慕情届かねど   作:芦田 夏糸

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どうやらこの少年、諦めない様です。


 


第九話

肩をさり気なく抱き寄せようとする腕から逃れる為に、サクラは足早に行く宛ても無く歩き出す。

 

「んだよ、減るもんでもねぇのに」

「私の何かが減って、増えるから困るの」

 

 -それに、身体を許した訳じゃないの。

 

「安い女でもないし、只の私の気まぐれよ」

「…へぇ?」

 

‐気紛れなぁ…

 

サクラに追いつき、その横を並んで歩く雰囲気は余裕で満ち溢れている。

少年はこうした、サクラの心を見透かすような態度で揺さぶって来るのだ。

 

 -じゃあ、これはどうだ?

 

「えっ?」

 

不意に手を掴まれ、指を絡められる。

驚いて腕を引こうとするが、ガッチリと少年の指に固定されてどうしても動かせない。

この時代では何と呼んでいるかは、分からないが。

サクラの時代では、通称[恋人繋ぎ]と言われ囃される何とも甘ったるい手繋ぎなのだ。

 

「ちょっと、強引過ぎ!」

 

怒りたいのも山々であるが、悪戯な笑顔を目の前にすると気持ちが空回りする。

甘えられているのか、それとも別のものなのか。

半々である事は百も承知であった。

しかし、これ程まで押され続けてみると、疑心暗鬼になりそうな自分もいる。

サクラの初心な所を見つけては、喜んでいる気がして成らない。

舐められているのでは無いかと思えてくるのだ。

 

サクラは少年を疑いたくは無い。

だが、追い続けてばかり居た身としては、追われる事がどうしてもムズ痒くて仕方が無い。

 

少年は フンっ と、嬉しそうで恥ずかしそうな表情で、鼻を鳴らして手を握り返す。

 

「こう云った場合は、手を繋ぐんじゃないのか」

 

どうやら以前苦し紛れに言っていたサクラの言葉を覚えていたようだ。

 

 -それに、これは俺の[気紛れ]だ。

 

「お姉さんは気にしなくていいぞ」

 

そう言ってどこか勝ち誇った様子で、得意気にしてみせた。

その表情と雰囲気に、まだ甘酸っぱい匂いが漂っている。

ああ見えても年下好きである師匠の綱手は、コレを見ていたのならニヤニヤと下衆の極みなる視線を投げてくるだろう。

 

サクラも、少年の癖の強い髪をグシャグシャになるまで撫で回したくなる衝動を抑えるので精一杯だった。

ギュッと抱きしめてやりたくもなる。

 

(ダメダメダメ!そうなったら少年くんの思う壺よ!!)

 

先程も言った通りに[何かが減って、増える]のが困るのだ。

それは少年への愛おしいと思える感情が増えていったり、同年代の少年達に何も思えない、感情を抱かない、つまりは年下好きになりそうな証拠でもある。

 

(大体、頭を撫でて。また変な空気にされて押し流されたら、もう戻ってこれなくなるかも知れないじゃない!)

 

そうなってしまえば、サクラだって黙っては居られない。

しかし、この場合、一番黙っていられないのはナルトだったりする。

無論、未来にいるうちは一族の彼だって、絵の才能を持っている彼だって気分を害するだろう。

何せ自分等の知らない所で、自分達の全く知らない[年下]の男と合い、親愛ならぬ別の感情まで育てられているのだ。

 

「…あの大きな木までだからね」

 

 -あそこまで行ったら手を話す事、いい?

