【完結】死に芸精霊のデート・ア・ライブ   作:ふぁもにか

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Q.え、結束の儀とか言って無辜の人を拷問しちゃうような精霊が今回の攻略対象ってマジ?
A.Exactly!

 どうも、ふぁもにかです。あの5話を乗り越えた方々なら今後控えるヤバいシーンも十分に楽しめることでしょう。ということで、今回も張り切っていきます。



6話 偽証

 

 天宮市の駅前ビルの地下三階にて絶賛開催中の新人類教団の集会にて。精霊:扇動者(アジテーター)――もとい霜月砂名と全く同じ見た目をした教祖は、結束の儀と称して、椅子にAST隊員の女性を拘束して、隊員の右手の爪をペンチで一枚一枚剥いでいく。そうして、砂名が隊員の爪をノリノリで5枚剥ぎ取り、次は左手の爪だとペンチを繰り出そうとした時。

 

 

 

「――もうやめてッ!!」

 

 志穂が、叫んだ。

 瞬間、会場から音が消えた。

 

 

「……ッ!」

 

 この時、士道は志穂の叫びのおかげでハッと我に返った。正常な思考を取り戻すことができた。ゆえに理解した。この状況は、マズい。そう士道が気づいた時と、会場の信者たちが一斉に志穂へと振り向いた時は、同時だった。

 

 この場の熱狂的な信者にとって、教祖のやることは絶対だ。教祖の主張こそが正しくて、教祖の行いこそが真理だ。教祖の意向に反してはならない、教祖の意思に逆らってはならない。だけど、今。志穂は制止の言葉を叫んで、教祖が繰り広げる結束の儀を妨害してしまった。もはや、いつ信者が暴走して志穂に襲いかかってきてもおかしくない。それくらい、信者たちが志穂に突きつける視線に込められた敵意は、尋常じゃなかった。

 

 

「もう、もう、やめてください。その人、痛がってるじゃないですか。どうしてあなたはこんな酷いことができるんスか? わからない、わからないッスよ……」

 

 だが、無数の敵意の視線の刃を突きつけられてなお、志穂は消え入りそうな声を必死に絞り出して、砂名へぶつけていく。今の志穂には、周りの信者たちからの視線が見えていないようで。志穂の眼には、すっかり豹変しきった砂名しか映っていないようで。

 

 

「……誰ッスか? あなたは、一体誰ッスか? 先輩の顔で、先輩の声で、こんなメチャクチャなことをやって。……酷いッスよ。なんで、こんなことするんスか!? 何か先輩に恨みでもあるッスか!? もうやめてください! これ以上、先輩を穢さないでくださいッ……!!」

 

 志穂はボロボロと大粒の涙を零しながら、キッと砂名を睨んで声を張り上げる。ありったけの感情をすべて詰め込んで魂の叫びをステージ上の砂名へとぶつけた志穂は、立つ気力すらなくしてその場に膝をつき、しかし決して砂名を睨みつけることはやめなかった。

 

 

「ん、んん? さっきから何をわめいているのか理解に苦しんじゃうな。私は霜月砂名だよ? 完膚なきまでに霜月砂名でしかない。それなのにずいぶんと知ったような口を聞いてくるわ、穢すなとか言ってくるわ……判断に悩むリアクションをしてくれるじゃないか、わけがわからないよ」

 

 一方。志穂に悲痛の叫びをぶつけられた当の砂名は、志穂の発言を一旦受け止めるも、志穂が何を言いたいのかがわからず、純粋にコテンと首をかしげるのみだ。

 

 

『士道! 返事をして、士道!』

「ッ! 琴里……」

『良かった、正気に戻ったのね。この状況、恐れていた最悪の事態だわ。これからビル前に待機させているクルーに騒ぎを起こさせる。士道はその隙に志穂と一緒に撤退し――』

 

 と、ここで。士道の耳にインカム越しに琴里の声が届けられる。焦燥感に駆られた声色の琴里が、士道から反応が返ってきたことに安堵のため息を1つ零した後、士道に有無を言わさず会場から撤退してもらうよう指示を出そうとして――。

 

 

「あ、そっかぁ!」

 

 そこで、砂名がポンと手のひらに拳を置いて合点がいったかのような声を発するとともに、砂名の姿がステージ上から霧散した。

 

