慕情届かねど   作:芦田 夏糸

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サクラは心に決めたようです。


 


第六話

 

 

 

アチラの季節はどうなったのだろうか。

雪が舞い散り、視界を白く染める中。

サクラは風に乱れる髪を抑えた。

 

その横顔が、遠いどこかを見ているものである事は確かである。

 

サクラはかれこれ、数日。

過去へと飛んでいない。

 

あの甘い誓いを交わした後、結局青年はサクラを離そうとせず、現世へと戻るその瞬間ギリギリまで共にした。

 

もう過去へ留まる事が限界である時、サクラは青年の広く厚い胸を押し退け、何度も謝りながら思いを胸に詰まらせ、嗚咽を零し、涙を隠して戻って来てしまう。

伸ばされた腕さえ振り解き、決して後ろを振り返らず林を駆け抜け、その勢いのまま過去へ飛んだ場所でもある現世である自室から飛び出した。

お気に入りである樹の下で感情に任せて、素直な気持ちに寄り添い大泣きをする。

 

伸ばされた腕の先に、顔色を曇らせ切なげに目を細める彼が居た。

そして黒い瞳の中にサクラを映し、その目は語る。行くな、と。

 

その腕を振り払ってしまったのだ。

 

何故こうなってしまったのだ、と。サクラは己の心を罰だと言聞かせ、思い詰めては締め付けた。

もし、あの時代に生まれていたら、もっと一緒に居れただろうか。

それとも。会うこと無く人生を終えてしまっただろうか。

 

何故自分はこの時代に生まれ、彼と戦った時を超え、彼に出会ったのだろう。

何故、彼はうちはマダラで無ければ成らなかったのだろう。

 

次々とサクラを襲う疑問と激しい感情は、心の水面を荒立たせる。

その思いを目から溢れさせた。

 

 

(きっと、私が泣いていた事。あの人はお見通しだ…)

 

 あの人は目が良い。人の心の底に隠された感情さえも見透かしてしまう程に。

 

サクラが思い悩んでいる事も、恐らく、知っている。

ここ数日間、彼女は小さな疑問から始まった問題に直面していた。

 

過去を変えてしまう事に、恐怖するのではなく、変えなければ成らないと何故今まで思いつかなかったのだろう。

彼の事を本当に思っているのならば、長く険しい修羅の道を歩むであろう彼に与えられ、選んだ筋書きを変えなけらばならない。

 

(私はその[道の終わり]をこの目で見たっ…)

 

忍界の底に沈められていた大きな問題を一人で抱え込み。

例え協力者が居たとしても、最後は自分の手で成し遂げようとしていた。

一人では行えないと知りつつも一人相撲とは、無謀と言うよりも滑稽ではないか。

 

一人で考え込むよりも、二人が良い。

二人で考えるよりも、大勢で意見を持ち出し、論議した方が良い。

それも、同じ考え・疑問を持ち、思いや思考を共有出来る者達であったのなら尚好し。

 

(なんで、サスケ君に似てる人って…悩みを一人で抱え込みたがるの?!いいえ、隠そうとしてるのね…)

 

黒目、黒髪の青年が涼しそうな、小憎たらしい顔が浮かぶ。

余裕に満ち溢れて、堂々とした姿を表上はみせている。

 

本当は、余裕など無い癖に。

そして、人に頼ると云う思考がすっかり抜け落ちている様だ。

 

息さえも困難に成ってしまう程、サクラは思い耽る。

喉を通らないばかりか、味さえも分からないのだ。

精神からくる病である事は、分かっている。

 

食事をしていると全て塩っぱく感じたり、苦く感じてしまう気がして、いのと甘味屋に通い何時もの品を頼み、お喋りしても楽しくない。

その為、いのに断りを入れて、最近は二人で恋の話に花を咲かせていない。

 

どうしても、そちらに気を取られてしまうのだ。

 

 

彼が一人で処理しようとしていた問題は余りにも根が深すぎる。

里と云う大きなコミュニティが出来る前にも、消化しなければ成らない問題もあった筈だ。

 

しかし、その点において、資料も無ければ、知識もないサクラは動けずにいた。

過去に自由に飛べるのであったのなら、活発に行動出来ただろうが、最近は予感もなし。

オマケに飛べても時間制限付きだ。

 

何から手をつけていいのか分からない状況が一番辛かった。

 

(完全に、キてる…。頭が詰まってるわ…。これで体重が減っても、嬉しくない…)

 

