恋人の役割を演じる彼の名は「冴原 悠」で統一させて頂きます。同じアニメ内でも設定がコロコロ変わります。
「悠くーん!」
金曜日最後の授業も終わり、帰ろうと教室を出た途端に元気な声が僕目掛けて突撃してきた。
「あ、なでしわぶっ――」
僕がその声の主を認識した次の瞬間にはピンク髪の女の子が僕の胸に飛び込んできた。
「いっしょにかーえろっ」
僕の胸から顔を上げた彼女は、とっても嬉しそうに笑いかけてくる。それと同時に周囲から感じる、妬みとほっこりとした視線。
「な、なでしこっ、解ったからちょっと離れてっ」
「いいでしょー。わたしは悠くんの恋人なんだからっ」
ふんす、と胸を張るなでしこ。更に周囲への視線を感じたので僕はいそいそと廊下を歩いたのだった。
静岡から引っ越してきた各務原 なでしことの出会いは、学校で迷子になってる彼女を保護したことからだった。それから妙に懐かれて、彼女は事あるごとに僕に声をかけてきた。一緒にいる内になでしこのことを意識している自分がいて、それは彼女も同じだったらしく、自然に付き合うようになっていた。
「悠くん……」
なんて思い出に浸っていると僕の後ろからなでしこのちょっと元気無さそうな声が。
「ん?」
振り返ると、彼女はしょげた子犬のように落ち込んでいた。
「ごめんね、さっきは急に来ちゃって。迷惑、だった?」
さっきみたいな活発さ、そして今見せる寂しそうな顔。ころころと表情が変わって本当に可愛らしい。僕は笑って彼女の頭を撫でた。
「大丈夫。少し恥ずかしいだけだから。迷惑だなんて一度も思ったことないよ」
頭をなでられてほにゃっとした表情をするなでしこ。うん、やっぱり可愛い。
「あ、そうそう! 明日のキャンプのことなんだけど!」
「そっか。気がつけばもう明日だったか」
この土日に二人でキャンプに行くんだった。冬の静かなキャンプ場で富士山を見ながら焚き火して、なでしこの作ったご飯を食べる。それが明日に迫ってきたと思うと、すっごくわくわくしてきた。
「悠くんとキャンプ~♪ 楽しみだな~」
「うん、僕も楽しみだよ。なでしこのご飯美味しいからね」
「そう言われると、嬉しいなっ! よーし、腕によりをかけて作りますとも!」
「お、期待してるね」
「うんっ!」
再び頭を撫でると、なでしこはまたほにゃっとした笑顔を見せるのだった。
「とうちゃーっく!」
管理所でチェックインを終え、テントを建てる予定地である高原に着くと、なでしこはぐっと伸びをした。テントやシュラフ、その他諸々の荷物を持って管理所から歩いたのに彼女はピンピンとしている。それどころか視界に広がる富士山を見て一心不乱に走り出した。
「あっ、富士山だーっ! おっきいねー!」
「なでしこは元気だなぁ……」
僕はそんな彼女に少し遅れて到着した。自然と激しくなっている動悸を、冬の冷たい空気を吸って整える。
「悠くんが体力無いだけじゃないのー?」
「体力は並あるつもりだけど……」
「だけど……?」
「なでしこのお姉さんの言ったことが、ね……?」
「っ!」
僕の言葉になでしこは耳まで赤くなった。
このキャンプ場に彼女のお姉さんに送って貰ったんだけど、降りる直前に「戻ってくる頃にはあたしは叔母さんになっちゃうのかな?」と言われたのだ。
「あ、アレはお姉ちゃんの冗談だから! き、気になくていいのー!」
真っ赤な顔のまま僕の方へ駆け寄ると腕をパタパタさせる。うん、照れた顔も可愛いなーーってそうじゃなくて。
「わ、わかってるから。冗談に決まってるよねあんなの」
「う、うんーー」
ぽすん、と僕の胸に頭を預けるなでしこ。それに応えるように僕も彼女に背中をぽんぽんと撫でる。
「で、でもね? 冗談じゃなくてもいいかなーって思ってみたり……」