 

幼い子供に言い聞かせる様にして、サクラは空いている手で大きな桜の樹を指差した。

少年は不服そうであったが、手を握っているだけでも少しは満たされているので文句は言えない。

桜の樹が近づくにつれ、サクラは[時間]が迫ってきている事に気がついた。

もう未来に戻らなくては成らない。

樹の下へたどり着くと、サクラは少年に手を離すように促す。

 

「ほら、約束でしょう」

 

(もう、時間がないわね…。急に消える所をまた見られたら、その術を教えろとか無理な事を言ってきそうで怖い…)

 

少しの間ではあったが、キツく握り締められていた掌は、どちらの物か分からない汗で湿っていた。

一瞬、手を離す前に グッと 強く握られ。

惜しむようにして、手が離れていった。

 

「なぁ。また、お姉さんはさ、ここに来る事は有るのか?」

「私はいつだってこの辺りを、フラついてるでしょ?少年くんが見つけてくれるなら会えるんじゃないの」

「明日…いや、後、一週間はここを歩くのは止めておいた方が良い」

 

少年は向こうの景色を見る様にして、顔を背けた。

それはまるで、サクラに表情を見せない為にも見える。

 

「明日、何があるの」

「何も無いといいが…」

 

どうも少年の話から血の匂いがする。

つまりはそう言う事であった。

 

この辺りは近い内に戦場になる。そう、言いたいのであろう。

 

「そう・・・」

 

サクラは短く返して、小さく手を振った。

少年はサクラの動く気配を感じたのか、顔を此方に向けて、そして同じように手を振った。

 

「それじゃあ。またね」

「ああ。お姉さんも」

 

 -元気で。

 

 

ふと、考える事がある。

この記憶の共有である時間旅行は一体いつまで続くのだろうか、と。

古びた紙に、増えていく字。

それらを眺めながら、サクラは指で字をなぞる。

 

何度も、何度もその動作を繰り返す。

 

綱手に『下手』と一蹴りされたその字は、増えていく毎に、丁寧な、サクラでも分かる程に綺麗な字になっていった。

殴り書きであった事が嘘の様である。

 

(もし、少年くんが書いた手紙なら…)

 

どの様な形で終わるのだろうか。

最後の文が書かれたのなら、何が終わり、何が始まるのか。

 

(どんな内容?)

 

図書館の一室で、サクラは灯りも付けずに暗い中、激しく降り続ける雨音を聞きながら思いに耽った。

 

 ・ ・ ・

 

(嘘…)

 

お気に入りであったピンクのギンガムチェック柄の傘が見当たらない。

雨の日だからと、数ある傘達が詰め込まれた傘立ての中に見慣れた色も、形も無かった。

 

途方に暮れたサクラは忌々し気に、土砂降りの空を睨む。

よりによって、本の貸出最終日に何故こんな天気なのか。

本が濡れない様に持ってくるだけでも、大変だったと云うのに。

 

(読み終わってたのに、ギリギリまで返さなかった私も悪いけど、盗んだ方も悪いわよ!)

 

 -本当に誰よ、こんな事したの!

 

サクラは気合を入れて、玄関ホールから出ると、そこに普段図書館で見かけない後ろ姿を見つけた。

彼は特別本を借りて読むタイプでは無かった筈だ。

それよりも、ナルトと同じで外で修行をしていた方が良いと云う。

 

サクラはその人物に近づいて、声をかけた。

腕を組んで壁に寄りかかり、目を瞑って俯くその姿を里の女性達が見たのなら、頬を赤らめチラチラと盗み見るか、黄色い声を上げるだろう。

サクラが近づくと気配に気がついたのか、黒曜石の瞳が彼女を見た。

 

「サスケ君。どうしたのよ」

「…俺が図書館に居て悪いか」

 

サクラの聞きたい所は、そこではない。

図書館は中には入り、本を読む為の施設だ。

玄関先の壁に寄りかかって、目を瞑るものでは無いのだ。

 

「なんか、珍しいなぁ…って思ったの」

 

サクラは日常的な会話をサスケと交わしていると、近頃不思議な気分になるのだ。

昔はあんなに嬉しかったサスケとの会話も、今は舞い上がる事なく落ち着いて出来る。

それは喜んでいいのか、悪いのかさえ判断出来ないのだ。

 

サスケはサクラをジッと見て、漸く口を開く。

 

「傘、どうした」

「え、いや。そのぉ…」

 

素直に[盗まれました]とは言えないだろう。

困り果てるサクラに、サスケは壁から離れ、何かをサクラに差し出す。

 