サクラは蟀谷を押さえ、溜息をつく。

考え込んでいる時間が増えてしまったが故に、師匠である綱手から長期の休暇を取るように促されてしまったのだ。

彼女曰く、考えを纏めて切り替えてから戻ってこいと、強く肩を叩かれてしまった。

 

 

向こうで何か[大事]が起きているのかも知れ無い。

 

それを考えれると、何も身に入らなく成ってしまうのだ。

もしその場に自分が居たのなら、何か手助けが出来たのではないかと、職業病と称せる血が騒ぐ。

 

考えれば、考える程焦りが出る。

何も焦る必要は無い事も知っている、が。もしもの事を考えると居ても立ってもいられないのだ。

 

怪我をしていたら、それを治してやりたい。

またあの寂し気な顔をしていたのならば、隣に座り、寄り添って、話を聞いてやりたい。

 

話を聞いて欲しい。

手を繋いで。

何も言わずに過ごしても。只それがいいと思える位に。

 

 

(あっちは何れ位時間が経っているのかさえ分からないなんて!)

 

    「サクラちゃん」

 

(急にまた過去に飛んだとしたら、何が周りで起きているか然りげ無く聞けないかしら…?)

 

    「サークーラーちゃーん」

 

(あああ!もう少し落ち着きなさいよっ私!!)

 

「サクラちゃんっ!!」

「っ!!??」

 

背後からの大声に、サクラは驚き小さく跳ねた。

振り返れば、心配そうにサクラを見るナルトに、眉を顰めるサスケ。

 

 -ナ、ナルト?それに、サスケ君!?

 

どうやら、一人耽っている時既に彼らは後ろに居たようである。

その気配すら感知出来なかった。

 

サクラは引きつった笑みを作り、誤魔化そうと振舞うが、どう足掻いてもいつも雰囲気と笑顔を再現出来ない。

それに対して嫌そうに、そして眉のみ成らず顔を顰めたのがサスケであった。

黒い瞳で、サクラをよく観察した後に口を開く。

 

「…痩けたか?」

「えっ…?な、なに?急に」

 

彼は[痩せた]ではなく[痩けた]と云った。

もう少し、マシな言い回しは無かったのだろうか。

しかし、ある意味素直なサスケの表現の仕方は合っていた。

実際に、痩せたと言うよりもやせ細った方に近かったからだ。

 

「食事は取れてるのか?痩けてる様に見えるぞ」

 

一番気にしていた事を言われ、ドキリと胸を跳ねさせた。

やはり第三者から見ても、今のサクラは痩せ始めているように見えるらしい。

サスケの鋭い一言に、ナルトも同意を示し、久々に一楽へ行かないかと誘ってくる。

 

「んー…でも、そんな気分じゃ…」

「だって、今のサクラちゃんフラフラしてるってば。何か、元気もねぇし…」

「気の所為よ!気の所為!」

「[気の所為]でそこまで痩せる筈がないだろう」

 

サスケの観察力も相当で、日に日に痩せていくサクラの姿に一番先に気づいたのはサスケであったそうだ。

今ここには別用で居ないサイも気づいていたが、ダイエットをしている女性にはダイエットが終わった辺りに痩せたかどうかを聞けば良いと、本に書いてあった云々を言って、話がズレにズレていたので詳しくは聞いてはいない。

 

 『って…気づいてなかったの俺だけ?』

 『サクラを見ていたのはお前だ一番長かった筈だが。そこまでドべってなくていいぞウスラトンカチ』

 『何だってば!?その[ドベる]って。新しい言葉作るなよっ。ウスラトンカチもサスケが勝手に作った言葉だろ!つか、久々に聞いたぞ[ウスラトンカチ]』

 『今は関係ないだろ。その話…』

 

呆れながらも、コソコソとサクラに聞こえぬよう会話する彼らに対しても、サクラはまた意識を飛ばして浮ついている。

二人が協力してサクラを何とか通常に戻そうとしている姿を、今のサクラで無ければそれを見て感動し、涙を流している筈だ。

 

「っていうことで、サクラちゃん!一楽に、」

「行かないわよ」

「なんでぇえ!」

「だって、私、お腹すいてないし、」

 

ナルトの誘いに間伐入れず即答するサクラの腕を、サスケが掴んだ。

どうやら、無理矢理連れて行くつもりである。

 

「ちょっ!ちょっとサスケ君!?」

「少しは俺らの気持ちも考えろ。サクラ、お前もそこの馬鹿と同じに成りたいか」

「バカはよけいだつぅーの!バカスケ!…ほらほら、サクラちゃん、行こうぜ一楽!」

 

 -久々だろ!三人で行くの。後でサイも来るってばよ!

