どうも、ふぁもにかです。今回は文字数がとっても多いです。今回は気合いを入れて執筆したとはいえ、中々な文章量になったものなのです。
志穂が初めて現界してから9か月後の、ある雨の日にて。志穂はとある長身痩躯のスレンダーな女性と出会いました。そして、志穂は成り行きで、女性の住む、天宮市のマンションの一室へと招かれることとなりました。どうしてそのような流れになったのか、志穂にはわかりません。女性になぜか家に誘われ、反射的にうなずいてしまっただけだったからです。
「あーうー。良かったのかぁ、私? 本当に良かったのかぁ、あの女の子を家に連れ帰っちゃってさぁ? ずぶ濡れだし、お腹すいてたみたいだから、とりあえずお風呂とご飯与えなきゃって唐突に湧いた母性と使命感のままにマイホームまで連れてきちゃったけど……これ誘拐扱いされないよね? おまわりさんこの人ですってされないよね? お願いします、神様。どうか私の人生をここで終わらせないでください後生です。本条蒼二先輩の『SILVER BULLET』が奇跡的に連載再開して感動のフィナーレを迎えるその日まで、私は絶対に終わるわけにはいかないんです」
「あ、あの……お風呂、上がりました。ありがとうございます」
「おや、結構早風呂だったね。ちょうどよかった。ほら、ここ座って」
女性のマンションのお風呂を借りた後、女性からもらった、明らかにサイズの大きい水色のパジャマに着替えた志穂は、台所で独り言を長々と呟く女性に声を掛けます。すると、女性は志穂をリビングのテーブルに座らせると、志穂の目の前に料理を置きました。
「じゃーん。
「え、いや、えっと、ここまで迷惑になるのは申し訳ないです……」
「いいっていいって、気にしないで。いや実はね、私大学生になって、一人暮らしを始めたばっかりでさ。自炊歴が超しょぼいくせに、ノリと勢いでパスタ麺をたくさん買いすぎたせいで、パスタ麺が余りに余ってるんだよね。だから私は今、マイブームはパスタだと己を騙して色々パスタ料理に挑戦中なのです。というわけで、ほら。私を助けると思って、とにかく食べてみてよ。あ、マズかったらちゃんと言ってよね。その時は別のを作るから」
「……なら、わかりました。いただきます」
女性の説得に負けた志穂はナポリタンをいただくことにしました。志穂はたどたどしい手つきで、フォークとスプーンを使って、ナポリタンを食べ始めます。
「……あ! おいしい、です。凄く、おいしい……」
「え、本当? 途中でちょっと調味料を入れ間違えた疑惑があるんだけど、本当に? 私に遠慮とかしてない? 私は気を遣われるより、本音をズバッと言ってくれた方が嬉しいタイプだから、正直に言っていいんだよ?」
「いえ、本当においしいです。こんなにあったかい料理、初めて……」
「あ、あー。理解したわ。これ、思ったよりヤバい案件っぽい。砂名ちゃんのピンポイント名探偵の勘がそう言ってるから間違いないわ。さぁーて、どうするべきか……」
志穂の零した感想に女性は疑いの目を向けるも、志穂は涙をぽたぽたと零しながら、女性の料理が非常においしいことを主張しました。対する女性は、志穂が並々ならぬ事情を抱えていることをここでようやく確信したようでした。
「ねぇ、あなたの名前を教えて?」
「志穂、です」
「名字は?」
「わかり、ません。ごめんなさい」
「誰か、家族の連絡先とか、わかるかな?」
「……ごめんなさい。私、家族がいないんです」
「いやいや、私こそデリケートなことをズケズケと聞いちゃってごめんね。えっと、志穂ちゃん。私は霜月砂名。気軽に砂名って呼んでよ。それでさ、もし志穂ちゃんがよかったらさ、今夜はここに泊まらない?」
「ふぇ?」
「あと、はいこれ」
女性から名前や家族のことを聞かれた志穂は正直に返答します。対する女性:砂名は志穂に自己紹介を済ませた後、志穂にお泊まりの提案を行いました。いきなりの砂名の提案に目をパチクリとさせる志穂の手に、砂名は金属製の何かを乗せてきます。
「これは、鍵ですか……?」
