慕情届かねど   作:芦田 夏糸

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 どうやらサクラは、彼の心の隙間を埋めてあげたいと思い始めたようです。



 


第四話

窓際の席に座り、深刻そうな顔で外を見ている少女が一人。

思いつめたその表情は、如何に親しい知り合いが彼女を見つけたとしても、声を掛ける事に戸惑ってしまう程だ。

サクラの頭の中は有る事で一杯だった。

 

 

告げられた名前で全てが分かってしまった。

否定し続けていた仮説が当たっていたのである。

 

信じたくなかった。

しかし、彼から告げられた名に偽り無く。

全ては真実である。

 

だとすれば、自分に懐いてくれていた少年は。

想い続けてくれていた青年は。

 

(うちは…。マダラ…)

 

あの大戦を引き起こし、連合軍を強大な力でねじ伏せようとしていた人物。

顔色を一つ変えずに大勢の忍を相手取り、無双を続ける彼を止める事が出来たのは、この世に呼び寄せられた歴戦の忍達と、特殊な能力を兼ね備えた班員に、戦いにおいてのセンスを持ち合わせた元班員のみであった。

サクラは前線に立ち圧倒的な力と力で戦い合う者達の後方へと下がり、負傷した忍達の治療に専念した。

その所為で、彼をしっかりと見ていなかったりする。

 

彼の長い黒髪が風に靡き、高台から見下ろしていた姿が印象深く。

冷酷なイメージが強かった。

木ノ葉にも伝わる伝承話でも、初代火影と己の一族を裏切った者として伝わっている為でもある。

懐の深い初代に、恩を仇で返した大罪人だと聞かされ続けてきたのだ。

それ故、未だに信じられない。

 

(だって、少年くん…は。私に…。)

 

腕を組み、それに顔を埋める様にして机に伏せる。

自分の迷いある心を隠すようにして、サクラは目を閉じ考えた。

 

後に引き起こす戦も、荒すぎるモノではあったが彼なりに考えた忍界を一つにする為の長きに渡る計画であった事も。

それを遂げる為にたった一人になる道を選んだ事も。

 

 

あの無邪気な笑顔がサクラの頭を過ぎる。

幼さが目立った少年時代も、逞しく成長したとしても、彼の本質は変わっていない。

 

自らサクラへアピールする時は、恥ずかしげも無く言ってみせるが。

サクラが進んで甘えた仕草をチラつかせれば、嬉しさと恥ずかしさで耳まで赤くし、一度それを隠す為に明日の方向を見てサクラに背を向ける。

 

しかし、サクラが彼の頭を撫で、一言二言声をかけると黒い瞳を大きくさせるのだ。

彼は何か言いたそうに口を綻ばせると、顔をクシャリとさせて笑う。

 

心から言いたい大切な事、伝えたい事が有ると、一度思い留まり。

それでいて、彼女に気づいて欲しい時。

サクラの服の端を摘んで引っ張ってみたり、桃色の髪を指先で遊んでみせたりするのだ。

 

そんな行動をし始めた彼に優しく声を掛けると、安堵し、そしてゆったりと安心しきった口調で話し始める。

 

その顔が、幼く。

 

嬉しそうで。

悲しそうで。

 

髪を撫でてくる手が、優しくて。

鼓膜を通して心に響く低い声が、心地良くて。

 

サクラの心を揺さぶるのだ。

 

 

あの[表情]をする者をサクラは身近な立場で知っている。

生まれ落ちた時から人々に疎まれ、虐げられていた人。

家族に囲まれ守られていたが、一夜にして一人ぼっちになってしまった人。

 

寂しく。だが、それを分かってもらえない。

人の温もりに飢えているくせに、意地を張って、寂しい、寒い、側にいて欲しいと、自ら言えない。

感情を押し殺した、その[顔]だった。

 

 

(そんなあの子の[顔]を誰が知ってるって言うのっ…!)

 

 

自身も心に空いた隙間がある筈だと云うのに、温かく、そして熱い体温を分け与えてくれた。

激しく求められ、想いをぶつけられ。

いつもなら現代へ戻らないといけない時間まで、二人で一緒に居た。

行かないでくれと、強く抱き締められた時。

逞しい腕の中で、サクラは今にも胸が張り裂けそうだった。

 

側に居てやりたい。

しかし、サクラはその時代の者ではなく、未来から過去に呼ばれたイレギュラーな存在なのである。

其者が歴史を返る程の干渉を齎せば、サクラの居る時代に何か影響が出てしまうかも知れ無い。

時間旅行の小説に有りがちな悩みに当たってしまったサクラは、もう笑いながらその類の小説を見れなくなってしまった。

 

過去を変えてしまう。

 

その恐ろしさ。

小説の主人公達が悩み、怖がるその矛盾を生む現象を自ら引き起こしてしまう可能性を、彼女は彼に出会った頃から手にしていたのだ。

 

思いのままに叫び、それでも構わないと大声で云う自分も居れば。

一度距離を置かなくてはならないと冷静になる自分も居た。

 

しかし、どれが本当のサクラの気持ちなのか、自分でも分からないのだ。

 

(同情なんかじゃないわ…!)

