それではどうぞ
第1話プロローグ 運命の出会い
アルフ・オルドリッチは自らを客観的に見て普通とかかけ離れた存在だと考えていた。それを少年期にありがちな妄想だと鼻で笑うことが出来ないほどに多大な才能を有していた。
同年代の子どもが這う頃には2つの足でもって歩き、口足らずにも言語を発する頃には大人に混じり討論していた。
そして齢5つを数える頃には古今東西のありとあらゆる分野の難解な学術書であろうとも1度目を通せば内容を完璧に理解することが出来るようになっていた。
アルフの才能は勉学のみならず芸術にも及んだ。筆を持てば写実的かつ繊細な絵画を描く事が出来るし、楽器を持てばそれが初めて見た楽器であろうとも関係なく数分もすればプロにも匹敵する腕前となる程だった。
身体能力は一回り以上に大きな体格の者だろうと劣りはせず、並みの魔法生物を容易く上回る魔力を保有していた。
そしてアルフの生まれ落ちたオルドリッチ家はヨーロッパ圏において最古の歴史を持つ純血の一族で、かつてはイギリス魔法界に君臨する支配者でもあった。
今ではすっかり衰退し現在ではオルドリッチの姓を名乗ることが許されるのはアルフただ一人のみであった。しかし衰えようが自らの領地が消える事はなくオルドリッチの城とその護りは未だ万全の状態であった。
大きさこそホグワーツ城に劣るものの一つの一族が住むには十分なもので、20世紀になった現代でも魔法界にはオルドリッチ城の場所は知られていなかった。
そして既に古代魔法として失われた術だろうとも1700年前から変わらず在り続けるオルドリッチ城には凡百の魔法とさして変わらない、つまり魔法を学ぶだけなら最高の場所であった。
歴史上に匹敵する者の居ないほどの天稟を持つアルフは乾いたスポンジが水を吸収するかのように否、あらゆるものを貪欲に吞み干す砂漠の如く魔導の智を学んでいった。
こればかりは比較対象が余りに少ないため自覚は薄いが容姿は非常に整っているらしい。らしいというのはアルフが結界を出たのが2年前に当主交代の手続きに魔法省に出向いた時のみだからで、信頼の置ける家令や使用人たちが口々に容姿を褒め称えるからだ。
曰く、性別を超越した美の持ち主であるとか、最も麗しき至高の芸術品だとか、亡くなった母の生き写しなどと長年言われてきた。
最後のものは育ての親でもある家令の発言でありこれだけは紛れもなく真実であると理解している。
鏡で見た自分の顔の8割から9割が記憶の中の母と一致する。女顔だと気にした事はないが薄れゆく母の記憶を忘れにくくするのに助かっている。
夢を見ていた。既に過ぎ去った在りし日の記憶だ。
大きなベットには一人の女性が伏せていた。肌は病的に白く腕は痩せ細り指は骨と皮のみだった。しかしそれでも容姿は美しくオルドリッチ特有の金髪と月のような黄金の瞳は伏せられある一点に向いていた。
傍らには子どもが一人佇んでいた。その子どもの容貌は女性の生き写しと言うほどで決して泣くまいと無理に笑顔を作り涙を堪えていた。
子どもながらに親の死期を悟ったのだろうか、いや違う。オルドリッチの秘奥のチカラの断片により知ったのだ。
父親は物心つく前に死に、母親は今夜を超える事は無い。頼れる者は周囲にいるとはいえ齢4つで親の庇護を受けれなくなるとは考えたくも無い。けれど自分では何も出来ないと理解している少年ですら無い幼子はせめて母の言葉だけでも聞こうと最後を看取ろうと堪えていた。
女性が最後の力を振り絞って上体を起こし子どもを抱き締める。強く強く自分のいない未来の分まで抱き締める。
そして最後の贈り物を寿ぐ。
「坊や、私の愛しい坊や。母はもうあなたの名前と僅かな思い出しか覚えていないけれども、それでも誰よりも愛していました」
そこまで言った時に咳をする。既にナニカに蝕まれている身体はそれだけで血を吐いた。それを心配するように子どもは母を寝かせようとするが抱き締めた腕は固く離さない。何故ならまだ終わっていないから。
「あなたを見守る事はもう出来ないけど、私にあなたのお父様が居たように隣で支えてくれる人がきっといるから、どうかあなたの未来に幸がありますように」
そう言うと腕を話し子どもの目をじって見据える。これだけは他の贈り物とは少し違く忠告のようなものを感じさせた。
「最後に一つ、これだけは、言わせて、どうか___」
しかし母の最後の贈り物は言い切ることが出来ず我が子に力無く崩れ落ちた。ソレを子は存在を確かめるよう強く抱き締めるが先程とは違い抱きしめ返してはくれない。
その前の体勢で茫然としていると一人の老人が部屋に入って来た。既に生き絶えた女性を見ると静かに涙を流し母の亡骸を抱き締める子どもを強く抱き締めこちら側に引き戻すように名を呼ぶ。
いつもここで目を覚ます。あの時母は最後になんと言おうとしたのだろうか。
アルフが目を開けると部屋は荒れていてベットを中心に嵐でも中で発生したのかとでも言いたくなるような惨状だった。
机の棚からは書類が溢れ出て、本棚は倒れ魔導書の山がいくつも出来ていて、クローゼットの扉はかろうじて外れていないが中の物は一つたりとも入っていなかった。窓や鏡にシャンデリアと家具等は完全に粉砕され跡形も無い。
それらの惨状を見たアルフは深い溜息をつく。母との思い出特に最後の瞬間を夢に見るといつもこうだ。あの時から既に7年も経つというのに我ながら女々しいものだと自嘲する。
さていつまでも感傷に浸って入られないと部屋の惨状をどうにかしようとするが、自分の杖は部屋のどこにあるか皆目見当もつかない。