 その時。その瞬間。瞬刻にも満たない一瞬の時の中で。士道は凄まじく嫌な予感がした。今、動かなければ、手遅れになる。そんな直感が、士道の全身を全速力で駆け巡り。士道は体中を伝播する直感のなすがままに、体を動かした。志穂の手を引っ張り、志穂を立ち上がらせつつ志穂を移動させ、代わりに士道が先ほどまで志穂が存在していた地点へと移動した。

 

 

「――みぃつけた」

 

 次の瞬間、士道の目の前の空間から音もなく砂名が現れ、上段に構えていた日本刀を精一杯振り下ろした。結果。砂名は、士道の肩から腹部にかけて深々とした斬傷を刻み込む。

 

 

「がぁあああああ!?」

 

 不意の斬撃をモロに喰らった士道は、過去に封印した琴里の天使〈灼爛殲鬼(カマエル)〉が灼熱の炎を以て傷を癒し始める痛みも重なって、絶叫しながらその場にうずくまることしかできない。

 

 

「士道先輩!?」

「おいおい、邪魔するんじゃあないよ彼ピくん。私はあなたの後ろの桃髪美少女に用があるだけなんだからさ。ねぇもしかして――私を殺したのって、あなたなの?」

「……え」

「だってそうだよね? 私のことを霜月砂名じゃないってああも断言できるのって、それこそ私を殺した奴くらいしかあり得ないんじゃないの? そりゃそうだ、普通の人間は復活したりしないしね。そうだよね、そういうことだよね? あなたが3年前に私を殺した犯人なの? ねぇ、ねぇねぇ、ねぇねぇねぇ?」

 

 志穂が悲鳴じみた絶叫を上げる中、他方の砂名は煩わしそうに士道を見下ろしつつ、装備していた日本刀をその手から消滅させると、志穂に問いかける。うずくまる士道の体を砂名はぴょんと軽々飛び越えて志穂の目の前に立ち、その手にいつの間にやら大鎌を構えて志穂の首筋に刃を添えながら、真顔で志穂を問い詰める。

 

 

「ひ、ぅ」

「黙ってないで早く答えなよ。そんなに私を怒らせたいのかい?」

 

 志穂は、眼前の人物が、自身の敬愛する霜月砂名ではない偽物だと今や確信している。だけど、砂名と全く同じ顔をした何者かが士道を斬り、志穂をいつでも殺せる構図を作ってきたことで、志穂の脳は恐怖一色に染まり、ロクに言葉一つ返せない心理状態に陥っていた。対する砂名は志穂が己の問いに回答しないことに段々と苛立ちを募らせていく。

 

 

「ぐ、ぅあ……!」

 

 士道は未だ治癒しきっていない体に鞭を打ち、脂汗を流しながらも気力で立ち上がる。両の足で立ち上がり、砂名の方へと視線を向ける。

 

 いよいよもって、事態は深刻を極めている。士道は砂名により深手を負ってしまい、志穂の命も風前の灯火状態だ。士道のインカムは先ほど砂名に斬られた衝撃でどこかに落ちてしまったため、琴里からの助言も期待できない。どういうことかはわからないが、己を殺した犯人を捜していたらしい砂名は、犯人の推定候補が現れたことで好戦的になっているし、会場には砂名の信者がひしめいている。いつ士道たちが砂名や信者たちに殺されてもおかしくない状況だ。

 

 これがゲームだったなら素直にリセットしてやり直すしかないほどの絶望的な事態。しかし現実はリセットしてやり直せない以上、何としてでも危機的状況を打開しなければならない。どうすればいい。どうすれば志穂を守れる? どうすれば2人とも生き残ることができる?

