「校庭でキャンプするぞ!」
放課後、唯一ある小さな窓から指すオレンジ色の光のおかげでかろうじて暗い部屋の中にいる大垣さんの不敵な笑みを認識することができた。
「唐突やなぁ」
俺の隣でテントの通販カタログを読んでいた犬山さんは今日もほんわかした雰囲気を醸し出している。狭い部屋のせいで犬山さんから漂う甘い香りが俺の鼻腔を優しく刺激してくる。女子から甘い匂いがするってよくラノベの主人公が言っていたが本当だったのね。
「どしたん?顔赤いで?熱でもあるんとちゃう?」
犬山さんは心配そうに顔を近づけると自然な流れで手を俺の額に当ててきた。突然の出来事で思考が追いつかなかったが徐々に今の状況が周りに多大な誤解を与える行為だと認識してコンロの火をつけたように顔がさらに熱くなった。
「ち、ちょっと犬山さん!?なにしてんですか!」
「あ、あ〜……つい妹にしてる感じで同じことしてもうたわ。堪忍してな」
犬山さんもやはり恥ずかしかったのか頰をほんのり赤く染め慌てて俺から距離を取った。
「「………………」」
やばい、なんだこの桃色な雰囲気は……非常に気まずいし恥ずかしい。少女漫画ならここで自然にキスする流れになるんだろうがそんなことしたら確実に俺の学校生活が終わりを告げるのが目に見えている。
「とお!!」
「ぐえ!!」
いきなり大垣さんが俺の喉に手刀を打ち込んできて思わず情けない声が出てしまう。
「なーに勝手にラブコメ空間作ってんだ!見てて胸焼けするわ!」
「り、理不尽だ……」
ぼっちは女子に免疫が無いからいきなり触られるとパニクるのは当たり前なんだよ!まさかラノベの主人公みたいな体験するとは思ってもいなかったわ!
「話を元に戻す!今夜、学校の校庭でキャンプを決行する!もちろん先生には許可をもらったぞ」
「よく学校が許可してくれたなぁ」
「大町先生が二つ返事でオッケーしてくれたぞ。キャンプファイヤーとかしないなら大丈夫だってよ」
てっきり近場のキャンプ場にするのかと思っていたがまさか本当に学校でキャンプするのか。普通に考えてこれを許したこの学校のユルさにちょっと心配になるんだが。
「すごく楽しそう!!なんかすごく悪いことしてる感じがしてワクワクする!」
「学校公認で悪いことできるんだ!喜べなでしこ!」
相変わらず瞳をキラキラと輝かせて喜んでいる各務原さんはどうやらこの学校キャンプに乗り気のようだ。だけど俺自身はまだ納得がいっていない部分がある。
「テントはどうするんですか?俺は自分の持ってますけど3人は持ってるんですよね?」
「一応サークルの備品としてテントは一つだけあるぞ」
おもむろに壁に設置してあるボックスに手を突っ込んで取り出したのは青い色の袋に包まれたテントだった。
「なでしことあおいはテント持ってないから三人でこのテントを使う予定だ」
「それ980円で買ったテントやん。三人入れるん?」
「大丈夫だ!二人用だけど三人は確実に入れる!多分!」
アバウトな人だなぁ。まぁ、見たところ三人分はギリギリ入れるようだし大丈夫そうだ。入りきらなくて自分のテントに他のメンバーが入るようなハーレム系ラノベでありがちなイベントは勘弁してもらいたいからな。
「冬用のシュラフはこの間あおいとなでしこと一緒に買いに行ったし他に最低限必要な物は揃えたし準備万端だ!そして!今回のキャンプで豊郷に我が野クルに入るための試験を受けてもらう……」
急にシリアスな顔になった大垣さんに自然と俺は緊張してきた。やはりただのサークルとはいえ、キャンプに対して基礎的な知識が無いと正式なメンバーにはなれないと言うことか……。
「豊郷君……君には今日のキャンプで我々を満足させる美味しい飯を作るのだ!!」
「は?」
美味しい飯を作れ……?キャンプに対してどれだけ知識を持っているのかを今回のキャンプで見極めるのかと考えていたが予想外の言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。
「言っていたではないか豊郷君……君はキャンプはしたことないがキャンプに適した料理を作れると!!ならばその腕前みせてもらおうではないか!!」
「単に自分で作るのが面倒くさいだけやろ」
呆れた表情で犬山さんは舞台役者のように大仰なセリフを言う大垣さんにツッコミを入れた。
