【完結】死に芸精霊のデート・ア・ライブ   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。サブタイトルでお察しの方もいることでしょう、今回はギャグ回です。序盤のふざけられる内に全力で飛ばしていきますのでよろしくお願いします。



2話 ディザスター再来

 

 12月8日金曜日。志穂の友達こと仮称A君が唐突に覚醒したらしいトンデモ出来事の翌日。来禅高校登校組の6名(五河士道・夜刀神十香・鳶一折紙・八舞耶俱矢・八舞夕弦・霜月志穂)は、いつものように五河家の前で合流し、談笑を交えながら高校への通学路を軽やかな歩調で突き進み、来禅高校へと到着する。

 

 それから、下駄箱で上履きに履き替えて。志穂が階段前で士道たちと別れて1年3組の教室へと向かい。階段を昇った後に八舞姉妹が士道たちと別れて2年3組の教室へと向かい。残る士道・十香・折紙が2年4組の教室へと向かおうとして。

 

 

「む?」

「……?」

 

 十香と折紙が不意に立ち止まり、そろってコテンと首を右に傾けて、頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 

 

「どうしたんだ、2人とも」

「いや、やけに教室が騒がしいと思ってな」

「同じく」

 

 士道が十香と折紙へと振り返り問いかけると、十香は己の聴覚が捉えた、4組の教室の非日常な様子を士道へと共有する。折紙もまた、コクリとうなずく形で、十香と同様の情報を聴覚経由で入手した旨を士道に伝える。

 

 どうやら2年4組の教室でなにやら異変が起こっているらしい。ただ十香と折紙が戦闘態勢に移行していない様子からして、物騒な事態が4組の教室で発生していないことだけは確かだろう。ならば、教室に入って騒ぎの原因を確かめないことには何も始まらない。

 

 士道は教室のドアに手をかけてガラリとドアを開ける。刹那、士道たちの視界に映った光景を見て、士道・十香・折紙は文字通り、固まった。士道と十香は唖然とした表情を浮かべ、よほどのことがなければ感情を安々と表情に現さないことに定評のあるはずの折紙さえも呆然と立ち尽くしていた。そんな、思考能力を失ったかのような表情を張りつける士道たち3人に対し。爽やかな男の声が届けられた。その声は、3人が良く知る声だった。

 

 

「おはようこざいます。夜刀神さん、鳶一さん。気持ちの良い朝ですね。それと――よう、五河」

 

 それは、士道の悪友の殿町宏人の声だった。その殿町の姿を見たがゆえに、士道たちはその場に硬直している。なぜ、士道たちは殿町を目撃したことで衝撃を覚えて立ち止まっているのか。答えは至極簡単なことだった。どういうわけか、2年4組の教室には――身にまとう制服では隠しきれないほどの隆々とした筋肉を全身にまとった、9等身くらいの殿町宏人の姿があったのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「との、まち……?」

 

 士道は消え入りそうな弱々しい声で、彼の友人の名を呼ぶ。当然だ。昨日までは、殿町は一般的な体型をしたごく普通の高校生だった。そのはずだ。なのに、その一般的な高校生が、なぜか一夜を経て、いきなり筋肉を全身に蓄えまくった姿で、己の机に腰を掛けている。その状況がとにかくわけがわからなかったのだ。

 

 

「どうした、五河? 俺は正真正銘、殿町だ。殿町宏人だ。……何だそのポカーンとした顔? まさか、友達の顔を忘れたのか? くぅッ、女の子にうつつを抜かしてついに友達のことを忘れるだなんて、何て薄情な奴なんだ! まったく、殿町さんは悲しいぜ……!」

 

 殿町が士道の様子を受けて拳をギュゥゥっと力強く握りしめながら激情を顕わにすると、殿町が座っている机がギシギシと悲鳴を上げ始める。どうやら机は殿町が抱え持つ筋肉の重さに耐えかねている様相だった。

 

 

「待て、俺が殿町のことを忘れるわけないだろ!? 俺の顔が変になってたのは、お前がいきなりムキムキになってたからだよ! だって昨日までそんな筋肉なかっただろ!?」

 

