第二次平将門の乱   作:フリート

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いざ、坂東!
その①


 平将門として生きていた頃から、千年以上の時間が経っている。それだけの長い時間が経っていれば、故郷も随分と様変わりしていることだろう。名残すら微塵もなく、そこは見たこともない異国と何ら変わりはない。きっと、昔のように馬に乗って、自由に大地を駆け回るようなことさえ出来ない地に様変わりしているだろう。

 杯を傾けながら、陸奥はそんなことを思っていた。

 百人以上は軽く入れるような大部屋には、鎮守府に属する者たちが集結して思い思いにはしゃいでいる。大声で歌を歌っている者がいれば、部屋の中をうろうろと彷徨する者もおり、下手くそな踊りを披露する者もいる。

 今夜は無礼講の宴であった。始めてから一時間もしない内に、部屋全体に酔いが回っている。

 その宴の主役は、狂乱騒ぎを肴にしながら一人、故郷のことを脳裏に張り巡らせていた。今日の宴は、別の鎮守府への移動が決まった陸奥の別れの宴である。

 

「坂東鎮守府……か」

 

 あまり気乗りのしない移動命令だった。坂東という名前が記す通り、自分の故郷、あるいはその付近に存在する鎮守府であろう。だが、どうにも里帰りというような気分はない。勿論、栄転と思うこともない。あるのは、異国、あるいは異世界に赴任するという気持ちだけだ。出来れば、長門や加賀とずっと一緒にいたかった。

 

「陸奥さん、あまり食事が進んでいないようですが」

 

 給仕役に徹していた艦娘が、酒のおかわりの継ぎ足しに陸奥の下へやって来た。陸奥の取り皿に汚れが見受けられないのを見て、表情に不安の色を浮かべている。

 この艦娘は、宴の食事を用意した者の一人だった。何か粗相をしてしまったのではないか、と不安なのだ。また、主役があまりにも静かなことに心配している様子でもあった。

 

「今から食べようと思っていたところだ」

 

 別に食事に不満があるわけではない。まだ食べてはいないが、食べたことがないわけではなかった。普段の食事でよく口にしているから、味に関して信頼は十二分にある。

 ただ、移動することに関して先行きの不安があって、食事を摂る気にならなかっただけだ。とは言え、折角自分のために作ってもらったのだからまったく食べないわけにもいかない。

 陸奥は左手に杯を持ち換えてから、右手で箸を掴み目前の料理を摘まんだ。煮魚であったが、よく味が染みていて美味い。自然と表情が柔らかくなる。

 

「流石だな」

 

 たった一言であったが、それだけで満足だったのだろう。給仕の艦娘も表情に笑みを浮かべて、別の艦娘の下へと向かった。

 陸奥はしばらく料理の方に集中した。煮魚だけでなく、一口サイズのステーキ、カレーライスにサラダ、どれもこれも美味い美味いと感想しながら食べる。食べていると、幸せな気持ちで胸が一杯になって、変わり果てたであろう故郷のことを忘れることが出来た。

 

「向こうに行ってしまえば、これも味わうことが出来なくなるのか」

 

 ふと、憂鬱な気持ちが戻って来た。

 行きたくない。箸を置きながら、陸奥は心の中で呟いた。子供のように駄々をこねたところでどうしようもないのは分かっている。分かってはいるがこねざるを得ないのだ。

 誇らしい姉がいて、自分を慕ってくれる可愛い弟子がいて、美味い食事があって、その他諸々の心地よい環境が揃っていて、離れたくなくなるのも不思議はない筈だ。

 

「童に帰ったような気分だ、この俺ともあろうものがなあ。よもや行きたくない、行きたくないなどと」

 

「でしたら、派手に喧嘩でもして向こうの提督に嫌われてくれば良いのではないですか? 出て行け、と追い出されてここに帰ってくれば良いのです」

 

 そんなことを、あっさりと言って来たのは加賀だった。

 明らかに酔っている様子である。頬に赤みが目立つし、声がいつもより甲高く、そもそも素面でこんなことを言う人物ではないのだ。目も据わっているし、水でも飲むかのようにしこたま飲んだのであろうか。