「やるよ」

 

 -使って帰れ。

 

それは藍色の傘だった。 

骨組みの多いその傘は見るからして頑丈そうである。

しかし、サクラは戸惑いをみせるばかりで受け取ろうとはしない。

 

「でも、サスケ君のは。自分のだったら使って帰りなよ。私は良いの。雨が止むまで、図書館に居るから…」

「馬鹿。今日は雨は止まないぞ。天気予報見てないのか」

 

馬鹿と言われ少しショックを覚える限り、まだサスケを思う気持ちが何処かにあるのかも知れないと、呑気な事を考えて今の状況から離れたかった。

素敵なシュチュエーションだと夢見た展開も、素直に喜べない。

 

ズイっと差し出される傘に、恐る恐る手を伸ばして、そして、手を引っ込めた。

サスケの手に触れそうになった瞬間に、少年の顔がちらついたからだった。

 

「やっぱり、良いわ…。傘の貸出もやってるから、それ、借りるね」

 

 -だって、サスケ君に悪いわ。私なんかが、傘使っちゃ。

 

サスケが苦い顔をして、傘を開いた。

何をするつもりだろう。サクラはそれをキョトンとして見ていると。

強引に腕を掴まれてた。

 

「きゃっ!」

 

蹌踉めきながら、傘の中に入ると横にいたサスケが フンッと鼻を鳴らす。

少年を思わすその仕草や態度に、思わずドキリとしてしまう。

 

(会った時は逆だったのに)

 

サスケに似た少年に、サスケを重ねていた最初の頃。

今では、少年の面影をサスケに求めてしまう。

 

(そんなの、サスケ君に失礼よ)

 

だから、サクラはサスケに距離を置きたいのだ。

そんなサクラの考えを知らずに、サスケは歩き出した。

大きな藍色の傘は二人が入っても充分、濡れないで歩ける。

まるで、その為に持って来た様な傘であった。

 

この姿をいのに見られたサクラは、お説教をされてしまうのだ。

 

『あんた!結局どっちなのよ!!』と。

 

 

未来とは逆に、此方は快晴だ。

ギラギラと照りつける太陽に、身を焼かれながらサクラは深呼吸をした。

夏が終わり、台風到来の時期に入った未来で深呼吸をすると、ジメジメとした空気まで吸い込んだ気になって嫌になる。

換気もろくに出来ない場所なら尚更だ。

 

少年と合わない日が、ここ何日か続いていた。

一週間どころの話ではない。

パタリと、あの日を境に姿を見せなくなったのだ。

 

何が原因だったのか分からない。

しかし、あの手を離す瞬間と、少年の何処か哀愁漂う姿が。

あの日の夕暮れに重なって、サクラの脳裏に焼きついている。

 

(何かあったのかしら…。まさか、ね)

 

考えないようにはしているが、戦場と云うモノは過酷で子供も大人も関係が無くなる試練の場だ。

あの少年の身に何かがあったとは、思えないが、有り得ない事は、いつ有り得ても仕方が無い。

悪い想像がいつの間にか、現実になる事は多い方である。

 

背伸びを一つすると、サクラは腰に手を当てた。

今日は陽が随分と高い位置にある。

まだ少年が来るには早い。

彼が来るまで、そこいらを見て回ろうと考えていた。

 

川に沿って山を下って行く。

服装が服装なので、人の様子を近くで見たり、村へは入れないが。それでも充分楽しめそうだ。

サクラは鼻歌交じりの、軽い足取りで機嫌の良さが伺えた。

 

真上にあった太陽が傾いたあたり。

サクラは獣道から人が歩く為に整えてられた道を見つける。

長い間歩いていた気がする。

 

(少年くん、私を見つけられるかな?)

 

少し心配になり、足を止め草蔭から道を見ていると、丁度、笠を深く被り大きな荷物を背負う男と、何かを風呂敷に包んで抱える女が、走り抜けて行くのを見た。

女が玉のような汗をかき、髪を乱して身形を気にしない姿で走る。

何かから逃げている様だ。

 

(何かしら、…焦げ臭い?)

