窓の外では雷が鳴っている。
雨は降っていないが、風はびゅうびゅう窓を叩き割らんばかりに吹いていた。どす黒い雲が天に広がっている。轟々と雷鳴が響き渡り、雷光が刹那の輝きを放った。
変わらない。『あの日』とまったく変わらない――思わず陸奥は声もなく笑った。
坂東鎮守府提督室。鎮守府の長たる提督が執務を執る部屋である。現在、この部屋にいるのは陸奥を含めて二人。後の一人は、言うまでもなく提督である。
「何がおかしい」
提督が突然笑った陸奥を睨みつけた。
気丈に振る舞ってはいるが、声は上擦っているし、身体は震えている。この提督の様子がおかしかったのか、今度は声をあげて笑った。
「おかしい? ああ、おかしいとも」
「何?」
「変わらん、変わらんなぁ……時代を経ようともお前たち中央の人間は何も変わらん。その反応。誇りだけは一丁前だ。それがおかしくて笑ったのよ」
妖艶な容姿や格好とは裏腹に、陸奥は呵々と笑う。それが不思議とよく似あっていた。
そんな陸奥を訝し気に見る提督。彼女の発言の意味を捉えようとしているのだ。
陸奥もそれは分かっているが、意味を教えることはない。言ったところでどうにもなるものではないし、信じてもらえないだろう。また、信じてもらう必要もない。
どうせ、この男はこれから黄泉の国へ旅立つのだから。
「さて、そろそろ死ぬ覚悟は出来たか?」
折れよとばかりに陸奥は右手に力を込める。持っているのは薙刀だ。あいにくと自前のものがないので、借り物である。提督を殺すだけなら武器は要らない。縊り殺せばよいのだから。しかし、首を刎ねるとなれば、刃物は必要である。
提督が二歩後ろに下がった。怯えが見てとれる。二歩しか下がらなかったのは、壁に阻まれたからだ。
「お、俺を殺すのか?」
「そう言っておるではないか。聞こえなかったか? では、もう一度問う――死ぬ覚悟は出来たか?」
「どうして俺を……」
驚き呆れかえることを言う。死を間際にして痴呆したかと陸奥は鼻を鳴らした。
「分からぬ筈もあるまい、他ならぬお前がな。あれほどの圧政、苛政……この言い方はおかしいであろうか、まあ良い。お前の所為でどれほどの娘たちが苦しみの声をあげ、涙しておると思うか。天が見逃し、聞き逃そうとも、この俺は黙っておらんわ」
「こんなことをして只で済むと思うのか?」
「済まんだろうな。そして只で済ませる気はこちらにも毛頭ない。最悪も予定の範囲内だ」
さらりと陸奥は答えた。
そして言葉を交わすのはもう良いだろうと、陸奥の身体から刃のような戦気が放たれる。
薙刀を両手に構えると、再び轟音。
雷鳴だ。雷は神鳴りと言う。『あの日』の雷は、陸奥に対しての怒りのものだった。今にしてみれば、自分でもそう思う。けれどもこの雷は嘉しているのだ。
此度の義挙を神は応援してくれている。天だって、見逃しも聞き逃しもしないのだ。
「だ、誰か! 誰か助けてくれ!」
突如、恥も外聞もなく提督が喚き出した。目を剥き、歯を剥き、狂ったように泣き叫ぶ。恐怖がちっぽけな誇りを呑み込んでしまったのだ。
何と情けない。時代を経ても変わらないと言ったが前言撤回だ。昔の方がまだマシであった。まだ強い男であった。
「黙らんか! お前も
陸奥が吼える。
聞かず、提督はわあわあと首を横に振り、顔を歪めて、涙を垂れ流す。
これ以上は聞くにも見るにも絶えない。陸奥は眦を裂けんばかりに見開くと、次の瞬間、鈍い音が提督室に響いた。
提督が宙を舞う。いや、提督の首だけが宙を舞っている。恐怖に歪んだ表情を浮かべて宙を舞い、ごろりと地面に転がった。
「おお、雨が降ったわ」
そう言う陸奥の視線は窓の外を向いていない。首のなくなった提督の身体に向いている。その首のない提督の身体から、確かに雨が降っていた。
「運が良ければ、再び現世に蘇ることもあろう。俺が証人だ」
雨で真っ赤に濡れた提督の首に話し掛けると、むんずと左手で髪を掴み持ち上げた。
「最早、これで後には退けん。上手く行けば俺の首一つでどうにかなるだろうが……艦娘――船が人の姿を得た存在。彼女たちは喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、そして泣く。変わらぬ。坂東の民とも、蝦夷とも何も変わらぬ。だからこそ、俺が救わねばならぬ」
天上の神々にか、あるいは自分にか、決意を語ると、陸奥は首を持ったままに、提督室を後にするのであった。