サクラはこの青年に二つの意味で、見覚えがある様です。
第一話
サクラが資料庫・零番資料室に籠らなくなって一週間経った。
資料室へは籠らなくなったが、古びた紙を眺めてため息をついている姿を目撃される事が多くなる。
ナルト達は一楽のカウンター席に座り、何時になく重々しい雰囲気が漂っていた。
「なぁ。サクラちゃんの持ってる紙って、南賀ノ神社の隠し扉にあったんだよな」
ナルトがあの日の事を思い出しながら、小さく呟く。
あの日はサイが別任務の為、留守だったので、三人で南賀ノ神社の瓦礫撤去をしていた。
他にも人を連れて行くかとナルトに聞かれても、サスケは顔を顰めるだけで不機嫌である事を露骨に出していたので仕方が無く[七班]のみで行う事に。
その時、サクラが見つけた謎の[汚い字]で書かれた謎の手紙。
何か重要なモノなのではないかとサクラが綱手に見せた所、只の汚い紙だと切り捨てられたあの紙だ。
「あれ見つけてからさ、サクラちゃん。ちょっと様子が可笑しくなったよな」
「…俺の所為だって言いたいのか」
「何でそうなるんだい?サスケって被害妄想が酷いよね」
イライラしているのか、棘のある言葉で刺激し合い。
そしてまた苛立ちを募らせる。
サイに至っては通常運転であるのは、言うまでもない。
「サスケの所為じゃねぇってば。でも、あの紙になんかヤバめの術とか、かかってたりしねーのか、とか…」
「それって、綱手様に調べてもらったんじゃないの?」
「うーん…。手に取って、手紙の内容は見た時は何にも…」
腕組みをして考えていますアピールをしているが、横にいたサイに、馬鹿が考えてもしょうがないよ、と悪意なき毒を吐かれている。
「あら!七班の皆さん、お揃いで」
「おっ、噂したら本当にいたな」
「久々にラーメン食べに来たよー!」
第十班の三人組が、一楽の暖簾を潜り空いている席に腰を下ろした。
七班のお馴染みの店が一楽ならば、十班の集まる店は焼肉屋である。
珍しい事もあったものだ。
「やっぱりサクラは居ないの…」
ため息をつきながら、然りげ無くサスケの隣席へと座る。
シカマルが座ろうとしていたのを、手で払い除ける動作をしてまでもだ。
仕方が無しに、サイ隣席へと移動する。
「[やっぱり]って、予想はしていたんだ」
サイが小さな声で呟く。
隣にいたナルトとシカマルはしっかりとその言葉を聞いた。
「もー、私も親友の情報は他人に流したくないけど。流石に心配で」
「えっ!?心配って、何かサクラちゃんにあったのかよ!」
「いの、その話を詳しく聞かせてくれないか」
今まで黙っていたサスケが口を出す。
するといのは、顔を赤らめてサスケの腕に絡みながら焦らしながらも話してくれた。
「なんか、年下の子に[猛烈アタック]を受けて、かなり揺れてたみたいなの」
「と、と、と、年下!?」
ナルトが ソイツはどこの何奴だ!と大声を上げて椅子から勢い良く立ち上がるのを、サイが服を掴んで止める。
「ちょっと、熱くならないでよ。話続けるからね」
-その子って、もう凄くマセてるのよぉ。
聞いてるコッチが恥ずかしくなる程サクラに懐いてて、落とそうとしてくるんだって。
サクラも綺麗な避け方を教えて欲しいって、百戦錬磨の私からのアドバイスを求めてたのに。
最近は満更でもなくなったみたいで「年下って、可笑しくないかな?」とか、言う始末だったの。
「でも、私がサクラを見てても、その[猛烈アタックの少年]は、…一度も見た事が無いの」
「それって、山中さんがタイミングが悪かった訳じゃ無いんですか?」
「サイ君。私達って貴方が思っている以上に付き合いが長いのよ?週末は一緒に遊ぶ事だって多いし。何より、その猛烈アタック少年の容姿を事細かに聞いてるの。でもね、其れらしき子は、見た事無いって訳」
-サクラの周り、でもね。
何故だろうか。
サクラの恋バナから、肩が冷え込んでくる内容の物になってきている気がして成らない。
ナルトはブルリと身体を震わせた。
「で、信憑性は零に近いけど、その少年って、幽霊かも知れないって思ったのよ。詳しく話せば、また長くなるけど」
「構わない。話してくれ」
サスケが早く話すように急かした。
絡んだ腕の事よりも、サクラの情報が欲しかった。
-資料庫とか資料室とか、最近よく篭るじゃない?図書館の書庫にも篭るよの。
私がたまたま、本を借りに行った時、サクラは古書の部屋に居たの、途中まで一緒にいたから分かるわ。
私はお料理の本を見たいから、別れた後、サクラの意見が欲しくって本を持ったまま古書部屋へ行ったわ。
そこで、大きな悲鳴が聞こえたの。…それも、黄色い悲鳴ね。
黄色い悲鳴。それを毎日受けているサスケは顔顰めた。
五月蝿い事この上無いからだ。思い出しても、鼓膜が痛む。
-何事かって、私は部屋に飛び込んだわ。そしたら、そこにはサクラが居たの。
『何があったの!?』私は床にへたり込むサクラに駆け寄って聞いたわ。
そしたら、あの子、なんて言ったと思う?