 

左腕をサスケ。右腕をナルトに掴まれ半ば連行される形でサクラは一楽へと引きずられていく。

途中、抵抗を諦めたサクラの腕から手へと握り返し、ナルトは空いている手を機嫌よく振って歩き、サスケはサクラの歩く速度に合わせて歩いた。

 

そして奢るからとナルトに珍しく言いくるめられラーメンを啜るのである。

後から遅れるようにして到着したサイも加わり、ボケをかますナルトに素っ頓狂な答えを返すサイへ突っ込みを入れるのに忙しいサクラ。

それを柔らかい眼差しで見るサスケの姿が見られる。

 

その食事は楽しく。久しぶりに楽しんで満腹感を得られた。

 

 

 

 

 

ふわりと、温かな風がサクラの頬を撫でた。

目を見開き、飛び起きれば自分は草むらの中に横たわっていた事を知る。

 

(あ…。過去っ?)

 

サクラの背を押すようにして、風が吹き桃色の髪をグシャグシャと乱した。

その風の中に、髪と同じ色のモノが視界に映る。

 

未来では今来ようとしている寒さが厳しい時期を越え、命が芽吹く季節が来ていたと云うのに。

 

なんと、過去では一つ季節を跨いだらしい。

周りを己の名前の由来である木々が花を付け、その季節だと知らせる様に咲き誇っていた。

 

(春…か。随分と先に飛んだのね)

 

今回も予感も何も無しの、過去への移動である。

自室のベッドで仰向けになり、目を瞑っていた時だった。

本を読む気力もない程に疲れ果ていたサクラ。

ナルトとサスケ、そしてサイに一楽で奢りだ飲めや食えやと大騒ぎになった。

次々と皿に盛られ、その帰りにいのに捕まり、ケーキバイキングにて鱈腹食べさせられる。

お陰で短期間で体重は元に戻り、有る意味残念な気持ちになってしまったが、やせ細り見る影もなくなるよりはマシだろう。

 

温かな日差しの中、上着を脱ぎ丁寧に畳んだ。

乱れた髪を手櫛で整えると、また風に髪を遊ばれる。

 

(あの人は…。まさか、ね)

 

季節は進んでいたとしても、また何年も経っていたらどうすればいいのか。

困った様に、眉をハの字にさせてる。

此処で立ち止まっていても、何も変わらない。歩いて周りの様子を見るしかない。

 

少しづつ変わっていく風景と、思い出を照らし合わせ道なき道を歩き。

複雑に絡み合う蔦に、枝と枝を互違いに伸ばし、陽を譲り合わせ、出来た木漏れ日の下を潜り抜けた。

 

白い雪と黒々とした岩、水墨画の様な世界に色が付き始めて久しい様だ。

冷たい川の水の流れを横目にサクラが山へと登って行く。

 

そして、愛おしい腕を振りほどいた小屋を見つけると、少し離れた場所から歩みを徐々に止め、とうとう足を止めてしまった。

 

(居る…わけが無いわ。でも、何時も同じタイミング会えるから、今回も、もしかして…)

 

淡い期待を抱きながらも、結局、あの瞬間。

彼を選んだのではなく、現世と過去を変えてしまうと云う行為を恐れて逃げ出してしまったのだと。

サクラは己を責め続けていた。

そして、あの決断である。

 

本当はあの場から逃げるのではく、身を委ね、手を握り合って居たかった。

抱き合い、静かに時を過ごし、彼になら囲われても良いと密かに思ってさえもいた。

 

その近くて遠い思い出と成りつつある記憶に、縋る様にしてサクラはまた動き出す。

そして戸に触れると、高度な術式が施されている戸の封が解かれた。

 

ああ、アレは嘘ではなかったのだと、頭の隅で考えてしまう。

嘘など付くはずもない。それを知っている筈が、どうしても弄れた考えしか出来ないでいる。

そっと、戸に手を掛け開けると懐かしい匂いがした。

 

その匂いを追いかける様にして、小屋の中へと一歩踏み出し、そしてサンダルを脱ぎ捨て上がり込む。

殺風景とも言える彼の隠れ家をジックリ見るのは、初めてだったと思い返した。

 

(何も変わってないわ…。相変わらず、必要最低限な物しかないし)

 

サクラはホッと胸を撫で下ろし、半ば放棄されていた書物を中腰に成りながら覗き込む。

あの[蚯蚓と蛞蝓の追いかけっこ]がこれ程まで綺麗に成るとは思っても見なかった。

墨で書かれた字を、指先でなぞると、彼が何を考え、何をしようとコレを書いたのか興味が湧いてくる。。

どんな思いで書いていたのだろう。

コレは何と書いてあるのか分からないが、[燃]と書かれているのは何となくであるが、知ることが出来た。

 

(火遁系の術の名前かしら?)