 

微かでは有るが、風に乗って何かが燃える匂いが飛んできている。

それは、男女が来た方向からであった。

 

(戦闘があったみたい。いいえ、今も続いている)

 

少年との血の匂いがする会話が、思い返される。

だが、あれは何週間も前の話だ。

 

男女が走って行った後も、様々な成りの者達が過ぎていった。

共通する部分は、皆荷物を抱え、家族連れであったり夫婦のような者であったり。

人の多さからして、村か小さな町単位で逃げているようだった。

 

この世は未だ戦国時代である事を、サクラは実感する。

人々は生き延びる事に必死なのであた。

逃げる人々の中に、姉妹とその母親らしき者達が過ぎようとしていた。

 

が、頭を赤い紐で結った小さな女の子が、姉と思わしき少女の手を振り払い人の波を逆行し始めた。

少女が何か叫んだ。

女の子の名前であろうか。

 

「忘れもの!」

 

女の子はそれだけ言うと、来た道を走りだした。

母親と少女は人の波を掻き分けて、女の子の後を追おうとするが、人にぶつかり怒号が飛ぶばかりで距離は離れていくばかりだ。

声が裏返りながらも女の子の名を呼び続ける二人に、サクラは居ても立っても居られなくなった。

 

草陰から飛び出し、泣きながら女の子を追おうとする少女に呼びかけた。

 

「待って!私が追いかけるわ!」

 

 -あの子の名前を教えてちょうだい!

 

突然不思議な格好をした女性に話しかけられ、ポカンとしていたが、その目の力強さに少女は早口で伝える。

 

「お葉!お葉っていうの!」

「お葉ちゃんね。分かったわ!この先にある大きな桜の樹の下で待ってて!」

 

サクラが走り出すと背後で少女の声が聞こえた。

 

「お葉はお気に入りの人形を取りに帰ったのよ!きっとそうだわ!!」

 

荷物が多く、必要最低限の物しか運び出せなかったのだろう。

女の子は人形が気になって帰ったのだ。

 

サクラは人の波を縫うようにして走った。

風が耳元でビョウビョウと鳴る。

 

煙とその下で轟々と燃える炎が見えてきた。

逃げ出す者とも擦れ違わなくなり、刀傷での出血や、返り血で汚れた男達が増えていく。

皆鎧を着込んで、武装をしていた。

 

まだ火の手が無い家々を覗いては、女の子の名を呼び続ける。

 

「お葉ちゃん!居たら返事をして!」

 

放たれた炎の熱に喉を嗄らされながらも、サクラは名を呼んだ。

すると、ある長屋の一室から鳴き声が聞こえる。

もう火の手がすぐそこまで来ていた。

 

向かい側の柱が倒れ、鳴き声のるす一室の戸を塞いでいる。

これが原因で出れなくなったのだろう。

サクラは柱を蹴り飛ばし、中に居るであろうお葉に呼びかけた。

 

「お葉ちゃん!そこにいるのね!待ってて、今開けるわっ!」

 

 -扉から離れてて!

 

肩で戸を撃ち破ると、部屋の隅に桃色の髪をした女の子が、人形を抱えて泣いていた。

姉の名をを呼んで、助けを求めていたのだろう。

声がガラガラになっていても、それでも、女の子は助けを待っていた。

 

「大丈夫よ、もう大丈夫」

 

女の子を包み込む様にして、サクラは女の子を抱き上げた。

母親の物であろう着物を抱きしめていたので、火の粉よけとして、それに女の子を包む。

 

嗚咽が止まらない女の子の背を叩きながら、サクラは土居にある水瓶の中にあった水を全て頭から被った。

これで少しは炎の熱に耐えられるだろう。

 

「お母さんとお姉ちゃんの所へ戻ろうね!」

 

部屋を出る前に女の子を元気付ける為、包んだ着物の中少女に微笑みかける。

女の子は漸く泣き止み、唇を噛み締めて頷いた。

 

