第二次平将門の乱   作:フリート

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その②

 長門と別れた陸奥の姿は的場にあった。そして的場にいる以上、その手には弓が見受けられる。昔取った杵柄と言うべきか、きりりと大きく引き絞られる弓、背中に回り込むように左右へと開かれた両の肩は、一切の歪みがなかった。流石の構えである。

 陸奥の視線は、これから射るつもりであろう的をしっかと捉えて離さない。瞬間、陸奥の手から矢が解き放たれた。矢はひゅうひゅうと唸りながら真っすぐ突き進む。

 力強い音が静寂の中で響いた。的は見事に射抜かれている。それを視界に収めた陸奥は、ゆったりと弓を倒した。

 

「お見事です」

 

 敬意の念が込められた声を、陸奥は聞き届けた。振り返れば、そこには一人の女が姿勢を正して座っている。加賀という者で、陸奥と同じ艦娘だ。陸奥がこの的場で弓を握っている理由を作った女でもある。

 

「次はお前の番だ」

 

 陸奥は加賀の言葉には答えずに、その場から離れた。

 すると、立ち上がった加賀は、先ほど陸奥が立っていた場所まで歩を進め弓を構える。引き分けを大きくし、ぴんと上体を伸ばしてから、無心の内に矢を放った。

 結果は陸奥と変わらない。

 

「おう、成長したな」

 

 射った本人以上に、陸奥は満足気な様子を顔に表した。

 それもその筈で、陸奥は加賀の弓術における師である。弟子の成長を目の当たりにすれば、これに喜ばない師はいない。

 師に褒められて、加賀のきつく見える瞳が嬉しさに緩んだ。滅多に表情を変えない加賀であるけれど、陸奥の前では子供のようになってしまう。

 加賀にとって、陸奥は師であると同時に姉であった。素を出して甘えられる相手だ。

 

「陸奥さんのお陰です」

 

「お前の努力の賜物だ。自分を誇るが良い。よし、このまま終わるのも味気ない。もう少し続けよう」

 

 陸奥の提案で、二の矢、三の矢を交互に放った。ズバンズバン、と的を射る音が続き、十の矢をもってキリが良いということで終わった。

 二人は息を整えると、向かい合ってその場に座り込む。数秒互いの瞳を覗き込んでから、おもむろに陸奥が口を開いた。

 

「加賀、弓というのはな、恐ろしい武器だ」

 

 加賀は何を今更というような顔をした。

けれども陸奥は、今更だからこそ話しておかなくてはならないと思っていた。成長著しい弟子が、弓という武器の本質を、弓を扱うことの意味を取り違えないよう、師として、姉として教えておく必要がある。

 空気が変わったのを理解し、次第に加賀の表情には真剣みが出て来た。その表情の変化を見据えながら、陸奥は言葉を続ける。

 

「よく聞け、加賀。弓はな、人を、生き物を殺せるのだ。遠く離れた位置から、どんな生き物でも殺傷してしまう恐ろしい武器、これが弓だ。俺が、お前がこうして何気なく扱っているものがそういう恐ろしいものであることを、再度しっかりと認識しろ」

 

 加賀の視線が左わきに置かれた弓に移る。理解してはいたが、こうして言葉にされると、また重みが違った。弓を持ち上げてみると、加賀はいつもよりもずっしりと弓が重たい気がしていた。

 

「認識したな。では、その上で俺はお前にこう言おう。弓を扱うのなら、殺人の上手となれ」

 

 殺人の上手。あまり気持ちの良い言葉ではなかった。どことなく蔑みが入ったような、少なくとも純粋な誉め言葉のようなものではない、と加賀は感じていた。

 そんな加賀の疑念に、陸奥は答える。

 

「この言葉はな、都の貴族どもが武士を蔑む時に使っていた言葉だ。自分の手も汚さずに、忌々しい奴らめ。今、思い出しただけでも腹立たしいわ」

 

 陸奥は乱暴に吐き捨てた。堪えきれない怒りが口をついて出て来たというような感じである。

 怪訝そうに加賀は怒れる陸奥を見た。貴族と武士がいた時代など、艦娘が軍艦であった頃よりももっと昔の時なのに、まるで自分が言われたかのような反応だ。

 

「実際に言われたわけでもないのに、どうしたのですか?」

 

「ふふ、実際に言われておったからな、と言ったらどうする?」

 

 怒りを抑えた陸奥は、揶揄うように白い歯を見せて笑う。

 

「もう、相変わらず冗談ばっかり」

 

 加賀が赤く染まった頬を膨らませる。

 無論のこと、陸奥にとって冗談ではない。前世において幾度となく言われたものだ。だが、そのことを加賀には教えない。ことさら、人に言う必要があるとは思えないからだ。長門のように気付かれでもしない限りは、平将門という前世の話をする気はない。

 

「ははは、許せ、性分だ。まあしかし、そういうことだ。蔑みの言葉ではあるものの、真理はついている。弓を扱うということは、人殺しの武器を扱っており、その腕前が上達すればするほど殺人の腕が上がっている。そのことの自覚は必要だ」

 

「……はい、肝に銘じておきます」

 

 自分なりに陸奥の言葉の意味を考えて、加賀は深々と頷いた。加賀の頷きを見て、陸奥も頷き返す。

 

「うむ。お前は筋が良いからな、これからもっと鍛錬に励めばどんどん上達していくだろう」

 

 言われて少し複雑な心境の加賀である。殺人の上手の話を聞く前であれば素直に嬉しかったのだが、された後だとどうにも喜びは少ない。殺人鬼や殺し屋、暗殺者ではないのだから、殺しの腕前が上がるとか言われても、正直、と言ったところだ。

 そんな加賀に陸奥は一層破顔してみせる。

 

「俺も油断していると、こうひゅっとやられてしまいそうだな」

 

 とんとんと中指で、陸奥は眉間の辺りを叩く。

 この冗談は流石に面白さの欠片もなかった。何で、師や姉と慕っている人物に矢を射かけなくてはならないのか。ムッとしながら、加賀は陸奥の顔を睨みつける。

 

「流石に頭にきました。いつも面白くない冗談ばかりですが、今のは輪に掛けてひどいです」

 

 それからしばらくそっぽを向いていた加賀であったが、陸奥の反省した様な雰囲気を見て、陸奥の方に視線を戻そうとする。その時、虫が鳴いた。ぐるるると猛獣が牙を剥き出しに獲物と対峙した時のごとき声で、静かな空間だからなおのこと響いた。

 一瞬加賀の動きが止まり、次いで、陸奥が大口を開けた。

 

「わははは、まあ恥ずかしがる必要はない。生理現象だ。それだけ、熱心に弓の鍛錬をしておったということであろう。加賀、飯だ、飯にするぞ」

 

 加賀は今日一番熱くなった頬を両手で抑えて、おずおずと首を縦に振るのであった。

 

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