 

 -でも、なんか変に長いわね。

 

術名ならば長すぎる、文章にしては短い。

その紙を手に取ろうとして、そっと、静かに拾い上げようとすれば、視界に黒い手の様なモノが横から現れ。それを視界を塞いだ。

突然の出来事に身を固くするが、嗅ぎなれ、そして身体が欲するまでになっている匂いを感じ取り、サクラはコロコロと笑う。

そしてワザと体重を掛けるようにして背を預ければ、思いっきり鼻で笑われてしまった。

 

しかしそれは人を嘲笑うモノではなく、彼が機嫌の良い時にする調子のモノであった。

 

視界を覆っていた手がゆっくり外されると、一瞬息を忘れ、視界が揺らぐ。

ぼんやりと陽炎の様に朧気な視界の中に、追い求めていた色を見つけた。

 

「久し、ぶり…」

 

己を見下ろす形で、彼が居た。

 

(ああ、確実に[近づいてる]…)

 

顔と雰囲気から険しさが増し、大戦で対峙した時に確実に似始めていた。

しかし、サクラを見る目は何処までも柔らかく、温かい。

そして時には、その瞳の中にギラギラとコチラの様子を伺っている獣が見え隠れしているのだ。

 

青年はサクラの手首を握り、何かを確かめる様にしている。

サクラはそれを不思議そうに見ていると、何やら不服そうな顔をしていた。

 

「何?どうしたの?」

「…いや」

 

彼もサクラの体調の変化に気がついていた。

サクラは誤魔化すようにして笑うしか無かったが、青年はサクラの若干細くなってしまった腕をジッと眺めていた。

何を思ってか、何度も角度を変えながら、だ。

 

「少し痩けたか?」

「それ以外の例え方ってないの…?」

「それ以外に、何がある」

 

言い方さえも同じだ。

どうしてこう云った小さな所も似ているのだろう。

澄ました顔でサクラを見返す青年を、サクラはどうしようかと考えていた。

 

(さぁ、…外の話を疑われない程度に聞かないと)

 

彼には彼の暮らしがあり。

サクラには、サクラしか知らない世界がある。

 

これはどう足掻いても越えられない[線]なのだ。

青年も見えないその[線]に気づいてはいるものの、その正体までは分からない。

それが彼を荒立たせる源となっている事くらい、サクラだって知っている。

 

 彼は言う。

 

 ――俺には、俺しか出来ない事がある。それの為だけに生かされている様なものだ。

 

 ―――と。

 

 

今日も互いに惜しみながらの別れとなってしまうだろう。

その事を思うと。

また、胸が締め付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 - ――…  になった。

 - ――― の息子が二名。

 -… そうか。

 

不穏な会話を聞かれぬ様、大きな桜の樹の下で密かに交わされた。

マダラは腕を組み、樹に背を預け、寄り掛かったまま顔色一つ変えずに問い、そして短く返事を返す。

長くなった前髪は顔半分を隠し、相手側からは表情がよく見えない。

横からは辛うじて、口元が見えるか見えないかである。

 

長い髪を高い位置で結った うちはヒカク は有能な男だ。

言葉少ないが年若くして一族を纏め、的確な指示を与えるこの男の機嫌を察し、深く礼をするとその場から去った。

右腕の男が居なくなると、重々しくもゆったりとした動きで空を見上げる。

 

丸く切り取られ煌々と煌りを放つ月は、今にも落ちてきそうな程大きい。

枝の隙間から見えたそれに、手を伸ばし、そして掴むフリをした。

しかし、掴める筈も無く。手は何も掴めずに、拳を作るだけである。

 

そして、月を掴み損ねた手を顔の前へと持ってきては、口元に自虐的な笑みを浮かべた。

届きやしない。

それを知っていても、繰り返してしまうのだ。

 

[あの日]の様に。

 

だが、あの時。

彼女の手を掴んだ力を緩めず、腕の中に閉じ込めていたのならば。

手放す事が出来なかっただろう。

 

彼女をこの[状況]に巻き込む訳にはいかない。

その気持ちが、手の力を緩めさせた。

 

 

開いた拳の中に、一片の桜の花弁が落ちる。

其れをジッと見詰め、何かを思った彼は。

薄らと桃色に色づいたそれに、想う者へと、届く筈の無い思いを胸に秘め、口付けを落とす。

サラリと、長い黒髪が手に掛かった。

 