 陸奥が返答せずにいると、加賀は酒をコップ一杯に呷ってから視線を別に集めた。視線の先には藤原と大和がいる。彼女たちは彼女たちで楽しくやっているようだったが、二人を見て加賀は不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「陸奥さんを鎮守府から追い出せて随分とご機嫌なようですね」

 

 不穏な空気を纏い始めた加賀を陸奥が止めた。

 

「これ、不躾なことは止めぬか」

 

「陸奥さんは頭に来ないのですか? 今回の移動命令は陸奥さんを恐れたあの二人の陰謀だと、もっぱらの噂です。特に藤原提督は陸奥さんを嫌っていますから、中々信憑性が高いと思われますが」

 

 みるみると加賀の頬の赤みが増していった。この赤みが酔いの所為にしろ別の所為にしろ、このまま放っておくと碌な事にはならないだろう。

 陸奥も確証を得ているわけではないが、話だけは聞いている。坂東鎮守府への移動は、陸奥の人望を恐れた藤原と大和による陰謀であると。それが本当のことなのか、戯言であるのかは定かではない。この宴も、陸奥を送別するための宴ではなく、陸奥が居なくなることを祝福するための宴だという話も出ていた。

 そういう話が出ているのだから、加賀がやけ酒でもやるように酒を呷る理由も、藤原達に対して黒々とした感情を抱くのにも説明がつく。

 だからと言って、折角の宴で血なまぐさい光景を見たいものではない。加賀が酔いの勢いでとんでもないことをしでかす前に、彼女を止めるべきだ。

 そう判断した陸奥は、彼女を抱き寄せた。

 

「はえ? む、陸奥さん?」

 

 呆けたような声を加賀は出す。

 陸奥はそんな加賀の背中を、赤子でもあやすように叩き始めた。ようにと言うよりはまさにと言った方が適切やもしれない。気持ちよさそうにうとうととしている加賀の様子は、それこそ赤子そのものであった。加賀は次第に安らかな寝息を立て始め、陸奥の肩を枕に眠りに入った。

 酔っぱらいの世話は手慣れたものであるし、なにより子供の親であった経験がある陸奥だ。人一人を寝かしつけるのは造作もないことである。とにもかくにも、加賀が大人しくなってくれて一安心と言ったところか。

 

「見事なものだな」

 

 陸奥が加賀の枕を自分の肩から膝に替えていた時、長門の姿が視界の横端に映った。長門は、加賀が足を伸ばしている方向とは逆の方に腰を下ろす。

 一時の間、長門は微笑まし気に表情を崩して、寝ている加賀を眺めていたのだが、突然険しい顔で藤原達へと視線をやった。

 勘弁してくれ、と陸奥は思った。長門まで血なまぐさいことをやろうというのだろうか。ほんのりと桜色をした頬は、長門が酒を嗜んだことを教えてくれているが、加賀のように酔いが頭にまでいっているとは思えなかった。

 すると、長門は吊り上がった目尻のままに陸奥へと言った。

 

「陸奥、気を付けろ。坂東鎮守府というところは、どうもきな臭いところらしい。詳しいことは知らないが、今回の移動命令はただ事じゃないようだ。お前ならば大丈夫ではあろうが……」

 

 血なまぐさいことをやらない代わりに、きな臭い話を長門は持って来た。歯切れが悪そうに話を区切るとスッと立ち上がる。足はおぼついているようだから、やはり前後不覚になるほど酔ってはいないようだ。しっかりとした足で二歩前へ進んだ長門は、陸奥の方へ振り向く。

 

「お前は私の妹の陸奥だ。そしてお前は――平将門だ。そのことを努々忘れるな」

 

 どういう意味だと陸奥が問い掛ける前に、長門はさっさと居なくなってしまった。

 陸奥は言葉の意味を下手に考えないようにした。こういうことは後になって意外なことで見つかるものである。姉が妹に向ける贈り物だと思って胸の内に刻んでおこう。

 甘えるように自身の膝に顔を擦り付ける加賀の頭を撫でながら、長門の言葉を心の中で二回、三回と繰り返した。

 

 

 

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