モンスターハンター 果てのない旅路へ   作:まるまる

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第三話 少年は染まる

 タマミツネはエリア四から移動してエリア七に佇んでいた。

 先のように泡を周辺に浮かせながら、でも、もの凄い威圧感を放って警戒していた。

 エリア七は私の身長を簡単に超えてしまう高い植物と水浸しの地面が特徴的。私は何度も訪れているから地形は十分に把握している自信がある。

 私はちょうどエリア七に差し掛かる細道の脇で身を屈ませていた。隣にセンの姿はない。エリア七には私とタマミツネしかいなかった。

 私は頭だけを出してエリア六へと続く道を確認した。

 

(あそこまで……)

 

 私の役目はエリア七に居座るタマミツネをどうにかしてエリア六へと誘き出すこと。そのためにはタマミツネが罠を疑わないぐらいに怒らないといけない。

 もうセンの助けはない。先よりも難しいけれど私はセンに信頼された。センは私がタマミツネを誘き出してくると信じて待っている。

 応えないと。センの為に、そして、私の為に。

 私は何かに縋りたくなってセンにお守りとして貰ったペンダントをぎゅっと握りしめた。それを胸に当てて必死に私を励ます。

 私は勇気を振り絞って茂みから飛び出した。水を跳ね飛ばす音にタマミツネが気づき、こちらを向く。

 

「クルォォオオオオッ!」

 

 いきなり咆哮。私は思わず足を止めて耳を塞いだ。

 体が緊張する。止めどなく汗が噴き出てくるのが分かる。心の奥底に押し込んでいたはずの恐怖が一気にせり上がってくる。

 タマミツネが予備動作を取った。頭の中では薙ぎ払うようなブレスが来る、と分かっている。分かっているのに。

身震いが止まらない。

 

『シズネ……頑張って。信じて待ってるから』

 

 突然、思い出された別れ際のセンの言葉。

 その時、体の震えが止まった。私は思うより早く足を動かした。

 私は資料に載っていた文章を思い起こす。タマミツネが放つブレスは細くて一直線。タマミツネの前面が攻撃範囲なので側面に逃げ込むか――

 

(――飛び越える!)

 

 高水圧のブレスが私のつま先のぎりぎりを通過する。

 躱せた、と満足するより先に私は駆け出した。油断してはいけない、と私は先の戦いで身に染みて感じた。

 ブレスを放った後のタマミツネは動こうとしなかった。いや動けないのだろう、と私は判断して思い切り斬りかかる。

 真っ赤な血が飛び出してくる。青い鎧が血に染められても私は動じない。タマミツネの硬直が解けた途端に体をしならせて水飛沫をまき散らしながら巨体が一瞬で遠ざかる。

 私は無理に追い駆けず、腰回りのホルダーからペイントボールを掴んで投げつけた。

 鼻をつん、と貫く臭い。相変わらず私はこの臭いが苦手だ。タマミツネも嫌みたいで煩わしそうに顔を左右に振っている。

 

「来るっ」

 

 私は自分を鼓した。くねくねと左右に捻らせる、まるで水中を泳いでいるような特殊な動きでタマミツネが滑走してくる。

 私は逃げ出したいという正直な気持ちを押し込めて地面に足をくっつけた。早い段階で走り出せば、進路を変えかねられない。

 今だ、と私は心の中で叫んで走り出す。タマミツネがばら撒いた泡に足を引っ張られそうだ。それでも何とか私は走り抜けてタマミツネの突進を回避した。

 すぐに振り向いてタマミツネを確認する。完璧に急旋回したタマミツネの二度目の突進。私はこれも避けた。

 

「また……っ!?」

 