「ザッツライト。私の家の合鍵だよ。外でずぶ濡れになってるくらいなら、私の家に来て、漫画やアニメDVDなんかで暇つぶししながら、ゆったりしてるといいよ。できるだけ私も家にいるようにするからさ」
「……どうして、ですか?」
「ん?」
「どうして、私なんかにこんなに優しくしてくれるんですか?」
「んー。何かさ、志穂ちゃんを見てると、不思議と救わなきゃって使命感に駆られるんだよね。それに、志穂ちゃんみたいな傾国の桃髪美少女には幸せになってもらわないと、世界にとって損失かなぁなんて思っちゃったりして。……ま、所詮は私の自己満足だから、志穂ちゃんは素直に私のエゴに甘えておきなさいな」
「……ありがとうございます、砂名さん」
精霊の私に、人類の敵の私に、人間の砂名さんはこんなにも優しくしてくれる。砂名の優しさに触れた志穂は改めて涙を流しながら、砂名に頭を下げて感謝しました。その後、砂名と一緒のベッドで眠る中で、志穂は心臓麻痺でこっそりと死に、隣界へと戻ることとなりました。
それからというもの。志穂は砂名の家の近くに現界した際は必ず砂名の家を訪れました。砂名はいつだって志穂の来訪を歓迎してくれました。志穂は砂名と一緒に、砂名の好きなアニメや漫画を鑑賞したり、砂名の手作り料理を食べたりして、砂名との時間を満喫しました。
「あぁぁ、かっこいいなぁ。朱鷺夜先輩。龍吾先輩や虎鉄先輩も素敵だけど、
「あの。砂名さんは、どうして好きな人やキャラクターのことを、先輩って呼ぶんですか?」
「そりゃあもう私からの最大限の敬意の表し方だからだよ! 私は先輩をこんなにもリスペクトしてるんだよっていう熱い心のパトスを『先輩』の2文字に凝縮させるのが、私流のやり方なのさ」
「最大限の敬意の表し方……でしたら、その、えっと、さ、砂名先輩」
「…………へ? 志穂ちゃん。今、何て?」
「ふぇ? さ、砂名先輩って呼びました。……いけませんでしたか?」
「……」
「先輩?」
「ぁぁあああああああもう! 志穂ちゃんかわいい! 最高! うん、私がんばるから! 志穂ちゃんの先輩にふさわしい人間として、もっと器を磨くから!」
「むぎゅ!? く、苦しいです、先輩……」
志穂は砂名と同じ時を過ごす内に、少しずつ砂名の価値観に感化されていきました。志穂は砂名の独特な感性に共感し、砂名の感性に馴染んでいきました。
そんなある日。志穂の正体が砂名にバレました。天宮市に小規模の地震が襲った際に、砂名の家の本棚が志穂目がけて倒れたために、志穂が死んだからです。砂名の前では決して死なないように気を付けていた志穂でしたが、背後から迫る本棚は回避しようがありませんでした。隣界で復活した志穂は、志穂の死体が消えたことに動揺する砂名の前に再び現れ、志穂のことを説明しました。
「残機∞の精霊、かぁ。でもって、志穂ちゃんは世界に嫌われていて、日常的に死の呪いに襲われていると。……むむむ、思ってたのと方向性はかなり違ったけど、やっぱり相当重いものを背負ってたみたいだね。なるほど。だから志穂ちゃんと初めて会った時、私にあんなに怯えていたのか」
「……ごめんなさい。私は人間の敵なのに。空間震を起こして世界を壊しちゃう存在なのに。先輩を騙して、先輩の時間をいっぱい奪っちゃいました。……先輩、どうか私のことは忘れてください。鍵も、返します」
「ん? ちょっと待とうか。え、なにその今生の別れっぽい雰囲気?」
「だって、私は精霊で、人間の敵で――」
「――そんなの関係ないから。志穂ちゃんが精霊だろうと何だろうと、私は志穂ちゃんと一緒にいたい。別れたくない。これからも一緒に遊ぼうよ、志穂ちゃん。……それとも志穂ちゃんは私のこと、嫌いになっちゃった?」
「ッ! そんなこと、ないです! 私、砂名先輩が大好きです! 一緒に、いたいです!」
「だったら何も問題ないじゃんか。なら、今まで通り、一緒に過ごそうよ」
「せん、ぱい……!」
当初、志穂は砂名から姿を消そうとしました。精霊と人間とは決して相いれないと考えていたからです。しかし、砂名の説得を受けて志穂は考え直すことにしました。
