夏糸です。
どうやらこの少年、ピュアな心の持ち主の様です。
この非常に負けず嫌いな少年にも、苦手な事があったとは。
(意外ねぇー…)
悔しそうに下唇を噛み締める少年は、汗を何筋も垂らして息を荒げる。
嫌なイメージを頭から追い出す為に、何度も頭を振って、黒髪から汗が散った。
少年の諦めない姿勢に、サクラは好ましく思う。
逸れならばと、悔しさ滲ませる彼をサクラは煽った。
「ほら、もう終わり?」
「んな訳ねぇーだろ!」
-もう一回だ!
拳に力を入れる。
少年は目を覆い隠す為に、黒い帯を巻いていた。
サクラも同じく、自分の額あてを目の位置まで下げて目を隠している。今回は組手は組手でも、目を覆い隠した[特殊な組手]であった。サクラ達の上忍師であるカカシと、[目隠し鬼]と言う音感訓練を行う。
上忍師相手にこの組手を習うのだ。
サクラもカカシ相手に、班員[三人]で挑んだ事がある。
ワザと大きな音を立てられ、フェイクの足音も聞かせられ、惑わされて散々な結果で終わったが、その後も何度となく行った。
綱手に弟子入りしても、サクラはこの組手は怠らない。
逆に、綱手の方が面倒臭がってやりたがらない程に、面倒な組手でもあるのだ。
三日前から始めたばかりの鍛錬だ。
少年の癖を見ていると、目に頼りすぎている気がした。
その黒い目は、何か特殊な血継限界があるにも見えないが、その反射の良さが目を引く。
だが、裏を取ってしまえば、目が使えない状況に陥った時少年は窮地に立たされてしまう。
「クソ…見えれば、こんな事…」
「目に頼ってばかりだと、視界が遮られた時に不利になるわよ!」
-甘えないで!!
サクラは少年を叱りつけると、息を殺し拳を構え。
そして一撃を少年の脇腹へと打ち込んだのであった。
・ ・ ・
サクラの前髪が数本チリリと、風に散った。
少年の高く蹴り上げて足が、サクラを掠ったのだ。
先程まで、見えぬ当たらぬと四苦八苦していた少年は、その一瞬でコツを掴んだようだ。
流れる様な攻撃に、サクラは次第に追い詰められていった。
この少年の、戦闘に於けるセンスの良さには感心するばかりだ。
こうしては居られない。
サクラは攻撃のパターンを変速させた。
一本調子であったサクラの動きに変化があったのを感じ取った少年は いよいよか、と勝機が巡ってきた事を確信する。
そして、次で決着をつけると、二人はチャクラを練り上げ渾身の力を込めた。
双方、音さえも遅いと言い捨てる程の速さだ。
サクラの拳に、少年の脚。
それらが交差し、互いの急所のギリギリに踏み込み。
止めた。
遅れてやってきた音が、風を連れてくる。
長い沈黙の後に、サクラは好戦的な笑みを、いつもの弟のような少年に向ける甘い笑みへと変えた。
「良くできました」
拳を開き歩み寄ると、少年の額を軽く撫でた。
キョトンと黒い大きな目で、サクラを見上げる少年が可愛くてしょうがない。
サクラは腰を折り曲げ、少年の額に唇を軽く当てた。
風が撫でる程度の密着だった。
最初は何が起きたか分からない様子だった少年の顔は、見る見るうちに真っ赤に染まる。
「ば、馬鹿にすんじゃねー!」
サクラは悪戯っぽい笑みで、少年の頬をツツきながら言う。
「あら?私は褒めただけよ?」
サクラは己の師である綱手の気持ちは少し分かった気がした。
少しちょっかいを出せば、コチラが思った以上の反応を示してくれる。
止めろ、コッチ来んな! 両手両足をバタつかせて怒った猫の様に癖毛を逆立たせる。
(随分と警戒心が高い子ね…)
もし、本当の猫だったのなら、両手でムンずと捕まえて頬ずりしていたかも知れない。
少年は唇にグッと力を入れる。
サクラと目を合わせようとせず、折角、良い線がいっていた組手の感想も無しに背を向けた。
今日はここまでだろう。
サクラは何度となくこの夢、いや…[記憶の共有]をしている内に、自分がどのタイミングで帰れるかが分かるようになっていた。
少年もこの通りである。切り上げた方が良さそうだった。
「じゃあ、今日はここまでね」
-また会いましょう?
