慕情届かねど   作:芦田 夏糸

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どうやらこの少年、少年なりに悩みがある様です。


 


第七話 前半

  

 

高い木の、小さく枝分かれが始まった幹に仰向けになって木漏れ日を見上げている。

どことなく、雰囲気がフワフワしているように感じた。

 

(何だか、木の上でお昼寝してる猫みたいね)

 

随分と大きな黒猫もいたものだ。

サクラはその木の幹に背を預ける。

 

少年はサクラの気配に気づいている筈だが、挨拶も無いどころか、ウンともスンとも反応を示さない。

らしくない少年にサクラから声を掛けてみた。

 

「[おはよう]、それもと[こんにちわ]?」

「…こんにちわだよ」

 

少年はフンっと鼻で笑う。

木の上を見上げると、少年がサクラを見下ろしていた。

 

「上がってこいよ」

 

少年は手をサクラに差し伸べ、掴まれ、と短く言った。

線が細くも声もまだ高いが、男らしく、力強さが出て来た第二成長期特有のアンバランスな姿。

見たことはないが、この少年も、ふっくらとした童子特有の時期もあっただろう。

だが柔らかな手は、伸びやかに、そして筋張って、固く何かを守る為に確かな成長をしている。

 

消えない傷が多い、成長途中の手を握ると、少年はニヤリと笑う。

その顔が嬉しそうに見えたのは、気のせいでは無い。

サクラもニコリと笑い返して、力を込め幹に足をかける。

本当は手を借りなくとも、簡単に上れる高さなのだが、少年のさり気ない優しさにに甘んじた。

少年の手を借り木の上に上がると、地より風が心地よい。

 

強過ぎる風は木々が遮り、涼やかな風は枝が通した。

桃色の髪を風に遊ばれぬように、サクラは耳へとかける。

そして、何時も話すときの体制をとる。

横へ腰掛けた少年の方へと体を向けた。

 

「いい風ね」

「そうだな」

 

あの日を境に、少年の態度がまるで流れる場所を見つけた水の様に流れを変える。

隠す様な甘える仕草を、隠す事が無くなった気がした。

いや、本当にそうなのかは判断難しい。

少年は中々言葉にして伝えないからだ。

 

しかし、雰囲気や態度は隠さない。

 

サクラの反応を今まで以上に楽しむ素振りを見せた。

自慢に近しい自己主張よりも、一緒に試して二人で笑う時間の方が長くなり。

プライドが前に出て、ツンケンした様子も見られなくなった。

 

(何だかんだで、親しくはなってるようね)

 

その少年の無邪気な笑顔を見て安心する。

最初に会ったあの何処か人を観察し、敵か否かを区別する目では無くなった。そんな変化だった。

 

サクラは少年との距離が縮まり、嬉しく思っている。

相談に付いても、遠まわしながら受ける事が多くなった。

 

(今更だけど、弟が出来たみたいで嬉しいわ)

 

しかし、サクラの考えている親しさと。

少年が感じている親しさは。

似て非になるものだと、後に分かってしまう。

 

今日も何かあったのか、サクラに言いたそうな視線を向けてきている。

だがそれは、昨日あった事の報告や、自慢の弟の話ではなさそうだ。

黒い眼が不安な色をみせている。

サクラは、当たり障り無い言葉は選んで、少年に言ってみるように促した。

 

「何かあったの?」

 

ボサボサの黒髪を整えるように撫でてやる。

すると、少年が何かを考える様に俯き、ポツリと言葉を吐き出した。

 

「…なぁ、お姉さん。今俺が言う事は、俺も聞きづらいし、お姉さんも言いづらいと思うけどさ、」

 

 -…色の修行ってした事あるか?くノ一、だったら…あるだろ。

 

居心地悪そうに胡座をかきなおす少年の言葉に。

予想外な質問に。

サクラは可笑しな声を上げそうになった。今、なんと。

自分の聞き間違いとして片付けて仕舞いたかったが、そうはいかないだろう。

 

(それって、どう言う意味!?)

 

サクラは表では、そうでも無さそうな涼しそうな顔をして、内心戸惑いを溢れさせていた。

 

(よ、よりによって。ここで、性教育をしなければならないの…?)