 

 士道は全身をほとばしる激痛に脳の思考リソースを容赦なく削られながらも、死に物狂いで打開策を模索し続ける。そうして士道は、奇跡的に脳裏に閃いたアイディアの是非を考察せず、即座に口に出した。

 

 

「おいおい。何を勘違いしているんだ、砂名さん? お前を殺したのは、そこの志穂じゃない。俺だぞ?」

 

 士道が閃いた策、それは――砂名の注目を志穂から己へと移すために嘘を吐くことだった。

 

 

「ほー、健気だね彼ピくん。体をザックリ斬られたのに、それでも彼女を守ろうとするなんて結構タフガイじゃん。でも邪魔しないでくれない? 二度目はないよ?」

「俺がどうやって砂名さんを殺したのか、気にならないか? 砂名さんの脇腹のあの大穴。普通の方法じゃ、人間の体にあんな大穴を開けることはできないよな?」

「……ッ! へぇ、そのこと知ってるんだ」

 

 砂名は当初は士道に大して興味を抱かなかったが、士道が砂名が具体的にどのような状態で亡くなっていたかについて言及すると、砂名は士道に興味を示した。砂名は志穂の首に添えていた大鎌を消失させて、士道へと振り返る。

 

 

「おっ、興味津々だな」

「焦らさないで、さっさと答えなよ。もしもあなたが私を殺した犯人だとして、どうやって私を殺したのかな?」

「ふふ、どうやったか? 答えは簡単だ。こうやったんだよ!」

 

 士道は砂名を威圧するように叫ぶと、これまた過去に封印した耶俱矢&夕弦の天使〈颶風騎士(ラファエル)〉を行使し、手のひらに生成した小さな暴風を砂名へと放つ。士道の管理下から離れた暴風は砂名へと切迫し、砂名のきらびやかな司祭服をほんの少しだけ切り裂いた。

 

 

「ッ! 今のは……」

「俺は精霊じゃないけど、お前と似た技を使えるんだ。今見せてやった風の技で、砂名さんの体に文字通り風穴を開けて、胴体もかまいたちで微塵に切り刻んだ。これが3年前の砂名さんの死の真相だ。警察が事件を解決できないのも当たり前さ、何せ俺は砂名さんを科学の管轄外の方法で殺したんだからなぁ!」

 

 鋭利に切り裂かれた己の服を砂名が驚きとともに凝視する中。士道は時折吐血しつつも、己こそが砂名を殺した犯人なのだと精一杯に主張する。士道が封印済みの精霊の力をチラ見せしつつ、砂名の殺害方法(嘘)を提示した直後、士道を見やる砂名の目の色が明らかに変わった。

 

 

「そうか、そうだったのか。あなたが――私を殺した犯人。そっか……ずっと探していた。ずっと知りたかった。ずっと、ずっと」

 

 砂名は士道の両眼をしかと見つめて、うわ言のように己の想いを表出させる。それから砂名は士道との距離をゼロにすると、士道の首根っこを掴み、砂名たちの周囲の信者たちに張りつけた笑顔を振りまきながら言葉を放つ。

 

 

「みんなー、ホントごめん! 私、ちょーっとこの人と内緒話したいから、今日の集会は中止にするね。各自、自由に解散してってくれぃ。あ、幹部のみなさんに業務連絡! 今日の結束の儀の贄要因だったASTの人は、いつものように提携先の病院に搬送するように。よろよろー」

「砂名さん、何を――」

「〈夢追咎人(レミエル)〉――【胡蝶之夢(バタフライ)】」

 

 砂名は信者たちに最低限の連絡事項を通達し終えると、士道が疑問を提示するよりも先に天使の力を行使し――砂名と士道は会場から霧のように消失した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「中止?」「そんな、ここからが醍醐味だったのに……」「集会が、それも1週間ぶりの結束の儀がこんな中途半端に終わってしまうなんて……」「どうして、どうして……」

 

 砂名が士道を伴って消失した後、教団の集会場は静謐に包まれる。しばし誰も何も言葉を発しない時間が続いた後、信者たちは呆然とした様子で、ポツポツと己の心境を発露していく。が、ある時。信者たちの視線が一斉に、改めて志穂へと向けられた。

 

 

「――あいつだ」「あの女のせいだ」「そうだ、砂名様の結束の儀を妨害した奴のせいじゃないか」「この、穢らわしい旧人類が」「旧人類の分際で余計な真似を」「許せない」「許せない」「そうだ、俺たちの手で結束の儀を開催しよう」「なるほど、アリだ。ちょうど、恐れ多くも砂名様に逆らった輩がいることだしな」「それがいい」「良いね」「わかる」「素敵」「賛成」「結束しよう。みんな、気持ちを1つにしよう」