あ。 少年がサクラに挨拶を言いそびれ、振り向いた時にはもう林の奥へとサクラは姿を消し、そして戻って行った。
ふと無くなるサクラの気配に、少年は何とも言えない眼差しで、サクラの消えていった林を見つめていた。
(・・・。)
何か言いたそうな顔で、少年は何気なく額の汗を拭った。
そして、サクラの唇の感触を思い出し、また頬を染める。
柔らかい感触が生々しく思い出され、少年は俯く。
「…ばーか」
届かない少年の言葉は、空気に溶けて揺らめいた。
*
最初は[有り得ない]
次第に[そうかも知れない]
それが[全ては真実だった]
順に追って、分かってくる[夢]について情報は、信じられない物ではあったが。
少年から聞く話や、山から降りて偵察した村の様な集落が全てを物語っていた。
何もかもが、現代では考えられない生活と、取り巻く環境に、サクラはここは[現代]では無い事を教えられた。
通りで少年の話にズレがあると思った訳だ。
それは巷では[タイムスリップ]と云うものでは無かろうか。
(信じたくないけれど、この目で見たんだから。自分を信じないと…)
増えていく謎の字も、普通では無い。
もはや、この紙の封印を解いてしまった時からこうなる運命だったのだろう。
だが、只の時間旅行では無さそうだった。
それは、[時間の共有][記憶の共有]と言っても良い。
この情報は[タイムスリップの作り方]やら[タイムバラドックスの歩き]など、胡散臭い題の本達であった。
しかし、全てに置いて、サクラが体験した物と似たような事が書かれているのだ。
今、サクラはその本を抱きかかえて、廊下の角から人が来ないか様子を伺っていた。
こんな本を持って彷徨いているのを顔見知りに見つかったら、揶揄われそうだ。
(問題は、この[記憶]や[時間]が誰のモノなのか、よ)
それが分からなければ、この不思議な体験は終わりそうもない。
大体検討は付いている。
この汚い手紙の持ち主か、本来受け取るべき人に共鳴してしまった事で起きたに違いない。
その本人を見つければ、サクラもこの役目を果たせるのだと信じて、任務の合間に情報収集を行っていた。
こそこそ、と角から出ていこうと身構えた時、肩に何かの感触があった。
「ぅぇえ!!」
「ちょっと、サクラ。何驚いてんの」
「か、カカシ先生」
よっ。 片手を上げてサクラに挨拶をする、寝ぼけ眼の上司が居た。
彼はその長身を折り曲げ上から覗き込む様にし、サクラの持っている本を見ようとしていた。
「あ、駄目よ!」
「えーっ。ちょっとだけ。良いじゃないの」
-本は見ても減らないでしょ
-いーや。先生にも内緒なんだから
そう言って逃げるように、パタパタとその場から離れた。
あれ以上、会話を進めたのなら、口の上手いカカシから情報を抜き取られそうだ。
逃げていった桃色の髪の子を、カカシは首筋に肩手を当てて見ているしか無い。
(あーあ。逃げられちゃった…)
サクラの可笑しな行動は増している気がしてならない。
七班の隊員達が、皆心配している。
ナルト達から相談を受けたカカシが、漸く重い腰を上げた。
サクラに何か聞けないかと後をつけたと言う訳だ。
カカシも少々、気にはかけていた。
このまま、何も無ければいいのだが。
(あんまり[我が道]を突っ走っちゃ駄目だぞ)
-先生悲しくなるからな…。
そして、加わる新たなる字。
『初めてあった時から、薄々気がついていた。』