「……」
撫でる手がぴたりと止めて、視線を下に向けた。なでしこと視線が重なり互いに見つめ合う。周囲の音が一切聞こえなくなって、どくんどくんと心臓の音が聞こえる。これが自分のなのか重なっている彼女のなのかすらわからない。い、今のってーー
「ほ、ほら! 早くテント建てよ? か、風が冷たいし!」
耐えきれなくなったのか勢いよくなでしこが距離をとった。僕は我に返ると何度も頷いた。
「うん! そ、そうだね! 早く建てて遊ぼうか!」
「お、おーっ!」
それから僕たちは、無言でテントの設営をした。
「かんせーいっ!」
建て始めて20分位経っただろうか、テントは無事完成した。嬉しそうに万歳しているなでしこを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。
「ささ、悠くん。遊ぼうよ!」
しっぽがあれば全力で振っているであろう様子で彼女は顔を輝かせている。
「そうだね。まだ夕飯までには早いし、食前の運動でもしようか。何して遊ぼうか?」
「実はね、やってみたい遊びがあるのですっ」
ふっふっふー、と何故か自信満々にテントに潜るなでしこ。すぐ戻ってきた彼女の手にはプラスチックで出来た円盤が。
「これ、フリスビー?」
「うん! 悠くんとやりたい!」
フリスビーを渡して「投げて投げて」と目で訴えてくる。犬みたいで可愛らしい。冬の高原で他の利用客も殆どいないし、思いっきり投げてみるかな。
「それっ!」
腕に力を込めて空めがけてフリスビーを投げる。なでしこは「わーいっ!」とそれを必死に追いかける。意外と彼女の足は速く、フリスビーを追い越す。ゆっくりと後ろ歩きで位置を調製するとーー
「はいっ!」
ぴょんとジャンプして落ちてきた円盤をキャッチした。そして「悠くーん」とぶんぶんとフリスビーごと腕を振る。
僕は笑顔で振り返すと、軽く足首を動かしてなでしこの投擲に備える。が、何を思ったのか彼女はそのまま走って僕の所まで戻ってきた。そしてフリスビーを再び僕に手渡した。これは、僕にまた投げて欲しいってこと?
視線を彼女に向けると、その問いに応えるように居「早く早く」と視線が急かしていた。僕はそれに応える形でもう一度投げた。するとまた嬉しそうにそれを追いかけていくなでしこ。そして投げずに走って僕の所に戻ってくる。その繰り返しだ。
「なでしこ」
「うん?」
何度かそれを繰り返した後、僕が呼びかけると彼女は首を傾げていた。
「そろそろ僕に対して投げて欲しいっていうか、なでしこが犬みたいだよ?」
「はっ、楽しすぎてつい……」
はっとして少し恥ずかしそうに頭を掻くなでしこ。どうやら素でやっていたみたいだ。何という天然。彼女らしいといえばそうだけど。
「じゃあいっくよー!」
僕から距離をとって手を振るなでしこに頷くと「それーっ!」とフリスビーを投げてきた。円盤は予想以上に高くあがり、僕の視界から通り過ぎていった。
「意外と、速いっ!」
僕は急いで走ってそれを追いかける。何とか追い抜くと速度を落として落下予測場所で足を止める。そこまでは良かったんだけどーー
「ふぐぅっ!」
受け止める体制になるよりも早く、フリスビーは僕の顔面に着弾した。
「わーっ、悠くーん!」と慌てるなでしこの声を聞きながら、僕は草原に倒れ伏したのだった。
「いつつ……」
テントの中に敷いた大きなマットの上で横になる。まだ額がじんじんとしている。大分強く打ったかも。
「悠くん、だいじょうぶ?」
テントの内側だけの視界に、心配そうな表情をしたなでしこが写り込んだ。
「ごめんね、ケガさせちゃって……」
「こんなのケガのウチに入らないよ。じっとしてればじきに収まるから」
