【完結】死に芸精霊のデート・ア・ライブ   作:ふぁもにか

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18話 姉騙り

 

「ぉ。ねぇ、ちゃん……?」

 

 天宮市の離れの森にあるラタトスクの施設の一角、屋内プールにて。自身の秘密を知る士道たちを殺すべく己の天使〈夢追咎人(レミエル)〉を存分に振るっていた夢唯は、眼前に広がる光景に目を見開き、呆然とした様子でポツリと呟く。同時に、突如として霜月砂名が登場したことによる動揺で幻影を維持できなくなったのか、夢唯がひたすらに召喚していた士道たちのシャドウが、己の造形を保てなくなり、一斉に霧となって消え去っていく。

 

 

「え、え? なにここ!? 髪の毛から服装まで色とりどりなカラフル美少女がひぃーふぅーみぃー? とにかくいっぱいいるじゃんか! マジでどこさ、ここ!? メチャクチャレベルの高いコスプレ会場だったりする!? てか、コスプレ会場に私のこの恰好って明らかにマズいよね? 茶色のタートルネックに灰色のジーンズとか場違い極まりなくないかな!? 誰か助けて、私にこの場に最適なドレスコードを教えてくれぃ!」

 

 夢唯の動揺冷めやらぬ中。夢唯の精神に意図せずダイレクトアタックを仕掛けてしまっている当の本人こと砂名は、キョロキョロと周囲を見渡し、まず初めに限定霊装に身を包んだ見目麗しき十香たちの姿を視界に捉え、次に自身の服装を確認し、両手で肩を握って恥ずかしそうに身をくねらせる。

 

 

「む? 奴は誰なのだ?」

「夢唯さんの様子を見る限り、夢唯さんのお姉さんだと思いますよぉ?」

「奴が夢唯の姉? いや、しかし……」

「矛盾。夢唯の姉はもう亡くなってしまっているのでは?」

「そう、ですよね? 一体、どうして……?」

 

 珍妙な動きを見せる砂名を見やり、先ほどまで夢唯の注意を引くことに専念していた、十香・美九・耶俱矢・夕弦・四糸乃が互いに顔を見合わせてひそひそと会話する中。砂名の背後の志穂が、この場の屋内プール中に良く響く声量で、口火を切った。

 

 

「まさか、本当に……上手くいったッスか!?」

「亡くなってしまった霜月砂名の魂を常世から、現世の士道に一時的に憑依させる……まさに生と死を管轄する志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉だからこそできる芸当。驚きはしたけど、同時に納得もできる」

「えぇぇ、マジで成功しちゃうんだ。私、絶対に成功しないって思ってたのに。てか、魂を憑依させると見た目まで思いっきり変わっちゃうんだ。もう全然士道の面影ないじゃん」

「この人が、今まで散々話題に上がっていた霜月砂名、ね……。直接目にしたのは初めてだけど、ずいぶんと愉快な人のようね」

 

 先ほどまで士道と作戦会議をしていた志穂・折紙・七罪・琴里の内、志穂がわなわなとした表情で砂名を見つめ、折紙は淡々と解説をし、七罪は己の予想を思いっきりひっくり返されたことに唖然とし、琴里は間近に姿を現した砂名をまじまじと見つめる。

 

 

「うーむ、何か周囲の美少女たちからの意味深な視線を感じる……何ともいたたまれない気持ちだよ。針のむしろって感じ。てか、ホントここどこ? 私、確か死んじゃわなかったっけ? もし親切な人がいるなら諸々の事情を教えてほしいのだけれども? ねね、誰か教えてくれない? カムヒア、チュートリアルさーん?」

 

 砂名の登場により、夢唯の苛烈な猛攻と士道たちの必死の防衛という構図が消失し、屋内プールを奇妙な静けさが支配し始める中。砂名は忙しなく周囲に視線を移し、おずおずと手を空に挙げて救援要請を口にする。