 

目眩がして、気が遠くなりそうだった。

この会話とどう切り返そうか。

ロクな答えが出てきそうもない、頭を働かせる。

 

サクラの世代は[戦争を知らな世代]だった。

昔からくのいちクラスにあった[色]修行時間が、保健体育の授業になって久しい。

つまり、サクラのこの慌てようは、そう云う意味なのだ。

[知識]はあっても、[実戦経験]が無い。

 

年若く、修行や任務にに明け暮れて、そういったものに興味は有っても疎い。

そんな、サクラは周りの同年代くノ一から、良い揶揄われ対象に成っている程だ。

 

少年はサクラに様々な女性像を抱いている事が分かった。

居ない母親の代わりとして甘えられる存在であり、実の姉のように親しい。

 

そして、新たに分かってしまった事は。

一人の女性として、サクラを見ている事だ。

 

だが、その感情はサクラが歓迎するモノではなかった。

この少年はサクラを[女性]として見ているが、サクラは少年を[弟]として見ているのだ。

その思い違いの差は大きい。

 

「えっとぉ…。そう云った事はね、私より詳しい人に聞いたほうが良いわ」

「俺はお姉さんに聞いてるんだ。って…言いづらいよな」

 

顔を背けて、自分の愚かさに少年は卑屈になった。

明日の方向をみては、忘れてくれと笑う。

 

困っているサクラに気づいたのか、少年はそれ以上その話題については触れずに。何時もの様に、体術の組手を行った。

 

 

(うーん、頼りにされてるのは良いけど、なんか考えてるモノと違うのよね)

 

そう思いながらも、何とかしてオブラートに包んで伝えられないだろうかと、試行錯誤をするサクラもサクラである。

難しそうな医学の本を捲りながら、男性と女性の違いから、体の仕組みまでメモを取っていく。

アカデミー勤務の保健体育の先生も同じ事をして、自分達に教えていたと思うと涙が出てくる。

 

(でも、よく考えてみれば、少年くんのお父さんとかその他の男性は教えてくれないのかしら?)

 

同じ男性ならば、身体の現象の一つや二つ。

思春期真っ只中の長男坊に、女性との関わり方を教えないのか。

女性の身体の仕組みは、どう教えているのだろうか。

そして性について興味を持ったのはいつからか。

 

くノ一としてそう云った知識を持ち合わせていると思って聞いてきた事は、大体想像がつく。

 

(…ナルト達に聞く事もある意味手段の一つだけど、癪に触るのよね)

 

きっと、聞いた瞬間顔を真っ赤にさせて素っ頓狂な声を出して大騒ぎするだけで終わるだろう。

だからと言って、いつ性について興味を持ったのかを上司であるあの二人に聞くのも、女性としてのプライドが許さない。

 

(綱手師匠に聞く手段もあるわ…。でも、探りを入れられそう)

 

サクラの可笑しな行動は少しずつではあるが、明るみに出てきている。

皆、サクラの生活習慣の激変に違和感を感じているのだ。

それに心配しているのだろう。

何かとサクラに気をかけては、理由を聞き出そうとしてくる。

最初は7班のメンバー、親友のいの、同期生、姉弟子のシズネ。

この中に綱手が入ってくる事は時間の問題だ。

 

(あーもう、何でこんなに悩みが増えなきゃならないの!)

 

 -私は、知りたいだけなのに。

 

この記憶は誰のモノか。

そして、この手紙の持ち主は誰なのか。

知らぬ間に、皆に迷惑をかけている事も分かっているが。

止められないのだ、後もう少しで何か分かりそうな、このもどかしさがサクラを焦らせる。

 

医学書を少々乱暴に棚へ戻すと、サクラは肩を落とした。

 

(…可愛い[弟]も一人の男なのよね。何だか、ショック)

 

それは、思春期を迎えた息子を遠くで見守る母親のそれと同じである。

サクラは縮まったと思っていた距離がまた、開いてしまった様で、少し心が寒くなった。

 

見つけたあの日から、いつも持ち歩いている謎の手紙を腰のポーチから取り出し眺める。

今日辺り、また字が増えるだろう。

滲んでいた墨が形をなしてきた。

 

しかし、サクラには読めない。

余程古い字なのであろう。

古書を解読する程に、読むのが難しそうだ。

 

師である綱手に見せれば、彼女も時間がかかっても読める筈だ。

 

サクラは手紙をまたポーチへと仕舞い込む。

そして、彼女以外誰も居ない図書館医学本棚6番へ背を向けた。

 

 

 

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