義妹、実妹。
甘く背徳に満ちたその響き。
食べ物ではない、呪文でもない。それは……。
12月16日土曜日。午前10時。
士道は天宮市の駅前広場でデートの待ち合わせ相手を待っていた。昨日の夜、夢唯から『やるべき後始末が終わったからいつでもデートできる』旨のメールをもらったからだ。そのため、士道は早速、夢唯からもらった名刺から夢唯に電話をかけて、デートの日時と待ち合わせ場所を決めて、かれこれ駅前広場で30分前から待機をしていたのである。
(にしても、昨日の夢唯……何か様子が変だったな。凄くぎこちない調子で話していたし、大丈夫かな?)
「おや、待たせてしまったですか?」
夢唯を待っている間、昨日の電話越しの夢唯の様子がおかしかったことに士道が思いをはせていると、士道の前方から声を掛けられる。士道が超えの元に視線を向けると、そこには白を基調としたモコモココートに黒のスウェット、デニムパンツで着飾った霜月夢唯の姿があった。これまで夢唯のセーラー服姿と、霊装としての教祖服姿しか見たことのなかった士道は、小柄な夢唯のファッションから醸成されている女性らしさに、しばし見惚れた。
「確かに少し待ったけど、気にしないでくれ。俺、こうやって待っている時間が好きなんだ」
「そうですか、無理をさせていないのなら良いのです」
いつまでも夢唯を凝視していたら不審に思われてしまう。士道は努めて普段の調子の声色に調整して、夢唯に返事をする。対する夢唯は、己がいつの間にやら士道を魅了していたことに気づくことなく、士道の言葉を素直に受け取り、士道を待たせてしまっていたことを申し訳なく感じる気持ちを引っ込めた。
「あ、あのー」
と、ここで。夢唯の背後からおずおずと姿を現し、気まずそうに手を上げる者が1人。淡いグレーのパーカーに青色のホットパンツで着飾っており、きちんと冬対策している夢唯と比べると明らかに寒そうな軽装をしている少女、霜月志穂である。
そう、夢唯とデートするにあたって、夢唯は1つだけ士道に条件を提示してきた。それが、志穂もデートに参加させることだったのだ。そのため今、駅前広場に3人が集結している。
「本当に2人のデートに私も混ざっちゃってだいじょーぶッスか?」
「気にすることはないですよ。来月ボクは志穂さんのクラスに転入するので、志穂さんと親睦を深める機会が欲しいと常々思っていましたし……何たって士道さんはあれだけ多くの女性を侍らせるほどの行動力と性欲の化身、つまりはケダモノですからね。2人きりのデートだなんて、いつ襲いかかって身ぐるみはがしてくるかわかったものじゃないですから。ストッパーとして期待しているですよ、志穂さん」
「は、はいッス?」
「おいおい、ケダモノって……」
「あなたがハーレムを築いていることは事実でしょう? 事情が事情なので理解はしているですが、それはそれとしてハーレム野郎は嫌いです。理解と納得は別物なのです」
志穂が己が場違いなのではないかと懸念していると、夢唯はジトッと士道を見つめながら、志穂の同伴をデートの条件に加えた理由を告げる。夢唯からの毒のある発言に士道が苦笑いをしていると、夢唯のジトッとした視線はますます強まり『嫌い』とまで宣言されてしまう。
「……」
士道は思わず、言葉に詰まる。今の士道は耳にインカムをつけていないし、付近に自律カメラは飛行していない。夢唯の士道への好感度の高さを知っている琴里が、此度のデートにラタトスク機関の援護は不要だと判断したからだ。しかしそんな裏事情など知る由もない士道は少々不安になった。はたして。目の前にいる、お姉ちゃんがとにかく大好きで、士道のことを嫌っているこの少女の好感度を稼いで、封印することができるのかと。
「ま、全員集まったことだし、行こうぜ」
「士道さんのお手並み拝見なのです」
「先輩先輩、今日はどこ行くんスか?」
とはいえ、これからデートを始めるというのに暗い顔をしていても何も始まらない。士道は気持ちを切り替えると、上から目線で下から見上げてくる夢唯と、ワクワクを胸にぴょんぴょん跳ねている志穂を伴い、駅前広場から出発するのだった。
