12月9日土曜日。午前11時半。〈
士道が監禁されていた建物が天宮市内のものだったことは士道にとって非常に好都合だった。これなら士道から連絡せずとも、ラタトスク機関が市内随所に飛ばしているだろう自律カメラが士道の姿を捉えてくれるかもしれないからだ。
「なぁ砂名さん、変装とかしなくてもいいのか?」
「うん? どういう意味かな?」
「砂名さんは今やたくさんの熱狂的な信者を率いる教祖様だろ? 変装しなかったら信者に見つかって、記憶復活デートどころじゃなくなるんじゃないか? 実際、ここって今日の集会の会場とすごく近いしさ。それに俺もさっき会場で『砂名さんを殺した』って派手に宣言したから、信者に見つかったら問答無用で襲われそうだと思って」
「あぁなるほど。尤もな指摘だね。けれど大丈夫、対策済みだから」
士道は内心とは裏腹に、士道は砂名に変装の必要性を提言する。しかし、砂名は士道の質問は想定通りだと言わんばかりにニィィと口角を吊り上げる。
「新人類教団の信者か否かを見抜く手段の1つとして、教団が販売している黄色のミサンガを左手につけているか否かという基準がある。ミサンガをつけることを教団は強制こそしていないけれど、推奨はしているからね。熱心な信者はあたかも己の体の一部のようにミサンガを左手につけてくれている。ほら、チラホラいるでしょ? でも彼らは私たちに目もくれない」
「……確かに。これもしかして、〈
「正解。外に出る前にちゃっかり〈
「い、いつの間に……」
「本来〈
士道の知らないタイミングで〈
「さて。士道くんの不安を払拭できたところで……どこでデートをするのかな?」
「あぁ、こっちだ。ついてきてくれ」
「なるほど、士道くんは直前まで行き先を秘密にする主義か。これは楽しみだ」
とはいえ、いつまでも引きつった表情のままではいけない。士道は今の己はストーカーするほど大好きな砂名とのデートを行う男なのだとの意識を持ちつつ、砂名の手を引いて駅前広場へと一歩踏み出す。行き先を秘匿することで砂名が不機嫌にならないか、心の中で不安に感じていた士道だったが、砂名は一切気にしていないようだ。
「ところで、私に何か言うことはないのかな?」
「何かって?」
「ごめんなさい、は?」
目的地へと向かう道中。不意に砂名が士道に訪ねてくる。士道が隣を歩く砂名に続きを促すと、砂名はいたずらっ子のような目つきで士道を見つめて、一言告げる。
「あー……」
今、士道は砂名を愛するがゆえに殺したヤバいストーカーという設定だ。その士道を前に、被害者たる砂名は謝罪を要求しているのだろう。士道は素直に謝ろうとして、しかしそれでは狂気のストーカーっぽくないなと考え直し、堂々と返答した。
「俺は、砂名さんを殺したことを後悔していない。砂名さんを殺したことで今こうして、生き返った砂名さんとデートできているわけだしな。なのにどうして謝らないといけないんだ?」
「わーぉ、悪びれもしないじゃないか。こいつぅ☆」
士道の返答に砂名は一瞬目を丸くした後、カラカラと屈託のない笑顔を浮かべて、士道の横腹を軽く肘でつく。士道の返答は砂名のお気に召したようだ。
「ちなみに砂名さんは俺を刀で斬ったことを謝ってくれないのか?」
「あ、あー。そういえばそうだった。えーと、あれはよくある理不尽暴力ヒロインからの愛情表現ってことで……ここはひとつ許してほしいなって」
「お互いさまってことか?」
「さすがにストーカーと同類にはされたくないなぁ」
その後も士道と砂名は適宜和やか(?)に会話を挟みながら、士道の先導で目的地へと向かう。そして、5分後。目的地に着いた士道は立ち止まる。駅前に立ち並ぶ飲食店や衣服店の間に挟まるようにして存在するその建物は、少々控えめながらも己が遊戯施設だと主張するようなきらびやかな装飾や看板が備え付けられていた。
「到着したよ、砂名さん」
「ここは……」
「砂名さんの記憶復活デート。まず最初の舞台はインターネットカフェにしようって思ったんだけど、どうかな?」
「良いよ、行こう。一々気を遣わなくて良いよ、今日のデートプランは士道くんに完全お任せスタイルだしね」