そうなの? と不安そうな顔をするので軽く上体を起こしてその頭を撫でる。
「平気だって。少しこのまま横になってるね」
「うんっ、痛み出したら言ってね。湿布とかあるからっ」
小さな救急箱を持つ彼女に微笑みかけると、再び横になって目を閉じる。が、人気が動く気配が全くしない。もしかしてなでしこ、僕が起きるまでいるつもりなのかな? 瞼を開けてちらりと彼女の方を見る。彼女はうずうずとした表情で僕を見ていた。
「もしかして、一緒に寝たい……?」
そう呟くと、なでしこは申し訳なさそうに頷く。こういったとこでは遠慮するのがまた可愛い。僕は隣をぽんぽんと叩いた。
「おいで」
「っ!」
その一言で彼女はぱぁっと表情を輝かせるとマットに飛び込んだ。そしてすぐさま僕に身体を重ねてくる。
「えへへー、悠くんの隣おつちくー」
「キャンプする時はいつもこうしてたもんね」
「悠くんの隣は、恋人である私の特等席なのですっ」
僕は笑って右腕を彼女の頭に寄せる。するとなでしこは頭をぽすんと乗せてきた。
「うへへ、悠くんのっ、うでまくらー」
ほにゃりとだらしなく頬を緩ませるなでしこを見ていると、気のせいか額の痛みも引いていった。
「夕飯まで、こうしてよっか」
「うん……」
ちょっと頬を赤くしたままなでしこは頷いてくれる。そんな彼女を見ていると、ぽっと胸の奥が暖かくなるのを感じる。すぅすぅと彼女の寝息を聞きながら僕は目を閉じた。
「ん……」
少し肌寒さを感じて瞼を開ける。右腕にあったはずの恋人の頭部の重さはすでになく、テントの中には僕一人きりだった。もしかして大分寝ちゃってたかな。
「ふんふっふーん、美味しくなぁれー♪ 美味しくなぁれー♪」
テントに外で活動しているであろうなでしこの陰が写り込む。夕飯を作ってるってことは、もう夕方なのか。僕も起きて手伝うとするかな。
入り口のファスナーを開ける。するとオレンジ色の陽光が差し込んで、思わず眼を閉じる。ゆっくりと再び眼を開けると、カセットコンロで鍋を見つめているなでしこがいた。
「あ、悠くん! もう大丈夫?」
僕の気配に気づいたのか、振り返って彼女は微笑みかける。
「うん、平気だよ。何か手伝うことない?」
「大丈夫、もうすぐ出来上がるとこだよ!」
彼女は自分の隣を叩いて座るように促す。僕はそれに従って腰掛けると、彼女は鍋の蓋を開けた。
「じゃじゃーん、今日のご飯はチゲワンタン鍋でーす♪」
眼に飛び込んでくる赤。その赤さからでも辛さが伝わってくる。その赤いスープに浮かぶワンタンや白菜などの野菜が彩りを飾る。ぐつぐつと沸き立つ湯気からは辛さと旨味が混ざり合った香りが食欲をかき立てる。僕が喉を鳴らしていると、なでしこはしわがれた様な声を出した。
「さぁさぁわたしがよそってあげるからねぇ」
「出たな田舎のおばあちゃん」
「ふぇっふぇっふぇ・・・」
「それじゃあ怪しげな魔女じゃないか」
そんなショートコントをしながら、なでしこは小鉢を渡してくれた。
「さぁさ、たーんとお食べ」
「ありがとうおばあちゃん」
なでしこも自分の分もよそって二人で鍋を挟む。お互いに両手を合わせて食事の合図の言葉を呟いた。
「「いただきます」っ」
息を吹きかけて口の中にワンタンを入れる。ワンタンの生地に染みた唐辛子の辛みと中に入った肉の旨味がからみあって口の中で化学反応を起こす。喉元を通り過ぎて出てくる溜息を吐くと、今度は白菜に箸を伸ばす。うん、これもじわりと染み込んだ辛味が美味い。
「ほぁ……」
たまらず白い息が口から出てしまう。その様をなでしこは嬉しそうに見ると、自分も食べ始めた。
「むぅ~♪ おいしーっ!」