◇◇◇
士道が夢唯&志穂を連れてきたのは、天宮市内の複合アミューズメント施設だった。スポーツからゲームまで幅広い種類の遊戯を楽しめるこの施設を士道が選んだのは、ひとえに夢唯の性格を考慮してのことだ。
これまでの夢唯の過去や言動を踏まえると、おそらく夢唯は自宅で完結する趣味を好むインドア派なタイプだ。そのような相手との初デートの舞台に外を選ぶからには、色んな施設を広く浅く幅広く練り歩くプランより、1つの複合施設にとどまってじっくり遊ぶ中で交流を深めていくプランの方がふさわしいのではないかと考えたのだ。
「ほぇー、おーきい建物ッスね……」
「壮観ですね」
「志穂はともかく、夢唯はこういう場所に来たことないのか?」
「ありますが、ボクの地元は田舎ですからね。こうも大規模な所は初めてです。柄になく気分が高まってきました」
「そりゃ良かった」
夢唯の趣味嗜好をまだ完全には掴み切れていないため、士道が選んだデート先を夢唯がどう反応するかは未知数だったが、興味津々で施設を見つめる夢唯の様子からして、士道が選んだデート先は正解だったようだ。士道は内心でホッとなでおろした。
それから、士道たちは施設で受付を済ませた後、様々な娯楽に興じ始めた。
「あー! またガターッス! うぅぅ、白いピンが強敵すぎるッス、奴ら全然倒せないッス! 何なんスかあの十傑集!」
「志穂。まだもうちょい手に力が入りすぎてるんじゃないか? ボールを投げるんじゃなくて、前に転がしてあげるって感覚でやれば、いつかあの憎きピンたちを倒せる時が来るさ」
「うー。ちゃんと士道先輩のアドバイス通りにやってるつもりなんですけどね、どうしてこうも上手くいかないッスか?」
「嘆くことはないですよ、志穂さん。あなたの代わりにこのボクが奴らを皆殺しにしてみせましょう。この瞬間が奴らの命日なのです!」
「ちょッ、夢唯!? 今のはやりすぎだろ!? ボールがピンに直撃するまで床に着地してなかったぞ!?」
「あ、ごめんなさいです。精霊のパワーを舐めてたのです」
ボウリングでは志穂が中々ピンを倒せず苦戦を続け、士道が志穂の上達のためアドバイスをする傍ら、夢唯は精霊になる前の己のボウリング経験を生かしてボウリングボールを前に転がす、もといピンに直接ボールをぶつけて派手にピンを弾き飛ばし。
「っとと。アイススケートはやったことあるから同じ要領でいけると思ったんだが、結構難しいなこれ」
「やれやれ。鈍くさいですね、士道さん」
「はぁ!? 片足でよくそんなスピード出せるな!?」
「もしかして士道さん、ボクが運動苦手だとでも思ってたですか? 確かにお姉ちゃんと一緒に遊ぶ時は大抵漫画やゲームにアニメを楽しんでましたが、ボク普通にスポーツできますよ?」
「そうだったのか……」
「やれやれ。鈍くさいッスね、士道先輩」
「え、もしかして志穂も実はローラースケートは超得意とか――って、セグウェイに乗ってるだけじゃねぇか!」
「くくくく、使えるものは何でも使うのが志穂ちゃん流ッスよ。これでビリ回避は間違いなしッス!」
ローラースケートでは志穂の提案により、一番最初に外周を5周した人が勝ちという勝利条件で、3人で緩く競争を始め。士道が中々ローラーシューズを使った移動に慣れず、バランスをとれずに苦戦を強いられる中、夢唯は悠々とローラーシューズで滑っていき、志穂はセグウェイに頼るという方法で競争を優位に進めようと画策し。
「ふぅ、こんなものですか」
「嘘だろ、2人がかりだぞ……!」
「そうッスよ。しかも夢唯先輩、目隠ししてるのに強すぎるッス! 勝てるイメージがまるで浮かばないっスよ!」
「仕方ありませんね。ワンサイドゲームはつまらないので、もう1つハンデをあげましょう。サーブ以外で、ボクの陣地でボールがワンバウンドしたら士道さんたちの得点で良いですよ」
「「ッ!?」」
「さぁ、精々ボクを楽しませるのですよ」