士道は砂名の記憶を呼び起こすために最適な場所の1つとしてピックアップしていたインターネットカフェへと砂名を誘う。初デートでインターネットカフェはもしかしたら心証が悪くなるかもしれないと少しだけ不安が頭をよぎった士道だったが、砂名の反応からして完全に杞憂だったようだ。かくして、士道は砂名を引き連れて、天宮市内のインターネットカフェへと足を踏み入れるのだった。
◇◇◇
士道と砂名はインターネットカフェに入り、士道が代表して会員登録と受付を済ませる。あまり長居をするつもりはなかったため3時間コースを選び、複数人でのびのびと過ごせるファミリールームを選択する。そうして2人で入ったファミリールームは、高性能そうなPCとテレビ、そしてローテーブルと複数の座椅子、オレンジ色を基調とした暖色の照明を以て、士道と砂名を迎え入れてきた。
「へぇ、雰囲気いいじゃん」
「こんな感じなんだな、インターネットカフェって」
「士道くんは来たことなかったの?」
「初めてだな。気にはなってたけど、わざわざ行く理由がなくて」
「あるあるだね。それで、ここでどうやって私の記憶を呼び起こすつもりなのかな?」
「砂名さんに読んでほしい漫画があるんだ。生前の砂名さんが大好きだった漫画なんだ。ちょっと持ってくるから、砂名さんはドリンクを取ってきてくれないか?」
「あいさー。士道くんは何飲みたい?」
「じゃあ、コーラで」
「オッケー」
士道と砂名は自分たちがこれから数時間過ごすこととなるファミリールームの場所を確認した後、一旦別れる。士道はこのタイミングでスマホで琴里に連絡しようとして、やめた。砂名は士道が知覚できない内に〈
「おかえり、ダーリン♡」
「ただいま、ハニー」
「ッ! ぷっ、くくくくふふ……!」
「そこまで笑うことないだろ! せっかく砂名さんのノリに合わせたのに!」
「いや、似合わないなって思っちゃってさ。ふひゃ、ごめんツボった。あはははははははッ!」
「まだ笑うか!」
そうしてお目当ての漫画全巻と、ついでに士道が読みたかった漫画を備え付けのかご一杯に詰め込んで、士道がファミリールームへと戻ると、砂名が妙に艶っぽい表情を浮かべて士道の帰りを出迎えてきた。一瞬、砂名の美貌にドキッとした士道だったがどうにか砂名のテンションに合わせて返答すると、砂名は盛大に破顔した。砂名のノリに合わせるんじゃなかった、と士道がちょっぴり後悔する中、しばし全力で笑い果たしたことで平静を取り戻した砂名が本題を切り出した。
「それで、私に読ませたい漫画ってのはそれなの?」
「あぁ。『SILVER BULLET』。週刊少年ブラストで連載されていた漫画だ。まずは読んでみてくれ、きっと記憶を失っている今の砂名さんも気に入ってくれるはずだから」
「うむ、わかったよ」
砂名は士道が持ち込んだかごの中の『SILVER BULLET』1巻を手に取り、ぺらぺらと中身を読み始める。士道は砂名の様子を見つつ、士道もまた別の漫画を読むべく、かごから漫画を取り出そうとして、そこで気づいた。砂名の漫画を読むペースが凄まじく速いことに。
「え、そのペースで読めてるのか?」
「ちゃんと読めてるよ。私、速読マスターしてるからね」
「速読ってこんなに早く読めるのか……」
士道が志穂の過去を介して観測した砂名がついぞ披露していなかった意外な技能に驚いているのをよそに、砂名は非常に真剣な眼差しで『SILVER BULLET』を読み進める。砂名は3分そこらで1巻を読み終えて、即座に2巻を手に取って読み始めてと、そのような行為を合計20回繰り返した。尋常じゃないスピードで漫画を読み進める砂名の姿はとても異様で、士道はつい、己の読みたかった漫画を読むことよりも、速読で漫画を次々読破する砂名の様子を凝視してしまっていた。それくらい砂名の速読技術は卓越していたのだ。
「士道くん。21巻は?」
「へ?」
「次は、『SILVER BULLET』の21巻はどこ……? もったいぶらずに早く持ってきてほしいな、ほらほら」