 殿町の様子を受けて嫌な予感がした士道は慌てて殿町へ言い訳を並べる。急いで言い訳をしなければ、殿町が身にまとう謎に盛り盛りの筋肉を震わせながら士道へと詰め寄ってくるという、絵面的に最悪な未来を想定してしまったからだ。と、直後。

 

 

「あれぇ? 五河くん、夜刀神さん、鳶一さん? どうして3人そろって扉の前で立ち止まっているんですか? ホームルームを始めますから、早く自分の席についてくださいねぇ」

「は、はい……」

 

 士道たちの背後から2年4組担任の岡峰珠恵先生(通称タマちゃん)が不思議そうに声をかけてくる。岡峰先生のおかげでどうにかギリギリで思考放棄状態から復帰した士道たちは早足で自席へと向かい、腰を下ろした。

 

 

「シ、シドー。一体何がどうなっているのだ?」

「どうして彼は、あのような変わり果てた姿に? 士道は、何か知っている?」

「いや、俺に聞かれても……」

 

 士道の近くに座る十香と折紙から放たれる当然の疑問。しかし当然ながら、士道も彼女たちへの回答を持ち合わせていなかった。困惑することしかできない士道たちをよそに、岡峰先生は小柄な体躯でテクテクと教壇に向かい、生徒たちへと向き直った。

 

 

「みなさん、おはようござ――!?!?」

 

 そして、岡峰先生は朗らかな笑顔を携えて元気よく生徒たちにあいさつをしようとして――そこで初めて、未だに机に座っている、極めて筋骨隆々な殿町の姿を目撃した。岡峰先生は数瞬口を微妙に開いたまま硬直した後、震える指で殿町を指差して叫んだ。

 

 

「ふぇ!? だ、だだだだだだ誰ですかあなた!? なんでこんな筋肉質な不審者が堂々と校舎にいるんですかぁ!?」

「HAHAHA! やだなぁ。何を言っているんですか、タマちゃん! 俺ですよ、殿町宏人ですよ。不審者じゃありません。あなたが担任を務めるクラスの生徒です!」

「ぇぇぇえええええええええええええッッ!?」

 

 視界に映る筋肉まみれの謎の人物が殿町だと告げられた岡峰先生は驚愕の声を心の底から轟かせる。岡峰先生のリアクションは、2年4組の生徒たちの今の心境を何より如実に代弁していた。事実、一部の生徒は「そうか、マジで殿町なのかあいつ」「嘘だと思いたかった……」「これは、夢。夢。絶対、夢。早く夢から覚めたいなぁ」等、声を潜めて、混乱の渦中にある心境を吐露している。

 

 

「ところでタマちゃん。早速ですが、1つお願いがあります」

「ひゃい!? なんでしょうか!?」

「俺、見ての通り、体を完璧なまでに鍛え上げましてね。その結果、今の俺の体型じゃあ学校の椅子が脆すぎて使えないんですよ。だから、特注の椅子を用意してもらっても良いですか? あぁ、今すぐにとは言いません。新しい椅子が届くまでは、空気椅子で授業受けるんで大丈夫です。空気椅子なんて24時間余裕でできますからね。HAHAHA!」

 

 ざわめくクラスメイトの反応をよそに、殿町はこれ見よがしに大腿四頭筋を膨らませながら、岡峰先生に椅子を要求する。そう、殿町がさっきからずっと、椅子ではなく机に座っていたのは、殿町がいつも通りに椅子に座った時に、殿町の重さに耐えかねた椅子が壊れてしまったからであった。

 

 

「……」

「タマちゃん?」

「きゅぅ~」

「タマちゃん!?」

 

 岡峰先生は、殿町の机の足元に転がる椅子らしき残骸に視線を移したが最後、己の脳のキャパシティが限界を突破した。岡峰先生は殿町の呼びかけに反応できないまま、魂が口から抜けたかのようにふらりとよろめき、教壇で頭から床に倒れようと――。

 

 

 

 

「危ないッ!」

 