話が上手いのか、人を引き込む話し方をする。
興味無さげにしていたシカマルも、シッカリと耳を傾けていた。
「『いの!聞いてよ!私、もうダメかもしれない!』顔を真っ赤にさせてたわ。熱でもあるんじゃ無いかって程。その理由が、私もドン引きする内容だったけど」
「ど、ドン引き?」
「ファースト・キスを取られたって言ったわ。私、本当に熱が有るんじゃ無いかってサクラの額に手を当てた時、…首筋にキスマークが付いてたの」
-一箇所どころじゃ無かったわ。もう、首に堂々と見えるくらいにっ!
「でも、私と別れてまだ30分も経ってないのよ?それに、その部屋は司書さんから許可貰わないと入れないし、鍵も借りなきゃだし…。どう考えても密室なのよ」
いのが話すことに夢中になり、サスケの腕を離している。
そして静かに、その謎の話は終わった。
一同に沈黙が訪れる。
それを破ったのは、何とも明るい声だった。
「おじさーん、味噌チャーシュー大盛りに餃子4皿、あと、チャーハン大盛りの紅生姜多めね!!」
「こらぁー!!こっちは真面目な話してるのに、飯の事ばかり考えるなー!!」
般若の形相でチョウジの背をピシャリと叩くいのの叫びを、残りの男共は聞き流しながら。いのから得た情報に、呆然とし、受け入れられず。
冷静を装って、酷く混乱していた。
サクラが、年下と、
猛アタックで、「ごめんなさい」?
何のこっちゃである。
「マジかよ…」
-それって[古紙幽霊]じゃね?
ナルトの声がヤケに大きく聞こえた。
新しいジャンルの妖怪を生み出して置きながら、神妙な顔つきをしている。
シカマルは笑いを堪える為に、カウンターに俯せになった。
*
サクラは走っていた。
ここ最近、昔へと飛んでいなかった筈。
それが、急にその時がやって来たのだ。
少年からの手紙を眺めていた時だ。
愛おしむ様に、紙を撫でていると周り風景が一変した。
自室から、身の覚えのあるこの感覚。
有り触れた、森の風景が懐かしく思えてしまった。
(ここは…!)
