サクラは考え、行動に移ります。
日が落ちた空を背に、サクラは頼りない電光灯の光で一枚の紙を睨みつけていた。
『 桜色の君へ。
俺は修羅の道を歩まねば成らん。
誰かがやれねば。
忍は道具のまま、人を忘れたまま終わる。
俺は孤独を連れ、そして行く。
この手紙が届くか分からない。 』
サクラの手にしている紙は、次々と書き足されて行く手紙の内容を解読し、書き写した物だ。
何度も何度も古文とそれを見比べ、自力で解読した物だった。
手を頬に当て、疲れ果てた目を何処にも視点を合わせずに泳がせる。
暗い部屋の中に、姿形のない者達がうろうろと彷徨っている。気配は無いが、疲れた目が[居る]と認識していた。
(もう、心も身体もクタクタよっ!)
その手紙に、サクラは何とも言えない気持ちに浸っている。
この内容だと、彼は間違い無く第四次忍界大戦を引き起こしてしまうだろう。
何もかもを捨て、たった一人で長い孤独の時を過ごさなければならない。
帰る道さえも自ら消し去って、だ。
[信じるモノが有る]それが[確かに存在している]
それだけを信じて、それを成し得るのは己だと。
彼は孤独を背負い込むだろう。
只それだけに集中し。常人が見えぬモノを己が視ねばと、暗闇に目を凝らす事になる。
果たさなければ成らない[為すべき事]をたった一人で。
だがサクラはその険しい道を、彼一人には進ませる訳にはいかないのだ。
事の終焉を知っているが故の苦悩である。
しかし、全てが決まった訳では無い。
手紙にはどうやら続きが有る様にも思えた。
それが全てもの救いだった。
だがこの[蜘蛛の糸]は細く、今にも千切れそうに空から頼りなく垂れている。
手にしただけで、千切てしまいそうなのだ。
-その続きが書かれる前に、私が変えなくては…。いけないのに…。
「私ったら 馬鹿ねぇ 」
まるで他人事の様に独り言を呟いた。
自虐的でいて、可愛らしく怪しげにも見える笑みを、小首をかしげて溢しては、窓から空を見上げた。
目の前の甘い誘惑に負けてばかりで、ちっとも前に進みやしない。
また、新たな[問題]が発生して事も、壁の一つだ。
それは過去への飛ぶ時間すら[間]が空くようになってきている事であった。
アチラの時間の流れが急速に早まっている。
春から夏へと。秋を越して冬へ。
季節の切り替わりが早い。
過去に飛べたとしても、身動きが取れない状態に陥っていた。
彼は空いてしまった時間を無意識下て埋め合わせ様としている。
その行動、一つ一つに若さ故の焦りが見えるのだ。
また、このまま会えなく成るのではないか。と言う恐れと、サクラを信じていたいと言う心情が、岩場にぶつかる波の様に高く迫り上げ荒立っていた。
短時間で聞き出せるかも知れない情報でさえ、聞き出せずに。
二人無言のまま抱き合い、手を握り合い、体温を共有している時間の方が長い。
サクラは彼に何を言い出そうか迷い、その為無言になっているが。
青年はサクラとまたこうして、逢えた喜びを静かに噛み締めていての行為であった。
髪を撫で、耳に口付ける。
言語的コミュニケーションは無く、触れ合う互いの温度が全てを物語っていた。
サクラは彼の成すままにさせる。
自分は昨日も青年と会ったが、青年は一月や二月振りであり。彼も思う事が有るだろう。
彼は生と死の線上に立ち、それが日常だとして生きている。
[次]が有るかどうかさえも、分からないのだ。
そうしている間に、刻々と時は刻まれ、強制的に未来へと戻らなければ成らない。
このままでは流されては駄目だと、己の喝を入れても次に青年と会う時にはその決意は薄れてしまう。
もう後戻りが出来ない関係にまでなっていた。
親友や師匠がよく言っている「男に引き摺られて己も駄目になるなど言語道断!」
その言葉の意味も、よく心得ている。
アカデミー時代、くノ一クラス担任であったスズメの言い聞かせるような顔を思い出す。
男を溺れされる事有れども、自ら溺れることなかれ。
これでは心身共に立派なくノ一に成長出来たとは言えない。
ジレンマの渦の中心でサクラは、遥か頭上の水面を眺めるのは自分らしくもないと静かに笑う。
揺れる水面と、屈折する光を眺めるばかりで身体を動かす事を忘れてしまっていた。
静かに沈み行き、このまま思いと共に泡になって消えるか、胸に抱いた思いという名の短剣を握り返し覚悟を決めるか。
そのどちらかである。
しかし、それは一般的な若い女子の考えである。
サクラは[別]の動きを見せていた。
彼女は準備をする。
短剣どころか、大剣を背負い山の頂きに登る覚悟で。
*
後ろ姿が彼とよく似ているなどは口が裂けても言えない。
サクラから話しかけると、振り返ったサスケは黒い眼を丸々とさせていた。
余程驚いた事かと思われるが、直ぐにその表情をいつも通りの無表情にも似た冷静沈着なモノとさせる。