 ――する寸前で、殿町が一瞬で岡峰先生の元へ接近し、先生をお姫様抱っこ状態で抱き上げたため、先生が頭に怪我を負う事態にはならなかった。

 

「タマちゃん。いきなり気絶するなんてどうして……いや理由は後だ。早くタマちゃんを――!」

 

 岡峰先生の気絶の元凶と欠片も気づいていない殿町は、まるで颶風騎士(ラファエル)をまとっているかのような速度で教室を後にする。殿町が去ったことで、教室内を沈黙が支配し始めるのも柄の間、すぐさま殿町が教室に戻ってきた。今の殿町の両手に、岡峰先生はいない。

 

 

「と、殿町? 先生をどこへ……?」

「保健室にタマちゃんを預けてきた。もう大丈夫さ」

「いや20秒も経ってないんだけど……」

 

 士道が殿町の行動の意図を聞くと、殿町は安堵の息を零しつつ士道に回答する。2年4組の教室と保健室との距離を考えると、どう考えても20秒で往復することはできない。とはいえ、普段の殿町は悪い奴ではない。いくら筋骨隆々な姿に豹変したとしても、性格までもが変わり果てていないのなら、岡峰先生をその辺の廊下に放置して戻ってくるなんて非道は行わないだろう。ゆえに。にわかには信じられないが、殿町がほんの数十秒の間で教室と保健室を往復したことは事実といえた。

 

 本来あるはずのホームルームが岡峰先生の気絶により中止となり、1限目の授業の時間までに十数分の猶予が生まれる中。士道の脳裏には、昨日の志穂の話がよみがえっていた。志穂の友達のA君が昨日豹変していじめっ子たちをぶちのめした話と、今日の殿町が筋骨隆々な姿に変貌した話。科学の範疇ではありえない事象が発生したという点で共通していたからだ。

 

 とにもかくにも、どうして殿町がすっかり様変わりしてしまったのか。その謎を明かさずにはいられない。これほどまでに巨大な謎を放置したまま学校生活を送り続けられるほど、士道はスルースキルが高くない。士道は、殿町のまとう筋肉の鎧に委縮する己の心を奮い立たせると、殿町に話しかけた。

 

 

「あのさ、お前……本当に殿町なんだよな?」

「当たり前だ。この俺が殿町宏人以外の誰に見えるんだよ?」

「確かに顔は殿町そのものなんだけど、首から下が明らかに昨日とは別人じゃねぇか。だから俺の頭がお前を殿町だと中々認識してくれないんだよ、わかってくれ」

「やれやれ、『男子3日会わざれば刮目してみよ』って言うだろ? 俺も成長したんだよ」

「いくらなんでも成長しすぎなんだよ!?」

「何だよ五河、さっきから突っかかってきて。もしかして俺のこの肉体美に嫉妬してるのか? かわいい奴め」

「……」

 

 士道の問いに、殿町が力こぶを作るポーズで上腕二頭筋をアピールしながらさも当然のように回答してくる。士道は殿町の発言の1つ1つが己の正気をガリガリと削ってくるような感覚を覚えながらも、どうにか殿町という謎の塊の原因を暴くべく、本質に迫る質問を繰り出した。

 

 

「あぁ、そうだよ。俺は今、お前の完璧な体にすげぇ嫉妬してる。だから教えてくれないか、どうやって1日でその肉体美を手に入れたんだ?」

「――ッ!」

 

 士道の反応に殿町が驚いたように目を見開き、士道を見つめてくる。その反応からは、まさか五河も筋肉が好きなのか、といった殿町の心境がうかがい知れた。

 

 無論、士道は筋肉狂いではない。士道は今年の4月から約8か月間もの間、様々な性格をした精霊とのデートを積み重ねていた。そうして経験を重ねた今の士道は、話し相手の望む発言をとっさに用意し、相手を調子に乗せることなどお茶の子さいさいだというだけのことだ。

 

 

「ほう、そうかそうか。やっぱ五河はわかる奴だと思ってたぜ。じゃあ特別に教えてやるよ。そう、あれは昨日の夜のことだ――」

 