「あとさ、話は変わるけど……死の呪いって絶対に回避できないの? ちょっと試してみない?」
「え?」
そして。砂名は志穂の死の呪いの存在を知ってからというもの、志穂に迫る死の回避を試みるようになりました。世界が現実に存在する材料を用いて志穂を殺しにかかる中、砂名は志穂を救い続けました。結果、志穂は死なずに済むようになりました。ですが、代わりに砂名が怪我を負うことが、血を流すことが多くなりました。無傷で志穂を守れることは稀で、砂名の体には日に日に生傷が増えていきました。それから、3日後。
「いやぁ、参った参った。まさか急にヘリコプターが墜落してくるとはねぇ。でも、ヘリの操縦者含め、誰も死ななかったし、良かった良かった」
病院にて。全身の至る所に包帯を巻き、右腕にギブスをした砂名が、にこやかに笑います。とても志穂を庇ってヘリの下敷きになり、生死の狭間をさまよっていたようには見えませんでした。
「……先輩。もう、やめましょう?」
志穂は震える声で、砂名に言いました。志穂の脳裏には、志穂を庇って砂名がヘリコプターの下敷きになる光景が何度も何度もフラッシュバックしていました。
「私が死ぬのは、きっとどうしようもないことなんですよ」
「ダメだよ。ここで諦めたら、志穂ちゃんが死の呪いに殺されちゃうじゃない。志穂ちゃんに辛い思いはさせられないよ」
「私は死んでもいいんですよ! だって、死んでも復活できますから! でも、これ以上続けたら、先輩が死んじゃう……! 先輩は私と違って不死身じゃないんですよ! 死んだらもうおしまいなんですよ! もう、やめてください! お願いです!」
「……」
志穂は涙ながらに懇願します。未だに志穂を死の呪いから守る気満々の砂名に、もう自分を守らないように必死にお願いをします。結果、砂名はしばしの沈黙の後、長々とため息を吐きました。
「やれやれ、ここが私の限界か。もしも私が主人公なら、死の呪い程度の困難なんて華麗に跳ねのけて、志穂ちゃんを幸せにできるのになぁ」
「先輩。私は先輩と一緒にいられるだけで十分幸せですよ。だから――」
「――わかったよ。今後は私の命が危ない場合は私を優先させてもらう。でも、志穂ちゃんを助けられそうな時は全力で助けるからね。そこだけは絶対に譲れない」
「……先輩。どうしてですか。どうして、そんなに私なんかのために頑張ってくれるんですか。いくら私のことを気に入ってくれてるからって、先輩にとっての私は、家族でも恋人でもない、ただの友達なのに」
「自分の命を賭けてまでただの友達を助けることが納得できないって言いたげな顔だね。……だったらさ、あげるよ。私の名字」
「ふぇ?」
「もし志穂ちゃんさえよければ、私の『霜月』を受け取ってくれないかな? ……私にとって、志穂ちゃんはもうただの友達じゃない。大切な大切な妹分なんだよ。だからこそ、私はお姉ちゃんとして、先輩として、志穂ちゃんを守りたいし、志穂ちゃんの力になりたい。そう思ってる。だからさ、私たちの繋がりの証として、『霜月』をもらってくれないかな?」
「……いいんですか、先輩? こんな私が、妹で」
「もっちろん。何たって、志穂ちゃんは最高にかわいくて素敵な妹分だからね」
「ッ!! ありがとう、ございます。今日から私は、霜月志穂です……!」
砂名先輩が、私のことを妹のように思ってくれている。そのことがただただ嬉しくて。志穂はこの日から霜月志穂となりました。志穂はますます、砂名という存在に心酔していきました。
「あ、狂三先輩! こんちわッス!」
「……えーと、しばらく見ない内に随分と変わりましたわね、志穂さん」
「うぃッス! それもこれも砂名先輩のおかげッスよ! あと、今の私は霜月志穂なんで、そこんとこよろしくッス!」
「あら、あら。砂名さんの名字をいただいたのですね」
「はい! 私の宝物ッスよ!」
