どうも、ふぁもにかです。告知では2022年7月6日から続章開幕、とか言っていましたが、気が変わったので今日から連載します。
12月9日土曜日の午前9時。
その空間は、異質な雰囲気に満ちあふれていた。
来禅高校の体育館くらいの広い空間を照らす紫色の毒々しい光。周囲を覆う、閉塞感を押し付けてくる黒い壁。これらも異様な雰囲気作りに一役買っているのは間違いない。だが、何より異質なのは。この空間に集う人々そのものだ。
誰も彼もが、空間の奥をジッと見つめている。多大な期待を胸に秘め、眼差しに込めて、ステージを見つめている。しかし、誰一人として、一言も発しない。この空間には、軽く300人もの人がひしめき合っているにも関わらず、ヒソヒソ声1つ、聞こえやしない。完璧に統制の取れた人の群れは、まるで個性のない画一的なロボットか、あるいはディストピア世界にありがちな、感情が死に絶えた一般人が集結しているかのようだった。
「「……」」
その空間の異様さに、ほんの欠片も馴染めない者が2人存在していた。
1人目は、五河士道。空間震という災いで世界を脅威にさらす精霊に対し、キスをすることで精霊の強大な力をなぜか封印することのできる都立来禅高校2年生の青髪の少年である。
2人目は、霜月志穂。4年前に全身モザイク姿の何者か(仮称:ファントム)から、宝石の形をした力を与えられ精霊へと変質した後、約2か月前に士道に封印されたばかりの都立来禅高校1年生の桃髪の少女である。
「「……」」
五河士道と霜月志穂はただただ圧倒されていた。
不穏極まりない紫色の照明が空間を隈なく照らし、集った何百人の人々が、誰1人としてスマホをチラ見すらせずに、まばたきすら控えて、ステージを凝視する異質な空間に、士道と志穂はすっかり呑まれていた。
「志穂、大丈夫か?」
「は、はいッス」
「手、握るか?」
「……助かるッス」
士道は己の声が周囲に響かないように、志穂の耳元でひそひそと問いかける。対する志穂は返事こそ気丈だったが、士道がスッと手を差し出すと、志穂は震える手で士道の手をキュッと握ってくる。士道はこの異質な空間に対しひたすら驚き、警戒心を強めるばかりだったが、志穂は怯えの感情が先行しているようだった。
士道と志穂がこの異常な場にわざわざ足を運んだのは、あることを確かめるためだ。確かめるために、2人は危険を承知でこの場に踏み込んだ。
ここは、『新人類教団』の、いわゆる新興宗教の集会所だ。
新人類教団は、ここ2か月で急激に天宮市で信者が増加している新興宗教である。
何でも、新人類教団に入団することで、教祖様から力を与えられる。結果、全能感に満たされ、力さえあればやってやれないことはないという境地に至り、理不尽な運命を引き裂き、鬱屈な人生を切り開く新人類に到達できるとのことだ。
そんな、字面だけ並べるとうさんくさいこと極まりない教団の集会に士道と志穂は潜入した。すっかり新人類教団に心酔してしまった、とある来禅高校のクラスメイトに対し、新人類教団に興味があるそぶりを見せることで、集会が開かれる場所の情報をもらい、天宮市で不定期に開かれる集会に潜り込んだ。
理由は1つ。
新人類教団の教祖の姿をその両眼でしかと捉えるためだ。
士道と志穂には、新人類教団の教祖に用があったのだ。
「「ッ!」」
刹那。紫の照明が一斉に消えて、空間が漆黒に支配される。
いよいよ、集会が始まる。士道と志穂がそろって緊張のツバをごくりと呑み込む。
視界の全てが闇に支配された後。 パッと、純白のスポットライトの光がステージを照らす。コツリ、コツリと、ステージの裏からヒールの乾いた音が響き、ステージへと近づいていく。そうして、しばしの時間が経過して。本集会を開いた教祖が姿を現す。
教祖は一歩一歩、悠然と歩を進める。刹那、教祖の目の前の道に、何の脈絡もなしにレッドカーペットが召喚される。同時に、教祖を照らすスポットライトが絢爛豪華なシャンデリアへとその姿を変質し、ステージの背後の壁がとんでもサイズのステンドグラスへと変化する。
常識で、科学の見地で考えればまずあり得ない光景。物理法則にまるで縛られない眼前の光景に、士道と志穂が、もしや今の己は夢を見ているのではないかとすら感じてしまう中、教祖は悠然とステージの中央へとたどり着いた。
その教祖の姿をしかと目の当たりにして、士道と志穂はそろって絶句した。
もしかしたらとは思っていた。だけど、ありえないとも思っていた。
だって。その人は、間違いなく――。
◇◇◇
今から約2か月前の10月1日。この日、士道は志穂を救った。
4年前に精霊となった志穂は、天使〈
その際、士道は志穂を救うために、天使〈
その中で、士道は、霜月
そして。砂名は時に、志穂に暖かいご馳走を披露し、時に一緒にアニメや漫画を鑑賞し、と。志穂に人間として当たり前の生活を経験させて。世界から容赦なく投与される無数の死に絶望することしかできなかった志穂に、砂名は生きる希望を与えていった。
士道は、砂名という人間を尊敬していた。心の底から、凄いと思っていた。死の呪いに囚われ、平均2時間で死んでしまう志穂と、士道がリベンジデートを行った時。あのリベンジデートはたった1日だったが、志穂を守り抜くことはとても大変だった。士道に、過去に封印した精霊の力を使うことができなければ、志穂を死の呪いから守れなかっただろうことは想像にたやすい。
だけど、霜月砂名は。志穂が、死の呪いに囚われた精霊だと知ってから。志穂を死の呪いから守ってみせると覚悟してから。3日間、志穂を守り抜いたのだ。士道のように精霊の力を持っていないのに。士道のように、即死でさえなければ復活できる体を持っていないのに。砂名は、ただの人間でありながら。3日間も、死の呪いから志穂を守り続けたのだ。志穂をつけ狙う死の呪いの法則に速攻で気づき、あらゆる策謀を巡らせて、世界が繰り出す死の呪いを手玉に取って、志穂に安寧な日々を与え続けたのだ。
そして、砂名の最期の日も。志穂が無意識に発生させてしまった空間震に巻き込まれて、腹部が大きくえぐられた時も。痛くて辛くて苦しくてたまらなかっただろうに。それでも砂名は最期の最期まで、志穂を案じて。志穂のために言葉を絞り出そうとしていた。志穂が壊れてしまわないように、必死に言葉を遺そうとしていた。
だからこそ。士道は、霜月砂名を心から尊敬している。尊敬しているからこそ。砂名を人間としての理想形の1つだと捉えているからこそ。もはや、生きている霜月砂名と会えないことを非常に残念に思っている。
◇◇◇
――その、はずだったのに。
その前提が、まさに今。壊れさっていた。
なぜなら、士道の目の前には。目の前の、舞台には。長身痩躯のスレンダーな女性が、凛とした眼差しを引き連れて、艶やかな黒髪をたなびかせていたのだから。
「視点を変えれば世界は変わる、鬱屈とした世界もバラ色に塗り替えることができる、というのが私の持論の1つでね。さぁ、今日も楽しい世界征服を始めようか。なぁ、選ばれし新人類の諸君?」
仰々しく、派手に装飾された司祭服を身にまとって不敵に笑みを形作る、3年前に死んでしまったはずの霜月砂名が、3年前とまるで変わらぬ容姿で、仁王立ちしていたのだから。
人物紹介は次回からとします。
次回「霜月志穂はかく語りき」