テニスでは士道&志穂 VS 夢唯という組み合わせで、かつ夢唯が目隠しをしているというのに士道&志穂ペアが劣勢に立たされてしまい。夢唯がまるで主人公チームに対峙する悪役のような凶悪な笑みを貼りつけつつ、更なるハンデを自ら背負いながら、2対1のテニスを満喫し。
「ランキング12位! 今、12位まで来てるッス!」
「志穂、この曲、間奏が45秒あるから少し休めるぞ!」
「マジッスか!? ふぃー、助かったッス」
「良いぞ、志穂! この調子なら全国1位も夢じゃない!」
「あと少し……でも私、この曲のCメロ自信ないッス。さすがにこのランキング上位相手に、Cメロを歌えない私じゃ勝ち目がないッス。……もはやこれまでッスね」
「志穂さん、諦めてはなりません。ボクが力を授けてあげましょう――【
「おぉ、ぉぉぉおおおお! 歌詞が、メロディーが、全部わかるッス! これなら、これならいける、もう何も怖くないッス! いくッスよ、これが私の渾身のCメロッス!」
カラオケでは全国採点機能をオンにして誰が最も良い順位を取れるかという勝負を行っていたところ、志穂が全国1位に迫りそうな歌を選んだことで、士道も夢唯も順位勝負の真っ最中だということを忘れ、それぞれの方法で志穂を応援し、志穂を全国1位に君臨させることに成功し。
士道たち3人は様々な遊戯を一体となって遊びつくした。段々とデートというより仲の良い友達とバカ騒ぎをしているだけといった雰囲気に変質していたが、今この時を楽しめることに越したことはない。ゆえに士道は敢えてデートの方針転換をせずに、夢唯と、志穂と、ひたすらに遊び倒した。
◇◇◇
「今日は超楽しかったッス! 士道先輩、夢唯先輩。2人のデートにご一緒できて本当に良かったッス!」
夕日が今にも沈まんとする夕暮れ時。複合アミューズメント施設で充実したひと時を満喫した士道たちは施設を後にし、天宮駅前広場のベンチに腰を下ろしていた。士道を挟んで右隣に座る志穂は興奮冷めやらぬ様子で、士道と夢唯に満面の笑みを見せる。
「俺も楽しかったよ。一緒に来てくれてありがとな、志穂」
「どういたしましてッス!」
志穂がいたからこそ、士道を嫌っているらしい夢唯とのデートが終始和やかに進んだのだろう。士道もまた、本日のデートのムードメーカーを担ってくれた志穂にお礼を告げる。
「……」
「夢唯、大丈夫か?」
「……あ、はい。平気なのです」
が、士道と志穂が歓談する一方、士道の左隣に腰を落とす夢唯は声を発さずうつむいたままだった。夢唯の様子が気にかかり、士道が声をかけると、夢唯はワンテンポ遅れてから顔を上げて、士道に軽く返事を返す。やはり少し様子がおかしかった。
「夢唯先輩、もしかして疲れちゃったッスか? ごめんなさい、私が振り回しちゃったから」
「別に志穂さんのせいじゃないですよ? どうかお気になさらず」
「そうはいかないッス! お詫びに何か奢るッス! 士道先輩、夢唯先輩のことをよろしくッス!」
「え、志穂さん……?」
自分のせいで夢唯に負担をかけてしまった。そのように思い込んだ志穂は申し訳なさそうに夢唯にぺこりと頭を下げて、そのまま夢唯のための差し入れを探すべく夢唯に背を向けて駆け出す。結果、志穂の背はどんどん小さくなっていき、夢唯の困惑の声が場にとどまるのみとなった。
「……行ってしまいましたね」
「あぁ、志穂はたまにああやって突っ走る時があるんだ」
「志穂さんらしいですね。……あの純粋さは、ボクにはちょっと眩しいのです」
「同感だ」
士道と夢唯は互いに顔を見合わせ、お互いに笑みを浮かべる。志穂を通して、思わぬ形でお互いの共通点が見つかったことが何だかおかしく感じられたからだ。
「……本当に良いのですか?」
と、ここで。夢唯が士道を見上げて問いかける。その眼差しはさっきまで笑いあっていた頃と打って変わって真剣で。士道も居住まいを正して夢唯に向き直る。