 

 

 さて。今現在、好き勝手に動いている砂名だが、〈垓瞳死神(アズラエル)〉に死後何年も経過した死者の魂を呼び戻す技はない。砂名の正体は、七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉で霜月砂名の姿に変身した五河士道だった。士道が砂名に変身し、演技をしている理由は単純明快、夢唯の攻撃を無理やりに中断し、あわよくば夢唯の世界征服への野望を諦めてもらうためだ。

 

 士道の言葉は、夢唯には終ぞ届かなかった。士道が夢唯を説得しようと言葉を発しようとも、己の秘密を知る上に記憶改竄の技こと【剥誅夢(アムニージャ)】の通じない相手を絶対殺す意思に満ち満ちた夢唯は、士道の発言にまるで応じなかった。士道の言葉を早々にシャットダウンして、実力行使に走るのみだった。だからこそ士道は、夢唯とちゃんと言葉を交わすために、砂名に変装する道を選んだのだ。

 

 当然、士道が砂名を演じることにはリスクが付きまとう。普通に考えれば、これまで直接会ったことのない赤の他人に成りすますというのは至難の業だ。しかも今回、士道が騙す相手は砂名の妹、夢唯だ。いくら志穂たちに、あたかも〈垓瞳死神(アズラエル)〉の力で砂名をあの世から現世に一時的に復活させたかのように演技をしてもらっているとはいえ、砂名(サナ)ニウムの中毒者になるほどに、砂名のことが大好きな家族を欺くというのは、無茶が過ぎるというものだろう。

 

 けれど、士道は知っている。志穂の記憶を通して、砂名がどういう人物なのかを知っている。夢唯のシャドウによる過去語りを通して、砂名が夢唯とともに歩んだ人生の一端を知っている。何より士道は、夢唯が扮する砂名との半日のデートを通して、砂名がどのように人と接するタイプなのかを知っている。

 

 これだけ情報がそろっていれば、あるいは。士道は砂名を演じきれるかもしれない。夢唯を騙しきれるかもしれない。そのようなかすかな期待にすがり、士道は賭けに舵を切ったのだ。

 

 

「ん? あれ、君……もしかしてムイムイ?」

「え、あ、はいです」

「やっぱり! なーんか背が伸びてるし、顔つきもちょっと大人っぽくなってるし、ツヤ肌凄いし、メッチャ派手な真っ白な服を着てるしで、ちょっと確信持てなかったんだけど、やっぱりムイムイだったんだね!」

「あなたは……本当に、お姉ちゃんなのですか? あたかもお姉ちゃんの魂が士道さんの体に入ったかのように、変装した士道さんが演技をしているわけではなく?」

「魂? シドーさん?」

「……」

(う、やっぱり無茶だったか?)

「え、うそ。待って。もしかして私、ムイムイから『偽者じゃないか?』って疑われてるの? そんな……お姉ちゃん、ショック警報発令寸前だよ? もうすぐ周囲の目もはばからずに駄々っ子のように号泣しちゃうよ? 私の涙のダムは溜まりに溜まってもう決壊秒読みだよ?」

 

 士道が演じる砂名は、司祭服姿の夢唯が己の妹だと知るや否や喜色満面で夢唯へと駆け寄っていく。対する夢唯が疑念に満ちた眼差しを携えて砂名の正体を疑ってかかると、士道は内心で非常に焦りながらもあくまで砂名として、ハンカチを取り出して目に添えて、用意に嘘だとわかる程度に瞳をうるうるとさせる演技を挟むことで、夢唯の信用を勝ち取るべく立ち回る。

 

 

「……はぁ、そんなくだらないことで警報を使わないでほしいのです。ああもう、仕方ないです。信じてあげるですから、そのわざとらしい涙の演技をやめるですよ。みっともない」

「ホント!? ありがとう、ムイムイ! さすがは我が愛しい妹だよ!」

「相変わらず口が軽いのです、これだからお姉ちゃんは……」

 

 夢唯は頻繁にため息を零しながらも、砂名を泣き止ませるべく言葉を選んで語りかける。夢唯の言葉を受けるや否や瞬時に涙をひっこめて露骨に晴れやかな笑顔を浮かべる砂名を前に、夢唯はさらにため息を1つ追加する。

 

 

(第一関門は突破できた、と思っていいんだよな?)

