烏白馬角   作:葱定

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合縁奇縁

 

 オレ自身は信心深いなんてこれっぽっちも思っていない。けれど都合のいいときだけ縋ったり信じてみたりする。、自分にとって都合のいい心の在り方。それがオレにとっての“神様”とかいうものだ。オレだけでなく大半の人が抱く偶像がそんなものだろうけれど。

 けど、実際に神とか根源とかよばれるシロモノ──所謂27の真の紋章と呼ばれるものの事だ──はそんなに有り難いモノじゃないことを、オレは嫌と言うほど知っている。あれらは大小はあれど、宿主に呪いを与えるのだ。全くもって迷惑な話である。この事実を知った時、オレは神に祈ることを止めた。その有り難くも迷惑千万な、世界に27しか存在しないという真の紋章の一つが、今、オレの右手に宿っている。生と死を司る紋章、通称をソウルイーター。宿主に近しい者の魂を喰らって成長する、呪われた紋章である。こいつのおかげでオレは生まれ故郷を失い、三百年もの年月をひとつの所に留まることも出来ずに生きてきた。人との関わりを極力避け、大切な人を作らないようにして過ごしてきたのである。これからもそうやって、有り難迷惑なオレの神サマと、そうしていく筈だった。

 だが運命ってやつは思うように行かないものだ。ソウルイーターを宿して、実に三百年。ここにきて、オレは正しく運命の出会いという奴を果たした。それは恋とか愛とかそういうのとは違ったけれど、オレのこれまでの生き方を一変させてしまった事は間違いないのだ。

 オレが初めてマクドール邸に踏み入れたのは、もう四ヶ月もすれば三年も前の話になる。一所に留まらないように努めてきたオレからしてみれば珍しい話であり、あり得ないくらい長居してしている。ほんの少しと思って甘えてしまったのが悪かったのと、この家が妙に居心地がよかったのが敗因だろう。しかし出よう出ようと思いつつもなかなか出ていけないのはそれだけではない。テオさまがオレをこの家に招いた理由でもあるこの家の一人息子、ティルノア=マクドール。彼という存在も確実に大きかったと言えるだろう。

 そもそも、何故テオさまがオレをこの家に招いたか。それは軍学校に入ったティルの素行に問題があったからだ。ティルは殆ど学校へも行かずに家にいた。 学校へ足を運ぶのは試験のみ、後は家で家庭教師相手に勉強、と何のために学校へ行っているのか分からない感じになっていた。武術をカイ師匠に師事するようになってからは更に足が遠退いたという話である。一応やることはやっているので、正に質が悪い。テオさまとしては学校へ行って同年代の子供と接する事で変わって欲しいと思っていたらしいのだが、ティルは頑なだった。というよりも、一種の人間不信のような状態に陥っていたらしい。その原因が、幼い頃の暗殺未遂にあるらしい。

 バルバロッサ現皇帝が即位する事となった継承戦争において、テオさまが負け無しだったのは知らぬ者のない事実だ。その所為もあってティルは戦後の政争による暗殺の横行する最盛期に、何度も命の危険に曝されたのだという。その折りに祖母と母を亡くし、本人もあわやという所で一命を取り留めたというのだから、同情するのも仕方ない話だろう。そして暗殺未遂も一度や二度ではなかったそうで、ティルの命を危惧したテオさまは当時ファレナ女王国にいた既知に赤月が(というよりテオさまの周りがだな)落ち着くまで預けられたのだそうだ。信用に足る者がいないなら国外へ、そう考えたテオさまとしても苦肉の策だっただろう。目の前で自分を庇った母を失ったと聞くし、誰が放ったとも分からない刺客に命を狙われた方としては赤月の貴族全てが敵に見えるのも仕方がないのだろう。テオさまとしてもこの辺を負い目に感じているらしく、せめて同年代(と思われている)の友をあてがってやりたかったそうだ。つまり、俺に求められていたのはティルの友人になる事だった訳である。この当時、しくじったついでの怪我を抱えていたオレには、正に渡りに舟といった話だったのである。怪我が癒えるまでの当面の間、身を寄せる場としてオレはこの話に乗ったのである。色々な思惑が入り混じり、打算に裏付けされた、それがオレとティルの出会いたった。

 

 初対面時、話を聞くだに一体どんな人間不信が出て来るのかと、オレは戦々恐々だった。というのも、オレの古い知り合いにとんでもない人間不信由来の人間嫌いが居たからだ。奴ほどとは言わずともそれなり以上の人間不信を覚悟していたオレにとって、実際に対面したティルは人間不信など微塵も感じさせないような子供だった。一言で表すなら品行方正。初対面のオレにも穏やかに接してきたティルに正直、オレは拍子抜けした。だが、それは直ぐさま崩れ去る事になる。一見穏やかに見える物腰だったが、ティルはやんわりとだが確実に踏み込めないように牽制していたのだ。その程度、人見知りならする事なので大して気にも止めなかったのだが、ティルは十一歳にして既に完璧とも言える外面を完成させていたのである。後日その事に気付いた時、オレはテオさまが何を危惧しているのかを本当の意味で理解したのである。