 かくして、士道により調子に乗せられたともつゆ知らず、殿町はスッと目を瞑り、腕を組んで昨夜の出来事を士道に語り始めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 昨夜の殿町はやけにネガティブ思考で、絶望していた。もうすぐクリスマスがやってくる。なのにリアルの恋人ができる兆候が何もないと、凄まじく絶望していた。当然、アプリには恋人はいる。殿町は二次元のマイハニーだって心から愛している。だけど、殿町は三次元の恋愛にも憧れていた。二次元と三次元に優劣はつけられず、それゆえに三次元でも素敵な異性と青春を送りたいという願望が殿町の中には渦巻いていた。なのに、出会いがない。このままではクリスマスをマイハニーとのみで過ごすことになってしまう。

 

 普段から当然のように多くの女の子に好意を寄せられている五河はそりゃあもう充実したクリスマスを送るのだろう。一方、五河と同じ高校2年生の俺は、五河と比べて寂しいクリスマスを過ごすこととなるのだろう。

 

 どうして俺はモテないのか。どうして五河はあれほどまでにモテまくってしまうのか。スタートラインに大して違いはなかったはずだ。高校2年生になり、五河と同じ2年4組になった時、五河と俺の差は、かわいい妹がいるかいないかだけだったはずだ。

 

 俺は一体どこで道を踏み外してしまったのか。五河とどこで差をつけられてしまったのか。俺はもう今後一生モテることはないのだろうか。三次元の異性から好意を寄せられる感覚を経験することなく生涯を終えてしまうのだろうか。

 

 そのような何の生産性のない思考をグルグルと回しながら、殿町は夜の天宮市をあてもなく徘徊していた。殿町の視界に映るのは、徐々にクリスマス用のイルミネーションで装飾されつつある街並み。軽快に会話を交わしながら恋人つなぎで歩くカップルたち。

 

 

「俺は、俺は……!」

 

 殿町は力尽きたかのようにその場にガクリと膝をつく。そして、己の無力さに憤りを感じ、腕を勢いのままに地面に叩きつけようとして。不意に腕を背後から軽く掴まれた。

 

 

「え?」

 

 殿町が驚きのままに背後に視線を向けると、そこには1人の女性が不思議そうに殿町を見下ろしていた。まるでブラックホールを彷彿とさせるような、吸い込まれそうになるほどに艶やかな黒髪を肩口にかかる程度に切りそろえた、長身痩躯のスレンダーな女性だった。

 

 

「危ない危ない。何があったかは知らないけど、自分の体をそう粗末に扱うものじゃないよ」

「あ、あなたは……?」

「ただの通りすがりの者さ。それより、何か深刻な悩みを抱えているようだね。これも何かの縁だ、この赤の他人の私に話してみないかい? もしかしたら解決できるかもだしね」

 

 まるで二次元の世界から飛び出てきたかのような見目をした、見た感じ大学生くらいの美女から、まるで元々知り合いだったかのような気さくな態度で話しかけられた殿町は、紅潮した頬のままゆらりと立ち上がる。今の殿町に、この魅力的な女性からの願ってもない提案を断るという選択肢は消し炭と化していた。殿町は脳内に散らばる己の感情をかき集め、どうにか言語化して、ポツリポツリと悩みを打ち明けていく。

 

 

「俺、顔は悪くないつもりです。クラスでも、ムードメーカーをやれていると思ってます。……なのに全然、モテないんです。俺の友達はある時からメチャクチャモテ始めて、もう6人くらいの女の子と盛大に青春しまくっているんです。だけど、俺は全然モテなくて……俺はどうすればモテると思いますか?」

「ふ~むふむ……」

 

 殿町の悩みに対し、女性は腕を組み、殿町の悩みにどう回答すべきか思案している様子だった。ここで、殿町は半ば女性の魅力的な容姿に魅了(チャーム)されていた状態からハッと我に返り、女性に対し、なぜモテない男としての恋愛の悩み相談をしてしまったのかと、今度は羞恥に頬を赤らめる。

 

 

「――って、何を言ってるんでしょうね、俺。すみません、困らせてしまって」

「これは持論なんだけど、強い男こそが女からモテやすいと思っている」

 