 

 今の夢唯の視線からは、砂名への疑念が感じられない。夢唯の内心はわからないが、少なくとも士道による渾身の砂名の演技は、夢唯が砂名の様子から『こいつは偽者だ』と確信しない程度には、どうにか夢唯に通用しているようだった。しかし油断は禁物だ。いつ何時、夢唯が士道の演技を看破してきてもおかしくない以上、ほんのわずかなミスも許されない。士道は緩みかけていた気を再度引き締めて、夢唯に問いかける。

 

 

「ねね、ムイムイ? 話は変わるけども。私、今の状況が全然わかっていないんだよね、もし知ってたら解説してほしいな?」

「……」

「ムイムイ?」

「……あまり話したくはないですが、他ならぬお姉ちゃんの頼みです。話すですよ」

「ありがとー! では先生。授業をお願いします!」

「ボクは先生ではないのですよ」

 

 砂名から事情の説明を乞われた夢唯は、もう何度零したかわからないため息を吐きつつ、しぶしぶながらも砂名が欲しているであろう情報を共有し始める。

 

 

 夢唯は語っていく。

 3年前、お姉ちゃんが何者かに殺されたこと。

 お姉ちゃん殺害の真相がわからないまま、事件が迷宮入りルートへと進んでいること。

 3年前こそお姉ちゃんの死を悼んでくれた人たちが段々とお姉ちゃんのことを気にしなくなったこと。

 お父さんとお母さんまでもがお姉ちゃんの私物を処分して、お姉ちゃんを忘れて生きようとしたこと。

 お姉ちゃんのことを絶対に忘れないと誓ったはずのボクさえも、お姉ちゃんとの思い出を段々忘れてしまっていたこと。

 その最中、全身をモザイクで加工したすさまじく怪しい人から『精霊』とやらに至るための宝石を渡され、精霊に至ったこと。

 精霊の力を使って、ボクの記憶を消し、お姉ちゃんとして生きようとしたこと。

 もう二度と世界にお姉ちゃんを殺されないように、お姉ちゃんに世界征服をしてもらって、世界にお姉ちゃんの存在を刻み付けようとしたこと。

 世界征服のために、新興宗教を興して信者を増やす道を選んだこと。

 世界征服の最中、多くの人間に身に余る力を与えて人生を狂わせ、あるいは傷つけてきたこと。

 ボクの試みは、一度失敗したこと。

 世界征服をやり直すために、今、ボクの秘密を知る連中を皆殺しにしようとしていること。

 一方、ボクの殺害対象は、おそらくボクに殺されないために、お姉ちゃんの魂を五河士道という人間の体に憑依させたこと。

 

 

「……ひとまず、こんなものなのです。わかったですか?」

「ま、まぁ、大体はね? ……わかったけども、いくらなんでも衝撃展開ラッシュ過ぎない? 私の脳みそが中々ムイムイの話を受け入れてくれないんだけど」

「驚く気持ちはわかるのです。けれど、これが事実なのです。ボクに嘘はないです」

 

 砂名の死後に己が歩んだ道を軽くまとめて話し終えた夢唯は、改めて砂名に視線を向ける。精霊だの世界征服だの皆殺しだのと、現代社会で普通に生きる人間からはまず聞かないであろうキーワードが次々飛び出てきたために困惑する砂名を、夢唯はジッと見上げる。

 

 

「お姉ちゃん、ボクは……」

 

