慕情届かねど   作:芦田 夏糸

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どうやらこの少年、サクラには特別な感情を持っている様です。


 


第七話 後半

 

 

その日。

少年は酷く興奮していた。

何故かは、分からない。

 

少年はサクラをチラリと盗み見ては、どこか明日の方向を見る。

心無しか、少年の顔が血行が良い様にも見えた。

 

 -何か良いが事あったの?

 

それを聞いても、 女には分からねぇし、言ったら嫌な顔をするだろう。 と、言って利かないのだ。

勘の良いサクラはそれだけのヒントで全てを察した。

女性には分からない、そして、言ったら嫌な顔をする。

下品な言い方をしてしまうが、師匠の綱手の言葉を借りると『一皮剥けた』と言って良いだろう。

 

「…‥本当は、お姉さんには会いたくなかった」

「あら?じゃあ何でここに来たの」

「な、何となくだよっ!」

 

 -別にいいだろう!!

 

突き飛ばす言い方には、照れが見え隠れしている。

少年の気持ちを何となく汲み取ってみると、この時代ではサクラは充分に成熟した女性であり、それに見合った[行為]もしていると看做されている様だった。

つまりは、少年は『同じ立ち位置に立った』若しくは『自分も成熟した男としての機能を持ち合わせている』と、サクラに伝えたかったのかも知れない。

 

だが、サクラはまだ男女関係では夢を見ていたい少女だ。

可愛い弟分が一夜でも女性と関係を結んだ事に、腹が立つやら、目眩がするやら、複雑な感情が渦を巻いていた。

そして、その可愛い筈の弟は、サクラを女として見てると、何となくではあるが検討はついた。

今まで、慣れ親しんだ戯れ合いも[もしかすると]などと、考えたくもない方向へと向かってしまう始末だった。

 

(そうでない事を願うわ…)

 

「ふーん、良かったじゃない」

 

サクラはあえて素っ気ない態度で返した。

出来る事なら、この話題を変えたい。

今日は何の修行をしようか、と然りげ無く通常の会話の流れに戻した。

筈、だった。

それは簡単に遮られてしまった。

 

「お姉さんって、好いてるヤツとか、居るか?」

「…え?」

「だから、好きな奴って居るのかって聞いてんだよ」

 

余程恥ずかしかった質問だったのか。

サクラは聞き間違いだと決め付けて、聞き直そうとするとぶっきらぼうに返されてしまった。

フンっ、と機嫌を損なった態度をワザとらしくみせるその姿は、まるで、幼き日のナルトがサクラの気を引こうと躍起になっていた頃に重なる。

 

「い、居るわよ」

「…へぇ、」

 

 -どんな奴?

 

サクラが思い切って告げた言葉に、少年が纏っていた雰囲気が少し変わった気がした。

が、気の所為では無い。

少年の目は、茂みから獲物を狙う獣。

若しくは、空から監視する猛禽類を思わす色を写していた。

 

その色に、サクラは全く気がつかなかった。彼女頭の中はどうしてこの場を、この話題を回避するか。その事で占められていたからだ。

サクラは、母性にも、憧れにも近しい感情を抱いているうちは一族の少年を思い浮かべていた。

どれだけ酷い事を言われようが、サクラは彼の事を仲間だと思っている。

それ以上に、熱い感情もまだ冷めない。

 

「物静かで、冷静で…。一人になってる事が多かったけれど、今は安心して見れるの。一人にしたら、何処かに行ってしまいそうな雰囲気があるのよ。ちょっと、人が寄りづらいけれど、時たま見せてくれる優しさが良いのよね…。」

 

 -…多分。

 

それを言うとサクラは一息ついた。

思いのままを言葉にすると、取り留めない。

少年は興味無さげに、川の流れている方向を、腕を組みながら見ていた。

振りだった不機嫌が、本当になりそうに成っている。

 

「で、どこの奴だよ」

「うちは、の。…あっ!!!!」

 