「別に構わないですけど……本当にそんな簡単な試験でいいんですか?」
こう言っては自慢にしか聞こえないが料理下手な両親の代わりに毎日食事を作っているからそれなりに美味い料理を作れる自信はある。キャンプ飯ならなお得意だ。
「もちろん!ただし肉を使った料理がいいな」
「肉が食べたいだけじゃないですか……」
今まで家族以外の他人に料理なんて作ったことは無いがどんな料理にすれば喜んでくれるだろうか。全くわからん。
「はいはーい!リンちゃんと斎藤さんも誘おう!……あ、りんちゃんは行かないって断られたんだった……うう〜……」
ボックスの上に座っていた各務原さんは元気よく手を挙げたがすぐに落ち込んでしまった。はて、りんちゃんと斎藤さんとは誰のことなのだろう。
「りんちゃん?斎藤さん?」
「志摩リンは私の友達なんだけどすっごくキャンプ好きな女の子だよ!私の命の恩人だし!!斎藤さんは最近友達になったんだ〜」
各務原さんが勢い良く前のめりになり力説してくる。よく分からないが野クルのメンバーではないようだ。
「やっぱり志摩リンは来ないか……まぁあいつらしいな」
「何度も誘ったのに断られちゃった。こんな機会滅多にないのにもったいないよ!」
「基本ソロキャンだもんなあいつ」
ほう、男性は結構ソロキャンプする人は多いが女子の場合ソロでキャンプするのは何かと危険があるので敬遠されがちなのに積極的に一人でキャンプする女子はかなり珍しいな。
「まぁ来ないものは仕方ない!この四人で今夜この学校でキャンプをするので一時帰宅して準備してからまた学校に集まろうぜ!」
初めてのキャンプに初の他人のために料理をする事になった俺は確実に美味しいと言ってもらえる料理は何か考えていた。一体なにを作ろうか……。
午後7時40分
「遅いぞ豊郷隊員カッコカリ!」
「カッコカリは余計です……」
学校の校門前には既に三人が揃っていて俺の顔を見るなり遅いぞ!と不満な顔をしている。
「もう私達はテント設営したから後は豊郷の料理待ちだぜ!」
「悠介君がどんな料理作るか楽しみすぎてお菓子食べるの我慢したんだよ〜!もうお腹が減って力が出ないよ〜」
「どんなん作ってくれるか楽しみやわ〜」
各務原さんは顔がアンコで出来ている正義のヒーローのような言い方をしてフラフラと身体を揺らしている。犬山さんと大垣さんも期待の眼差しで俺を見つめている。俺の作る料理をそんなに楽しみにしていたのか……少し嬉しいな。
「あまり期待されても豪華な料理は作れませんよ。ただ……」
キャンプ飯だけではなく、毎日家族に食事を作っている俺にとって料理は唯一の特技だ。だから少なくとも三人の舌を満足させることはできると確信している。
「確実に美味いキャンプ飯を作りますよ。安心してください」
校庭の隅っこ、大きな木が乱立して立っている場所に大垣さんたちのテントは設営してあった。テントの前には既に焚き火台が設置されていて薪が勢いよく燃えて周りを明るく照らしていた。
俺はテントを取り出し設営に取り掛かった。初めての作業でしっかり設営できるか心配だったが大垣さんや犬山さんが手伝ってくれたおかげで10分もしないうちに完成した。
「パップテント持ってるなんてすげーな……しかもこれアウトドア用品店でも見かけないやつだけどもしかして……」
「ああ、これ通販で買ったんだけど米軍が実際に使用してた中古の放出品を買ったんですよ。確か……5万くらいしたかな」
「」
「あまりに高い金額で千明が鼻血出してもうた!ティッシュティッシュ!」
無表情のまま鼻血をだした大垣さんに犬山さんが慌てて鼻にティッシュを押し付ける。そんなに驚くほどのものだろうか。
「パップテントってなに?」
各務原さんは確かキャンプ初心者だからテントの種類なんて知らないのだろう。
「米軍とかドイツ軍が実際に制式採用していたテントやで。設営が簡単やし二枚の幕の内一枚を屋根代わりにできるから色々便利やねん」
ソロキャンプをする人が結構使っていると聞いて自分も親に頼み込んで買ってもらったけどこうして実際に使えることができてこのテントも喜んでいるだろう。日の目を見て良かったな。
「じゃあ、早速作りますね」
