どうやらこの少年、サクラには言える事がある様です。
片頬が腫れていた。
思いっきり引っぱたかれたのだろう。
受身をとった時に付いたと思われる肘の掠り傷も治して、サクラは俯く少年にかける言葉を探していた。
いや、この場合、何も言わない方が正解かも知れない。
肘の傷を治しても、頬の腫れだけは触られる事を嫌がった。
片手でサクラを押しのけて、近づけさせてくれない。
サクラの方を見ようとしないで、鼻を啜る音だけが響いた。
押しのける為に突っ張った手を、両手で包むように握ると。
少年の影になって見えない方の手が拳を作った。
「随分と勇ましい怪我ね」
「…喧嘩じゃねぇよ」
-お父様に、
それだけ言うと黙り込んでしまう。
これは、父親からの制裁らしかった。
「俺が余計な事をしちまったんだ」
「余計?…でも、少年くんからしてみれば、それは[余計]じゃない事でしょう」
「これは、お姉さんには。…分からない事だ」
俺の苦労なんて知らないだろ。そんな態度で少年はサクラを見やる。
サクラは思春期に有りがちな少年の心情に、心の隅で苦笑しながらも黙って聞いていた。
「黙って見ていられなかったんだ」
-悪くない。それを皆、知っている筈なのに、誰も助けない。
「助けを言っても、許しを、何度も乞う反省の姿勢を見せても、お父様は手を休めなかった」
少年は一拍おいて、息を吸い、全ての思いを短い言葉で吐き出した。
「身体が勝手に動いだんだよ」
-だた、それだけだ。
只見る事しかしない群衆の前に出て、理不尽な見せしめ行為から庇った。
代わりに何度も殴られてやる、その勢いで少年は自分の父親に楯突いたのだろう。
邪魔だと張り倒された跡が、頬の腫れだ。
(事情は良く分からないけれど、やっぱりサスケ君に似てる)
どことなく、いや、見た目からも漂ってくるその独特な雰囲気にサクラは気づいていた。
もしや、この少年は[うちは]の子なのでは、と。
黒髪に黒い瞳。
衣装は着物で彼が着ていた伝統衣装違えど、この少年は人一倍見た目に拘っているので、それの所為も考えられた。
どちらにせよ、全身黒なのだ。
だが、違和感は無く、寧ろ様に成っている。
「あ、コレは?」
全ての掠り傷を治し終えると、膝に巻かれている白い布が目に付いた。
先程まで胡座を掻いていなかったので、見えなかったのだろう。
サクラに指さされたその先にある白い布を、少年は照れくさそうに教えてくれた。
「ああ、コレな。弟に巻いてもらったヤツだ」
「噂の弟くんね」
度々、少年の口から出てくる一番下の弟だ。
余程可愛いのか、自慢げに出来事を教えてくる。
晴れた表情に変わって行く中、少年の口から思わぬ言葉が出てきた。
「お姉さんを、弟に合わせてみたい」
「どうして?」
「わ、分かんねえけど。アイツだって、その、俺だけじゃなくて、あ、…。な、何だって良いだろ!」
「こっちこそ、分からないわね。何で貴方の方が投げやりになるのよ」
「…アイツだって寂しいんだよ」
それは、自分も[寂しかった]事を認める言葉であったが、知ってか知らずか。
訂正もせずに、少年は話を続けた。
「俺はあんたに合ってから、[騒がしい時間」が増えた。[騒がしい」と余計な事を考えなくて済む。今日みたいな[余計な事]もな」
鼻を乱暴に擦り、フンッと鼻を鳴らす。
眉間に皺を寄せて不貞腐れるその表情は幼い。
「アイツはいつも悩んで、独りに成ろうとするんだ」
独りが楽だと考える子供が居るのかと、サクラは何とも悲しい気持ちになった。
そんな訳ない。独りに成れば成る程、泥濘に嵌っていく事を知っている。
それは、少年に似ているサスケがよく陥っていた心境だった。
「アイツは俺よりもしっかり者だから、自分から自由に成ろうとしない。それを父様は知って利用してんだ」