味を噛みしめるように眼を瞑るなでしこ。そして再び箸で具を口に運んでいく。それらを租借して飲み込むと、ぷはっと大きく息を吐いた。
そんな彼女の愛らしい食事ぶりを見ながら食べていると、小鉢の中は直ぐに空になっていた。僕の空の小鉢を見ると、なでしこは手を差し出した。
「おかわりはいかがかな、奥さんっ」
「僕は男だよ。お願いします」
えへへーと笑いながら彼女は鍋の具を小鉢に装ってくれる。なみなみと装うと、再びしわがれたお婆さんの様な声を出してくる。
「さぁさぁおかわりですよおじいさん」
おじいさんと来たか。普段は軽くツッコんでいたけど、ここはなでしこの冗談に乗ってみるとしよう。
「ありがとうねぇ、お婆さん」
「っ! ~……」
出来うる限りでしわがれた声で返すと、彼女は驚いた表情になる。そして顔を赤らめながら視線を逸らした。
「どうしたの?」
「あの、悠くんがノってくれるとは思わなくて……、私と悠くんがおじいさんおばあさんになるまで一緒にいるとこを想像しちゃって、ね……?」
彼女の言葉にこっちも顔の温度がかっと上がってしまう。こっちの顔も赤くなったのを悟ったのか、なでしこは「ひゃ~」と言いながら顔を隠してしまった。
「さ、冷める前に食べ切っちゃおうか」
僕の言葉にこくこくと頷くなでしこ。そこからは黙々と僕たちは鍋を食べたのだった。顔の火照りが恥ずかしさからなのかそれともチゲ鍋からなのか、よくわからなかったのだった。
夕食後、他愛ない話をしていたらすっかり空は暗闇に染まってしまっていた。
「大分いい時間になったね……」
「うん……」
僕の返事に短く答えるなでしこ。うつらうつらと舟を漕いでいて、もう眠気がやってきていることが解る。
「そろそろ、寝よっか」
僕の提案に彼女は声も無く頷いた。
大きなマットの上に寝袋を置いて横になる。すると直ぐに眠気が降りてくる。
「おやすみ、悠くん……」
「うん、おやすみ。なでしこ」
返事の後、なでしこの静かな寝息が聞こえ始めた。それを聞きながら、僕も瞼を閉じた。
「ーーくん……。ゆうくん……」
どれくらい寝ていただろうか、誰かに揺さぶられて目が覚めた。
「悠くーん、起きてよぉ……」
なでしこの声を聞いて上体を起こし、周囲を確認する。テント越しに外の暗さを確認する。まだ夜明けにはほど遠い時間らしい。
「どうしたの、なでしこ……」
眼をこすりながら起こした張本人を見る。すると彼女はすごく申し訳なさそうにこっちを見つめていた。
「おトイレ……、行きたいんだけど……」
そんな彼女の頭を僕は優しく撫でた。
「うん、わかった。ランタン持って二人でいこっか」
僕の返答に嬉しそうに無言で頷くなでしこだった。
「や、やっぱり暗くて怖いね……」
「まぁ高原だからね、外灯みたいなのは少ないよね」
「悠くん、ごめんね? 起こしちゃって……」
「大丈夫だよ。僕もトイレ行きたかったからね」
「ありがと……」
しんと静まった夜の高原を二人で歩く。一つしかないランタンを僕に持たせてなでしこは僕の腕につかまっていた。
「ひぅ!」
時折ちょっとした悲鳴をあげて僕の腕にきゅっと身体を寄せてくる。
「ふひぃ! ひゃわわ……。うぅ、悠くんは怖くないの……?」
「うーん、そんなに怖くはないかな」
ぎゅっと寄せられる度に、なでしこの大きくもなく小さくもない胸の柔らかさが腕から伝わってくる。逆に役得ってやつだ。
が、なでしこはそれを感じる暇もなくひたすらに暗闇を恐れていた。そんな彼女を落ち着かせようと、僕はなでしこの手を握った。
「あ……」
恋人つなぎでぎゅっと握ると、今までの怯え具合が嘘のように止まった。
「えへへ、悠くんの手、あったかいね」
「うん。こっちの方が安心するでしょ?」
「っ、うん……」