「「「結束しよう」」」

「「「「結束しよう」」」」

「「「「「結束しよう」」」」」

 

 信者たちは全員等しく志穂への殺意を向けて、じりじりと志穂へと迫ってくる。志穂は「ひッ……!?」と小さく悲鳴を漏らすことしかできない。現在、志穂の脳裏では、かつて己が精霊だった頃に、世界から何度も死の呪いを叩きつけられて為すすべもなく死ぬしかなかったかつての記憶が高速でフラッシュバックしていた。

 

 信者たちが志穂へと手を伸ばす。その手には、ペンが、鉛筆が、カッターが、ナイフが、五寸釘が、ハサミが、安全ピンが、定規が、画鋲が、ありとあらゆる人体を傷つけうる道具が握られている。退路はどこにもない。志穂は、己の死が回避不能と悟った。

 

 

(ごめんなさい、士道先輩。ごめんなさい、みんな。私は、ここで終わりッス……)

 

 志穂は内心で自分を庇ったせいで連れさらわれた士道や、精霊マンションに住まう同志、士道に封印されてから新たにできた来禅高校の友達たちへ謝罪する。

 

 志穂はこれまで約2万回死んだ経験がある。だけど、それらの死は、不死者だった志穂にとって終わりではなかった。次の己の始まりではなかった。しかし今の志穂は士道に封印されている。今の志穂の残機はたった1つしかない。残機1の状態で死んだらどうなってしまうのか。それは志穂にとって未知で、未知の死は志穂にとって恐怖そのものだった。

 

 

「――結束の儀を執り行う必要はないよ」

「「「砂名様!」」」

 

 と、その時。会場に凛とした声が届く。それから志穂の目の前で微細な霧が結集し、先ほど士道を伴って消えたはずの砂名が再度、1人で君臨する。すると、信者たちは志穂に使うつもりだった各々の凶器を砂名から隠しつつ、砂名の再登場を心から喜ぶ歓声を上げる。

 

 

「まったく、私の目の届かないところで勝手に結束の儀を始めようとするなんて、実に困った人たちだね。即断即決は美徳だけど、何事にも例外があるんだから気をつけようか」

「は、はい!」「申し訳ありません!」「ごめんなさい!」「ごめん、なさい」「許してください」「悪気はなくて、その……」

「うんうん、わかれば良いのさ。我々新人類は愚鈍な旧人類と違って、過ちを認めて己を省み、次に生かす強さがあるのだからね」

「「「砂名様ぁ……!」」」

 

 しかし、当の砂名は不満そうに信者たちを見つめて頬を膨らませる。砂名様の意向に沿わない行為をしそうになっていたことに信者たちが慌てて平身低頭で謝ると、砂名はすぐにニパッと笑顔を浮かべて、信者たちの行いを即座に許した。

 

 

「さっきは女の子を庇いたい一心で必死に私を騙そうとしていたあの彼ピくんの顔を立ててあげようかなと思って、彼だけさらっておいたけれども、私を殺した犯人の第一候補があなただっていうことに変わりはないからね。根掘り葉掘り聞かせてもらうから、その辺よろしく。さーて、何から聞こっかなぁ?」

「や、やめるッス! 離して――」

「――やだね、絶対に離してなんてやらないから。ではでは、〈夢追咎人(レミエル)〉――【胡蝶之夢(バタフライ)】」

 

 砂名はニヤァと凶悪な笑みを貼り付けつつ、志穂との距離を一息に詰めると、志穂の抵抗をものともせずに、己の天使の力を行使する。結果、砂名が手に抱え持つ水晶玉が光を放ち――志穂の意識はそこでプツリと途切れた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「おーい、志穂。志穂ってば」

「んぅ……?」

 

 何者かから声を掛けられ、頬をペチペチと軽く叩かれた志穂は、まどろみ状態から徐々に意識を覚醒させる。いつの間にやらどこかの部屋のベッドで仰向けになって眠っていたらしい。志穂はゆっくりを体を起こし、周囲を見渡して状況把握に努める。結論として、志穂が目覚めた場所は、志穂にとって見慣れた場所だった。ラタトスク所有の地下施設の一角、検査室だった。と、ここで。志穂の双眸が、志穂をまっすぐに見つめる砂名の姿を捉えた。

 

 

(ッ……!)