そして。志穂が砂名と出会ってから3か月が経過した頃。志穂は、儚げな性格から、元気いっぱいな性格へとすっかり変貌しました。あまりの変化っぷりに狂三が対応に困るくらいに、志穂は明るい性格へと変わっていました。
「それでですね。明日、砂名先輩が私の誕生日を祝ってくれるんスよ!」
「誕生日、ですか?」
「はいッス! 私が初めて現界した日を誕生日にしようって先輩が言ってくれたんスよ! うへへ、楽しみッス! きっと、最高の1日になるんだろうなぁ」
「そうですか。それはぜひ、楽しまないといけませんわね。もしよろしければ、わたくしからも何か誕生日プレゼントを用意しましょうか?」
「ふぇ!? いいんスか!?」
「ええ、ええ。いつも志穂さんからはたっぷり時間をいただいていますし、ほんのお礼ですわ。何か志穂さんが気に入りそうなものを見繕っておきますね」
「おおおお! やったー! まさか狂三先輩からも誕生日プレゼントがもらえるなんて超意外ッス! 今まで死んできた甲斐があったってもんッスね!」
志穂は明日の誕生日を心待ちにしていました。相変わらず志穂は死ぬことが日常茶飯事でしたが、それでも志穂は間違いなく幸せの最中にいました。
そうして、誕生日当日。志穂はいつものように砂名の家へと現界しました。現界した際、志穂の体がどの位置に出るかはランダムですが、志穂が行きたい場所を強く念じれば、大抵志穂の望み通りの場所に現界できるようになっていました。
「……え?」
ゆえに。砂名の家のリビングに現界した志穂は、思わず目を見開きました。なぜなら。砂名の家に濃厚な血の臭いが蔓延していたからです。テーブルには砂名の手作りケーキが置かれ、部屋中に飾り付けがされている中、血の臭いは明らかに異様でした。しばし志穂が呆然と立ち尽くしていると、志穂の足に何やらぬるぬるした液体が接触しました。まさか。脳が見るな見るなと警鐘を鳴らす中、志穂はゆっくりと視線を下ろし、絶句しました。
「ぁ、え――」
砂名が血だまりの中に倒れていました。横腹に大穴の開いた砂名がビクビクと体を震わせていました。砂名の体の大穴は、まるで巨大な穴あけパンチで風穴を刻まれたかのようでした。
「せん、ぱい?」
「……ぅ。志穂、ちゃ……わた、は、大丈……だか、ぁ――」
志穂は膝をつき、呆然と砂名を呼びます。志穂の声を聞いた砂名は、腹部に穴が開いているにもかかわらず、志穂を心配させまいと必死に言葉を発したのを最後に、動かなくなりました。血だまりの中に伏したまま、ピクリとも動かなくなりました。
「ッ!!」
どうして。どうして先輩がこんな目に遭ってるの。誰が、一体誰がこんなことを。ここまで考えた時、志穂は気づきました。気づいてしまいました。
「……」
いつの日か、狂三は志穂に言いました。『志穂さんは、現界してもほとんど空間震を起こさない、稀有な精霊のようですのよ』と。そして。『志穂さんの空間震の規模は精々直径10センチ範囲。となると、世界が空間震を事前感知するのは難しいでしょうね』と。
「……違う」
そう。志穂の空間震は規模の小ささゆえに基本的に事前感知されないため、当然ながら地下シェルターへの避難勧告は行われません。しかし、志穂の空間震が小規模ながら空間を丸ごと消失させることには変わりないため、志穂は万一の事態が発生しないように、普段から静粛現界を心がけていました。ですが今回、志穂は静粛現界に失敗し、空間震を発生させていたのです。誕生日に浮かれていたのか、単なる偶然か、志穂は空間震を発生させてしまっていたのです。
「私の、せいじゃない」
志穂は改めて砂名の体を見下ろしました。砂名の体に穿たれた大穴は、まるで空間震に半端に巻き込まれたからこそ発生したかのようでした。空間震が理由でないのなら、血だまりの近くに砂名の横腹を構成する肉塊が散らばっているはずなのに。砂名の体に大穴を開けた凶器があるはずなのに。そういったものがどこにも見当たらないことが、砂名の死因を決定づけていました。
「……ウソ、だ」
砂名は死にました。志穂の空間震に巻き込まれて死んだのです。
志穂は初めて人間を殺しました。志穂の大切な先輩を、殺しました。