あれ程サスケに気をかけてアレコレしていたサクラが、サスケと近くもなく遠くもない距離を保ち、それに慣れ始めた周りの者達とは別に、どうもサスケだけが慣れていなかった。
思春期に突入した息子を遠くで見守る母の様な体勢を、むず痒そうにしては戸惑いを見せている。
「ねぇ、サスケ君。ちょっと聞きにくい話なんだけど…時間、大丈夫かな?」
少し困った事になったと肩を竦ませれば、サスケは何かを考えているのか一旦間を置いて、 何の話だ。 と返してきた。
断りはしてこないようだ。
しかし頭の中ではサクラが自分に相談を持ちかけてきた事に、静かな混乱をしていたのだろう。
第三者に聞かれると、不味い話である事には変わりない。
場所を変える為に、並んで歩いたが、特に弾んだ会話も無い。
横目でサスケを盗み見ても、彼は彼で歩いている真っ直ぐな廊下を、同じく真っ直ぐ見つめて歩いている。
歩調を合わせてくれている様子からして、隣にサクラが居る事を忘れている訳では無さそうだ。
いや、時折盗み見るサクラと目が合う事もあった。
その度に、どうした? と聞いてきては返答に困り、それを何度か繰り返す。
サクラ自身、おかしいなぁ、本当だったらこんな落ち着いた感情で済むはずないのに。と、心の中で小首を傾げては、もう一人の素直ではない青年を思い出し苦笑した。
昼間の待機所に有る小さな会議場は、殆ど班や部隊のミーティングに貸し出されており満室だった。
その為歩く羽目になった。
二人で図書館まで移動する事に。
流石に無言で黙々と歩く訳にもいかず、サクラは様々な話題を持ちかけたが、サスケはそれを黙って聞いているか、短く。
-そうだな。
-ああ。
等の返ししかしてこなかった為に、話は長くもたない。
これでは女の子達に呆れられてしまうよ、と内心駄目出しをしつつも、回転の早い頭の隅っこでどうでも良い考えを纏め上げる。
(大概の女の子達はサスケ君とこうして二人だけで歩いている事が現実離れし過ぎて、そこまで気付かないか)
今は自分は冷静に考える余裕を持っているが、昔のサクラもその内の一人であった事を思い出し、何となく気まずくなってしまう。
「サクラは、」
「え?」
いつの間にか話の内容が自分の事になっていたらしく。サクラは桃色の睫毛を瞬かせた。
何の話題だったのだろう。それとも、サスケが急に言い出した話なのか。意識を半分飛ばして、左耳から右耳へと自分が話した内容さえも流していたサクラは焦りを感じた。
「サクラは、甘い物が好きか?」
何を今更。言いたくなる言葉を飲み込んで そうよ、大好き と応える。
これを聞いてきたのがサスケで無ければ、背中を思いっきり手形が付く程叩いていた筈だ。
ナルトであったら、即青痣級の飛びっきり愛の篭った叩きをかましている。
「…そうか」
これではまた黙りか。
上手く会話を繋ぐ事が出来なかったサクラは、今度は自分から話題を提供しなくてはと、頭の中の引き出しを滅茶苦茶に開けて探し回る。
しかし、その努力と集中はサスケの次に語られる言葉に押し流されてしまった。
「一緒に食いに行くか」
「え、ええ?!」
どこに?
わかりきった事を聞きそうになり、サクラは己の口が滑るのを必死に抑えた。
サスケが歩みを止め、サクラを足の先から頭の先まで見ては何か問題でもあるかと雰囲気で訴えかけて来ている。
「だって、サスケ君。甘い物嫌いでしょう?」
「お前は食うだろ」
「うん、まぁ。そうだけど」
「それなら問題ないだろう」
(そうじゃなくて、なんで私なんかに!)
そして、何故今なのだろうか。
困った事になった。
サクラはここ最近の異変について聞かれるのではないかと、ぼろが出そうになったらどうするか。
そればかりを考えてしまう。
それはサスケに対して失礼な態度である事を知っているものの、どうしようもないのだ。
(これって、その、お誘いを受けてるのよね…。)
食事の誘いを受け、昔ならば、とまた同じ事を考えてしまう。
昔なら、そう、幼い頃のサクラならば喜んで泣いていたかも知れない。
つい最近のサクラなら、このサスケはナルトが変化して揶揄っているのかも知れないと疑いの目で見ていた。
それに断りを入れるにもいかず、流されるままに応えてしまった自分にも問題が有るだろう。
その流れで目的地を図書館から、夜遅くまで働くくノ一達の為に、深夜帯まで営業をしている甘味屋へと変更した。
先程までサクラが横を歩いているか、何度も確認していたサスケが横を見なくなった。
(気が進まないなぁ…。なんだか、サスケ君を騙してるみたい)
寒さではなく、耳を赤らめるサスケの姿を見て、サクラは静かに心を痛めた。
愛する人の為に、誰かの気持ちを、それも好きだった人の想いを犠牲にするなど。
(私って、結構あくどいのかもね…)
この短期間での自身の変わり身に、サクラは呆れ、そして己を嗤うのであった。
-私って、とんでもない女ね。