第二次平将門の乱   作:フリート

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その③

「陸奥」

 

 大和の声がした。

 美しい女である。透き通るように色白な肌、はっきりと大きく開かれた瞳、豊満で実りの良い身体つきで全体的に大柄なのだが、小顔であどけなく可愛らしい女だった。

 鎮守府の秘書艦、実質の二番目の地位にいながら傲慢さは欠片もなく、気立ても良い。陸奥と話をする時は、いつも真っすぐ、その涼し気な目を合わせて話して来る。陸奥も一目置いており、未だ男のままであれば是非妻にと思ったものであった。

 その大和が、陸奥に話し掛けて来たのだ。朝も早いうちに、就寝中の陸奥を起こしてだ。重い頭を動かして、陸奥は大和を見遣る。

 昨日のことである。加賀と弓の技術を高め合ってから食事を摂った後、幼い駆逐艦娘を相手に教師の真似ごとをやっていた。勉学を教え、外で走り回って遊んだのである。夜になれば姉の長門と一緒についつい遅くまで杯を交わした。頭が重いのはその所為である。

 大和はそんな陸奥の様子を気にすることなく、涼し気な瞳同様に清涼感のある声を発した。やはり陸奥の瞳を真っ直ぐ見据えていた。

 

「鎮守府が一つ、滅びました」

 

 重たい口調で包まれた言葉に、陸奥は強い衝撃を受けた。別の意味で頭がどっしりと重たくなる。

 詳しい内容の説明を陸奥は求めた。

 

「どういうことだ?」

 

 大和は首を横に振った。

 

「陸奥が求める情報の全容を明かすことは出来ません。まだ分かっていないのです。分かっているのは、滅びた鎮守府が私たちの鎮守府に近しい場所にあることと、その鎮守府を滅ぼした敵の次なる狙いは、恐らくここであろうこと、それだけです」

 

 それだけと言うが、それだけ分かっていれば陸奥にとっては十分である。

 油断ならない話だった。滅ぼされた鎮守府のことを陸奥はよく知っているが、それなりに戦力は充実化していた筈だ。そこを滅ぼしたとなると、敵の深海棲艦は侮り難い者たちということだろう。深海棲艦は、何ゆえか人類に牙を剥く知的生命体のことである。

 

「近々出撃の要請がくだるかもしれません。用意はしておいてください」

 

 大和はこれを伝えたかったらしかった。

 

「承知した」

 

 陸奥が大きく頷くと、大和は用が済んだとばかりに振り返り、早足に去っていた。重たい頭を抱えながら、その後姿を陸奥は見送る。

 それから二日もしない内に出撃の要請が下った。鎧や具足、太刀や箙の代わりに砲塔を身に纏って、埠頭へと向かう。

 

「遅かったな。お前が最後だ」

 

 埠頭へと向かうと、やはり砲塔やそれぞれの武器を帯びた艦娘たちの姿があった。数こそは十と少ないものの、整然と並ぶ姿はなかなか見惚れるものがある。この十の中には、長門と加賀の姿があった。最後にやって来た陸奥に声を掛けたのは長門だ。

 今回は彼女たちと一緒に出陣するらしい。頼もしく安心感がある。

 

「待たせたわね」

 

 陸奥が来てから数分後、藤原提督が悠然と歩いて来た。右斜め後ろに大和を従えている。

 女性であることを加味しても、ひょろりと木の枝のように細い身体、目も同じように細くきつく、底知れない冷酷さを感じた。陰湿な謀略家のようで、人間としての温かみが感じられず、陸奥は彼女のことが苦手であった。

 藤原は集まった艦娘たちの顔を一人一人確認してから、陸奥を見た時、視線の動きを止めた。冷ややかな眼差しだ。いつものことである。陸奥に心当たりは一切ないのだが、彼女はどうも陸奥のことを気に入らないようなのであった。

 陸奥が視線を逸らすと、藤原は鼻で笑ってから言った。

 

「大和の指示に従いなさい。出撃」

 

 先ず、大和が藤原の後方より歩み出て先頭を切った。それに他の艦娘たちも続く。陸奥も逃げるように大和の後を追った。一刻も早く藤原の近くから離れたい気分であったのだ。藤原が発する冷たい空気の中で、沈んでしまいそうであった。

 海に出る。海の水と潮の匂いを含んだ風が心地よい。少し冷たくはあったが、藤原と比べると確かな温かみを感じる。母の、あるいは父の温かみだった。やはり海は好きだ。

 海に出ると、計十二人の艦娘は二つの隊に分かれた。陸奥の隊には、大和と長門がいた。

 列を成して海の上を滑るように駆けていると、長門が少し陸奥の方へ寄った。普段通りの声で会話が出来そうな距離だ。

 

「お前とこうして肩を並べて出撃するのも、随分久しぶりだな」

 