「ボクが世界征服と称してこれまでやってきた数々の暴虐。これらは、もしもボクが精霊ではなくただの人間であれば、速攻で逮捕されるレベルの大罪です。ボクは未成年ですが、それでも長い年月牢屋に囚われるレベルの罪を、ボクは犯したです。なのに、あなたたちラタトスク機関は、ボクの罪を看過して、ボクを封印して、ボクを元の人間に戻そうとしているです。殺す以外の方法で精霊の脅威を取り除きたいだけなら、例えば、ボクを封印した後でラタトスクの施設で監禁したっていいはずなのに」
「……」
「本当に良いのですか? 人の本質は変わらないものです。ボクの本質は、紛れもなく悪です。たとえ封印されて、〈
夢唯の瞳は不安に揺れ動いていた。かつて罪を犯した自分が幸せになっていい権利があるのか、その判断を士道に委ねているのだと、士道には理解できた。士道の答えは最初から決まっている。士道は、目の前の少女を救うために1週間前の激闘を凌ぎ切ったのだから。
「夢唯、いつも絶対に間違えない人なんて、きっとどこにもいない。今回はたまたま俺たちの方がほんの少しだけ夢唯より正しかったから、止めただけだ。これからも、夢唯が間違ったことをしようとしたのなら、俺たちは夢唯を想って、夢唯を止める。その代わり、もしも俺たちが間違ったことをしそうになったら、夢唯が止めてくれ。俺たちとは違う目線で世界を見ている夢唯だからこそ、気づけることもあるだろうからな。そうやって、お互いの足りない所を補い合って、支え合って……それが仲間ってもんだろ? だからこれでいいんだ。夢唯が今日みたいに楽しく生きることは、何も間違っちゃいない」
「……まったく、よくもこう歯が浮くようなことをつらつらと言えますね」
夢唯を安心させるべく士道が紡いだ言葉に。夢唯はしばし放心したように士道を見つめた後で、思い出したかのようにプイッと顔をそむける。
「悪い、仲間扱いが嫌だったか?」
不用意な発言で、夢唯の機嫌を損ねてしまっただろうか。士道が慌てて夢唯の顔を覗こうとした、その時。士道の唇に、不意に柔らかい感触が伝わってきた。いつの間にか夢唯の顔が士道の目と鼻の先にあって。夢唯の揺れる黒の双眸が士道の瞳を至近距離で射抜いていて。夢唯がキスを仕掛けてきたのだと士道は理解した。
刹那、体の中に何なら温かいものが流れ込んでくる感覚を士道は感じ取る。この感覚はいつもと相違ない、精霊の霊力の完全な封印に成功した時のものだ。これが意味することはつまり、夢唯は士道のことを――。
「何ですか、その目は? くれぐれも勘違いしないでほしいのですが、ボクは士道さんのことなんてこれっぽっちも好きじゃないのですよ? ボクはたった1日デートしただけの異性に夢中になるような、そんなチョロい女じゃないのです。ただ、ただ、ボクは――あなたという人を、お姉ちゃんの良き理解者として認めただけです。それだけのことでしかないのです」
士道から顔を離した夢唯は、ジト目で士道を見上げつつ、士道にどうにか己の好感度のことをバレずに済むようにとそれっぽい理由を並べ立てていく。一方の士道は、夢唯の言い訳に反応せず、ただ呆然とした視線を夢唯に返すのみだ。
「それで? ボクにキスされたくらいで何をいつまで呆けているのです? これまで複数の女性を堕とした実績を持つハーレム野郎が今さら純真気取ったってボクは騙されたりなんかしないですよ? ほら、さっさと下手くそな演技をやめるのです」
確かに、士道は夢唯からの唐突なキスに驚いたし、夢唯から好意を抱かれていたことを意外に感じていた。しかし士道の驚きは、次の瞬間には別の驚きに取って代わっていた。なぜなら、士道の目線の先。広場の隅にそびえる街路樹の陰に、桃色の髪を揺らしながら、士道と夢唯にビデオカメラを向けている志穂の姿があったからだ。
「いや、志穂が……」
「志穂さんが?」
士道が困惑のままに志穂の名を口に出し、夢唯が怪訝そうに眉を寄せつつ、士道の視線を追う。結果、2人の視線を注がれた志穂は、しばらくの間、まるで己が完璧に木の陰に隠れられているものと信じてそのまま微動だにしなかったが、士道と夢唯が志穂へと視線を向け続けていると、観念したかのように木の陰からひょいと飛び出し、後ろ手にビデオカメラを隠しながら、テクテク士道たちへと近づいた。
