第二話 「侵略者」
あの頼みをしてから一か月が過ぎた。
最初の一週間はばれるのを警戒して1日交代で学校に行った。
家では基本的に私自身が会話して、自分の部屋にいる時に呼ばれたら分身に対応してもらった。
ばれるかと思ったけど、全くばれなかった。
二週間目はもうほとんど分身に任せていた。
学校は気が向いたら行き、家族との会話も食事以外では任せた。
私はこうして、自分の部屋で毎日スマホとpcを触るような日々を送り始めた。
三週間目は完全に食事と排泄、それにお風呂以外では部屋から出なくなった。
このまま、いけばいいのにと思っていた。
だが、昨日の夜に分身が学校に行けと言い出した。
「明日の月曜日は進路を決めるんだよ。私はあくまであなたの分身だから大事なことはあなたが決めて」
すごく、憂鬱だった。
久しぶりに家から出るのも、学校に行き友達と会話するのもすべてが憂鬱だった。
だが、分身の言うことにも納得できたので行くことにした。
学校に着き、自分のクラスへと向かう。
教室の前に着き、中に入るとまだ誰も来てなかった。
私は自分の席に座って机に突っ伏した。
友達が来れば声をかけてくるので、それまでいつもこの状態でいる。
寝ているふりをして5分くらいだろうか?
声をかけられた。
「あの~…」
声の主の方を見ると名前もわからないくらいのクラスメイトだった。
「なに?」
私はめんどくさかったので、ちょっと口調が荒くなってしまった。
「そこ、私の席なんですが…」
「え?」
一瞬、何のことかわからなかった。
確かに私は少なくとも3週間前はこの席に座っていた。
私は机の中に入っている自分の教材を取り出し、書いてる名前を見た。
そこには私の名前は書いて無く、おそらくこの人の名前であろう字が書かれていた。
つまり、この人の言ってることは正しく、私が間違っているということになる。
「あ、ごめんなさい。うっかりしてたみたい」
短く謝罪し、私は席を開けた。
どうやら、私の来なかった間に席替えをしたみたいだ。
私は自分の席を確かめるため、後ろのボードに貼ってある座席表を確認した。
すると、やはり席が変わっていた。
私は座席表に書かれていた座席に座り、再び突っ伏した。
しばらくすると、また声をかけられた。
声の方を見ると、今回は友達だった。
「懐かしいね。そういえば、一か月くらいまでは朝は寝たふりしてたよね?」
「あれ、最近してなかったっけ?」
「最近って…。最近は部活の朝練に行ってたでしょう。そういえば、今日は朝練ないの?」
…部活?
私は部活なんて入ってなかったはず。
理解が追い付かないでいると
「あ!いた!!」
扉の方から別の友達の声がした。
「ねぇ!なんで今日は朝練来なかったの!?」
「え?私?」
「あなた以外にいないでしょ!!」
「私、部活なんて入ってないよ?」
「はぁ!?先週、誘ったら一発でOKしてその日のうちに入部届出してくれたじゃん」
先週は分身に任せていた。
なら、分身が勝手に入ったということになる。
「あ、ごめん。そうだった。つい、忘れてた。」
「忘れてた!?昨日も一番最初に来て、一番最後に終わったような奴が忘れる!?」
そういえば、分身は最近、家にいる時間が少なかったような気もする。
「まぁ、今日の朝練はも終わったからいいよ。顧問も頑張ってたから今日は大目に見るって言ってたし」
「ほんとうにごめんね」
まぁ、明日からは学校に来ないし分身に言って、私の学校に行く日の前日には部活を休むように伝えさせればいいか。
「じゃぁね。今日の放課後の練習はちゃんと来てよ」
進路の相談は四時間目に終わるし、昼休みにでも分身を呼んで交代するか。
「あ、それと今日のあなた、なんかいつもと感じが違うわよ」
「え?」
「なんていうか、あなたなんだけどあなたじゃないっていうか…」
友達は悩んだように腕を組み
「まぁ、調子が悪いだけでしょ。部活も無理だったら言ってね?」
そう言って友達は教室から出ていった。
「あの子の言うこと、ちょっとわかる」
さっきまで、話していた友達が呟いた。
「どういうこと?」
「ん?あぁ、いや、はっきりとはわかんないだけど、今日のあなた、まるっきり別人の感じがしてさ。まぁ、勘違いだとは思うけど…」
おそらく、分身が私を演じきれてないからだと思う。
ここで、ばれるのは回避したい。
「昨日、色々あったから疲れてるのかな?」
「そっか、あんま無理しないでね」
そう言って友達は自分の席に戻った。
今日はあんまり、人と話さないでいよう。
一時間目が終わった。
約一か月授業を受けてないと、授業内容が全く分からなかった。
当てられでもしたら、絶対に分からなかいだろう。
当たりませんように…。
私は心から祈った。
だが、現実は残酷で二時間目に見事当てられた。
私が答えられずに困っていると
「どうした?先週は全問正解していただろ。どうしてこんな問題がわからないんだ?」
「えっと~、その~」
全問正解だなんて…。
答えどころか問題の意味すら分からないのに無理に決まっている。
「もういい。君にはがっかりした。まるで先週までの良くできた君とは別人のようだ」
先生はそう言って、ほかの人を指名した。
なんだか、嫌な予感がしてきた。
だんだん、私が分からなくなってきた。
本当の私を知る人はこの学校にはもういないのか?
