第二次平将門の乱   作:フリート

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その③

 酒が不味いと感じたのは初めての事だった。

 陸奥は、酒が大好きである。酒を飲んで心地よく酔うのが好きなのである。身も心もとろとろに溶けてしまうような、宙を舞っているような感覚は堪らない。その感覚を味わいたくて、事あるごとに杯を傾け、喉を鳴らした。酒はなくてはならないものだ。

 それがどうだろう。あれだけ楽しい筈の酒が、今は見るのも不快になっていた。こんなことは初めての事だが、さもありなんと思う。一緒に酒を飲む相手が相手であるからだ。

 

「艦娘というのはつくづく度し難い生き物だな。少しばかり人間より頑丈なだけで、我が物顔で地上を跋扈している。そも、元は人間が作った軍艦じゃないか。それがたまたま、人間と同じ姿を持っただけのくせして、図々しくも人間の真似ごとをし、人間と対等の立場を要求している。猿の方がまだ可愛げがあると言うものさ」

 

 先ほどからこの調子であった。陸奥と酒を一緒にする源提督は、嬉々としながら艦娘を侮蔑、差別する内容の言葉を垂れ流し続けている。聞くに堪えないことだ。

 あまり、どころか全然嬉しくないことだが、陸奥はこの男に気に入られてしまったらしい。そうして、不本意極まりないことだが、酒の席を一緒にする事になってしまったのだ。

 源提督はよく飲んで、よく酔っていた。呂律は回っておらず、しつこく同じ話を繰り返している。陸奥にとってただただ不快なだけの話を。

 

「まあ、見た目だけはそこら辺の女より優れているから、慰み程度には使える。それに、軍艦一隻を建造するのと比べると、遙かに安上がりだ。ダッチワイフを使い捨てにするだけで、世界が救えるんだ。そう考えると、悪いもんでもないのかな」

 

 こんな話をもう小一時間も続けている。飽きもせずに表現や言い方を変えて、これでもかと艦娘をこき下ろすのだ。いい加減鬱陶しい。

 陸奥は嫌々としながらも、努めて表情には出さないように応対していた。時々、同意を求めてくるから、その時は、

 

「左様ですな」

 

 とか、

 

「心中お察しいたします」

 

 などと、機嫌を損ねさせないように気を付けながら返した。

 それにしても気持ち良さげに艦娘を罵倒しているが、その話を聞かせている陸奥も艦娘だという事をきちんと分かっているのだろうか。同族の悪口など聞いていて誰が面白いのだろうか。その辺りの配慮をこの男に求めるのが酷なのは、この短い付き合いだけで分かってはいるけれども。

 似ているのだ、陸奥の嫌いな人種にこれでもかとそっくりなのである。

 

(一目見た時から嫌な既視感があった。あまり思い出したくもないので、記憶の奥底に封じておったが、こいつのくだらん話を聞いておると嫌でも思い出すわ。朝廷の人間に似ておるのだ。蝦夷を化外の獣と称し、我ら坂東武者を血に狂った殺人鬼などと呼びならわした、あの軟弱者どもに、似ておるのだ)

 

 陸奥の瞳に映る源提督と、記憶の中に映る都の人々の面影が重なりあう。蝦夷や坂東武者を蔑視した都の人々と、艦娘を見下す源提督は似ている、ではなく同じと言っても過言ではなかった。時を経ても、坂東のように変わるところもあれば、変わらないものもあるようだ。

 

「……酔えぬな」

 

 頭が嫌な意味で冴え渡っていた。気持ちの良い感覚は、諦めた方が賢明なようだ。

 まだ、源提督の話は続いている。放っておくと何時までも続きそうだが、体よく終わらせるなんて出来はしない。機嫌を損なわせてしまえば、どうなることやら。自然に話が終わるのを待つ他はないらしかった。

 すると、ドアがトントンと二回なった。どうやら、何者かが自身の来訪を知らせるため、ドアを叩いたらしい。話の邪魔をされて機嫌を悪くした源提督が、おざなりに入室を促す。

 

「失礼します」

 

 聞き覚えのある声だった。部屋に入って来たのは、先ほど陸奥を案内してくれた鬼怒である。彼女は、傍から見れば仲良さげに酒を酌み交わす陸奥と源提督を見て、一瞬困惑の表情を浮かべ、直ぐに元の無表情へと戻す。

 陸奥は内心安堵した。これでやっと話も終わると思ったのである。ついでに酒の席自体も終わってくれないだろうか、とも思った。一縷の望みを込めて、傍らに酒の入ったコップを置く。

 次の瞬間である。

 

「てめえ!!」

 

 怒声と続くように鈍い音。源提督が鬼怒にコップを投げつけたのである。中身の酒が鬼怒の顔や服を濡らし、砕けたコップの破片が地面に散らばった。何事かと考える間もなく、源提督は動き出していた。

 

「ふぐぅ……」

 