「夢唯先輩、緑茶買ってきたッスよ。これ結構美味しいんで、オススメッス」
「ありがとうございます」
「いえいえ。これで少しでも夢唯先輩が元気になってくれたら言うことなしッス」
「ところでどうしてボクたちを盗撮していたですか?」
「……ふぅ、バレてしまっては仕方ないッスね」
志穂は夢唯に緑茶のペットボトルを手渡し、何事もなかったかのように話を進めようとするも、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに夢唯が直球に質問する。すると、志穂はおずおずと後ろ手に隠していたビデオカメラを士道と夢唯に見せつつ、どこか遠い目をしながら、しみじみと語り始める。
「士道先輩、夢唯先輩。この現代、サブカル趣味にはお金がかかるものッス。興味のある作品を買って、いっぱい堪能したいといくら願っても、残機1の私は以前のように狂三先輩に時間を捧げて対価をもらうことができないッス。そんなただの学生となった私がお金を稼ぐ手段は限られていて、結局ある程度は欲求を我慢するしかない。そんな日々を強いられていたッス。……けれど、ある日。美九先輩が救いの手を差し伸べてくれたのです。先輩たちがイチャイチャしているシーンの撮影に成功するごとに、そのイチャイチャ具合に応じたボーナスを差し上げると約束してくれたッス。ふっふっふ、士道先輩と夢唯先輩とのキス動画を美九先輩に献上したら、どれほどたくさんのボーナスをもらえるか……ワクワクが止まらないッス!」
志穂はビデオカメラを大事そうに撫でつつ、己の事情を語っていく。志穂を見つめる士道の眼差しに段々呆れの感情が入り込む中、志穂を見つめる夢唯の眼差しに段々焦燥の念が入り込む中、志穂は2人の様子の変化に気づかず、にこやかな笑みを浮かべつつ、士道たちにクルリと背を向けた。
「そういうことなので、私はこれにて失礼するッス! 改めて、今日は先輩たちのデートに私も誘ってくれて本当にありがとうございました! とっても楽しかったし、美九先輩からのボーナスも確定したし、私は今、超幸せッス! では、また明日――!」
「――逃がさないのです! 【
志穂は士道たちにブンブンと勢いよく手を振って、全力疾走で士道たちの元から去ろうとする。直後、夢唯が弾かれたかのようにベンチから立ち上がり、今までの癖でつい封印されたばかりの天使の技名を口にする。夢唯による天使〈
「ちょぉぉおおおお!? 士道先輩に封印されたばかりなのに速攻で〈
「卑怯上等なのです! こちとら目的のためなら手段を選ばない悪辣女でしてねぇ……!」
志穂が眼前に音もなく出現した夢唯に驚愕の声を上げる中、夢唯は志穂のビデオカメラを奪うべく、思いっきり飛びつく。一方の志穂はビデオカメラを取られてなるものかと身をひるがえそうとして、結果として志穂と夢唯はもみくちゃ状態で派手に転んでいった。
「2人とも、大丈夫か!?」
士道もまたベンチから立ち上がり、慌てて2人の元に向かう。2人が予期せぬ怪我を負っているのではないかという士道の懸念は、2人が床に転がった状態で、しかしそれでもビデオカメラを掴んで自身の方へと引き寄せようと必死に競り合う姿を見たことで払拭された。
「無駄な抵抗はやめるのです! さっさとそのビデオカメラをボクに渡すですよ!」
「いやッスよ! これで録画した先輩たちのキスシーンは、私の希望ッス! 手放せるわけないじゃないッスか!」
「志穂さんの事情なんて知ったこっちゃないのですよ!」
「せ、先輩! 士道先輩! 助けてほしいッス! かわいい後輩がピンチッスよ!? どうにかして夢唯先輩から私を逃がしてくれないッスか!?」
「士道さん! ボクも一応、来月からあなたの後輩になるわけですが、まさか志穂さんだけに贔屓なんてしませんよねぇ?」
しばらくビデオカメラを巡って地べたでわちゃわちゃ争いを繰り広げていた2人だったが、ここで志穂は士道に助けを求め、夢唯は士道に不介入を要求してくる。当人たちは必死なのだろうが、士道は眼前の2人を見つめて、内心で思わず微笑ましく感じてしまった。