 実はそうなのである。この鎮守府に陸奥が赴任してからだいぶ月日は経つのだが、その間出撃した回数は片手で数えきれるほどだ。

 理由は単純明快で、藤原の意思だ。赴任した当初、藤原は陸奥に対してそこまで厳しいあたりではなかった。寧ろよく気に掛けているとまで言っても良い。しかし二ヵ月も経てば態度は一変する。心の芯から凍えるような視線を向けられるようになり、事あるごとに嫌味を言われるようになった。どうしてなのかまったく分からない。

 とにもかくにもそういうわけで、陸奥は久方ぶりの出撃なのであった。

 

「それにしても、今回の戦争は一体いつになったら終わりを迎えることやら。終わりが見えないというのは、何だか辟易としてくるものだ」

 

 長門の表情に憂鬱の色が浮かんだ。

 これも陸奥には分からないことであった。深海棲艦との戦争はもう何年と続いているらしいが、終わる気配は一切ない。そもそもこの戦争は、深海棲艦が始めたものであった。彼女らは突如として襲い掛かって来たらしい。

 話は通じる。彼女たちの一部はこちらの言語を用いて会話が出来る。だが、話し合いに応じようとはしないのだ。であるから、深海棲艦が戦う理由は不明だ。こちらもこちらで、襲われるから守るという単純な受け身を取るしかなかった。理由が分からない戦いが長い間続いていれば、それは辟易とするものだろう。

 陸奥も別段戦いが好きなわけではない。やらないに越したことはないし、和平に持ち込めるのならそうしたい。ただそれが出来ないから、仕方なく弓矢を交えているだけである。

 

「むっ」

 

 声を漏らした陸奥が、遙か頭上に視線を向けた。空気を切り裂きながら、重く鋭い音を発して何かが通り過ぎていく。どうやら加賀の航空機らしかった。大方斥候であろう。

 暫く海上を進んでいると、斥候から連絡が入った。深海棲艦を発見したようだ。数はこちらと同じ十二体はおり、そのうち三体は姫と呼ばれる存在だった。この姫は、深海棲艦の中でも言語を使える者たちである。そしてそれは、強力な力を持つ証でもあった。

 おもむろに、大和が陸奥を呼び寄せた。

 

「陸奥、頼りにしています」

 

 わざわざそれだけを言ってきた。頼りにしていると言われて嬉しくないわけではないが、どんな意図があるのか。何やら分からないことばっかりだ。

 次第に、深海棲艦を見つけた場所との距離が近付いて来た。もう、目と鼻の先であり、陸奥の身体を緊張が駆け巡る。グッと力を込めて、緊張を抑え込んだ。

 深海棲艦の姿が見え始めた。そもそも人型ではないものもいたが、大抵は青白い肌に宝石を埋め込んだような瞳をしていて、それが人間とは違っていた。

 

「全艦、攻撃用意」

 

 大和が指示を下すと、加賀を含めた空母たちが航空機を発艦させた。航空機は藍より青い空を駆けて、深海棲艦に向けて爆弾を投下する。轟音と一緒に黒煙が上がった。その黒煙はまるで戦闘開始の狼煙のようであった。

 黒煙がはれると、あちらこちらに傷を負った深海棲艦の姿が見える。十分な距離を縮めてから、間髪入れない砲撃で反撃も許さず撃滅してしまおうと陸奥らは砲塔を向けた。

 深海棲艦が陸奥らの姿を捉える。だが、どうにも様子がおかしかった。彼女たちは悪意も敵意もなく立ち尽くしている。また、分からないことだった。

 

「何が何だか分かりませんが――」

 

「待て」

 

 動かない深海棲艦に、今こそ好機とばかりに攻撃しようとする大和を押し止めて、陸奥は大和の視線を遮るように前に出た。

 深海棲艦の視線が陸奥に集中する。不思議な感覚だった。深海棲艦たちが陸奥を見る視線には、好意の色があるのだ。さらに、畏敬の念も感じ取れた。

 困惑する陸奥を余所に、深海棲艦はスーッと陸奥の前までやって来て、次の瞬間には海上に膝をつけて首を垂れていた。

 陸奥は呆気にとられ、助けを求めるように周りに視線を向ける。しかし陸奥を助けることが可能な者はいない。長門も加賀も大和も、他もろもろの艦娘たちも、陸奥と同じように呆気にとられている。どうなっているのやら。

 深海棲艦は跪いたまま微動だにしない。まるで、陸奥の言葉を待っているかのようであった。思わず陸奥は深海棲艦たちの後頭部に、鋭く吐き捨てるように言った。

 

「退けっ」

 

「ハイッ!」

 

 姫の一人が顔を上げて返事をすると、そのまま他の深海棲艦を連れて陸奥の視界から離れて行った。

 

 

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