サラリと言ってしまう所だった。

否、肝心な箇所である。

サスケの苗字を言ってしまうと、色々と大変だからだ。

 

「う、…うちは?」

 

少年は、嘘だろ。 そう言いたげな顔でサクラを見ている。

 

この世は、戦国で、安全に名乗れる様な時代では無い。

いつ背を刺されるか、腹を刺されるか分からないのだ。

少年を疑っている訳では無いが、それでも、うちはと関わりのある者だと思われたのなら。

今後、どんな影響が出るだろうか。

 

(この少年の一族がうちはと対立してる一族だったら、凄く複雑じゃない!!)

 

静かに慌てるサクラだったが。

少年の反応は、思ってもみないものだった。

 

「嘘だろっ…!名前は?」

 

 -最初の一文字で良い。

 

何故そんなに食いついてきたのか、サクラには理解不能だった。

赤くなったり、青くなったり忙しない少年の顔色を、サクラはポカンとして見ている。

 

様子からして悔しがっているのは見て取れるが、肝心の何が悔しいのかが分からない。

 

「お姉さん、其奴って髪結んでるか?短いか?特徴的な飾りとか付けてるか?」

 

 -教えてくれよっ。

 

何故そこまでうちはに詳しいのか、サクラは少し疑問を持った。

この時代のうちは一族がどんな服装であるのか、装飾を好んでいるのか、見た事が無いサクラは分からない。

しかし、少年は少なくとも見た事があるようだった。

 

(もしかして、少年くんはうちは一族と同盟を組んでる一族なのかしら?)

 

そうすれば、何となく説明が付く。

だが、同時に違う考えも叩き出される。

 

(…少年くん、うちはだったりする?)

 

得意な術の殆どが火遁系だ。

体術は、蹴り技を主に使用してくる。

真っ黒な見た目は当て嵌るが、それを証明する物は持ち合わせていない。

 

(警戒されるから、紋の付いている物は一人の時は、持ち歩かない様にしているのかしら…?)

 

そうすれば、合点がいく。

合いすぎる。

あの謎の手紙だって、うちはの先祖を祭っている南賀ノ神社で見つけたものだ。

手紙の持ち主がうちはだと言う事は、この場合最初から頭に入れておくべき事ものである。

もし、この少年が手紙の持ち主だとしたら、

 

(…受取人は、私?)

 

繋がった点と線に、驚きながらサクラは横に座る少年を横目で盗み見ると、少年は黒い瞳でサクラをジッと静かに見つめていた。

先程までの騒がしさは無く、不気味な程に静かになった。

何か別の事を考えている様にも見える。

そして、重々しく口を開いた。

 

「なぁ…、其奴って、上手いか」

「えっ…。えっと、」

 

 -何が、かしらねぇ?

 

この流れで、上手いか否か、それはサクラの知らない領域についての質問。

必死になりながら、笑顔を作っているので、きっと引き気味だ。

不自然な笑顔でサクラは、背中に滝のような汗をかいていた。

 

(や、やばい、これ以上何かを聞かれたのなら、女性としての何かが確実に減るっ…)

 

その場に漂い始めた怪しい雰囲気と、少し少年から距離をおく為。

地面に手をついて、身体を少しづつずらす。

しかし、細いが力が付いてきた腕に阻まれた。

 

「[何が]って、こんな状況になっても分からねぇのか?」

 

片側の口端を引き上げニヒルに笑う少年が、別人の様に見えた。

 

「…色の修行だって、俺が一番だ」

 

木の幹に掴まれた腕を押し付けるようににして捕える。

サクラは完全に、追い詰められていた。

 

 -疑ってるのかよ?