間違いない、昔に来たのだとサクラは直ぐに分かった。
そして少年が近くに居るかも知れないと、その場を駆け出した。
が、そこで可笑しな集団とバッタリ居合わせてしまう。
人が通る道を遠くから見ていると、向こうから人がやって来るではないか。
もしや、と思って逃げなかった自分を呪いたくなるのは後にして、サクラはそれに視線を奪われる。
女性の長い青い髪を掴んで、男達が数名でこちらに向かってくるのだ。
人攫いか、判断したサクラは茂みに隠れた。
しかし、様子が少し違う。
もし女性を[商品]にしたいのなら、傷はつけてはいけない気がした。だが、男共は暴れる女性を取り押さえ着物を脱がせ始めたのだ。
こうなれば、同じ女性のサクラは黙っては居られない。
強姦現場を見逃すほど臆病な少女では無いし。何よりそこいらの男よりは腕っ節に自信があった。
「ちょっと?お兄さん方。乱暴はよしなさい」
茂みからサクラはゆっくりと、気配を消して現れる。
それに驚いた男達は、一瞬何事かと身を固まらせたが、サクラが女性であり年端かもいかぬ小娘だと分かれば、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。
「コイツは丁度良い。この人数だ。この女じゃ事足りなくてな」
「私はその女性を助けに来たの。目の前にいる馬鹿共からね!」
「言ってくれるじゃねぇかよ。なぁ、お前等」
無精髭を生やしたモサイ男共。
女性を取り押さえていた数名が、立ち上がりサクラを取り囲んだ。
しかし、サクラは不敵な笑みを崩さない。
まだ余裕があった。
「女の子一人にこの大人数じゃないと、駄目なのかしら?情けない」
「その小生意気な口から、喘ぎ声が聞けると思うとゾクゾクするねぇ」
「バッカじゃないの?」
里抜けを証明する様に、その一族の紋らしきモノに一本線が入れられていた。
一族の方針に逆らったか、追い出されたか。その二択だろう。
サクラに値を付けるように目で舐めるように見る。
嫌気がさした。
ろくに風呂も入っていないのか、獣の様な匂いがこちらまで漂ってくる。
「どこの時代でも、チンピラはいる訳ね…」
サクラは両腕を広げる。
余裕ある態度をアピールする。
しかし、男共は下品にも鼻の下を伸ばして、刀の鞘をサクラへと向けた。
「んな事ねぇよ。お嬢さん。俺達は優しいぜ?」
そう言って、太腿のラインをなぞる様にして鞘を沿わせた。
もう我慢ならない。
サクラは頭に血を上らせた。
「いい加減にしさないよ…!」
チャクラを瞬時に練り上げ、サクラの後ろに立っていた男の方を振り向いて、顔面を拳で潰した。後ろにいた男は膝から崩れ落ちる。
その拳の速さに、男共はポカンとして何があったのか分からない様子で数秒がたった。
男の膝が地につく前に、チャクラを練り上げ、今度は斜め右にいた男の鳩尾に一発食らわしてやる。
男は体内からせり上がってくる血を吹き出しながら、仰向けに倒れた。内蔵は破裂していることだろう。
大の男が目の前で倒された。
それを目にした男達は、目に血を滾らせる。
「このクソアマァ!」
生かしてはならぬと、男達は地に転がしていた女性をそのままに、サクラへと刀を向ける。
「そう、来なくっちゃ」
これで良い。
自分は注意を引ければいいのだ。
サクラは、震えながらコチラを見ていた女性にアイコンタクトを取る。
『今のうちに、逃げなさい』と。
女性は小さく頷いて、サッとその場から離れていった。
(思いっきり殺れるわ)
-覚悟しなさい。
男達の目に、怯えの色が滲んだ。
滾らせた血の色が薄まり、媚び諂う弱者へと変わる。
(どうしたのよ。怖気づいたのかしら?)
違う、この者達はサクラを見ていない。
それでは、何を見て怯えているのだ。
男が持っていた刀が、カタリと音を立て、地面に落ちた。
それを待っていたかのように、声が響き渡る。
「武器を捨てたか。忍の風上に置けない奴等め…」
低い、男の声だった。
サクラはその声の持ち主を探して、恐る恐る振り返った。
その声には、聞き覚えがあったからだ。
(まさか、そんな…。)
大きな岩の上に、黒衣を纏った男が腕を組んで、見下ろしていた。圧力的な、その独特なオーラに男共は押しつぶされそうに成っている。
サクラをおちょくっていたリーダー格の男が、黒衣の男の名を呼んだ。
「あ、アンタは…!」
誰かが唾を飲む音がした。
サクラは混乱する。
(こ、この人)
知っている。それも、とても危ない奴だと。
第四次忍界大戦にて、穢土転生された彼とは合っているが。
今此処に居る彼は[この時代]の彼である。
警告音が頭の中で鳴り響く。
どうにかして、ここから逃げなくては。
サクラが後ずさると、青年が目線を動かし、サクラを見た。
ジッと、紅い目で。
(幻術をかけるつもり?)