その不安を抱えながら二時間目が終わった。
休み時間になった。
私がまだ、不安から抜け出せないでいると
「ねぇ。どうしたの?」
不意に声をかけられた。
そこには、小学校からの親友がいた。
「今日は調子悪いね。最近のあなたならあんな問題すぐに解けると思ったのに…」
「うん、なんか熱っぽくって…。風でも引いたのかな?」
「大丈夫?今日の打ち上げ中止にする?」
「打ち上げ?」
何のことか、さっぱりわからない。
「うそでしょ、あなたが昨日の夜にLINEで言ってきたんじゃない」
昨日の夜?私はそんなこと言った覚えはない。
「今日のあなた、本当におかしいよ」
友達が僕を見たことない目で見る。
「雰囲気も違うけど、なんで口調が変わってるの?」
親友は私の目をまっすぐと見て
「あなたは一体誰?」
その言葉を言われた瞬間、私の胸を刺すような強烈な痛みが駆け抜けた。
「…………っ!」
親友の口から発せられたその言葉に、私は言葉を失った。
親友だけは、親友だけは私のことをわかってくれる。
心のどこかで私はそう信じていた。
だが、親友はわかってくれなかった。
いや、それどころか私を偽物だと言ってきた。
私は耐え切れず、その場から逃げ出した。
あそこに、もう私の居場所はない。
それを、感じてはいるのに理解するのがたまらなく怖い。
どこか、誰か、誰でもいいから私は私だと言って!
無我夢中で走っていた。
そして気付くと家の前にいた。
私は無意識のうちに家族に助けを求めたんだと思う。
生まれた時からずっと傍にいて、誰よりも私を理解してくれる家族に。
扉を開け、私はキッチンの方へ走った。
ママの後ろ姿が見えた。
「ママ!」
「あれ?どうしたの?こんな時間に。学校は?」
あぁ。ママの声を聞いただけで私は心に少し余裕ができた。
「あ、いや、ううん。ちょっと具合が悪くなって早退してきたんだ」
「そうなの?部屋で寝てきな。あとでりんご、持って行ってあげるから。」
「いや、もうちょっとここに居ていい?」
ママはゆっくりと振り返り私の顔を見ると
「…あなた、誰?」
………………………………………………え?
「あなたは一体誰なの?」
ママは続けて
「あなたは私の子じゃない!私の子はあの子だけよ!!」
「………ママ?」
「あの子の姿で!あの子声で!あなたが私を母と呼ばないで!!」
私はその言葉を聞いた瞬間に一筋の涙がこぼれたのを感じた。
そして、私の最後の希望が砕け散った音が聞こえた。
私は再び、その場から逃げ自分の部屋に駆け込んで縮こまった。
私は何なの。
私は誰なの。
親友からも、本当の親からも否定された私は一体何なんだろう…。
「やぁ、もう帰ってきたのかい」
不意にそんな声がした。
顔を上げるとそこには分身がいた。
「まだ、学校は終わってないと思うんだけど?」
「…えして………返して」
「ん?なんのことかな?」
「どうか、どうか!私に存在を返して!!」
私は分身に掴みかかり、懇願した。
すると、分身は
「生憎様だがこっちはこっちで 随分心地が良くて」
分身は笑みを浮かべて言う。
「もうあなたの居場所は 此処にはない事 分かってるんでしょ」
「あ、あぁ。あぁぁ」
喉から声にならない声が漏れだしていく。
私は体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
分身は私の肩に手を乗せ囁いた。
「ねぇ奪われたんなら奪えばいいだろ 今度はあなたの番だから」
含み笑いで分身は謂った。
「私の方があなたをちゃんと生きてやるから」
「君も次の誰か ちゃんと救わなくちゃ」
「もう分かってんだろ 何をすればいいかさ」
どうか誰か私に奇跡をください…………。
当たり前だったんだ。
命の椅子は一つしかない。
それなのに私は代行者を願い、救済者に頼った。
少し考えればわかったはずなのに…。
それは代行者や救済者なんかじゃない。
ただの侵略者だって…。
そして私は気を失った。
目が覚めると私は体の違和感に気付いた。
どう考えても異性の体になっていた。
そして、突然様々な記憶が流れ込んできた。
生い立ちから現在に至るまでの体の記憶だ。
次に視界が晴れるとそこには私と同じ姿をした者がいた。
「もう一人自分がいたらなぁ…」
その言葉を聞いた瞬間、私はすべてを理解できた。
あぁ、なるほど。今度は私が奪う側なんだね。
そして私は足を一歩踏み出し、こう謂った。
「どうもこんにちは 君の分身です」