 いい加減、足が疲れてきた。足場に注意を払うのもそろそろ限界だ。それでも、タマミツネは三度目の突進を試みていた。私が近づくより先に突進する体勢に入られてしまう。

 如何にかしないと。このままではいつか体力が尽きて突進を真面に食らってしまう。

 焦っては駄目。よく考えて。落ち着いて私が今できることを絞り出す。

 私は必死に模索しながら突進を避ける。だけど、足場に気をつけながら突進を避け、尚且つ対策を考えるのは私には余地が無さ過ぎた。

 

「せめて、泡をどうにか出来れば……」

 

 思わず零れ出た自分の言葉に次の瞬間、私はハッとした。

 消散剤だ。はじけイワシの弾ける性質を増強剤で倍増したハンターの道具。本当は自分の体に纏わりつく雪や泥、蜘蛛の糸なんかを退けたい時に使うのだけど私はそんなことお構いなしにポーチの消散剤を漁った。

 タマミツネ対策のために数は余分に持ってきていたのが幸いだった。私は五つぐらい脇に抱えて迫ってくるタマミツネに向かって投げつける。その後、逸る気持ちで地面に飛び込んだ。

 私の体が水を跳ね飛ばして地面とぶつかる。私は胸を強く打ちつけて、うっ、と唸りながらも急いで振り返った。

 私はその光景を目にして口を大きく開けずにはいられなかった。

 突然、泡の恩恵を奪われたタマミツネの推進力は行き場を失い、タマミツネの体が顔を中心にぐるん、と一回転した。

 大迫力の一瞬の後、水飛沫を暴雨のように受けて私は顔を腕で覆い隠した。お尻から伝わってくる震動が凄まじさを私に物語る。

 思ってもみなかった不埒の事態に驚きつつも私はすぐにチャンスを悟った。

 きっとタマミツネは怒り状態になるに違いない。私はすぐに納刀してエリア六に向かって走り出した。

 細道に差し掛かる頃、背中から大きな音の波が押し寄せてきた。私は恐怖に襲われながら振り返る勇気もなくて必死に走り続けた。

 迫ってくるのが分かる。きっと凄い怒りの形相だ。

 ただの見慣れた近所の仕事場だから分かってしまう。エリア六までの道のりとタマミツネと縮まっていく距離に焦りを感じ始める。

 この時、私は初めて振り返った。いつの間にか縮まっていた距離に私は苦渋の表情を浮かべずにはいられなかった。

 

「えっと、閃光玉――あぁっ」

 

 慌てる私の手から最後の閃光玉が零れ落ちる。それは下り坂を転がっていって私は痛恨のミスを嘆く暇もなく走った。

 足がもつれそうになる。ずっと大事にしてきた重たい青熊獣の鎧も鉄刀【神楽】も今だけは脱ぎ捨ててやりたかった。

 私は体の中の酸素を出し尽くしては取り込むことを激しく繰り返す中で自棄になっていた。身軽になりたい一心で支給品の砥石や折角拾ったユクモの木、応急薬まで後ろに投げ捨てた。

 その時、掴んだ丸い物に私はタマミツネがペイントボールの臭いを嫌っていたのを思い出す。

 

「これでも、食らえっ」

 

 一縷の願いを込めて私はペイントボールを投げつけた。すると、タマミツネの顔辺りに運良く当たって強烈な臭気を炸裂する。

 堪らずタマミツネが怯んで足を止め、顔を振り回した。嫌な臭いだよね、と私は同情しながらも目的を思い出してまた走り出した。

 こんなに長かったかな。何度も訪れたはずの渓流はまるで別の世界だった。

 頭の中がおかしくなりそうだ。頭の中から金槌を打たれているみたいに痛い。心臓が破裂してしまいそうだ。

 そして、ようやく。

 

「着いたっ!」

 

 残り最後の酸素を声に使ってしまった私は水辺のところに倒れてしまった。

 そして、あっ、と思ってタマミツネの方へ振り返ったが見えたのは後ろ姿だった。

 

「ハァ、ハッ。あれ……っ?」

 