 鬼怒が呻き声をあげた。

 立ち上がった源提督は鬼怒の襟首を掴んだかと思うと、そのまま地面に叩きつけたのだ。

 叩きつけられた鬼怒は顔を足蹴に踏み回される。コップの破片で顔を切ったのだろう、陸奥の視線の先に血の色が見えた。驚いて声が出せない。途端の凶行にではなく、その凶行を行った男の変貌にである。

 源提督の瞳は赤く染まっていた。鬼怒の肌より流れ出る血よりも、黒々と濁っている。息を荒くして、踏みつけては蹴り、蹴っては踏みつけるという事を一心不乱に止めない。尋常ではなかった。あるいは狂っている。

 

「い、いかん! 見ている場合ではない!」

 

 遅れて陸奥も立ち上がると、背後から源提督を羽交い絞めにした。立場上無礼な行為であるし、止め方なんて他にいくらでもあったが、矛先を自分に向けるために敢えて実力行使に出たのである。考えるより先の行動だった。

 男と女であるが、人間と艦娘である。生物学上男の方が力があるとは言え、人間と艦娘では話が違った。さらに艦娘の中でも剛力を誇る陸奥だから、その陸奥に抑え込まれてしまえば、どんな男でも身動き一つとれない。じたばたと癇癪を起こした幼子のように必死の抵抗を見せた源提督だが、どうしようもならないと分かると、一切の動きを止めた。

 

「離せ」

 

 言われた通り、陸奥は両腕を離しそそっと後ろに下がると、頭から膝までの位置を低くした。額を地面につける体勢で、この後訪れるであろう打擲を待っている。

 気に入られていたが、これで台無しであろう。不本意ではあったが、気に入られていないより、気に入られていた方がマシだ。いや、早急に元の古巣に帰る事を加味すれば、寧ろこれで良かったのかも知れない。また、少女があのような酷い目に遭っているのに、何もしないわけにはいかなかったのだ。一武士として、後悔はない。

 だが、待っていても予想された打擲はなく、そればかりか意外な展開へと続くのであった。

 

「陸奥、お前は慈悲深い奴だな。こんなのに情けをかけるなんて」

 

 至って優し気な物言いだった。陸奥が顔を上げれば、源提督の瞳の濁りはどこへやら、狂態も忘れたように穏やかな顔で陸奥を見ている。

 続けて源提督は言った。

 

「それとも、こいつが気になってるのか? 艦娘ってのは、同じ艦娘で乳繰り合うことが多いらしいが、お前もその口か? だったらプレゼントだ。こいつはお前にやるよ。好きに使うんだな。どうだ、嬉しいだろう? 泣いて喜んで良いぞ」

 

 下品にもほどがあるというものだが、陸奥は口を挟まない。どういうわけか機嫌が直っているようなので、下手に刺激する必要はなかった。

 その機嫌の良いままに、源提督は陸奥に背を向ける。それから、あからさまに倒れている鬼怒の背中を踏みつけながら、部屋を出ようとした。その際に、もう一言があった。

 

「お前、俺の秘書艦な。期待してるから、よろしく頼むぞ」

 

「身に余る光栄と存じます。全身全霊を賭して忠勤に励む所存です」

 

 わなわなと震える身体に力を込めながら、陸奥は答えた。

 答えに満足したのか、ニコニコと笑みを浮かべながら、源提督は部屋を後にする。残るのは、血濡れで赤くなっている鬼怒と、怒りで赤くなっている陸奥の二人だ。

 急いで陸奥は、鬼怒の介抱に掛かった。

 

「無事か? 直ぐにでも手当をしてやる。それにしても、なんと酷いことをするものだ」

 

 話を中断されたからか、あるいは酒の席に入られたからなのか、どちらにせよここまでやるような事ではない。今の今まで、このような暴虐が続いているのだろうか。だとすれば、鬼怒や他の艦娘たちのあの無機質な表情には、深い意味があるのではないだろうか。

 暴虐に晒され続け、感情が摩耗してしまったのかもしれない。同情と憤怒の感情が陸奥の心を支配する。人を率いる立場の者が、あるいは男たるものが、女相手に何をやっていると言うのだろうか。隠しもせずに、感情を面に出した。激情家なところがある陸奥だから、特に怒りの感情を表す時は凄まじいものがあった。

 その様子に、部屋に入って来た時と同様、鬼怒は虚ろな瞳に困惑の色を浮かべていた。どうしてこの人は怒っているのだろうか、という疑問が顔に書かれている。次第にその疑問は、どうしてなのかは分からないが、自分のために怒っているのだと分かった、というものに変わる。それから、彼女が源提督の暴力を止めてくれたのを思い出すと、注視しなくては見落としてしまうほどに、僅かに口角を上げた。

 

「ありがとう」

 

「構わぬ。それに俺の方こそ礼を言おう。お陰で胸糞の悪い話を聞いて、一日を過ごさずに済んだわ」

 

 今度は、鬼怒の言葉を、陸奥は無視しなかった。

 

 

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