片や、砂名を殺してしまった加害者。片や、砂名を殺されてしまった遺族。
その両者が、今は何のわだかまりもなく、こうして遠慮なく交流できていることが、奇跡だと思えてならなかったからだ。
霜月志穂と、霜月夢唯。砂名を介して出会った奇縁ともいえるこの2人。
彼女たちを、士道はこれから幸せにできるだろうか。彼女たちがこれから先の未来を後悔なく進めるように、士道は手を尽くせるのだろうか。
「……志穂が話してた美九からのボーナスの件だけど、俺が今の2人の映像を録画して美九に送っても、ボーナスをもらえたりしないかな? 実は最近、欲しい料理器具があってさ」
「そんな、まさかの士道先輩がお金に目がくらんでご乱心ッスか!? 夢唯先輩夢唯先輩! いいんスか!? 士道先輩が私たちが争う様子の録画を撮り始めたようですけど、あっちを止めなくてもいいんスか!? 私たちは今こそ協力するべきではないッスか!?」
「士道さんとのキスシーンが外部流出するくらいなら、今の映像を撮られるくらいは許容してやるのです。いい加減、ビデオカメラを寄こすのです!」
「にゃああああああああああああ!!」
士道がスマホの録画機能を開始させつつ遠回しに夢唯側につく旨を志穂に伝えると、志穂はわかりやすく表情を絶望に染めた後にどうにか夢唯を懐柔しようと言葉を尽くす。しかし夢唯は聞く耳を持たず、志穂がギュッと掴んで離さないビデオカメラを奪うべく渾身の力を腕に込めていく。対する志穂は、ギャグめいた雄たけびを上げつつもビデオカメラを掴む手に必死に力を込めて、夢唯に抵抗し続ける。
(……え?)
刹那。志穂と夢唯によるビデオカメラ争奪戦の傍観者ポジションに収まっていた士道の視界が真っ白に染まった。駅前広場の光景が丸ごと消えて、何もかもが真っ白な空間へと変質する。いきなりの事態に困惑する士道の前に、艶やかな黒髪をたなびかせる長身痩躯のスレンダーな女性がふわりと降り立つ。
――私のかわいい2人の妹をどうかよろしくね、士道くん♪
その女性は、霜月砂名は。士道に一言告げて、太陽のような満面の笑みを残して、その体を白い世界に溶かして、瞬く間にその存在を消失させた。すると、士道の視界に色が戻り、駅前広場の景色が戻り、志穂と夢唯が熾烈な攻防を繰り広げている光景が戻る。
今のは何だったのだろうか。
一瞬だけ、白昼夢を見てしまっていたのだろうか。
士道は今しがた己が身に発生した不思議な現象の原因を考えようとするも、すぐに無粋だとして思考を放棄した。今のはきっと幻ではない。志穂と夢唯が仲良く戯れている奇跡だって目の前にあるのだ。亡くなったはずの砂名が少しだけ地上に舞い降りて士道に想いを託す奇跡が発生したって、何もおかしくはないだろう。
(――あぁ、後は任せてくれ)
士道は姿無き砂名に対して心の中で力強く応えると、未だ組み付き合っている志穂と夢唯の姿の録画を一旦やめて、物は試しと録画した映像を美九のスマホに共有してみるのだった。
死に芸精霊のデート・ア・ライブ 続章
夢想家精霊のデート・ア・ライブ END.
五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。夢唯から『嫌い』と堂々と言われたことで今日のデートだけでは夢唯の封印はできないだろうと想定していただけに、夢唯からキスをされる形で夢唯の封印に成功したのは非常に意外だったようだ。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。本来なら士道と夢唯の2人のデートの場に己が存在していることに困惑しつつも、呼ばれたからにはといった気持ちで、士道と、夢唯と、楽しい1日を全力で満喫しにかかった模様。
霜月
というわけで、続章が完結しました。幾多もの胸が痛くなる展開の果てに、本作オリジナル精霊たちの幸せな笑顔に何とかたどり着けましたね。
皆さま、ここまでの読了、誠にお疲れさまでした。