 

真っ直ぐな瞳。

黒曜石が薄緑色を捉える。

射抜かれた、サクラは直ぐに言い換えせず、思いとどまってしまった。

少年はそれにどう云う思いで見ていたのかは、分からない。

分かる事は、黙り込んだ事を[承諾]と受け取った事だ。サクラの太腿に片手を乗せ、背伸びをし、サクラの目線に合わせた。

驚きで見開き、少年を見つめ返すサクラの肩を強引ながらも押し倒そうとする。

 

「ちょっと、待ちなさいッ!」

「…お姉さん、もしかして」

「い、言わないで!」

 

何だか負けた気がしてならない。

サクラは今までに無いくらい顔を真っ赤にさせて、少年の手を払い肩を掴んだ。

 

「こう言う事は、大事な人としなさい!もっと素敵な女性は沢山いるでしょう!粗末にしないの!」

 

何とも陳腐な言い宥め方だ。

日常に嫌気がさし、夜の世界へと逃げた青少年達や、年若い少女達に説教を垂れる婆のようだ。

 

しかし追い詰められ、苦し紛れに発した言葉も。

少年の真っ直ぐな、黒い瞳に砕かれてしまう。

 

 「俺にとって、大事な人はお姉さんだ。俺にとって[女]はお姉さんしかいない。

 同じ一族の女達は弱いし話に成らない」

 

  -名前や出生は聞かなかった。今までお互い名乗らなかったし、今後もそうなるだろな。

 それに、お姉さんとの一族と、俺の一族が問題を抱えていないとは限らない。

 明日戦う様になるかも知れない。

 戦場で顔を合わせるかも知れない。

  契を交わす事だって、無理だ。

 だから、お姉さんが想っているうちはの男も無理だ。

 他族の一緒になる事は、同盟を組んでいても難しい話だし、傘下にも居なければ、話にもならない。

少年の言葉に、サクラは息が詰まる。

少年はまるで、自分自身に言い聞かせるように、噛み締めて言った。

 

サクラは思う。

そうだ、この時代は[そう]だのだ、と。

思いあっても、高い壁が存在している。

まだ、壁が取り壊される前だと。

 

 -だけど、俺はお姉さんの事を、もっと知りたい。

 

「俺は、お姉さんが良い」

 

 -お姉さんは、その男の方が好きか?

 

「だったら、目を瞑ってくれ。俺を其奴だと思ってくれよ」

 

サクラの桃色の髪をそっと撫で上げ、長く伸ばした前髪に顔を近づけ、愛おしそうに口付けをした。

 

これが。

これが、この年の子供が云う事だろうか。

正確に言えば、もう少年は子供ではない。少年のいる一族の中では、少年は一人の男として数えられているだろう。

 

だから、このような事を言えるのだ。

 

(時代、の所為だって、一括りになんて出来ないわよ…)

 

平穏は来ない。

忍びは道具だ。

明日、死ぬかも知れない。

そんな日常を、少年は生きている。

それが[当たり前]だった。

 

サクラを思う気持ちは、本物だ。

しかし、幾ら強くても精神の幼さが先走っている。

サクラの言った、好きな人であるサスケに嫉妬しているのだ。

 

「分かったわ…」

 

静かに返事を返すと、少年の目に男が色濃くなる。

しかし、サクラは少年の頬を撫でながら、続けて言った。

 

「君が私を思ってる事は伝わったわ。でも、私の気持ちが置いてきぼりなの」

 

それは、照れも無く。

女性としての経験もないサクラの、素直な気持ちだった。

確かに、少年はサクラを女性として見ている。

そして、サクラが好きだという男に嫉妬し、自分を見て欲しいとアピールした後の、身体だけの関係でも良いと云う暴挙に出た。

 

今、彼女と向かい合っているのは。

感情の整理が上手く行かず、心と身体が噛み合わない思春期の少年だった。青い、その一言に尽きる。

サクラの師である綱手なら、そう言って笑むだろう。

 

 

 -ねぇ、もし、少年くんが私の事を、本当に想っているなら。

私をもっと見て。私を振り向かせてみて。

私が想っている人から、奪い取る勢いで来なさい。

 