逃げようとしている事に気づかれたのかも知れない。どうやらここから逃げ出すことは不可能である事を知る。
ここはうちはの縄張りであったのか、サクラの頭の中に様々な考えが浮かんでは消えた。
青年はサクラから目を離さない。
そして、軽く足に力を込めると地に降り立った。
ゆっくりとした動きで此方にやってくる。
お前らになぞ、興味は無いと言った様子だ。
(何?!何が起こるの!?)
上がってゆく息に、心臓が悲鳴を上げた。
緊張が張り詰め、男共も生きた心地はしていないだろう。
青年はサクラの横まで来ると、そこで歩を止めた。
背が高く、長い黒髪。
何を思っているのか、考えているのか全く読めない瞳。
間違いなく、第四次忍界大戦で戦ったあの男だった。
その人物が、[この時代]を駆け抜けている最中の男が目の前にいる。
何をするのだろうか。
サクラは一つの動作も見逃すまいと警戒を強めた。
しかし、その男の形の良い唇から語りだされた言葉に、サクラは己の耳を疑った。
「コレは俺の連れだ。手を出してみろ」
-焼き尽くしてやる。骨も残さん。
そう言って、サクラを庇う様に彼女と、リーダー格の男の間に立った。
(・・・え?…あ、あれ?)
誰かと勘違いしているのだろうか。
サクラの頭は、今起こった出来事について行けずにいた。
「あ、あ。あぁ…」
男共はすっかり腰を抜かしてしまい、逃げようにも逃げられぬ様になっている。
青年が腰に差した太刀に手を伸ばすと、弾かれたように動き出した。
サクラに殴り飛ばされ、瀕死状態の仲間を放って手足をめちゃくちゃに振り乱し、奇声を上げ逃げ去っていく。
(な、なんなの…)
まだ背を向けている青年から距離をおく為にサクラは後ずさる。
その気配を感じ取ってか、流し目でサクラを見やる。
「雑魚相手ではつまらんだろ」
地に倒れ込んで虫の息である男二人を見下ろし、足で俯せに成っている残党を仰向けにさせる。
くぐもった呻き声が聞こえた。
そしてもう一人の倒れている男を、何も感じさせぬ冷たい目で見る。
「手加減はしたようだな」
-鳩尾に一発喰らわせるの相変わらずだ。
何故自分の戦い方を知っているのだ。サクラは身を固まらせた。
そして、ゆっくりとサクラへ近づく。
青年は腰を少し曲げて、サクラの目線へと合わせた。
息を感じさせる程に、接近した状態にサクラは只ならぬ焦りが走る。
精悍でブレを感じさせない凛とした表情。
女性も羨む程に肌がきめ細かい。
全てのパーツがバランスが良く、完璧であった。
まるで精巧に作られた人形の様だ。目元の膨らんだ涙袋が、更にこの青年の魅力を引き立てている。
そして、陰りが見え隠れする儚さが女性の、サクラの母性を掻き立てた。
手を伸ばされ、それは頭に置かれる。
何をされるのか、サクラは身を固め緊張をしていると、桃色の髪を撫でられた。
二回、三回と往復する筋張った、指の長い、手の感触が信じられない。
青年は何かを確かめる様に繰り返すと、サクラの前髪を横に分け、耳にかける。
広くなった視界の所為で、益々、青年の顔が良く見えるようになってしまう。
更に密着を迫る様に近づいてくる青年。
腰に腕を回され、突き飛ばしたくなったが、身体が興奮の余り脳の命令を無視していた。
額に和らいモノが触れる。
それが、青年の唇だと気づくのに数秒かかってしまった。
頭が理解した時には、満足そうに青年はサクラを見下ろしていた。
「[良くできました]」
惚けるサクラに、青年は口端を愉快そうに歪める。
その笑い方に、サクラの記憶の引き出しから愛おしい少年の顔が浮かんで消えた。
「言っておくが、俺は[褒めただけ]だからな」
そして、低くも良く通る声で、唄うかの如く告げたのであった。
『桜色の君へ。』