 殿町は視線を女性から逸らして頭をかき、早口に話す。そのまま女性から逃げるようにそそくさと立ち去ろうとして、そこで女性から回答を投げかけられ、殿町はつい立ち止まる。

 

 

「えっと。強い男、ですか?」

「そう。単純な腕っぷしでも、財力でも、顔の良さでも、とにかく何かしらの分野で強い男がモテる、というのが私の持論の1つでね。腕っぷしが強ければモテるのは、古今東西のバトル漫画が証明している通りだ。君も強いキャラは好きだろう? 札束ビンタできるレベルのお金持ちがモテるのも当然だ、女の子なら誰しも一度は玉の輿のシチュエーションに憧れるものだしね。イケメンがモテるのも当然、何せ周囲の注目を集められる。イケメンな彼とデートしている時に『あんなイケメンを捕まえたんだ、凄い……』といった賞賛や、あるいは嫉妬を向けられるのは、女の子にとってさぞ気分が良いことだろう。ま、そういうわけだ。つまり、君の友達がモテまくっているのは、君の知らない強さをその友達が持っていて、その強さに女の子たちが惹かれているからだろうね」

「俺の知らない、あいつの強さ……」

「さて、ここで君の質問に戻ろっか。どうしたら君がモテるかだけど……野性的な顔立ちをしている君は、腕っぷしを極めるルートをオススメするよ」

「つまり、筋トレを始めるってことですか? だけど、それじゃあさすがにクリスマスには……」

 

 女性から提示された、殿町がモテる方法。その方法を前に殿町はネガティブな意見を返そうとして、口をつぐむ。せっかく相手が親身になって相談に乗ってくれたのに、提案を否定するのはいくら何でも失礼だと殿町は思いなおしたのだ。殿町は続けようとした言葉を飲み込み、女性に謝ろうとして――。

 

 

「大丈夫、間に合うよ。私が君の内に眠る力を呼び起こしてあげるから」

「へ?」

「仕事だ、〈夢追咎人(レミエル)〉」

 

 そこで女性の自信に満ちあふれた声に遮られた。女性の放った言葉の意味がわからず首をかしげる殿町の目の前で、女性が何事かを呟く。女性の詠唱めいた物言いに殿町が疑問符を浮かべていると、次の瞬間には女性はいかにも占い師が使っていそうな水晶玉を両手に抱えて、労わるように水晶玉を撫で始めていた。見たところ、女性はバッグ等の手荷物を持っていない。一体どこからこの大きな水晶玉を取り出したのだろうか。

 

 

「さぁ、ゆっくりと目を閉じて。そして想像してみて。自分が完璧な肉体美を手に入れたその姿を。自分の鍛え抜かれた体を見て、君の好みの女の子たちがきゃいきゃい興奮している姿を。さすれば、君の運命は変えられる――」

 

 もしかして、今は夢を見ているのだろうか。実は夜に外を歩いてなんていなくて、自室のベットで眠っているだけなのだろうか。殿町は己の主観がだんだん信じられなくなりつつも、女性に言われるがままに目を瞑り、己が生まれ変わった姿を夢想する。鍛え抜かれた肉体を手にして、五河に負けないくらいモテる己の姿を脳裏にしかと思い浮かべる。

 

 

「――【願亡夢(デザイア)】」

「ッ!?」

「おっと、驚かせちゃってごめんね。もう目を開けていいよ」

 

 再び女性が何事かを唱えた瞬間、目を瞑っているにもかかわらず、殿町の目に強烈な光の奔流がほとばしった。予期せぬ光の暴力に殿町がビクリと肩を震わせ、恐る恐る目を開ける。その時、殿町はわずかに己の目線の高さに違和感を感じた。

 

 その違和感の正体はすぐに判明した。殿町の視線の先には女性と、これまたどこから持ち出してきたのかがまるでわからない2メートルほどの大型の姿見。その姿見に映っている殿町の姿が、先ほど殿町が脳裏に思い描いた、理想通りの筋骨隆々な姿だったからだ。

 

 

「こ、これは……!」

 

