第二次平将門の乱   作:フリート

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艦娘
その①


 風が吹いている。

 穏やかで、柔らかい、心地の良い風だ。

 

「海とは、良いものだな」

 

 風と同様に柔らかい声音だった。どことなく甘く、そして張りのある声でもある。外で呟いた独り言でも、通りが良い。戦艦・陸奥の声だ。

 陸奥は艦娘である。肌を晒すような軽装と、その肉付きの良い身体つきは妖艶の一言に尽きるが、引き締まった表情に見える瞳は硬質なものだ。だが、冷たさはない。子を見守る父のような瞳で、緩やかに揺れる海を眺めている。

 

 隣で陸奥と同じ光景を眺めるのは、長門だった。陸奥の姉である。髪の色も違えば容姿もさほど似通ってはいない。言われなければ姉妹だと気付かれることはないだろう。ただ、時折表情に宿る凛々しさだけは、姉妹の似通ったところであった。

 海を眺める陸奥の横顔に、長門は微笑み掛ける。

 

「お前は、暇さえあれば海を眺めているな」

 

「ああ。俺にはとんと縁がないものだった。見たことないわけではなかったがな。幼い頃、川ではよく遊んだものだったが、やはり、川と海はまったく違うものだ」

 

 まるで母上と共にあるような、そのような気持ちになれる。長門への返答を、陸奥はそう締めくくった。

 艦娘とは、軍艦が人の身を持った存在のことである。故に海に馴染みがないという陸奥の言葉は、いささか首を傾げざるを得ないところだったが、理由はある。

 陸奥は、確かにその身は戦艦・陸奥のものであったが、その魂は違う。平小次郎将門。桓武天皇五代の裔であり、平安の世にあって関東に覇を唱え、時の朝廷に反旗を翻した武者である。陸奥は、その将門の転生した姿だった。

 実を言うとそれは正確ではない。一人の武者である将門の後、艦娘・陸奥の前にもう一つ転生した身体がある。ただその時に将門としての自我はあまりなく、漠然と違う肉体を持って蘇ったという認識しかない。

 将門が将門として自我をはっきりと宿したまま転生したのは、陸奥が最初だ。だから、陸奥は将門の最初の生まれ変わりという認識で問題ない。

 

 この事実を知るのは、現在、陸奥の姉である長門ただ一人である。この事実を知りながらも、長門は惜しみない愛情を陸奥に注いできた。そんな長門に対して、陸奥は心の底から姉として親しみを抱いていた。

 

「海は母上のようなものだ。しかし、時に荒れ狂う姿は父上にも似ている。父上は勇者だった」

 

 父上とは平良持のことである。陸奥鎮守府将軍として剛腕を振るい、息子将門に負けず劣らずの勇将だった。陸奥として生まれ変わった今でも、その敬慕の念は途絶えていない。

 父のような武者になる。将門の頃に抱いた夢は、陸奥になっても引き継がれていた。

 

「母上にも父上にも似るその姿は、まるで神の如し」

 

「お前はそんなことを考えていたのか? やれやれというところか」

 

 長門が困った様に表情を崩した。

 

「別に構わんだろう、俺が何を考えていようと。ならば訊ねるが、姉上は海にどのような思いを抱いているのだ?」

 

「私か? そうだな……」

 

 沈黙する長門。たっぷり一分ほど時間を費やしてから、重々しく口を開いた。

 

「私にとっては、海など墓場でしかない」

 

 陸奥が持っていない記憶。鋼鉄の身体だった時の記憶。長門にとっては、海など殺し合いの舞台で、人間や自分たちの墓場でしかなかった。一体どれほどの魂が、この広大な海に漂っているのか。軍艦の頃に体験した忌々しい戦争の記憶は、長門から海への好感情を奪い去っていた。

 

「この思いはきっとこれからも変わることはないだろう。こうして艦娘として生まれ変わった今でも、やはり戦争があって、やはり墓場だ。海は、私の大切な人々の魂を奪っていく。実に忌々しいなぁ」

 

 知らず知らずのうちに、長門は拳を握っていた。

 

「左様か」

 

 長門に答えたわけではない。こちらも意図せずの独り言であったが、長門にはしっかりと聞こえていた。

 

「左様だ」

 

 長門はそう返してから口を閉じた。陸奥も口を開かなくなった。お互いの思いを胸に、ただただ海を見つめる。

 姉は海に良い感情を持ち合わせていないようだが、やはり陸奥にとっては母なる、あるいは父なる海だった。瞼を閉じ、安らぎを感じる。

 暫くしてから、陸奥は肌で海の風を感じながら、閉じた口を開いて長門に話し掛けた。

 

「時に姉上、俺に何か用があったのではないか」

 

「ああ、すっかり忘れていたよ。私はお前を探してここに来たのだった」

 

「ふむ。して、どのような用件だ? 面倒ごとか?」

 

「違うぞ。そして用があるのは私ではない。加賀だよ、お前に用があるのは」

 

 加賀。その名を聞いた瞬間、陸奥は瞼の裏に一人の女性を思い浮かべた。彼女が自分を呼ぶということは、用件は一つしかないだろう。のんびりと海を眺める時間もこれでおしまいだ。

 陸奥は名残惜し気に海をもう一度見た。それから大きく息を吸って吐く。

 

「さてと、参るとしようか」

 

「おう、行け行け。可愛い可愛いお前の妹分が待っているぞ」

 

「言われずとも、無駄に待たせる趣味は持ち合わせておらぬ」

 

 言って、陸奥は海を背に歩き出すのであった。

 

 

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