夏糸です。
どうやらこの少年、願掛けとして水切りをしている様です。
まただ。
気がつけば、知らない川辺の近くにいた。
サクラは額に滲んだ汗を拭う。
今度はどんな目に合わせられるのだろ。
幻術でもなく。
転移忍術でもない。
師の綱手は[夢]だと言って笑った。
(参ったわねぇー…)
-こんなリアルな夢を続けて見たら、精神が磨り減っちゃいそう。
額に手を当て、熱があるか調べる。
体の不調では無さそうだ。
あの手当てをして少年は大丈夫だろうか。
多分、この近くに、戦った場所が有る筈だ。
この川を辿れば、もしかすると。
そう思って、サクラは川沿いに歩き始めた。
川の和流を聴きながら、サクラは散歩気分で悠々と歩く。
自分の夢の中を散歩していると云うのも、可笑しな話だ。
(あ、居た居た)
ダボダボの黒い着物を着た、癖の有る黒髪が大きな岩の上でしゃがみ込でいた。
少年はコチラの気配に気づいたのか、黒曜石の瞳を丸くしてサクラを見ていた。
まるで、狐に摘まれたような顔だ。
「おい、アンタ!」
「あら、また会ったわね」
「あ、…ああ、そうだな。って違う!何で急に居なくなった!」
「[居なくなった]?なによ、それ」
サクラは首を傾げた。
自分は机に突っ伏して目が覚めたのだ。
それを、夢の登場人物が[どこへ行っていた]など、聞いてくるのも可笑しな話だ。
大岩から飛び降りて、少年がサクラの元へとやって来る。
黒く塗った刀の鞘を石と石の間に突き刺し立たせた。
そこへ同じく黒い羽織を被せる。
「変なヤツ」
-変な着物着てるしよぉ
サクラの前掛け式の白いエプロンの端を指先で摘み、持ち上げてパタリと手を離した。
指の腹で質を確かめる様にしていたので、どうやらサクラの服が珍しい様だ。
サクラの胸元程しかない少年は腰に手を当て、鼻で笑った。
小さいのに随分と態度のデカイ奴だ。
(何か、この小生意気な感じ、引っかかるなぁ)
何処かで相手をしたような、してないような。
「なぁ、聞いてんの?」
「え?何か言ってた?」
「・・・じゃあいい」
少年はサクラに背を向け、河原で何か探すように腰を折り曲げた。
どうやら、平たい石を探しているようだ。
「探し物?」
「あー…。投げやすい石を探してんだよ」
-こう、水面を上手く弾けて飛ぶようなさ。
アンダースローで投げる格好をして見せた。
水切りの石を探しているのだと理解する。
「コツとしては、腰を低くして。腕はしなる様に伸ばすんだよ。石に勢いを付ける形で、前のめりに成りすぎるのは駄目だ。後ろに下がり過ぎるのも駄目」
「詳しいのね。好きなんだ、水切り」
「…好きとかじゃねぇよ。願掛けだ」
(願掛け?)
少年の思いつめた顔を見て、サクラは何かを感じ、受け取った。
願掛けには石が必要なのだと彼は言う。
「私も、一緒に探していい?」
「良い石だったら、使ってやらない訳はないな」
上からの物言いに、サクラは苦笑した。
素直に有難うと言えば良いものを。
生意気な少年の、癖の強い髪を鷲掴みにして、クシャクシャにしてしまいたい。
「これ?どうかしら」
「滑らかじゃない。ほら、コレに似たやつを探せよ」
-これを渡しておく。俺は無くとも探せるからな。
少年は手にしていた平たい、彼の云う[良い石]をサクラに渡す。
サクラは石に手を滑らせる。
平たいその石は、滑らかな触り心地だ。
これなら、水の抵抗も減らせるだろう。
「よく見つけたわね」
「そんな物、探せばあるぞ」
(懸命に探してるのに、興味無さそうに言って…。素直じゃないのね)
二人はしゃがんで丁度良い石を探す。
天高く上がってたい日は、西の山へと隠れようとしていた。
もうそろそろ、引き上げ時だな。
少年が腰を上げると、隣にいたサクラが大きな声を上げた。
「ああ!これなら良いんじゃない!?」
差し出された石は、少年が渡した石と同じ形で、渡した石よりも滑りが良かった。
うん、これなら。そんな表情で、少年が満足そうに頷いた。
御眼鏡に適ったようだ。
「良いのを貰った。渡したヤツはやるよ」
「別に、私は水切りしないわよ?」
「しなくとも、礼の変わりだ!受け取っておけ」
返そうと、胸元近くに持っていた石を手で押し返された。
持っていろと言う意味なのだろう。
-足の…ありがとうな。
ボサボサの髪に隠れて口元が見えなかったので、確かめようが無いが。
ポツリと小さな声が聞こえた気がした。
・ ・ ・
目の前の親友がゲラゲラと見た目に合わない高笑いをした。
金色の、高い位置で結った髪が尻尾の様に揺れる。
周りもお喋りで夢中に成っている女性客ばかりなので、それ程彼女の高笑いは気にならない。
手に持っている銀色の匙を器用に回して、サクラの目を見て言った。
「けっこー面白い夢を見てるわねー」
「何言ってるの、いの。丸一日、平たい石を探したのよ」
-小生意気な文句を言われながらね。
小豆の粒が残っている餡子をすくい上げ、口へと運んだ。
口を動かすことに集中していると、いのはニヤニヤと笑って、サクラに追い討ちを掛ける。
「でも、夢の中」
「そ、夢の中よ」
「それにしても、楽しそうに言うじゃない」
-満更でもないでしょ?
全く、いつもこの手の話には鋭い。
思い返してみても、それなりに楽しかったので、そうなのだろうか。
「まぁ、面白かったわよ。色んな形の石を見るのだってね」
「そこは楽しそうじゃないわ。その夢に出てくる謎の少年とのやり取りが楽しそうだって、言ってるの」
「そう、かしら…ねぇ」
夢の中の少年を思い浮かべる。
ちょっと目つきが悪い。
癖の強いボサボサ髪の少年。
同じ班員である、初恋の人に少し似ていた。
纏めると、ざっとこんなもんだろう。
「その子さ、結構好みだったりする?」
「まっさかぁー。だってこのくらいよ」
-このくらい。
胸元を手でフラリとさせる。
それを見たいのは あら、意外と小さいわね。 など返した。
態度がデカイ割に、背はそうでもない。
「でも、成長したらイケメンかも」
-唾付けておきなさいよ!
手で口元を隠して、ワザとらしく言った。
サクラはそのノリに乗ってやった。
「夢の中でぇ?」
「救われないわー」
そして二人は一緒になって爆笑するのであった。
家で紙を見ると、また、字が[増えて]いた。
『不思議な人だ。』