-勿論、アイツだって利用されてる事に気付いてる。
「いつだって感情を押し殺してさ。俺よりも忍らしい。俺のこの位しかないんだぜ?」
少年は自分肩辺りで手を振って見せた。
サクラだって、この少年は少し背が低いと認識している。
それよりも小さな子供が、それを言ったのだと思うと、胸が痛んだ。
「次の家長は俺だけど、俺よりもアイツの方があってる。俺は感情を上手く殺せないから…」
珍しく少年は己を責めていた。
いや、いつも心の中では永遠とこの話について自問自答をしているのかも知れない。
「特に忍には[優しさ]は要らない。その甘さは[隙]を作る。[隙]があれば[死]に至る…」
いつも聞かされている言葉なのだろうか。
少年は自分の口から言っているにも関わらず、心はそこには見当たら無かった。
「そうかしら?」
「どう考えても、そうだろ」
「私には[優しさ]も必要だと思うなぁ」
「・・・。」
サクラの話をしっかりと聞こうと、少年は横向きだった身体を正面へ正して座り直す。
黒曜石の瞳が光を捉えた。
その瞳に、真剣な表情に子供を思う母の気持ちを感じ取りながら、癖のある髪を梳いた。
少年は避けることをせず、黙ってそれを受け入れる。
「[優しさ]を知っているなら、人の痛みを知る事が出来るわ。人の痛みを共有出来るからこそ、人を思い、人の気持ちになれるの」
-上に立つ人なら、尚更じゃない」
「ねぇ少年くん。キミは優しいから。弟くんは甘えられるのよ。きっと弟くんは貴方の[優しさ]が大好きだと思うわ」
だから、忘れても、捨てても駄目よ。
器用な細い指先で、腫れた頬をなぞる。
ゆっくりと、チャクラを練り。
指先から少しづつ癒しを与えた。
チャクラの光で顔を照らされでも尚、少年はサクラから目を離さなかった。
「…そうか」
目を猫の様に細めて、満足そうに余裕ある微笑みで。
少年は言う。
「ありがとな。お姉さん」
*
高い位置で結ったポニーテールを揺らして、その人物はサクラの背後に迫った。
しかし、後もう一息と云う所でターゲットに振り返られてしまう。
「いーの。何?何の用」
「えっ、ちょっと、何で分かったのっ」
-アンタ最近色んな意味で強くなってない?
何で鍛えてるのよ。
腕を組んでサクラをジロリと見る。
訝しげな色をチラチラと、見え隠れさせていた。
サクラは答えは知っている。
何故己がここまで鍛えられているのか、を。
(あんな丁度良い鍛錬相手が居たらね。そりゃ強くなりますよ)
ボサボサ頭の少年が 何だよ、何見てんだよ。と言いたそうな目でガンを付けているのが目に浮かんだ。
最も、その生意気な目つきや態度も、サクラを信用しきった今では見せないが。
「別に、何もしてないわよ」
「うっそだぁー。だって知ってるのよ。アンタ最近消えるじゃない」
「・・・!?何よそれ!!!」
いのが言った何気ない言葉、[消える]。
それはどう言う意味なのか、サクラは過剰に反応してしまった。
まさか、自分が記憶の共有をしている時、姿が見えなくなっているのではないかと、心配していたからだ。
-ちょっと、…サクラいきなり何ィ?
急に食いついてきたサクラにいのは引いてしまっていた。
本当に何気ない言葉だったからだ。
いのが言いたかった事は、『任務を終えたら、その場から消える様に居なくなる』と云う事であり。
実際に消えるかどうか、などは言っていない。
「…やっぱり、アンタ少し最近可笑しいわよ?」
いのは、心配する色を目に写し、サクラの反応を待った。
しかし、サクラは黙ったまま目を合わせずに、何でもないと言って本を抱え直して行ってしまった。
(何よ。アレ)
-[里の歴史]なんて今更な本持っちゃって。
『貴方は俺の知る世界の人じゃ無いんだって。』