 

 瞬間、志穂の顔から一気に血の気が引いた。同時に志穂は思い出す。己が気を失う前、自身や士道がどれほど危険な状況に陥っていたかを。

 

 

「ど、どどどういうつもりッスか!? こ、ここに、ラタトスクに私を連れ込んでどうするつもりッスか!? 人質にでもするつもりッスか!?」

「え、なに? なんでそんなに興奮してるの……?」

「そうッス! 先輩は、士道先輩はどこッスか!? どこに連れ去ったんですか!? 答えてください! 砂名先輩を殺したのは私ッス! 士道先輩は何も関係ないッス! あなたが求めている犯人は私なんだから、士道先輩は解放してください!」

 

 志穂は混乱の渦中に苛まれながらも、砂名に対し矢継ぎ早にまくしたてる。眼前の砂名に対しあまり恐怖を感じないことを不思議に思いつつ、志穂は己を庇って連れ去らわれてしまった士道の安否を心配するあまり、思わず目の前の危険な精霊に詰め寄って士道の解放を強く要求する。

 

 

「――あ、そういうことか。待って。ストップ、落ち着いて志穂」

 

 と、ここで。志穂に肉薄された砂名はようやく志穂の狼狽っぷりの理由を理解したためか、一旦志穂の両肩を掴んで己の体から離すと、スッと目を閉じる。すると、砂名の体が淡い輝きに包まれ、段々と背丈が小さくなり――志穂と同程度の背丈をした、緑髪の元精霊:七罪へと変貌した。

 

 

「そういえば〈贋造魔女(ハニエル)〉を使ったままだったわね。混乱させてごめん、志穂」

「え、え? 七罪先輩!? どういうことッスか?」

「そう大した話じゃないんだけど……」

 

 頭に大量の疑問符を浮かべる志穂を前に、七罪は自分なりに事情を要約して志穂に伝える。

 

 曰く、此度の新人類教団への士道と志穂の体験入信は、何が起こってもおかしくない非常に危険な行為であるため、司令官の琴里はどのような最悪な事態が発生しても士道と志穂を救えるように、複数の手段を用意していたとのこと。

 

 その手段の1つが――士道が封印した一部の元精霊に救出を協力してもらうものだったこと。そのため、士道が封印した精霊の内、カルト宗教の活動を見ても暴走せずに冷静な思考を残してくれそうな一部の精霊(七罪・耶倶矢・夕弦・折紙)たちもまた、臨時指令室で、此度士道と志穂が新人類教団の集会で見聞きした異様な光景を見ていたこと。

 

 結束の儀を行う砂名を志穂が制止した時に、琴里がフラクシナスのクルーを集会場に遣わして騒ぎを起こそうとしたが、集会場の扉が不思議な力で守られていて、扉を開くことがそもそもできなかったため、次善の策として、七罪が天使:〈贋造魔女(ハニエル)〉で〈夢追咎人(レミエル)〉をコピーし、他者からの認識を捻じ曲げることのできる【迷晰夢(ミスディレクション)】で己を霜月砂名に偽装し、瞬間移動できる【胡蝶之夢(バタフライ)】を行使して集会場に霧とともに現れ、志穂を伴ってラタトスクの検査室まで転移したこと。

 

 

「そう、だったんスね。ありがとうございます、七罪先輩。助かったッス。……ちなみに、士道先輩を連れ去ったのも七罪先輩だったりは……」

「しないわね。あっちは正真正銘、本物の霜月砂名ね。……ごめんなさい。私が、士道も一緒に助けられれば良かったんだけど」

「あ、いや、違うッス。そういうことを言いたいわけじゃなくって……」

 

 志穂がすがるような眼差しを七罪に注ぎながら問いかけると、七罪は志穂の望みをバッサリと断ち切り、現実を突きつける。七罪の瞳には、悔恨の念がありありと浮かんでいる。志穂は己の質問で七罪を苦しませてしまっていたことに、おろおろとするばかりだ。

 

 

「志穂、目が覚めたのね」

 

 と、その時。場の気まずい雰囲気を切り裂く第三者の声が検査室に響く。志穂と七罪が視線を向けた先に姿を現したのは司令官、五河琴里だった。

 