「いい子」

 

サクラは母親の様な温かい笑みを浮かべ、そして、外を睨みるける。

ここからが本番だ。

この炎を放った者達がそこまで迫ってきているだろう。

何よりも、外から聞こえる断末魔や勇ましい声を聞いている限り、戦闘は激しくなっている。

通れた道も通れなくなっている危険性があった。

 

(さて、磨きをかけた感知は役に立つかしら)

 

チャクラコントロールの良いサクラは、バランスタイプになろうと努力を怠らなかった。

幻術タイプ、攻撃タイプ、医療タイプとコロコロと変わった事も意味の無い訳では無かったのである。

 

長屋の半分は焼け落ちていた。

サクラ達がいた部屋の二三部屋前まで迫っていたのだ。

 

サクラは全力で来た道を引き返した。

しかし、大きな戦闘が道の途中から始まっており、見つからずにまた違う小道へと入っては戻り、入っては戻りを繰り返す。

 

(駄目!火がっ!)

 

炎が大きな壁となり、サクラ達の前へと立ちふさがって中々思うように町を出れない。

もう一度引き返そうとした時、後ろから鎧の擦れる音を男の太い声がした。

 

「貴様!どこのくノ一だ!!」

 

(しまった!!)

 

刀を持った鎧の男がサクラを指差し、怒りに満ちた表情で道を塞いでいた。

今の彼は見方以外、全てが敵に見えているのだろう。

一般人も切り捨ててしまいそうだ。

いや、もう切っているかも知れない。

 

「くっ!」

 

自慢の怪力を使いたくとも、腕の中の女の子の事を思うと、思った通りに動けそうもない。

ジリジリと距離を詰められ、サクラは壁と燃え盛る炎まで追い詰められてゆく。

 

(ここは、強行突破をするしかっ…)

 

切られても良いと覚悟を決めて、サクラは足に力を込めた、その時だ。

 

「お姉さん!」

 

懐かしい声がしたと思えば、目の前にいた男が横へと蹴り飛ばされる。

男が壁に撃ち当たると、壁にのめり込んだ。

打ちどころが悪かったのか、そのまま、ピクリとも動かなくなる。

 

「何で此処に居るんだよっ!」

「少年くんっ…!」

 

少年は首元が大きく開いた黒い服を着込んで、腰に太い帯を巻き、それに何本も苦無や刀を差していた。

それは少年時代のサスケが着ていたうちは伝統の衣装と似ているものだった。

元々アレは戦闘服であり、普段着として着ていられるモノだったのだろう。

それはさておき、サクラは女の子を抱きなおす。

 

ピリピリとした雰囲気でサクラに歩み寄ると、腕の中にいた女の子を見てハッとする。

 

「妹、か」

 

サクラは返事を返さない。

ここで、妹だと嘘を付いても、違うと否定しても過去の事実を曲げているかも知れない行動を認めたくなかった。

どこか少年は思い詰める様な表情をした後、サクラに背を向けた。

 

「…ここから出る道を案内してやる」

 

 -付いてこい。

 

炎が行く手を阻み、そこいら中で戦闘が起きている抜け道を教えてくれる様だ。

少年の背に染め抜かれたうちはの紋を見て ああ、やっぱりそうだったんだ。 と、冷静に考えているサクラがいた。

 

 ・ ・ ・

 

戦場の騒がしい音が遠ざかった辺り、サクラと少年は一息付いた。

腕の中の女の子を地に下ろすと、大事な人形を抱え直して鼻を啜る。

 

「ここまで来れば、後は逃げれるだろう」

 

この小高い丘に来るまでに、何度も敵らしき者達に遭遇した。

その度、少年は身の丈に合わない刀を振るい、得意の火遁で焼き尽くした。

サクラもフォローに入り、少年が背後を取られそうになった瞬間、一瞬で練り上げたチャクラと片腕に込めて敵を打ちのめす。

その後も少年の後ろに立ち、豪腕を発揮した。

 