「違う。違う、違う違う違う違う違う違う違う違うッ!」
志穂は必死に否定しました。頭をブンブンと左右に振って現実を拒絶しようとします。しかし、志穂の目の前には砂名の惨たらしい死体が残っています。砂名が志穂の視界の中に入っている限り、志穂がいくら拒絶しようにも、現実は覆りません。
「あ、ああああああああああああああ!!」
志穂は砂名の家から逃げ出しました。志穂に正常な思考能力など欠片も残っていません。砂名の死を受け入れられなくて。砂名を殺したのが他ならぬ志穂であることが受け入れられなくて。砂名の家から飛び出した志穂は、そのまま志穂のマンションから逃げようとして、階段で足を滑らせて転げ落ち、死にました。そして、次の瞬間。志穂は砂名のマンションの前に現界していました。
「ぁ、ああああ……!」
さっきまでの己の行動を振り返った志穂は、その場に頭を抱えてうずくまりました。己の過ちに、先輩の亡骸を放置して逃げてしまったことへの罪悪感に苛まれ、その場から動けなくなりました。直後、泥酔状態の運転手が操作する車に志穂は轢かれ、死にました。
「……あ。そうだ、そうッスよ!」
そして。再び砂名の家のリビングに現界した志穂は、閃きました。志穂の天使:
「<
志穂はすがるような気持ちで漆黒のマント型の天使を顕現させました。志穂の天使、
ゆえに、志穂は【浮上】を通して、一度消えてしまった霜月砂名の名前をマントに復活させようとします。そうすれば、例え体に大穴が開いていようと、砂名の生還が運命づけられるからです。
「…………ウソ」
しかし、志穂の望みとは裏腹に、マントに砂名の名前が浮上することはありませんでした。
「――」
私の、せいだ。先輩の死に動揺して、逃げたせいだ。あの時、もっと冷静になっていれば、先輩をよみがえらせることができたはずなのに。私の、せいだ。誕生日に浮かれて、静粛現界に失敗したせいで、空間震で先輩を殺してしまった。私の、せいだ。あの日、私が先輩と出会ってしまったから。私なんかが先輩と関わったせいで。先輩は死んでしまった。
私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで。
志穂はゆらりと立ち上がると台所に向かい、包丁を握りました。
「はは、はははははははは……」
その場にぺたりと座り込み、力なく笑いながら、志穂は自分の体を包丁で突き刺していきます。何度も何度も突き刺していきます。手を、腕を、足を、脚を、胸を、腹を、首を、顔を。当然、頑丈でない志穂は死んでしまいます。ですが、志穂はすぐさま復活し、砂名の家に現界すると、再び包丁を手に取り、自傷行為を再開しました。不思議と、痛くありませんでした。
「こ、れは……一体何がありましたの!?」
志穂が淡々と自殺を続けていると、いつの間にかやってきたらしい狂三が驚愕の表情で志穂を見下ろしていました。志穂は包丁で己の目を貫こうとするのをやめて、狂三を見上げます。初めて見る狂三の顔に、志穂は何だかおかしくなって、笑みを零しました。
「狂三、先輩。私、砂名先輩を殺しちゃったッス。だから、罪を償うためにいっぱい自殺してるんですが、死ねないッス。いくら死んでも、死ねないんスよ。ひひ」
「志穂さん……」
「……教えてください。私は、どうすれば死ねるッスか? 私は砂名先輩に謝りたいのに、こんな無価値な、害悪な私なんか消えてなくなりたいのに、どうしたらいいのか全然わからないッス。……狂三先輩。私は、どうすればいいッスか。どうしたら、この苦しみを味わわずに済むんスか。ねぇ先輩、先輩、せぇぇぇんぱい? ふふふ、ふふふくひひひひひ……」
狂三の目から見て、志穂は明らかに狂っていました。絶望していました。それなのに志穂が反転していないのは、志穂の心を守る霊装が、志穂の反転をかろうじて食い止めているからでした。
「…………志穂さんが苦しみから解放される方法ならありますわよ」
「え? あるん、スか?」