 出会ってその日のうちは、その違和感に気付かなかった。いや、そこまで言わせる子供がどんなものかと興味本位に構っていたので、それを見落としていたのだろう。オレがそれに気付いたのは、たまたまティルと二人きりになった時だった。話し掛ければ反応は返す。だが自分からは決してオレに話し掛けようとはしない。存在を無視されているというより、寧ろ警戒されている。探られているというよりは敵愾心が剥き出しというか、はなから敵と決めている、そんな感じだ。家族の前では取り繕っているようだが、それ以外の前ではまるで警戒心剥き出しの猫のような。万事こんな調子では疲れてしまわないかとも思ったが、裏を返せば幼心にこんなになるような傷が残っているのだろう。それを見たら、もうダメだった。オレは頑なにオレを踏み込ませまいとするティルに、嘗ての自分を重ねてしまったのだ。そこに居るのは嘗て、大切な人を作るまいとして何度も傷ついては諦めきれずに、愚かにも同じ事を繰り返し傷ついた過去の小さなオレだった。この小さな子供は、きっと家族を喪ったら今度こそ本当に心を壊してしまうだろう。嘗てのオレが、諦めて全てを投げ出そうとしたように。そう自覚してしまった後は、もう転がり落ちるだけだ。ティルを見限るという事は、過去のオレを見限ると、そう言う事になってしまう。冷静になれば破綻しているのだが、感情というのは時として何にも勝るものである。それはもう、理屈じゃなかった。

 

 一度腹を決めたオレは、ひたすらにティルの傍をついて回った。直ぐ横を回ればティルの神経が磨り減るだけなのは明らかだったので、出来るだけ同じ部屋にいる、というような一定の距離を置いた。そうする事によって、ある程度の距離を見極めながら、ティルと触れ合う期を探したのだ。ティルは何処までも過去のオレによく似ていた。警戒する癖に気になってしまう辺り、そっくりだった。尤も、オレが赤月の貴族でなかったと言うのも大きいようだったけれど。ティルの関心を引くのは案外簡単だったように思う。書庫に籠もるティルの横で、オレもひたすら本を読んでいただけである。庶民出のオレが識字出来るのに、ティルは興味を引かれたようだった。それはそうだ。赤月での識字率はそう高くない。軍学校に通うようになって漸く、といった感じなのだ。だから街には文字の代わりに絵で表された看板が溢れている。それなのに、拾って来た戦災孤児が当たり前のように本を読む。ティルからすれば常識がひっくり返るような出来事だっただろう。三百年生きてきた中で身につけたものがこんな所で役立つだなんてオレ自身思わなかったが、運がいい。だが、同年代の子供にはなかなかに難しいだろう。ティルが読む本が、まず子供が読む本ではなかったからだ。誰が十一歳の子供が兵法書を読むなんて思うのだ。そしてそれらを理解している辺り、ティルは間違いなく神童とか呼ばれる類の子供だったのだろう。同じ学校の子供らは、ティルから同じものを求められるのだろう。それでは例え学校へきちんと行っていたとして、孤立していたのではないだろうか。思うところを残しつつも一月ほどをかけて、オレは十二分にティルの興味を引いた。興味を引いてからはあっという間で、オレとティルはどんどん親しくなっていったのだ。

 親しくなるにつれて、ティルは色々な面を見せていった。我が儘であったり、意地をはってみたり、甘えてみたり。既に弟を見守る兄のような心境になっていたオレは、それはもうティルを甘やかした。そしてティルの周囲には、ティルを甘やかす者しかいなかった。だからこそ今日のティルがいるので、そこは少しばかり後悔していなくもない。少しは緩和されたが、相変わらず他人には厳しいし、関わらないように逃げようとするのも変わらなかった。だからこそソニアさまから逃げようとしたのだろうと思ったのだが、それだけではなかったのだと理解した。オレは知らなかったとはいえ、ティルは皇帝の血筋なのだ。そして他に跡取りたる皇帝筋の人間はいない。テオさまが新しい若い妻を迎えると言うことは、新しい子が生まれるの可能性を示す。現皇帝は結構な高齢で子供は望めないとすると、マクドール家を継がない子供が養子に出される可能性が出てくるのだ。我が儘だが優しい所のあるティルが、お二人の子供を養子に出すのを是と出来る気がしない。だがティル自身が皇帝になんてなれるとも思わなかった。ティルは赤月帝国というこの国を嫌いすぎている。

 今なら理解出来る。ティルは逃げ出したんじゃなく、逃げ出す事しか出来なかったのだ。

 





テッドは坊を孫みたいに思ってるといい
じーちゃんは基本的に孫を叱らない。甘やかすのが仕事

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