なでしこは緊張してた表情をほぐして、僕の腕に身体を預けた。その重みを感じながら僕たちはトイレまで歩いた。
お互い用を足して来た道を手を繋いで戻る。手を握って安心したのか、帰り道なでしこは怯えていなかった。それどころか自分が所属している野クルでの思い出話に花を咲かせていた。
「それでね、この間はリンちゃんと一緒に焼き肉キャンプしたんだー!」
「へぇ、あの志摩さんと?」
「うんっ。お隣さんに助けてもらったり、お肉食べたり、おすそわけをしたりされたり、お肉食べたりして最後はボートにも乗ったんだよ」
「殆ど食べてるだけじゃんか」
僕の指摘にえへへと頭をかくなでしこ。何か思いついたのか顔を寄せてくる。
「今度は悠くんと一緒にボート乗りたいなっ!」
「あー、それもいいかもね。じゃあ漕ぎ手は任せようかな。なでしこ体力あるし」
「へいお任せっ!」
「なんか板前みたいな船頭さんだな」
そうして暫く野クルでのキャンプ話を聞いていたけど、途中でなでしこは寂しげな表情を見せた。
「なでしこ?」
どうかした? と表情で聞くと、なでしこはらしくない苦笑いをした。
「野クルの皆と、それに悠くんと一緒にキャンプ出来たらいいのになーって思って、ね……」
「……」
「あきちゃんやあおいちゃん、それにリンちゃん。皆と同じくらい悠くんも大事なの。だからこそ悠くんもその中で一緒にキャンプしたいなって思うんだ……」
「気持ちは解るけど、難しいだろうね」
彼女には申し訳ないけど、そこはきっぱりと言う。女子ばかりキャンプの中に一人メンバーの彼氏が入るのは申し訳ないし、志摩さんや他の野クルの人達も僕に遠慮してしまうだろう。それじゃキャンプってのは楽しめないと思う。
「カラオケとかで親睦を深めるとか、最初はそういった感じでやっていけばいいのかな?」
「まぁそうするのもいいかもしれないけど、やっぱり僕はなでしこだけとキャンプしたいかな」
「どうして?」
首を傾げるなでしこに、今度は僕から身体を預けた。
「こーやって、なでしこを独り占め出来るから、かな」
僕の言葉にぽっと音を立てる勢いで顔を赤らめるなでしこ。その照れを隠すように空を指さした。
「あ、悠くん! 富士山!」
彼女が指さした方向を見ると、白化粧をした富士の山が月の光に照らされていた。そしてその山の背景にはちらちらと星が輝いていた。僕たちは暫くの間歩みを止めてそれを眺めていた。
「私も」
なでしこの不意の呟きに顔を向けると、彼女もこちらを向いて笑いかけた。
「私もこうやって悠くんと富士山を見るのがとっても楽しいんだ! これからも一緒に二人で楽しいことを経験したり、綺麗なものを見ていきたいな!」
なでしこの言葉が嬉しくて、僕はそれに応えるように彼女をぎゅっと抱きしめた。寒空の下、僕らは暫く抱き合っていたのだった。
ふと周囲の明るさに意識が戻る。上体を起こすとテントの木地の色が眼に飛び込んでくる。どうやら朝みたいだ。昨夜はあのまま二人仲良くテントに戻って寝袋を寄せ合って眠ったんだっけ。辺りを見渡すがその彼女の姿が見えなかった。
テントのジッパーを開けると朝の寒い空気が頬を撫でる。が、それと同時に白い湯気の温かさが僕を迎えてくれた。湯気の発生源へと視線を向けるとぐつぐつと鍋が音を立てていた。そしてそのそばには楽しそうに鼻歌を歌いながら味噌を鍋にいれるなでしこの姿が。僕の起床に気づいたのかこっちを振り向いて笑いかけた。
「あっ、悠くん! おはよう!」
僕はその恋人に笑顔で応えたのだった。
「おはよう、なでしこ」
次はしまりんか犬子にしようかと思ってます。1キャラ1話だけとしたいので一筆入魂の思いで書きます。故に時間がかかるかもしれませんが、どうぞゆっくりお付き合い下さいませ。