 刹那、志穂の胸に去来したのは、強烈な罪悪感だった。琴里は、新人類教団の集会に志穂が参加することを、志穂の身を案じて反対していた。けれど志穂は結局、琴里に折れてもらう形で、集会に参加した。その結果が、このざまだ。もしも志穂が集会に参加せず、士道だけが参加していたのなら、士道が砂名にさらわれるなんて結果にはならなかったかもしれない。

 

 そもそも砂名が士道や志穂に好戦的な態度を見せたのも、発端は志穂が堪えきれずに砂名に叫び散らしたからだ。何もかもが志穂の失態で。志穂が足を引っ張ったせいで士道は今、おそらくかつてないほどの窮地に追い込まれてしまっている。

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、琴里先輩。全部、私が間違ってたッス。私がわがまま言ったせいで、先輩が、士道先輩がぁ……」

 

 志穂はボロボロと涙を零し、琴里に深々と頭を下げる。志穂は謝罪したまま顔を上げない。琴里の顔を見るのが怖かったからだ。一方、体を細かく震わせながら謝る志穂を目の当たりにした琴里は、小さくため息をつくと、努めて優しい口調で語りかける。

 

 

「志穂、しっかりしなさい。諦めるにはまだ早いわよ」

「ふぇ? で、でも……」

「少なくとも士道はまだ砂名に殺されていないわ。もしも士道が殺されたなら、士道が封印した私たち精霊の力も戻ってきてしまうもの。私たちが今も封印されたままという事実が、そのまま士道が生きているという証明になるのよ」

「士道先輩は、生きているッスか?」

「ええ、生きている。けれど、砂名が明確な意思で人を殺せる精霊だと判明した以上、予断を許さない状況というのは確かよ。だから今、ラタトスクは総出で士道の行方を調査している。精霊のみんなにも協力してもらって、無理のない範囲で士道を捜索してもらっているわ。……まだ士道は死んでいない。まだ何も手遅れになっていない。それで、志穂はどうするの?」

「わたし、は――」

 

 琴里からもたらされた一縷の希望に、絶望に打ちのめされそうだった志穂の心にわずかな光が灯る。志穂は己に気合いを入れるように両頬をパチンと叩き、目じりの涙を袖で乱雑に拭って、琴里に力強い眼差しを返した。

 

 

「私も士道先輩を捜すッス!」

「よく言ったわ。じゃ、志穂も今から士道捜索隊の一員として協力してちょうだい。ただし、志穂は砂名に顔を覚えられているから、外に出て捜索する場合は、クルーに頼んで変装するか、七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉で変身してからにすること。良いわね?」

「はいッス!」

 

 琴里から発破をかけられた志穂は、琴里からの指示に首肯する。そんな志穂の様子を背後から眺めていた七罪は、志穂がどうにか罪悪感に押しつぶされることなく、ほんのわずかでもいつもの志穂らしさを取り戻してくれたことに、こっそり安堵の息を吐くのだった。

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。砂名を殺したのは自分だとの偽証を砂名に信じ込ませ、志穂を砂名から守ることに成功した士道は、しかし砂名によりいずこかへとさらわれてしまった。これは士道姫案件。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。己のやらかしで士道を危険にさらしてしまったため、琴里のフォローで少々持ち直したものの、それでも精神状態はかなり不安定になっている。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。本当は精霊たちにカルト宗教の集会のシーンなんて見せたくなかったけれども、士道と志穂を窮地から救う手段を複数用意するために、苦渋の決断の元、精霊たちに士道&志穂の救出の協力を要請していた。
七罪→元精霊。識別名はウィッチ。筋金入りのネガティブ思考で物事を捉える性格をしている。今回のMVP。〈贋造魔女(ハニエル)〉を駆使することでどうにか志穂だけは救うことに成功した。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。なぜか3年前の砂名殺害の犯人を捜していたようで、砂名目線で犯人候補筆頭の士道をどこかへと連れ去ってしまった。

七罪(……どうにか志穂の気持ちが上向きになってくれたみたいで良かった。さっきまでとても見てられない酷い顔してたし)

 七罪氏、一々かわいいの巻。


次回「脳内選択肢」
 

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