モンスターハンター 果てのない旅路へ   作:まるまる

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第二話 妖艶なる舞

「あれが……綺麗だなあ」

 

 私の前で一緒に屈んで身を潜ませるセンが興奮気味に呟いた。どこか子どもっぽい口調に不安を感じつつも私はゆっくりと深呼吸する。

 大丈夫。落ち着けば勝てる。

 私は頭の中で念じるように言い聞かせた。

 小さい音でセンの双剣が鞘走る。太刀以外の武器には少々、疎いけどこの双剣を私は知らない。私はこれも特注なのだろうな、と適当に納得した。

 

「それじゃ、手筈通りに行くよ」

「うん」

 

 タマミツネはシャボン玉のような泡が外敵と接触して破裂することで察知するらしい。古生物書士隊の人達が作った資料にそう書いてあったけど詳細までは私も分からない。

 私達は今回、この性質を逆手にとる算段をつけた。思いついたのは私じゃなくてセンだけど。

 センは息を潜めてゆっくりとタマミツネに近づいて拾った石ころをタマミツネの向こう側に投げた。すると、向こう側で泡が何個か割れてタマミツネがそちらを向いた。

 私がやった、と思っている間にもセンは走り出して尻尾に斬りかかった。驚いたタマミツネが声をあげる。

 続けてセンが斬りかかろうとしたけどタマミツネはあっという間に滑走して流れるような動きでこちらを向き直った。

 

「うわ、速いなあ……」

 

 どうにか聞き取れたセンが零した言葉は残念がるというよりも何だか嬉しそうに聞こえた。

 そんな事で私が呑気に疑問を抱いている間、戦いは止まらず進行していく。距離をとったタマミツネは口から泡を吐き出した。でもそれはゆっくりでセンは余裕をもって避ける。

 私は生い茂った草木の裏から見ながら普通だな、と思った。小柄で最初は弱そうに見えたけど実は滅茶苦茶に強くて私は見た目で判断できないな、と思い知るのだと心のどこかで予想していた。

 でも、初めて見るハンターとしてのセンは特に変わった様子もなく私には無難に見えた。私は勝手な期待なのだけれど少しがっかりした。

 センが私の退屈を吹き飛ばしてくれる切欠になるのだ、と変に期待してしまっていた。

 ここで私はこんな気持ちじゃ駄目だ、と思い直す。

 

(しっかりしなさい、シズネ! ここは狩場で私はハンターなんだから)

 

 私は自分を叱るつもりで頬を叩いた。アームを付けていたことを忘れて青熊獣の硬い甲殻が私の頬を真っ赤に染める。

 ヒリヒリする頬を擦りながら私はセンの動きに注目した。

 見たところお互いにあまり変化はなかった。センは少しずつ攻撃を挟むだけでそれ以外は回避に専念している。タマミツネはまだ本気にしていなくて牽制や威嚇を繰り返している。

 どれくらい待てば良いのだろう、と私の気持ちが膨らみ始めたその時、タマミツネが力の限り鳴いた。

 

「うぅ、凄い声……」

 

 そういえば私はタマミツネの本気の大声を聞くのは初めてだと気づく。

 結構な距離はあるはずだけど怯んだ私。直接、向けられたセンはどんな感じだろうと私は心配の思いで視線を向けた。

 耳を塞いで動かないセン。先まで軽快な動きはなくタマミツネに睨みつけられても動こうとしない。

 

「え、嘘?」

 

 私が危険を悟って走り出すよりも早くそれは起こった。

 勢いよく滑走したタマミツネが急旋回して尻尾を薙ぎ振るった。途端に小さなセンの体が宙を舞う。私は頭の中を真っ白にしながらセンの体が落ちるまでを眺めていた。

 地面に蹲って動かないセン。途端、私の意識は現実に返ってきて咄嗟に大タル爆弾とシビレ罠を置き去りにして駆け出した。

 私が隙を見てシビレ罠をしかけてセンがその罠に誘導する作戦は一先ず捨てておく。今はセンの命が最優先。

 私はタマミツネに見られていることも忘れて一目散にセンのところへ駆けつけた。

 

「セン、大丈夫!?」

「うん。何とか……動けるよ。ごめんね、シズネ」

 

 上半身を起こしたもののセンはまだ苦しそう。

 私が何とかしないと。先までの私が考えていたことに私は酷く後悔した。先までの自分を思い切り叱ってやりたい、その怒りを今は行動力に変えることにする。

 

「ううん……センが無事で良かった」

「あ、タマミツネ……っ!」

 

 私はびくりと肩を震わせてセンの視線を追うように首だけ振り返った。

 真剣な眼差し。力の入り方も、雰囲気もまるで違う。

 私は今、本気で殺されようとしている。

 足が竦みそうだ。私がどれだけ生半可な気持ちで挑んでいたのかを胸が痛いほど思い知る。身体の芯が震えてくるのが分かる。汗が凄い。もう泣き出したいくらいに。

 

「シズネ、震え――」

「――私が、時間……を稼ぐからね。センは逃げてね」

 

 センが何かを言おうとしたところで私は立ち上がった。

 全身が小刻みに震えているのが分かる。止まれ、と頭の中で私が叫んでも止まってはくれない。

 それでも私は太刀を引き抜いてぐっと柄を握りしめた。震える鉄刀【神楽】の切っ先の向こうで睨んでくるタマミツネ。

 