 

彼の行動も言葉も、演技などではないと信じている。

だからこそ、サクラも彼と話している時は本当の笑顔になれる。

そこまで考え、サクラは顔を上げた。

もう陽が沈もうとしている。

 

今日は珍しい事に、一人でいても過去へは飛ばなかった。

[あの事]も有り、逢いたいような、逢いたくないような奇妙な気持ちになっていたのが影響に出たのかは分からない。

期待した分、肩透かしを喰らってしまい心が沈み込む。

 

 

いのに報告をせがまれ、高い贈り物をされたと伝えれば絶句していた。

 

『サクラ…。アンタ達、それ、遊びじゃすまない関係になって来てない?』

 

遊びも何もあったものか。

彼は最初から本気だったのだ。

 

幼いながらも熱い感情を秘め、その情熱は炎よりも激しかった。

サクラに会えない長い時間の間にも、決して弱まる事なく、更に激しく燃え盛った慕情の炎。

 

その熱にサクラは浮かされ。

身を焦がされた。

 

そこまでは、親友に説明しなかった。

しかし、彼女も恋多き女。

何か女の勘に響くモノがあったのだろう。

 

『…そのプレゼント、家紋付きじゃなかった?もし、付いたら逃げられるないかもね…』

 

 -あー、重い重い。

 

いのには打掛ではなく、簡単に着物を貰ったとしか教えていない。

そんな豪勢なモノを貰った事を教えてしまえば、家に押しかけてきてしまうかも知れ無い。

 

(家紋…。そんな訳…)

 

 -無いわよね?

 

サクラは立ち上がり。

そして、図書館の一室から帰宅の準備を始めた。

 

 

 ・ ・ ・

 

 

「サクラっ!アンタこの着物どうしたのっ!」

 

家に帰るなり、感情のままに怒鳴られ。サクラは目を瞬かせた。

 着物。何の事だろう。 暫く怒鳴られたショックで何の事か分からなかったサクラの頭が、急に回転を始めた。母が抱えるようにして、青年から贈られた打掛を持っていたのを確認出来たからだった。

 

「お母さんっ。それ…」

「こんな高い物…。一体どこから…」

 

困り果てた顔で、打掛とサクラを交互に見る母。

母もこれ程上質な物は見た事が無いのだろう。

大名や、公家クラスが持っている煌びやかな打掛を何故、娘が持っているのだろうか。そんな不安さも感じる。

 

サクラの愕然とした表情から察した母メブキは、続けて言った。

 

「アンタの部屋の扉が少し開いていたから、見えたのよコレが」

 

そう良い、豪華な打掛を丁寧に扱いながらもサクラに見せる。

 

 

「これ、うちはさんの…よね?」

「えっ…?」

 

何故ここでサスケが出てくるのだろうか。

首を傾げていると、メブキは打掛を開き、首の後ろ側を見せつけるようにして、押し付けてきた。

まるで、ここを見てみなさい。そう言っている様である。

 

母に示されるがまま、サクラは打掛の首の後ろを見る。

そこには、同班員の彼の見慣れた紋が付いていた。

 

言葉を失い、目を見開くサクラの頭の中でいのの声が反響する・

『家紋付きじゃなかった?もし、付いたら逃げられるないかもね…』

彼女の言っている[逃げられない]は[断れない]と云う意でもあった。

 

彼との関係は曖昧に暈せるのもでは無くなっている証拠を、母が心配そうに抱えている。

 

ハッキリと、告げなければならない様だった。

 

「ねぇ。どうなのよ」

 

メブキが固まる娘の顔を覗き込む。

ここは上手く返さなければ。サクラは回らぬ頭を無理矢理動かした。

 

「そうなの。サスケ君から、少し預かってて欲しいって。お母さんの物らしくて、それで…」

「あら、流石名門ねぇ。こんな品、持っているんだから」

 

メブキは感心して、打掛を見直し、それをサクラへと渡した。

 

「預かり物なら、もっとキチンと扱いなさい。母さんの着物掛け貸してあげるから」

「…有難う」

 

サクラは内心ホッとしながらも、我ながら嘘を動揺せずに言えた事が可笑しかった。

そして、打掛の首裏に描かれている紋を見る。

 

(どうしよう…)

 

 *

 

コチラでは冬が近づいてきているらしい。

未来と同じ格好では余りにも寒すぎる。

 

しかし、配給されているアンダーを着るわけにもいかない。

肩に渦潮隠れのマークが使われているからだ。

今の時代だと、渦潮はまだ存在している。

いや、うずまき一族が、集落と云うコミュニティの中で暮らしている筈だ。

 

うずまき一族は、千手寄りの忍達でもある。

 

(ここで、浅はかな失敗や疑われる事はしたくないわ…)

 

 もし、彼が傷ついてしまったら…。

 