 夢唯は、夢唯の軌跡を知るに至った砂名からの言葉を待っているようだった。そんな夢唯の瞳からは、己のこれまでの行いを、砂名に真っ向から拒絶されてしまうのではないかという、明確な恐怖の気持ちが読み取れた。

 

 

(夢唯……)

 

 士道が砂名に変装して演技をしているのは、夢唯との戦いが劣勢となり、戦闘が続けば士道たちが全滅する未来が待ったなしだったがゆえの、窮余の策だ。この策を以て、士道は最低でも夢唯の士道たちへの殺意を消し去り、夢唯との戦闘の回避に成功しなければならない。

 

 しかし、さっきまで夢唯との戦闘回避のために全力で砂名っぽく演技していた士道だったが、夢唯の怯える表情を目の当たりにして、士道は演技の方針を変更することを決めた。夢唯を騙し抜くためではなく、夢唯の心を救うために、砂名の演技をしている今の状況を利用することに決めた。

 

 

 考える。士道は思考を巡らせていく。

 もしも本当に志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉で砂名さんの魂が現世に舞い降りたとして、眼前の怯える夢唯に、何と声をかけるだろうか。あの茶目っ気たっぷりながらも、心から妹を想って、夢唯と仲を深めてきた砂名は、今の夢唯にどうアプローチするだろうか。

 

 考える。士道はさらに思考を深めていく。

 もしも自分が不慮の事故で死んでしまったとして。遺された十香たちが、琴里が、士道を強く想うあまりに暴走したとして。己を犠牲にしながら、人を傷つけながら、士道のためだと信じて、精霊の力で世界をメチャクチャにしようとしたとして。その最中、士道の魂が呼び戻され、暴走中のみんなと再会できたとして。士道は、みんなに何と言うだろうか。

 

 

(俺なら、俺なら……)

 

 思考の果てに士道は決断した。砂名を大好きでいるあまりに過去に固執して生きることしかできなくなっている夢唯という少女に捧げる言葉を決めて、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「ごめんね、ムイムイ。私のせいで、ムイムイの人生をメチャクチャにしちゃって」

「……え」

 

 砂名扮する士道は、静かな声色で夢唯に謝罪した。夢唯は砂名の謝罪が想定外だったのか、漆黒の双眸が驚愕に見開かれる。

 

 

「なにを、言ってるですか? どうしてお姉ちゃんが謝るですか?」

「いや、悪いことしちゃったなって思ってさ。散々ムイムイの気を引いて、ムイムイに私のことを好きになってもらってから死んじゃうとか……酷い女だよね、私。とんだ悪女だよ」

「違うです! お姉ちゃんは何も悪くないのです! 悪いのはお姉ちゃんを殺しやがった犯人で、お姉ちゃんを忘れようとする連中で、お姉ちゃんの存在を消そうとする世界なのです! お姉ちゃんは何も悪くない、悪くないお姉ちゃんが殺されるなんて、忘れられるなんて間違っているのです! だからボクはお姉ちゃんになって、世界征服をすると決めたです! ボクの人生はメチャクチャになんてなってないです! お姉ちゃんのために手を尽くすことこそがボクの最善の人生なのです! だから、そんな泣きそうな顔をしないでほしいのです!」

「ありがとう。ムイムイは、優しいね」

「優しいとかそういう話じゃないです! ボクはただ、お姉ちゃんが何も悪くない確固たる理由を述べているだけなのです! 勘違いしないでほしいのです!」

「……そっか」

 

 暗い表情を浮かべる砂名を直視した夢唯は、慌てて早口にまくしたてる。己の行いのせいで、砂名を悲しませてしまっている。罪悪感を抱かせてしまっている。夢唯は、砂名にいつもみたいに元気になってもらいたい一心で、声を張り上げる。対する砂名は、自分のために必死になって言葉を並べる夢唯を愛おしく感じ、夢唯を安心させるようにニコリと笑みを返す。