一度も合わせた事がない筈の連携。

しかし、互いに何を考え、次に何を行動するのかが、手に取るように分かった。

 

「有難う…」

「いや、すまねぇ」

「どうして謝るの」

「アンタの町を燃やした。戦場にしたんだ」

 

サクラと目を合わせまいと。唇と噛み締める。

自分が下した判断では無いはずだ。

それに、彼は一族の一人でしかない。

 

戦場に出れ、大人と看做されても。

結局の所は子供なのだ。

大きな決定権は無いのは明らかである。

 

煤で汚れた顔を、細い指で何度も擦る。

何時もの白い少年の肌が見えて、少し安心感を覚えた。

 

「いいの…。生きていればこそよ」

 

 -町も、人が居ればまた作れるわ。

 

それは、復興に力を入れ、他里との交流を深めようと。

新たな忍界を築き上げようとする、者達の言葉である。

しかし、少年は納得のいかない様子で、サクラの肩を掴んだ。

 

「じゃあ、何で泣いてるんだよっ」

 

サクラは驚いた。

泣いていたのである。

少年に指摘されるまで、気がつかなかった。

 

何故泣いていたのか。

次の瞬間に、感情が訴え始めた。

直感だった。

バクバクと脈打つ心臓を抑えるようにして、サクラは息を詰まらせた。

 

「もう、会えないと思ったっ…」

 

それは真実であり。

飾らない、そのままの言葉だった。

 

それを聞いた少年は、グッと堪える表情から、力を抜いて。

肩にかけていた両の手を上げ、そっとサクラの頬を包んだ。

 

傷の絶えない、それでいても綺麗な指の腹でサクラを伝う涙を拭う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ごめん。こっちで色々とあってさ。集落から出れなかったんだ」

 

 -アイツとも会えなくなったよ。

 

折角仲良くなった友達とも、別れてしまった事を告げられた。

少年は弟に後を付けられ、その友人と修行していた所を見られてしまったのだと云う。

 

「アイツ、俺ら一族が敵対してた一族だったんだよ。でもな、俺知ってたよ。多分アイツも知ってた」

 

自分が可笑しいと言うようにして、少年が笑った。

全てが上手くない方向へと進む、自分の運の無さを嘲笑っているようだった。

 

「でも、見られたのがアイツとの修行で良かった。もしお姉さんと乳繰り合ってるの見られてたら、一生弟と話出来なくなる所だったぜ」

 

そこで、ニヤリと何時もの悪巧みを考えている、してやったニヒルな笑みをみせると、サクラも思わず吹き出す。

 

「なんで、そうなるのよ。大体、ちちく…もう良いっ!」

「んだよ…。最後まで言えって」

「馬鹿にされのるが、嫌だからよ」

 

緊張が解け、つかの間の再会を二人は噛み締めた。

何時もの様に、揚げ足を取ったり、取られたりを繰り返し、時々、冗談を交える。

しかし、町の方向から大きな爆発音が鳴り、地が揺れると少年は顔を引き締めた。

 

「俺は行く。戻らねぇと」

「・・・ねぇ、また会える?」

 

ドラマで見る野暮ったい、何とも有りがちな言葉だと思っていた。

しかし、本当にその場になると、出てきてしまう言葉なのだとサクラは思い知った。

少年は何かを堪えるようにして、困ったように笑った。

 

「いつかは、分からない。でも、また会いに来る」

 

 -いや、迎えに来る。

 

「絶対に」

 

二人は両手を絡め合い、強く握った。

燃える紅い瞳がサクラを射抜く。

サクラはその目を見て思う。こう言う表情まで、彼と同じなのか、と。

自分は向けられた事の無い、熱い思いの篭った目であったが。

もうコレが最後かも知れないと、その目を見つめ返した。

 

「迎えに来るの?」

「ああ、絶対に。古株のジジィ共が決めた規律なんて知るかよ」

 

「私おばさんになってるかも」

「おばさんになっても、お姉さんだったら俺は構わない」

 