 

それだけ言うと、サクラは立ち上がり。

 

 -またね。

 

逃げるように告げて森の中へと消えていった。

 

 *

 

サスケは何と反応していいか、分からなかった。

自分の事が好きだと言っていた彼女が、トンデモ無い事を言い出したからだ。

その場にいた七班のメンバー達も、耳を疑った。

 

「サクラ、ちゃん。今、なんて言ったってば?」

「え?何が」

 

すっとぼけるサクラに、サスケが言い返す。

 

「[俺]が[何だ]って」

 

そう、サクラはサスケついて、耳を疑う事を言ったのだ。

しかし、彼女ときたら、随分と昔からそう言っていた様にしている。

 

「だから、私って。本当にサスケ君の事が好きなのか、分からないのよね」

 

それに大きな、いや、大袈裟なリアクションをとったのは、サクラを好きだと言い続け、サスケのライバルであるナルトであった。

 

「じゃあさ、じゃあさ!俺は、俺はどうなの!」

「ナルトは、ナルトじゃないの?」

「ガーッ!そうじゃなくて!」

「サクラ。ナルトが言いたいのは、『自分に付いての好意はあるか』と、聞いているんだと思うよ」

「そう!そうだってば」

 

 -ナイスだ!サイ!

 

思わぬサイからの助け舟に、ナルトが親指を立てる。

だが、彼女は冷静だった。

 

「ナルトは友達でしょう?それも、一生のね」

 

 …嬉しいのか。嬉しくないのか、分からねぇってばよ。 そう言ってガクリと肩を落とすナルトの肩を、サイがポンポンと叩く。

サスケは片眉を上げて、顔を顰めてみせた。

 

「サクラ、お前。熱でもあるのか」

「無いわよ。も~サスケ君って、心配性ね」

 

 いや、サクラが急にそう云う事を言うからだよ。 サイが冷静的確な突っ込みを飛ばす。

 

「でも、そう思わない?だって、好きって言っても、どれくらい?ってなるじゃない?

そのあれ程、里抜けしてもついていきたい、役に立ちたいって云う程の勢いだったのに。

最近、それが無いのよね。それに、気づいて『ああ、そうなんだ』ってまるで他人事みたいだし」

 

 -だから、本当に、好きなのかな?って。疑問に思っちゃったの。

 

言い終えたると、それじゃあ、私調べ物があるから と、言ってその場を後にしようとする。

それを、今まで壁に背を預けていたサスケが、サクラに歩み寄り、腕を掴んで資料庫へ行く彼女を止めた。

 

「…暫く、調べ物は休め」

「え、でも、」

「良いから、休め」

 

 -疲れてるんだろう。…顔色が悪い。

 

サクラの顔色は何時もと同じであったが、サスケにはそう見えなかった。

睡眠も、食事もキチンととっているサクラからしてみれば、何を見てそれを言っているのか理解出来ない。

 

「大丈夫よ。私、体調管理はしっかりしてる方だから」

 

緩んだサスケの腕から、サクラはすり抜けていった。

その場に残された七班は、何が何なのか分からず、その桃色の後ろ姿を見送るしかできない。

 

「やっぱ、サクラちゃん。変わったってばよ」

 

ナルトの言葉が残り2人の感情を弁解していた。

 

 

 

(やっぱり、私。どこか可笑しいのかしら)

 

少年の思いを受け止めたあの日から、サクラは心の奥にあるモヤモヤが一層強くなった。

あれ程好きだった、サスケに対しての好意も疑問に感じてしまう程だ。

 

(少年くんの熱に浮かされてるんだわ)

 

 -うん、きっとそう。時間が経ったら、元に戻るわ。きっと…。

 

埃臭い資料室の中で、ひと伸びすると。

サクラは本を捲った。

 

 

 

『俺が貴方に思いを伝えようとしても、それを感じ取ったように居なくなっちまう。』

 

 

 

 

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