 

 

「……ねぇ、ムイムイ。世界征服は、もうやめにしない?」

 

 それから。どうにか砂名に元気を取り戻すことができたと、ホッと安堵の息を吐く夢唯に、砂名は己の望みを提案した。刹那、夢唯の表情がピシリと固まる。

 

 

「どうして、です?」

「もしもムイムイの思い描いた通りに世界征服ができたとして、世界中のみんなが私を認識し、崇拝する、そんな世界に至ることができたとして。私は嬉しくないからだよ」

「嬉しくない……? どうして、どうしてそんなこと言うですか!? お姉ちゃんはみんなから忘れられたくないって、お姉ちゃんが生きた痕跡を世界から消されたくないって思わないのですか!?」

「思うよ。みんなが私を忘れちゃうのは寂しいし、悲しい。でも、それでも私はムイムイに世界征服をしてほしくない。だって、ムイムイは世界征服のために一度、自分の記憶を消しちゃったんでしょ? 霜月砂名として世界征服をするために、嫌いな自分を殺しちゃったんでしょ? ……私は、ムイムイに幸せに生きてほしい。私がいなくなった世界でも、ムイムイには笑って、幸せに生きてほしい。でも世界征服の道の先に、ムイムイの笑顔はどこにもない。私はそれがすごく、すっごく嫌なんだ。だから、世界征服はやめてほしい」

「……嫌です、いくらお姉ちゃんの頼みでもお断りなのです」

 

 砂名は夢唯に、世界征服をやめてほしい理由を述べる。あくまで夢唯の幸せを願うがゆえに夢唯の世界征服中止を要請する砂名に対し、どこまでも砂名に尽くしたいと願う夢唯は、しばしの沈黙の後に砂名の願いをはねのける。

 

 

「お姉ちゃんのいない世界に、幸せなんてどこにもないのです! お姉ちゃんが殺されてしまった今、ボクに残された幸せは、ボクの大好きなお姉ちゃんを世界中に刻み込む世界征服が成功したその先にしかないのです!」

「それは思い込みだよ。探せば他にも幸せはたくさんある。世界は広いんだから」

「嫌なのです、探したくなんてないのです! この世で最も素敵なお姉ちゃんのために頑張ることこそがボクの最上の幸せだってわかっているのに、どうしてそんな無駄な労力を費やさないといけないのですか!?」

「簡単だよ、私のためにムイムイを犠牲にしてほしくないからさ」

「犠牲だなんて思わなくて良いのです! ボクはお姉ちゃんの残機なのですから! お姉ちゃんのための礎になることこそがボクが生まれた意味なのですから!」

「ムイムイはムイムイだよ。私の残機なんかじゃない。どんな人も、命の数は1つだけだよ。誰も、誰の代わりにはなれないんだよ」

「ッ! どうして、どうしてお姉ちゃんはボクの世界征服をそんなに否定するのですか!? ボクのことが嫌いだからなのですか!?」

 

 夢唯がどれほど熱を込めて己の望みを主張しても、砂名が意見を翻すことはない。夢唯が何を言っても砂名が夢唯の世界征服を認めてくれないことに、夢唯は段々と己を全否定されているような感覚を抱き、目尻に涙をためつつ声を荒らげる。対する砂名はこれまでのように即座に夢唯に返答せず、一つ呼吸を挟み、凛とした眼差しを携えてから理由を口にした。

 

 

「違うよ、ムイムイ。私はいつだってムイムイのことが大好きだよ。それでもムイムイの世界征服を否定するのはね……もったいないからだよ」

「……へ?」

 

 夢唯は砂名の口からどんな理由が飛び出してきても、それを打ち返すつもりだった。砂名のための世界征服を絶対に諦めないつもりだった。だが、砂名が言い放った『もったいない』という、場違いチックなワードに、夢唯は思わず目をパチクリとさせた。

 

 