「その内、少年くんにも違う好きな人が出来るかもよ?」

「言っただろ。お姉さんじゃないと意味が無い」

 

「…許嫁とかいないの?もし私が、受け入れられなかったらどうするつもり?」

「偽装婚でも何でもしてやらぁ。その時はお姉さんを俺が囲う」

「[囲う]って…宛ら私は少年くんの愛人ね」

「強い男には女の陰が付きもんだって、お姉さん知らないのか?」

 

口端を上げ、余裕ある笑みを浮かべるそのふてぶてしさに、サクラは安心した。

 

「でも、まだ、私は少年くんに捕まった訳じゃないのよ?」

「チッ、落としたと思ったんだけどなぁ」

「もう少し腕を上げてきなさい」

 

格好をつけて年上らしく言ってやれば、少年が背伸びをした。

触れるだけの口付けに、サクラは真っ赤になる。

 

「嘘つけ。初心な癖に」

 

してやったぞ。そんな顔で少年は顔をクシャりとさせて笑った。

サクラが睨みつけても、彼は愉快そうにニヤニヤしている。

 

絡めた手を二人は名残惜しそうに、ゆっくりと解き。

サクラは[何時もの様に]手を振った。

 

「…じゃあね」

「…おう」

 

ぶっきらぼうに返される[何時もの]返事を返し、少年は振り返らずに町の方向へと走って行った。

心の風穴が寒い。

ふとブラリと垂らした手に、温もりを感じると、女の子がサクラの手を握っている。

ああ、この子を返さなくては。

サクラが無理に笑顔を作ると、女の子は幼いながらも思っていた事をサクラに直球で伝える。

 

「おねいしゃん、あの人のことスキなの?」

 

まだ呂律の回らない女の子の問いに、サクラは熱くなる鼻を啜りながら応えた。

 

「ええ、好きよ…」

 

 -今までに無いくらい。

 

それは、母性か異性のモノか。

サクラは気づいていても、それを見ないようにする。

足掻いても、少年に会えなければ意味の無いものだと分かっていたからだった。

 

 

いのは怒っていた。

あの愛傘はなんだと。話が違うじゃないか、と。

 

『あんた裏切ったわねぇ!』

 

言葉に刺があっても、いのはどこか嬉しそうだった。

それでこそ、恋のライバルだと言いたそうな満足気な顔をしていたからだ。

 

(全く、いのも素直じゃないんだから)

 

 -それは私も同じね。

 

 

分厚い古書を捲りながら、字の一つ、一つを解読していく。

どんな内容なのか、嬉しいような、悲しいような複雑に感情が絡み合う。

 

最後と思える文であるそれを、含めて解読が終わり。

もしやと、読み直す。

 

そして、現れた文に、サクラは息を詰まらせた。

 

 

 

 

 お姉さんへ

 

 あの時は世話になった。

 

 不思議な人だ。

 

 何時も何処から現れて、何処へ消えるのか分からない。

 

 初めてあった時から、薄々気がついていた。

 

 貴方は俺の知る世界の人じゃ無いんだって。

 

 俺が貴方に思いを伝えようとしても、それを感じ取ったように居なくなっちまう。

 

 だから、俺はこれを貴方に渡す為、伝える為に。

 

ここに閉まっておこうと思う。

 

 

 

 

 

気づいていたのだ。

少年は、サクラの全てに。

 

(馬鹿…)

 

サクラは自分の甘い考えを悔いた。

少年を子供扱いしながら、本当に子供だったのは自分の方だったからだ。

いつか会えなくなるかも知れない、タイムリミットを感じながら、少年は思いのままをサクラにぶつけていた。

違う世界だと分かっていても、諦められない程にサクラを想っていたのだ。

 

サクラは丁寧になった字をなぞる。

 

この手紙をどんな思いで書いたのか、少年の思いを少しでも感じ取るように。

声を押し殺し、泣きたくて、愛おしくて笑ってしまいたい程。

 

 

奇妙な感情に悩みながら。

 

 

 [少年編・完]

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