 素っ頓狂な声が漏れる。また油断してしまった、と後悔する隙だらけの私にタマミツネは見向きもしない。先のような怒りの気配も感じなくなった。

 タマミツネはただ小さく唸って私からは見えない滝の方を見ている。そこに彼がいる、と私は何となく確信した。

 大量の水が落ちる音。私は水の冷たさを忘れてしまうくらいそのピリピリとした緊張感の世界に没頭した。

 次の瞬間、風で木々が騒めいてほとんど同時にタマミツネが咆哮をあげた。でも、私に向けていたような怒りでもなく、威圧でもなくて。上手く言葉に表せないけど何だか脅えて(・・・)いるみたいな。

 

「グルルル……」

 

 この声を聞いた時、私は何とも言えない違和感を覚えた。まるで、タマミツネの声であってそうでないみたいな不思議な感じ。

 それがもう一つの声だったと私が気づくのにそう時間はかからなかった。

 前触れなく跳びかかったタマミツネ。私は急過ぎて展開についていけなかったけど彼はそれを簡単に避けて見せた。

 私があれだけ苦労したのにあんなにあっさりと。私が感心している間にタマミツネと彼は何度か交錯する。

 

「あっ、マズイ……」

 

 彼を囲むようにまき散らされた泡。私もこれに酷く苦悩した。多分、私と同じようにもたもたしたなら彼は思うように動けなくなってしまう。

 助太刀した方が。そこまで考えて私は太刀の柄に伸ばした手を止めた。思い出されるセンの放った言葉。

 

『何があっても絶対に戦いに入ってこないでね』

 

 聞いた時、私は足手まといなのかな、とか思ったけれどセンは優しく否定してくれた。その時は誤魔化されてしまったけど一体何があるのな。凄い自信だった気がする。

 そんな私の疑問は予想もできない展開で解消される。

 彼は当たり前のように腕をだらん、とぶら下げて次の瞬間、滑走(・・)した。

 優雅に、淀みなく。一瞬だけ当然の光景と錯覚してしまうくらいに彼は地面を自由自在に滑走してタマミツネ目掛けて跳びかかった。

 血が舞う。浴びながら彼は再び滑走し、大きく弧を描いてからタマミツネへと突貫する。

 

「グルルォオッ!」

 

 どちらかが吼えた。

 泡を散らしながら薙がれた尻尾を彼が勢いのまま飛び越える。そうして落下と共に斬りつけて通り過ぎるかと思いきやピタッと制止する。

 彼は右足で踏ん張り、剣を地面に刺して体を止めたのだ。とてもじゃないけど私はそんな芸当できない。そもそもヒトにそれが出来るのかな。

 そんな不意の疑問に私はぞわりと背筋を冷たくした。

 唸り声も、鋭い眼光も、纏う空気も全然違う。私は自分の目を疑った。

 

「グルルオォォオオオーッ!」

「グルァァアァアアッ!」

 

 かけ合わさる二つの哮り。もうどっちがどっちの声なんて分からない。

 タマミツネと彼は私の理解が追いつかないほどに目まぐるしく駆けずり回り、牙を重ねて、絡め合って、交錯して、私の目が疲れてしまったのかな。

 そこには二頭の泡狐竜が猛っていた。




まるまるです。

言うまでもなくセンに不思議な力が働いております。作者も突っ込みたくなるくらいの不思議な力です。
実はこのシーンが描きたくて狩猟対象がタマミツネだったりします。ナルガクルガと迷ったのですが、タマミツネの動きの方が面白そうという結論に至りました。ジンオウガも捨てがたかったです。ジンオウガ(セン)に雷光虫が誤って寄って来るなんて描写も考えていました。ですが、センをどう動かそうかというところで行き詰ってしまいました。作者の力不足ですね。
これが短編の理由だったりします。設定上、何にでもなれるセンを動かし辛いんです。

さて、突然ですが、次回完結になります。
本編で張っている伏線を回収するための番外編も一応は考えています。
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