サクラが恐れているのは、そこであった。

彼はサスケと同じだ。他者の意見を受け入れる事に時間がかかる割に、一度信じてしまうと盲信してしまう点がある。

それは友人に対しても、同じだ。

 

(だって、もう私の正体を[知っている]なら、[この世界の人じゃない]って分かってるなら、普通縁を切るでしょう)

 

青年はそれをしない。

逆に、サクラをこの[過去]に止めておきたい様な思惑も見え隠れする。

 

サクラが肌寒い格好をしてばかり居ると、二言三言それについて理由を聞いてきた。

しかし、サクラが暈す様にして話をはぐらかせば、それを言ってくる事も無くなった。

代わりに、黒い羽織を持ってきては黙ってそれをサクラの肩に掛けてくれるようになる。

その無言の中に照れが見え隠れしている事を知っていても、サクラは黙っていた。

 

(すっかり、女性の扱いが上手くなってちゃって…)

 

隣りで黙っている男を盗み見ると、その視線を知られていたらしく、ニヤリと口端を上げ笑われた。

 

何とも憎たらしい顔だ。

涼しそうな顔をして、サクラを追い詰めていく。

まだ少年時代の方が扱いやすかった気がする。

あの時は少年独特の純粋さを持ち合わせていた。

サクラにアピールする仕草や言葉だって、背伸びをしている感じがあり可愛らしかったものだ。

 

しかし、今と来たら。

余裕を醸し出し、女性の扱いに慣れている素振りを時折みせるのが腹立たしい。

一体何人もの女性を扱い、笑わせ、泣かせてきたのだろうか。

 

この容姿の整った具合からして、そちらの方に困った事はないのだろう。

そう思えば、思う程。昔を振り返ってしまい、落胆と期待と、憤怒が織り交ざった不思議な感情が出来上がるのだ。

いのは『知ってる?それって[嫉妬]って言うのよ?』と、したり顔で言っていた。

幼く、姿の見えぬ恋敵に威嚇していたあの可愛らしい少年に、成長された後は、それを己が体験するとは思わなかった。

 

思わず、溜息を零す。

 

「昔はあんなに可愛かったのに…」

「今は可愛いとは思ってなさそうな口振りだな」

「そりゃあ、こんなに大きくなったら。…ねぇ?」

 

仕返しとばかりに、サクラが甘ったるい嫌味を吐くと彼は喉元を震わせ、声を押し殺し笑った。

ニヤリと憎たらしい笑みではなく、子供っぽい、見た目を考えず感情のままにクシャリと歪めた笑顔だった。

その横顔を見て、また髪が長くなったと密かに思う。

 

段々と、自分が知っている[うちはマダラ]の姿に近づいていく青年を、サクラは黙って見ているしか出来ない。

時間を止める事が出来たら、等と夢物語を考えてしまう時さえも有るのだ。

 

「髪、伸びたね」

 

そう言って、黒く硬い質の髪に。

指を滑らせると、青年は満足そうに目を細めた。

 

前髪事伸ばしているのか、将又、切るのが面倒臭いだけなのかまでは分からない。

片目を隠すようになってきている前髪を、指先でズラして見ると、黒い瞳が紅く染まっている事に気がついた。

それを見て、サクラはハッとする。

 

「ちょっと…、何をする気なの」

「何もしない。抵抗しなければ、だが」

 

 -目に焼き付けておきたいと思ってな。

 -またそんな事を言って。

 

青年は驚くサクラの腰に腕を絡ませると、首筋に顔を埋めた。

空いている腕で桃色の髪に、指を絡ませ、その柔らかく細い絹の様な髪質を楽しむ。

この所、こう云った過激な行為が多くなってきている気がして成らない。

 

「意地悪過ぎやしない?」

「序の口だ。もっと酷くして貰いたいか?」

「そう言う冗談は嫌いよ!」

 

自慢の怪力を発揮して突き飛ばそうとすると、青年はそれを上手く察知してヒラリと軽やかに身を交わす。

流石に写輪眼相手には見切りをつけられてしまう。

簡単に言えば、攻撃が当たらない。

そして、彼はその眼を完全に自分の[モノ]としている。

 

「もうっ!」

 

昔だったら、少しは彼女の拳も掠りはしただろう。

悔しげな声を上げるサクラの様子をまた、彼は笑う。

彼のペースに合わせてそれに絡まってしまったら思う壷だと、サクラは話を切り替えた。

 

「ねぇ、弟君元気?」

 

時々語ってくれる弟の様子が、サクラの密かな楽しみだったりする。

可愛がっている弟の話を振られると、嬉々として語りだす姿が見たかったりするのだ。

 

(あーあ。そんな嬉しそうな顔をして…)

 

これがあのマダラの青年期だと分かったとしても、それすら忘れてしまう程に、サクラもこのひと時を楽しんでしまう。

長くこの時間を過ごしたいとまでも思うようになってきた。

 

 

しかし、楽しい事ばかりだけではない。

ひっそりと合っている間にも、二人の知らない所でカウントダウンは始まっているのである。

 

 

 

『忍は道具のまま、人を忘れたまま終わる。』

 

 

 

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