砂名は士道に『SILVER BULLET』の21巻を求めてくる。砂名の声色から察するに、生前の砂名と同様に、今の記憶を失った砂名もまた、『SILVER BULLET』に心底ハマったのだろう。そのことがわかったために、士道は虚空を遠い目で見つめる。なぜなら士道はこれから、砂名に残酷な現実を突きつけないといけなかったからだ。
「悪い。21巻は、ないんだ」
「うん? いやいや、そんなわけないよね、嘘は良くないよ士道くん。20巻の初版発行日は何年も前だよ? 21巻がないなんてありえない」
「『SILVER BULLET』作者の本条蒼二先生は休載中だ。もう、かれこれ5年くらいになるかな」
「え……?」
士道が『SILVER BULLET』が20巻の刊行を最後に連載を休載している事実を伝えると、砂名の爛々とした眼差しから、文字通り光が消える。砂名が今まさに、5年前の士道が味わったのと同様の絶望を味わっているだろうことが容易に想像できた。
「そんな……こんなに素晴らしい神作品が休載だなんて。くそぅ、終わりだ……こんな世界は終わりだぁ……」
「砂名さん。まだ希望はなくなったわけじゃない。連載が打ち切られたわけじゃなくて、あくまで休載ってだけだ。いつか本条先生は連載を再開してくれるさ」
「いつかって、いつ?」
「それは……わからない」
「うぐぐぐぐ、そんなの待てないよ! うぅぅ、私のこのほとばしる衝動は一体どこにぶつければ――そうだ、この手に限る! 仕事だ、〈
「ちょっ、待て! 〈
「決まってる。まずは本条先生を特定する。それから私が信者のみんなにやったように、本条先生に私の霊力を与えて無理やり新人類として覚醒させる。そうすれば、本条先生は24時間365日漫画を描き続けられる機械にすることができ――」
「それはやめてあげてくれ! 本条先生がかわいそうだ!」
「かわいそう? 本当にそうかな? 『SILVER BULLET』を読破したからわかる。これは名作だ。当然、相応の印税を稼げていることだろう。きっと本条先生は一生遊んで暮らせるだけの印税を得たから満足して連載をやめてしまったんだ。そうに違いない。だけどそんな横暴、私は許さない。〈
「――そうだ、砂名さん! 他にも砂名さんが大好きだった作品があるんだ。次はそっちを見よう! うん、それがいい!」
このまま放置してしまえば砂名が本条先生に〈
「これ! 次は砂名さんにこれを読んでほしいんだ!」
「ええと、これは――
「あぁ、アニメ化もした名作だ。ぜひ読んでくれ」
「ふむり――」
士道は
「砂名さん? どうしたんだ?」
「先輩……」
「へ?」
「
どうやら砂名は
「砂名さんは、心から尊敬できる人のことを『先輩』って呼んでいたんだ。例え年下相手でも、物語の登場人物相手でもな。試しにもう一度、呼んでみないか?」
「りょーかい、やってみるね。ときや、先輩。朱鷺夜先輩、朱鷺夜先輩、朱鷺夜先輩。ホントだ。……うん、すごくしっくりくる。そっか、私はそういう類いの性格だったんだ」
士道から促された砂名は、気に入った登場人物の名を『先輩』付きで何度も呟く。最初こそ物語の登場人物を先輩と呼ぶことに違和感を抱いていたようだったが、当の違和感はすぐさま解消されたようだった。
「……士道くん。あなたは本当によく私のことを知っているね。なんて優秀なストーカーだったんだろう。時代が時代なら、後世に語り継がれる凄腕の忍者になっていたに違いない。本来なら君のような卓越した実力持ちのストーカーが私を標的に定めていたという事実に改めて怖気に身を震わせないといけないところなのだろうけど、記憶喪失中の今の私は、士道くんのことがとても頼もしく見えるよ」
「それは何よりだ」
「ねぇ、もっと教えてよ。私は他にどんな作品を愛していたんだい?」
「そうだな、次は――」
砂名からきらきらとした眼差しとともに次なる作品を要求された士道は、かつて砂名が志穂と一緒に楽しんでいた漫画を取りにファミリールームから本棚へと向かう。かくして、砂名が生前の自分が愛した漫画を次々と読み込み、士道が砂名のリアクションを楽しむといったデートがつつがなく進行するのだった。
五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。かつて時崎狂三の
霜月
次回「揺れ動く心」