 今度こそ私は戦うんだ。

 

 私は地面を命一杯に蹴って走り出す。タマミツネが近づくほど鼓動で胸が痛くなる。怖さが増していく。

 それでも私は立ち向かわないといけない。

 

 何もしなくても、何かに期待する私はもう嫌だ。

 

 まだ戦わなくていい、という安堵を私は感じていた。負けたあの日から多分、私はずっとタマミツネと戦う事を怖がっていた。

 センと過ごす日々が余計に楽しく思えたのはそのことを忘れられたから。心のどこかで私はセンに頼りっきりだったのかな。

 そんな私が嫌いで、だから変わりたくて私は走り抜ける。

 タマミツネの間合いだ。地面を這ってくる尻尾を真上に跳んで避ける。着地する瞬間、私の足が変な方向に滑った。

 

「っ……!」

 

 痛まない足の傷が痛く感じる。足の怪我を口実にしようとする私の弱い心を垣間見て駄目だ、と私は私を鼓舞した。

 滑る地面に負けず、しっかり右足を踏み込んで私は太刀を振った。肉を裂く感触が手から肩へと伝わってくる。雅やかな紫の体毛が私の目の前を舞う。

 尻尾を上から叩きつけられる。そう予感した私は太刀を水平に振りながら飛び退いた。

 避け切れたし、斬ることも出来た。

 互角に戦えている――そう思った途端、私は油断してしまった。足が明後日の方向へとあっという間に引っ張られていく。

 視界がもの凄い速度で流れて気がついた時には私は頭を打って転んでいた。

 早く立たないと。一瞬で全身に恐怖が戻ってきて私は慌てて地面に手をついた。でも、私の手は簡単に地面を滑って私の上半身は脇から倒れてしまう。

 徐に歩いてくるタマミツネは倒れている私からはいつも以上に大きく見えた。

 怖くて体が麻痺したみたいに動かない。

 

(あっ、ここで死ぬんだ、私……)

 

 私は思わず涙を零して目を閉じた。

 真っ暗だ。もういつ死ぬのかも分からない。どうせ死ぬなら痛くないのが良いな。

 氷の大地、砂の海、炎の洞窟。見てみたかったな。行ってみたかったな。

 

 もっと生きたかったな。

 

 遠くから何かが聞こえる。それがセンの声だと私が理解した時、真っ暗だった目の前が一瞬だけ真っ白に染まった。

 初めに聞こえたのはタマミツネの短い悲鳴。それでも私は何が何だが分からなくて怖くて目を開けられなかった。

 次に私は柔らかな声を耳にした。

 

 そうして私はまだ生きていられることを知った。

 

「走れるかい? 一旦、態勢を立て直そう」

 

 私はヘルムについた青熊獣の毛皮で涙を拭きながら必死に何度も頷いた。まだ恐怖が体の中に残っていて私は声が出せずにいた。

 ゆっくりと立ち上がって心配そうに尻目に見てくれるセンの背中を追い駆ける。

 まだ溢れ出す涙を拭いながら振り返った先には何もせずに立ち尽くすタマミツネの姿があった。

 

 

 

 私達はタマミツネのいるエリア四から離れ、隣接するエリア五までやって来た。

 木々に囲まれたエリア五には取りあえずモンスターの気配はないらしい。私を気遣ってセンが先に見回ってくれた。センも怪我をしていて休みたい筈なのに。

 私は大きな切り株に背中をくっつけて一息ついた。切り株にはあちこちに引っ掻き傷があった。多分、青熊獣アオアシラがつけたやつだ。どれも古いからここは元々、アオアシラの縄張りだったのかもしれない。でも、今ではすっかりタマミツネの縄張りになったみたいだ。

 しばらくしてセンが帰って来て私はその手に持っているものに目をやった。

 

「それは?」

「ちょっと待ってね」

 

 センはそう言うとすり鉢と棒を取り出して手に持っていた物を入れてすり潰し始めた。私はそれが何なのかが分かって次にセンが垂れ流したハチミツで何を作っているのかが分かった。

 水筒の綺麗な水を足して飲みやすくした元気ドリンコ。疲労回復や精神安定にもなるギルド公認の優れた飲料。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 センは二つの空瓶に元気ドリンコを分けて一つを私にくれた。飲んでみると回復薬みたいな苦さはなくて思ったより飲み易くて甘かった。

 私は半分だけ飲んでゆっくりと息を吐く。心が軽くなったような気がして私はようやく心の底から安心することができた。

 そんな私を見てホッとしたのか、私の隣に屈み込んでセンが話しかけてくる。

 

「一度、ベースキャンプに戻ろうか?」

「ううん。私は大丈夫だよ」

「でも……」

 

 心配そうな目をするセン。センは優しい。そんなセンに私はいつの間にか甘えていた。

 そんな私が情けないから、今すぐにでも挽回したい。

 

「お願い。ここで逃げたら私、先に進めなくなる気がするんだ」

 

 私は真っ直ぐにセンの碧い瞳を見た。センもまた私の瞳を真っ直ぐに見つめ返してきた。私は品定めされているみたいで緊張したけれど視線だけは逸らさなかった。

 信じて、と訴えるために。

 

「……うん、分かった。そういうことなら……シズネに任せたいことがあるんだ」

「任せたいこと?」

「うん。いいかい? 僕にどんなことが起こってもこれだけは守ってほしいんだ」

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