 どれほどの年月鍛え上げればこのような体に到達できることだろう。そんな体を、殿町は眼前の女性のおかげで一瞬にして手にすることができた。

 

 

「おめでとう。君は今、新人類に生まれ変わった。これから君の人生は一変する。その誰よりも何よりも頼もしい、君の味方の筋肉とともに、たった一度の青春を謳歌すると良い」

「……」

「これで君の悩みを解決できたんじゃないかな? ではでは、そろそろ私は失礼するね」

「ま、待ってください!」

 

 うっとりと己の変貌した体を姿見で鑑賞していると、女性はこれまた姿見を当然のように消し去った上で、殿町に背を向けてテクテクと歩き始める。徐々に小さくなっていく女性の背中をしばし見つめた後、殿町は慌てて女性に声をかけ、女性の前に回り込んだ。殿町が新たに入手した筋肉は大層高性能のようで、ちょっと足を力を込めて踏み出すだけで、いとも簡単に女性の前に回り込むことができた。

 

 

「ん、どうしたのかな? もしかして、早速私を口説き落とす算段だったり? あっははは、良いね。まさに積極性の塊、さっきまでの沈んでいた顔が嘘みたいだ」

「た、確かにあなたは凄くきれいな方ですけど、そうじゃなくて……この素敵な体をくれてありがとうございます! それと、あなたのお名前を聞かせてほしいんです!」

 

 女性は殿町を見上げて晴れやかに破顔する。これまでは常に大人の女性然としていた女性が子供のような屈託のない笑顔を浮かべたことに、殿町は再びドキリとさせられるも、殿町は本題をどうにか忘れずに、女性にお礼を告げて、それから女性の名を尋ねた。

 

 対する女性は「あぁなるほど」と言わんばかりの表情を浮かべた後、ミステリアスな笑みを引き連れて、殿町に告げた。

 

 

「そういえば名乗っていなかったね。もう名乗ったつもりだったよ。私は、ただの通りすがりの『新人類教団』の教祖――霜月砂名さ。気軽に砂名と呼んでくれぃ。砂名ちゃんでも良いよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――そう、俺は生まれ変わったんだ。砂名様の御力で!」

「え……?」

 

 殿町が昨夜の一生忘れられない出来事を士道に熱弁する中。士道は今度こそ絶句していた。殿町が、まだ封印していない新たな精霊と接触していたことにも驚いた。だけど何より驚いたのは、殿町の口から放たれた、霜月砂名という名前にだった。

 

 なぜなら、霜月砂名と名乗った人物がもしも同姓同名の別人でなければ、その人は――3年前に、霜月志穂がまだ精霊だった頃に、隣界から現実世界に降り立つ際に付随的に発生する空間震による不慮の事故で、殺してしまったはずの人物だったのだから。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。動揺冷めやらないながらもどうにか殿町から事情を聞き出し、殿町が精霊と接触していたことを知るに至った。
夜刀神十香→元精霊。識別名はプリンセス。戦闘中は非常に頼もしいが、普段はハングリーモンスターな大食いキャラ。殿町のあまりの変貌っぷりに全然理解が追い付いていない模様。
鳶一折紙→元精霊。識別名はエンジェル。普段、感情をあまり表情には出さない。のだが、此度の殿町の一件ではさすがに動揺の表情を表に出していた。
殿町宏人→士道のクラスメイトにして友人。此度の騒ぎの元凶。砂名と出会い、砂名から極上の筋肉を与えられたことで己に確固たる自信が芽生えたためか、少し性格や口調も変わっているようだ。
岡峰珠恵→来禅高校2年4組の担任の先生。担当科目は社会科。29歳とは思えないほど小柄で愛らしい容姿をしている。この度、殿町のあまりの変貌っぷりに脳の処理が追い付かず、気絶してしまった。
霜月砂名(さな)→3年前に霜月志穂に殺されたはずなのに、なぜか生きていて、さらに『新人類教団』なる新興宗教を興していて、しかも天使:夢追咎人(レミエル)を行使する精霊になっている模様。今は何もかもが謎に包まれている。

次回「墓通いの少女」
 

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