俺はバッグからクッカーと金網を取り出すと金網を焚き火台の上に置き、あらかじめ切っておいた牛肉、薄切りの玉ねぎをクッカーの中に入れ、次にビールを取り出しプルタブを開けると他の三人はギョっとした顔をして俺に詰め寄った。
「悠介くんなにしてるの!?未成年なのにビールなんて飲んじゃダメだよ!」
「豊郷!いくら開放的になってるとは言えお酒はイカンぞ!儂はそんな子に育てた覚えはない!」
「アカンで〜お酒は二十歳からやで」
口々に非難の言葉を浴びせてくる。大垣さんの子供になった覚えは無い犬山さんは目が全く笑ってないからすごく怖い。
「違います!飲むために買ったんじゃなくて調理用に買ったんですよ!」
俺は慌てて弁解してビールをクッカーの中に全部入れ、サイコロ型のコンソメと塩、胡椒を少し振りかけ牛肉に味が染み込むまで煮込む。
「煮込むことでビールのアルコールを飛ばしますから未成年でも食べられます」
「調理するためのビールだったんだね。びっくりしたよ〜」
各務原さんは心底安心したようにホッと胸を撫で下ろしていた。納得してもらえたようで安心した。
10分も経つとくアルコールが飛んだビールがコトコトと音を立てて牛肉に染み込み、やがて空腹になった俺たちを刺激する香ばしい匂いが立ち込めて来た。
「これで牛肉のビール煮の完成です」
「「「ゴクリ……」」」
俺は紙皿に煮込んだ牛肉を三人に分けて渡した。牛肉はもも肉を使っているからかなり柔らかくなって食べやすくなっているはずだ。
「「「……い、いただきます」」」
三人はフォークを取りもも肉を口にした。しばらく咀嚼していたが全く反応がない。もしかして美味くなかったか?調味料の配分を間違えたか……?
「「「う、美味い!!!」」」
どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。三人は顔を綻ばせて料理にパクついている。
「なんだこれ!肉が口の中で溶ける!」
「噛まなくてもええくらいや〜」
「延々と食べられるよ〜」
……今まで料理は家族にしか振舞っていなかったからこうして他人の口から美味いと素直に言われると新鮮な気持ちだ。なんというか……言葉では言い表せないがすごくむず痒いな。
沢山作った煮込みはものの数分(各務原さんがほとんど食べていた)でなくなり、今は食後のコーヒーをみんなでまったり飲んでいた。
「いやー満足満足!マジで美味かった!今まで食ったキャンプ飯の中で一番美味いかも!」
「せやな〜。千明の作るやつより美味いかも」
「な、なにおう!?私も本気になれば世界一美味いキャンプ飯を作れるっつーの!」
大垣さんと犬山さんの他愛のない会話に耳を傾けながらコーヒーを飲んでいるとふいに各務原さんが椅子から立ち上がり僕を指差した。
「悠介くん!そろそろ敬語はやめてタメ口で話してよ!私達同じ学年だよ!」
うーん……正直ぼっちの俺が男の友達もいないのにいきなり家族以外のしかも女子にタメ口で話すのは超絶ハードモードなんだけど。
「そうだぞ豊郷!私達は同い年なんだから遠慮するな!」
大垣さんも各務原さんに同調して俺に敬語を使うなと言うが……いや、確かに不自然だよな。今まで他人と距離を取るために自然と敬語を使っていたけどこのメンバーには普通の口調で話しても別にいいんじゃないかと思えてきた。
「あ、ああ、わ、分かった……じゃあ普通に話すから今後ともよろしく」
「「「よろしく!!」」」
ははは……まぁ、学校生活ではいつも偽りの自分を演じてきたから、このサークルの中では素の自分を見せても素直に受け入れてくれるような気がする。
「さて、そろそろ夜も更けたことだし、みんな寝るぞ〜!」
腕時計を見るともう23時前になっている。時間が過ぎるの早いなぁ……。
「で、その前にあおいとなでしこに伝えなきゃいけないことがある……」
「まさかシュラフを忘れたとか?」
俺がまさかと思い聞いて見ると大垣さ……大垣は静かに首を横に振った。
「それより深刻なことだ……その、私達三人で寝る予定だったテントなんだが、シュラフを並べて見ると三人だとどうしても狭くてとてもじゃないが寝れないことが分かった。だから……誰か一人、豊郷のテントで寝てもらうことになるんだよぉ!」
俺は平凡な人間だと信じていたが、ハーレムラノベの主人公みたいなイベントの発生に口を馬鹿みたいに開いたまま固まることしか出来なかった。