「ムイムイは私の座右の銘を知っているよね?」

「……楽しんでこそ人生」

「そそ。私はさ、この世界が【人生】という名の同時接続人数78億人超の大大大規模MMORPGであるという説の敬虔な信者でね。1つ高次元にいるもう1人の私たちは【人生】でやりたいことがあったから、大金をはたいて、ゲームクリアまで何十年もかかる【人生】をプレイし始めた。だったら、【人生】に入り込んだからには、高次元の私たちが望んだように、充実した生活を送らなきゃもったいない、というのが私の持論でね。ゆえに私は『楽しんでこそ人生』という座右の銘を掲げて日々を満喫することを意識していたんだ。ちっちゃい頃からね」

 

 砂名は両手を大きく広げて意気揚々とした声色で己の論を語っていく。そうすることで今は砂名が話すターンだと夢唯に認識させ、夢唯に一旦、反論ではなく静聴のスタンスを選ばせた上で、砂名は主張を続けていく。

 

 

「【人生】は本当によくできた素晴らしいゲームでね。クオリティの高い、ボリューミーなメインストーリー・キャラストーリー・ミニゲーム・イベントが幾多も存在しているし、毎日ハイペースで新要素がアップデートされていく。こんな日々拡張されていく世界で、ムイムイ、君は霜月砂名のキャラストーリーだけをクリアして、それで『お姉ちゃんのキャラストーリーが【人生】の中で最もクオリティが高い』と判断して、【人生】の他の要素に一切目を向けないつもりなのかい? それはさすがにもったいないと言わざるを得ない! この世にはまだまだ楽しいことがいくらでも転がっているのに、見ようともしないんだから」

「……見ようとしなくて何が悪いのですか? もったいなくて何がいけないのですか? お楽しみ要素がたくさん詰まっているゲームだからって、すべての要素を経験しないといけないなんて義務はないですよね? ゲームの楽しみ方は人それぞれであるべきです。ボクがお姉ちゃんのキャラストーリーを最高だと思って、お姉ちゃんの素晴らしさを【人生】の他のプレイヤーに布教して、一体何が悪いのですか?」

「悪くはないよ、ただもったいないと思ってる。……私は最後の最後まで【人生】を全うする前に運悪く死んじゃったから、私のキャラストーリーはもうアップデートされない。いくらムイムイが私を欲したって、私はムイムイに応えてあげられない。ムイムイが私にすがったって、私がムイムイの頭をよしよしって撫でることもできない。私は【人生】的にはもう過去の人でしかなくて、どれだけ望んでも私はムイムイを幸せにできない。私は草葉の陰からムイムイを見守ることしかできない。……だからね、私はムイムイに違う生き方を見つけてほしいんだよ。私の代わりにムイムイを笑顔にしてくれる人を捜してほしいんだよ。その人たちと一緒に、ムイムイだけにしか紡げない、ムイムイらしさの詰まった至上のキャラストーリーを組み上げてほしいんだよ」

 

 砂名が【人生】ゲームを持ち出して夢唯を説得しにかかると、夢唯は敢えて【人生】ゲームという設定に乗っかった上で反論を繰り出してくる。しかし砂名は止まらない。夢唯の反論の内容を想定通りだと言わんばかりにさらなる論調を展開していく。

 

 

「違う生き方を見つけて、私のキャラストーリーを充実させて、それに何の意味があると言うのです? もうこの世にお姉ちゃんはいないのに。【人生】からお姉ちゃんが脱落してしまったのに」

「意味ならメチャクチャある! 中途半端な結果で【人生】を終えてしまって、不完全燃焼な1つ高次元の私の楽しみはもはや、妹のムイムイが持ってくる土産話だけなんだよ」

「――ッ」

「本当は私はメチャクチャ【人生】を満喫したかった。もっともっとやりたいことがあった。でも私の望みは今や叶わない。だからこそムイムイ、君に私の分も【人生】を満喫してほしいんだ。嬉しい突発イベントも、許せない【人生】の改悪アップデートも、悲しいキャラロストも、楽しい日常パートも。ぜーんぶひっくるめて【人生】をしゃぶりつくしてほしいのさ」

