠すように顔をうつむかせつつ、両手で拳を作り、ぽかぽかとかわいらしい効果音がつきそうな程度の軽い威力で士道の胸を叩き始めた。
「……ばか。せんぱいの、ばか」
「返す言葉もございません」
「私に膝枕された状態で言ったって、全然カッコよくないッスよ」
「ははは、確かにな」
「…………先輩を、信じるッス。だから、頑張ってください。世界なんかに負けないでください」
何度か志穂が士道の胸を叩いた後。志穂は士道の瞳を覗き込むように顔を近づけ、士道の意思に従う旨を伝えた。志穂が士道を信頼してくれている。朝の時のような失望しない程度の期待ではなく、全幅の信頼を寄せてくれているのが、志穂の眼差しが如実に示している。
「あぁ、任せてくれ。世界が悔しがるような、素敵なデートにしよう」
ゆえに。士道はニィッと晴れやかな笑みを志穂に返すのだった。
五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。なにこのイケメン。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。うん、堕ちたな。これで志穂さんも晴れて士道さんハーレムの一員決定かな(早合点?)
というわけで、13話は終了です。この後のデートをダイジェスト風味にするか、もう少しだけデートの描写を頑張るかでただいま考え中です。ストックのない見切り発車な作品はこういう所で融通が利くのが個人的に利点ですね。なお、難点は伏線管理が大変なことです。