喉に手を当て調子を整えた後に軽く咳をし口を開く。
『俺の杖を探せ。対価はそうだな、昨日朝焼くと言っていたパイをくれてやる。契約成立ならすぐ探せ』
アルフの口から放たれた言葉は英語などの人の言語ではなく高位の妖精種が用いる妖精語だった。
これもアルフの自信の一つだった。妖精を視覚で捉える事は魔法族なら誰でも出来るが意思疎通を出来るかどうかは生まれた時点で決まっている。これをできる者は妖精師と呼ばれる。現在ではパーセルタングと同等の希少性を持つ。
すると家具の隙間から、窓から様々な場所から妖精が入ってくる。オルドリッチ城に住み着いているのは主にウィプスフェアリーという種の妖精だ。
妖精の一部は高位種ともなると半実体の霊的生物としての性質を持つ故に物をすり抜けたり持ったりは彼らの思うままでそれを利用して書類や本の山に顔を突っ込み探す。すると1分もしないうちに杖を抱えた妖精が服の山から顔を出しこちらによこす。
杖を手にしたアルフは無言のまま杖を振る。すると書類たちは元の場所に帰っていき、シャンデリアや鏡と窓は破片が集まり形作られた。
再び杖を振るい棚から水晶のメダルを妖精たちに渡す。妖精との取り決めで言葉が通じずとも料理人に指示を出せるようにした物だ。
それを受け取った妖精たちは満足げに部屋を後にした。
もう一度杖を振り服装を寝間着から着替える。
着替え終わった時に扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します。アルフ様朝食の準備が整ったとの事です」
入って来たのは執事服を着た少年で灰色の髪に淡い蒼の瞳であるが今は膝をつき頭を下げていた。
幼い頃から自分の付き人をやっているクロードだ。残念ながら既にホグワーツに通っているため後数ヶ月も経てばいなくなってしまう。
「そうか。直ぐに行くと伝えておけ」
主人からの指示を受け立ち上がろうとするクロードに声を投げかけたのはアルフだった。
「時にクロード、今日は残念だったな?」
「な、何がで御座いましょうか
投げ掛けられた問いは一聞して意味の不明な問い。しかしクロードはそれの意味が分かっているのか冷や汗をかき返答を震わせてしまう。
「……ここ最近の話だがな使用人達の間で俺の写真が出回っていた。邪魔にならないのであれば個人の趣味として捨ておくのだがな、その写真の中に俺の寝顔があったのが目に留まったのだ」
「
「実にその通りだ。無謀な馬鹿もいたものだと呆れたのだがな、ふと俺は考えたのだ」
アルフはクロードの周りを歩きさながら劇の演者であるかの様に大振りな動作で告げる。
「何も全ての者が俺の部屋に入るのに忍び込む必要は無いとな。嗚呼そういえばこの城に一人だけ俺の部屋を自由に出入り出来る者がいたな」
「
「そう聞こえたか?しかし、就寝中も気が休まらんともなればそれらの禁止もやぶさかでは無いな」
アルフはクロードの耳元に顔を寄せ囁く ただし下手人が名乗り出れば話は別だがな、と。
アルフは下手人の正体がクロードだと確信していた。わざわざ閉心術などを使っているのがいい証拠だ。そもそも夜間は自分の部屋の階に近付くなと命令してあるので忍び込むとしたら朝だが朝に仕事の無い使用人はいない。そして執務室に掛けてある時計を遡って見れば仕事を休んだ者はいなかった、つまり下手人の候補が1人しかいなかったのだ。
そして事実アルフの寝顔を激写したのはクロードだった。
だがこれには山よりも高く海よりも深い訳があるのだった。使用人たちの束の間の休日には茶会と称したコレクションの見せ合いがあるのだがメイド長の持つ幼少のアルフを抱いた母君のセレスの写真に優る逸品の存在を思いながら朝食に呼びに来た時のことだった。
入って見るとアルフは珍しくまだ寝ていた。その時の寝顔といったら自分の語彙では到底表せない程のものだった。それを眺めていたらいつのまにかカメラを手にし撮っていたのだ。いつカメラを取り出したのか、いつシャッターを切ったのかは覚えていないが芸術品に罪は無いと開き直りそれを茶会に持ち込んだのだ。
目の前の主の顔はこちらを蔑んだ目で見ていた。いつも寝ている時の様な表情にすれば良いのになどとクロードが考えていると事態は急変した。
いい加減茶番に痺れを切らしたアルフがクロードの懐に手を突っ込んだ。主の突然の凶行にクロードは内心穏やかでは無かった。咄嗟に下がろうとするがそれよりも早く手を引き抜かれた。
アルフの手にはクロードの懐から出てきたカメラが存在していた。
「これはなんだ?」
「それはカメラという物でございます」
アルフはクロードの惚けた返答に思わずカメラを粉砕して粉々にしてしまった。
「これに懲りたなら寝顔は辞めるのだな。行くぞ」
「イエス、
驚愕と絶望の表情に一抹の罪悪感を抱いたアルフだったが元を辿ればクロードが悪いと自己弁護しクロードを伴い部屋を出る。
「そう言えば
「そのようだな」
既に調子を取り戻しているクロードはそんなことを告げる。
古来よりグランドクロスは凶兆の知らせと言われている。それの精度は予言や占いのレベルと言われているので結局のところ当たるも八卦当たらぬも八卦だ。
「……頼むからお前たちは何もしてくれるなよ」
「ハッハッハ、御冗談を。……もちろん何もしませんとも」
「その間は何だ?本当にやめろよ?」
そしてこの日運命と出会う事になるのだがそれは今はまだ知る由もなかった。