「お姉ちゃんの分も……」

「――っと、ごめん。私のことを盾にして卑怯なことを言っちゃったね。とにかく私の望みはただ1つ! ムイムイ、君に【人生】を楽しみ尽くしてほしい。もうアップデートされない私のキャラストーリーから目を離して、新しい世界を体験してほしい。明けない夜はないし、止まない雨はない。……お姉ちゃんの死という悲しいイベントが挟まってしまったけれど、まだまだムイムイの物語は始まったばかりで。ムイムイのまだ見ぬ個性豊かな仲間たちのキャラストーリーもまだまだ未開放なんだ。……だからさ、ほら。私のことは気にせず、さぁいざ行けムイムイ! その先に必ずや、ムイムイを決して飽きさせない、怒涛のごとき騒がしくも愉快な未来が、手ぐすね引いて待っているんだから!」

「おねえちゃん……」

 

 砂名は生き生きとした口調で、まるでわんぱく少年のようにニシシと笑みを浮かべて、ズビシッと人差し指を天に掲げてみせる。夢唯は、砂名の人差し指につられて空を見上げて。中途半端に崩壊している施設の天井越しに、夜空のきらめく星空を見上げて。自宅の屋根の上で砂名と一緒に見上げた澄んだ夜空を思い出し。なぜだろうか。気づけば、ポタリ、ポタリと涙を零していた。

 

 

「わわ!? ムイムイ、だいじょーぶ!?」

「……お願いがあるのです。いつものように、私を抱きしめてくれませんか?」

「やれやれ、大きくなってもムイムイは甘えん坊さんだなぁ。おいで?」

 

 夢唯が涙をこらえきれずにいる様子に、砂名が目に見えてワタワタとしている中。夢唯は涙を見られないようにうつむきつつも、砂名に望みを口にする。砂名に愛しい妹のささやかな望みを断る理由はない。砂名は軽く手を広げて夢唯を迎え入れる体勢を取り、まもなく夢唯が砂名の胸へと飛び込んできた。

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」

「よしよし」

 

 夢唯は砂名の服をギュッと握って胸に顔を埋め、砂名は所在なさげな左手を夢唯の背中に、右手を夢唯の頭に回して、慈愛を込めて撫でていく。そんな姉妹のスキンシップがいくらか続き、夢唯の涙が止まった時。砂名の中にすっぽり収まっている夢唯が一言、呟いた。

 

 

「……良い夢を見させてくれてありがとうございます」

 

 夢唯の淡々とした言葉に、砂名の姿をした士道は察した。やはり、姉をこよなく愛する妹を最後まで騙し通すのは無茶が過ぎたのだろう。

 

 

「一旦、停戦にしましょうか。もう、変装を解いても良いですよ」

 

 夢唯は名残惜しそうに砂名から離れて、砂名に告げる。夢唯の発言に応じるように七罪が士道に行使していた〈贋造魔女(ハニエル)〉を解除し、士道が元の姿に戻り。士道演じる砂名と夢唯との会話をずっと静観していた折紙・四糸乃・琴里・七罪・耶倶矢・夕弦・美九・十香・志穂が士道へと駆け寄る中。士道たちを見つめる夢唯は、いくらか落ち着いた表情をしている一方、その黒の双眸には哀惜の感情が色濃く残されているのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。最終的には夢唯に看破されたものの、砂名として夢唯に語りかけたことで、夢唯の心に少なからず影響を与えたことは間違いないだろう。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。どの時点で砂名が偽者だと看破したかは不明だが、砂名との語らいは、夢唯の心を良くも悪くも揺さぶったことだろう。

次回「世界征服の果て」


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