しかし次の瞬間、風が吹き、花弁は宙へと舞ってしまう。

風に攫われ、それを追うようにして手を出せば、また、月に手を伸ばす形と成ってしまった。

 

月へと飛んでいってしまった花弁を見えなくなるまで見送る。

伸ばした手を、力無く下げれば、意味のない笑いが込み上げてきた。

 

 -…間抜けとしか、言い様がない。

 

同族が請け負った仕事の為に己も一族も身を削っていると云うのに、時折こうして自分は想い人を思い出し、甘い考えに浸かっているのが不甲斐ない。

 

今回の相手も千手一族であった。

旧友である男が森を広げながら戦い、己は炎を吹き放ち其れを食い止める。

 

幾度と無く繰り返される戦いに、疲れを見せ始めた者達も居た。

だがそれを表には出さず、只黙って戦場へと赴く。

皆腹の底で考えている事は、決して口には出さない。

それを言ってしまえば、形或物が崩れてしまう事は分かりきっているからだ。

 

戦いは決着が付かず、雇われた期限が双方切れ。引き上げとなってしまった。

武将直属の名を受け、戦場を自由に駆ける力を持ちたる一族の [千手] に [うちは] 。

 

そのお零れに縋り、後ろ盾を得ようとする少数派一族も数多くあったが。

うちははそれ等を寄せ付けず、また反対に千手は受け入れた。

千手の頭領のお人好し振りは、相当なモノで、情けに擦り寄り恩を仇で返そうとする不届き者に対しても、大きな処罰は与えずに、野放しにしていると風の噂に聞く。

きっとあの男の弟とやらは、胃に大きな穴を開けているに違い無い。

 

 奴らしい。

 

マダラは、イマイチなセンスを持ち合わせた千手の頭領の幼少期を思い出し、さも愉快そうに鼻で笑った。

 

再び腕を組み、何処を見るわけでもなく、感情を映さぬ黒曜石の瞳は前を見据える。

近づいてきた気配wp考えての行動であった。

軽やかに丘を登ってくる音と、弾む息が聞こえる。

 

「兄さん。」

 

 -話は、終わったんだろ?

 

随分と背が高くなったものだ。

最近は自分にさえも生意気な口を利く様に成り、何かと口煩くなった。

そんな弟を、視界の端に捉えマダラは短く返事をする。

 

「ああ」

 

花弁一枚で心をざわつかせていた様子など、嘘だったかの様に彼は落ち着きを見せていた。

否、隠していると言った方が合っているやも知れぬ。

弟のイズナは桜の大樹を見上げながら言った。

 

「桜が綺麗だね…。一人で夜桜を見てたんだ?」

「少し思う事があってな」

「・・・また?」

「そうだ[また]…だな」

 

一人になって考える事が多い兄の行動は、良く知っている筈であったが、考えている[中身]が分からないのでは、話に加わる事も出来ないのだ。

仕方無しに、イズナも考え耽る兄をそっと見守る事しか出来ない。

こうして桜の樹の下に居る時など、特にだ。

幾つか隠し持っている[家]での行動は知らないが、鷹小屋に居る時よりも切な気な表情をしているのは気の所為では有るまい。

 

しかし、時折、柔らかい笑みを湛えている事も知っている。

 

それ故に、踏み込んで聞き出せないのだ。

首領と成り、背負う責任が大きくなった為に、難しそうな顔をしている時が長くなってしまった。

故に、珍しくなりつつある兄の笑顔の理由を、好奇心に任せ聞いてしまった瞬間。

あの安心しきった顔が、見れなくなるのではないかと考えてしまうのだ。

 

「そろそろ、戻るか」

「…うん」

 

 -そう、だね。

 

イヅナもうちはの集落へと戻る為に、大きく、頼れる背を追う。

そして、風に吹かれ前を過ぎ去る桜の花弁の元である桜の樹を、チラリと流し目で見やれば、月の光を浴び輝く桜の樹に目を奪われた。

綺麗だと思うと同時に、恐ろしさを感じるのは何故か。

このまま、兄が桜の樹に生を吸い取られてしまうのではないかと、危惧している所為かも知れない。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

そんな、その様な事は有り得ない。

生を吸い取る桜の樹の話も、所詮子供騙しだ。

頭を振り、可笑しな考えを振り払うと、桜の樹に背を向け足早に兄を追いかけた。

 

 

 

 

 『この手紙が届くか 分からない。』

 

 

 

  

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