「ええ、志穂さん。今あなたは心に霊装を纏っているでしょう? それを、霊装解除をしないまま、自分の心を守ってほしいと強く願いながら、もう一度霊装を心に纏い直してください。そうすれば、必ずや霊装は志穂さんの願いに応えてくれますわ」
「……」
狂三に言われるがままに心の霊装を纏い直した志穂は、直後。ビクリと体を強く震わせました。その後、志穂はしばらく虚空を見つめ続けます。そんな志穂のエメラルドの両眼に、段々と生気の光が宿り始めたことに狂三は気づきました。
「へ、ふぇ!? ちょっ、ええええ!? 何スか、この血!? グロテスクにも程があると思うんですけど!? てか、なんで私こんなに傷だらけなんスか!?」
志穂は砂名の血に怯え、次に自分の体が傷だらけなことに混乱します。
そう。狂三は、志穂に自分の記憶を霊装で封印するように促したのです。これが、狂三がとっさに思いついた、志穂を終わらせないための最もマシな方法でした。
「慌てている所申し訳ありませんが、あなたの名前はなんでしょうか?」
「え、私の名前ッスか? 私は霜月志穂ッスけど……え、あれ? なんで? なんで何も思い出せないッスか? 一体何がどうなってるッスか?」
狂三としては志穂には砂名と出会い過ごした3か月間のみの記憶を封印してもらうつもりでしたが、どうやら志穂は自分の名前以外の全てを忘れているようでした。
「志穂さん。あなたはほぼ完全に記憶を失ったようですわね」
「え、記憶を? というか、あなたは誰ッスか?」
「わたくしは時崎狂三、精霊ですわ。あなたよりも、あなたのことに詳しい自信がありますわ。せっかくですので、少しお話ししましょうか」
狂三は志穂を安心させるべく穏やかな笑みを浮かべ、志穂に手を差し伸べます。しかし、対する志穂はガクブルと震えながら、涙目で狂三のことを見上げてきました。
「あの、志穂さん?」
「いやぁあああああああ! 頭のおかしい厨二病の誘拐犯に殺されるッスぅうううううう!」
「え、ええ!? どうしてそのような結論になりましたの!?」
「いや、だってあの血だまりに倒れてる女の人、あなたが殺したんスよね!? じゃあ次はどう考えても私の番じゃないッスか! やだー! しかもここ全然知らない場所だし、誰か助けてぇええええ! ヘルプミィィイイイイイイイイイ!」
「志穂さん!? くッ、意外と逃げ足が速いですわね……!」
志穂は狂三から逃げるべく、速やかに砂名の家から脱出します。全力疾走で逃げていた志穂はマンションから外へ出るために階段を使おうとして、足を滑らせて転げ落ち、死にました。この時、志穂の頭から黒猫の髪飾りが取れ、階段の踊り場の隅っこに落ちるのでした。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。砂名に感化されて、かなり性格が変化した。大好きな砂名を自分の空間震で殺してしまったショックにより壊れるも、霊装で1年分の記憶を丸ごと封印することでどうにか心を持ち直すことができた。
時崎狂三→精霊。識別名はナイトメア。名前は『くるみ』であり、決して『きょうぞう』ではない(重要)。志穂に誕生日プレゼントを渡すついでに志穂の話によく出てくる砂名と会おうと砂名の家を訪れた所、狂った志穂と遭遇した。
霜月砂名→志穂の初現界から9か月後に、志穂が出会った女性。乙女回路持ちの大学1年生。大学生になってから一人暮らしを始めていた。精神的に非常に追い詰められていた志穂と出会い、志穂を元気にするも、最終的には志穂の空間震により死亡した。
霜月砂名「え!? 3年後の世界じゃあ『SILVER BULLET』が連載再開されてるの!? ホントに!? 良かった、本条蒼二先輩を信じて本当に良かった! でも肝心の私が死んじゃってるから『SILVER BULLET』の続きを読めない絶望、圧倒的絶望……!」
というわけで、21話は終了です。誤字脱字を確認するため、プレビューで話を読んでいた私ですら、かなり心が痛みました。だから上の砂名さんの発言でちょっと和んでくださいな。